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10、そして僕たちは戦場に向かう(その9)「前へ」

 駅を降りた哲は自分が数世紀ほど昔にタイムスリップしたような錯覚を覚えた。

 歴史を感じさせる赤レンガの家々や牧歌的な雰囲気を残す住人たち。チェコへと続くロマンティック街道からも少し外れている立地の所為か、観光客の姿も殆んど見られない。

 駅前を少し歩いた途端、住民たちが哲たちに詮索するような視線を向けてくる。東洋人たちを見る目が厳しいのは保守的で閉鎖的な環境のせいだけではあるまい。

 突然、警官が近づいてきて彼らは再び身元を確認させられた。

 苦笑を浮かべて柚香が言う。

「おショコたち随分と有名人になってるみたいじゃん」

「当たり前だ。金に物を言わせて街のシンボルのような城を買い取った日本人たちが移り住んできた途端の行方不明事件だ」

 播磨が答えた。哲たちはそのとばっちりを受けたという訳だ。

「こりゃあ、ウチらがヤラなくても、おショコたち地元警察にお縄頂戴になるか、地元住民に魔女狩りで火炙りされるんじゃね?」

 駅前のパン屋で無愛想な店番の老婆からサンドイッチを買いながら柚香はきわどい冗談を口にする。

「それだけなりふりかまっていないという事だ」

 みづきが町から見える小丘を睨みながら告げる。彼女の視線の先には森に囲まれた古城の尖塔がある。

「はっ♪油断してくれてていいのにさ」

 駅前にもかかわらず殆んど停まっていなかったタクシーを播磨が苦労して捕まえた。

 乗り込んでくる四人組の東洋人を見て嫌そうな顔をした運転手が何事か文句らしきものを口にした。

 播磨が何事か言い返しユーロ紙幣を手渡すと、ようやくオンボロのタクシーは丘に向けて走り出す。

 石畳の道路は整備がなされていないのか、ひどく弾む。途中からはその石畳さえも消えて舗装されてない山道に出る。

 まだ城まではかなりの距離があったが、播磨がタクシーを止めさせた。

 運転手が怪訝そうに声をかけてきた。

「ここには何もないぜ?」

 ドイツ語はわからないが、そう言ったに違いなかった。

 アジア人は何を考えているんだ、といった表情を浮かべた運転手がタクシーをUターンさせた後で、哲たちは改めて丘陵を見上げる。

 森の中に佇み町を見下ろす山城の姿はまるでおとぎ話の風景そのままだ。

「まさか21世紀にもなって城攻めを経験する事になるとは思ってもみなかったな」

「意外とおショコも乙女だよねぇ」

 播磨の呟きを受けて、まんざら理解できないでもない顔で柚香が笑う。一方のみづきは真顔で答える。

「馬鹿げている。近代戦において、あのような構造物に立て篭もる事に何の意味もない」

「うわ、夢のない奴」

「ほざけ。我らは観光に来た訳ではない」

 にべもないみづきに向けて大袈裟に肩を竦めてみせた後で、柚香は言葉を続けた。

「でもさー、たとえ軍事的には無価値でも、あのお城も人様の国の貴重な文化遺産なんだし、いきなり砲弾射ち込んでドカンは無しでいこうよ」

「余裕があれば、だ。配慮はするが、抵抗次第では約束はできぬ」

 答えながらみづきはその手に軍刀を現出させた。

 スラリと抜き放った刀身が陽光を受けて光る。

 その背後に、無数の兵士たちが次々に姿を現していく。隊列を組んだ亡霊たちを従えて、みづきが播磨に向き直る。

「播磨中佐、一個中隊編成完結――ご命令を」

 みづきの答礼を受けて、播磨は重々しく頷く。

「よろしい――これより接敵を開始する。播磨支隊、前へ」


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