10、そして僕たちは戦場に向かう(その8)「車内臨検」
「たぶんこっち」
そう自信なさげに指差す水先案内人の頼りない誘導だけを頼りに、彼らはミュンヘンから電車を乗り継ぎ東を目指して走る。
どこを切り取ってもさほど変化のない、無個性な新日本の沿線風景と異なり、地形も植生も家並みも全く違う異国の景色を哲は物珍しそうに見つめた。
やがて文明の発展から置いてきぼりを食らったような歴史を感じさせる石造りの家並みが見えてきた辺りで哲の目に物見遊山とは異なる感情が浮かぶ。
「……ミヅキさん、あそこ……!」
隣に座っていたみづきも哲の前に身を乗り出して窓の外を紫色の目で睨み、そして頷く。
「あぁ、私も感じた。あの丘陵の古城か」
窓から見える森から頭を突き出した丘の上に小さな山城が築かれていた。二人の目はそこに吸い寄せられている。
みづきが播磨を見やる。
「発見しました」
「間違いないんだな?……まったく、廣山も随分と辺鄙な場所に逃げ込んだものだな。まともに探せば見つけるのは骨だったな」
播磨が呆れたように溜め息をつきながら最寄り駅を探して地図に目を落とす。
その時、客室の扉が開かれて警察の制服を着た男たちが室内に姿を現した。それとなくその姿を確認して播磨やみづきたちの顔に僅かな緊張が走る。
「妙な奴らが来たな。国境での旅券確認にはまだ早い筈だが」
「ひょっとして中佐のお友達に売られたとかだったらウケるよね~」
「茶化すな。いいな、受け答えは俺がやるから貴様らは口を閉じてろ。特におまえ、ソワソワとしないで何もわからないフリをしていろ」
播磨に睨まれ、哲は顔を強張らせて頷いた。
やがて客席を回った警官たちが哲たちの下にもやってくる。警官たちの目がみづきや柚香に向けられ、細められたのを哲は見逃さなかった。
警官たちが語りかけてくるドイツ語はわからないが、辛うじてパスポートの単語は拾う事ができた。「ヒーナ」だの「ヤーパン」だの尋ねられているところをみると、どうやら国籍を聞かれているらしい。
播磨が四人分のパスポートを手渡すと、警官はジロジロとパスポートと哲たちの顔を見比べてきた。哲としては緊張せざるをえなかった。
尚も話しかけてきた警官に、播磨が「ドイツ語はよくわからない。英語は喋れるか?」と返す。警官は少し訛りのきつい英語に切り替えて語りかけてくる。
「旅行ですか?どちらに行かれるのですか?そちらのお嬢さん二人は貴方と名前が違うようですが、どういったご関係でしょうか」
「久しぶりのバカンスでドイツに来たんです。こっちの姪たちのロマンチック街道でも見てみようかと思いましてね」
警官はみづきたちを睨む。姪と称する二人と播磨が似ているかどうか、アジア人の顔を必死に判別しているようだ。
「少しお嬢さんたちに話を聞いてもいいですか?」
「えぇ、かまいませんが、彼女たちは英語も覚束ないのでご協力できるかどうか――おいヒロミとマサミ、お巡りさんがおまえたちに聞きたいそうだ。ちゃんと話すんだぞ」
日本語に切り替えた播磨に話を振られ、柚香が年相応の無邪気な笑顔を浮かべて口を開いた。
「ぐーてんたーく!私の、名前は、ヒロミ、ササキです。私、トーマス・ミュラー、大好きです」
元気いっぱいにたどたどしいドイツ語を披露した柚香に警官たちも思わず苦笑を洩らした。一方のみづきは恥ずかしそうに手に持っていた文庫で顔を隠して恐る恐る警官たちを覗き見やった。二人とも演技派だった。
「あー、お嬢さんたちはドイツに来たのは初めてかな?こちらに友達は?」
播磨が通訳すると、柚香が頷く。
「初めてだよ!お城とかいっぱい見るんだ~♪あとね、でバイエルン・ミュンヘンのマグカップ買っちゃったんだ~見て見て♪」
日本語のまま少女に無邪気にまくし立てられ、警官たちは苦笑混じりに肩を竦め合った。
「あ~いや、もうけっこう。お嬢さんたち、ありがとう。それでカトーさん、あなたはこちらに来たのは昨日ですか?パリからはまっすぐ来られたみたいですが」
話を戻され、播磨は不思議そうな表情を浮かべた。
「知人がド・ゴール空港で働いていましてね。ワインで乾杯した後でこっちに来たところです……どうしたんですか?何か車内で事件でもあったんですか?」
警官たちは顔を見合わせた。年嵩の男が口を開く。
「あぁ、いえ、ご心配なく。ただの車内巡回です。最近はテロとか物騒ですからお客様の安全の為に念を入れているだけですよ。では良い旅を」
「ダンケシェーン、お疲れ様です」
そのまま警官たちが立ち去っていくのをそっと見やり、播磨は小声で告げてきた。
「鉄道警察のようだな。誘拐事件の捜査をしているらしい」
「誘拐事件?じゃあひょっとして中佐、犯人だと思われたの?チョーウケる~」
「馬鹿者、疑われたのはおまえたちだ」
播磨が軽く柚香を小突いた。
折り畳んで隠していた独語の新聞紙を拡げて見せてくる。内容のわからない三人に説明する。
「この地方で少女三人がこの数日間で行方不明になっているらしい。犯罪に巻き込まれた可能性もあるとの事だ」
「え?なんでそれでウチらが疑われるのさ」
怪訝そうに口を尖らせた柚香の隣でみづきが口を開いた。
「――廣山、捷子か」
播磨は頷いた。
「勿論、新聞に犯人の情報など載ってはいない。だが気づいたか、あの警官たち、おまえたちの様子をずっと窺っていた。アジア人の小娘に連中が目を留めた理由が他にあるか?」
「民族の垣根を越えてあたしが美少女すぎたせいかもしんないじゃん」
「なるほど、捷子がこちらで自分の手駒を作るべく、現地の少女たちで人体実験をした可能性は充分に考えられる……そうですね中佐」
「うわ、スルーすんなし!恥ずかしい!」
みづきは眉を顰めて再び車窓を見やる。
「己の私欲の為に異国にまで久那守葉月の呪いを広め悪用せんと欲するか――度し難いな」
先程より少し距離を縮めた古城を睨み、唸る。
やがて車内アナウンスが間もなく駅に到着する旨を伝えてきた。




