幕間「米陸軍第2歩兵師団〝インディアン・ヘッド〟、1946年3月6日」
遠い異国の闇夜に断続的な銃声が響く。
米陸軍第2歩兵師団〝インディアン・ヘッド〟所属のハリー・テイラー一等兵は彼が所属するD中隊第1分隊の戦友たちと共に夜間の動哨にあたっているところだった。
分隊長のドムソン軍曹が即座に散開していた兵士たちをジープに乗り込ませて、銃声の鳴った現場に急行させる。ドムソンは決して徒歩での長距離移動を許さなかった。ジープならば、足の速い怪物に追いかけられても逃げきれる。
第2歩兵師団〝インディアン・ヘッド〟は欧州戦線で激闘を繰り広げてきた師団だ。
かのノルマンディー上陸作戦ではオマハ・ビーチに上陸し、バルジの戦いなどを経験した後、ナチスドイツの降伏に伴い太平洋戦線に転用され、日本の関東進攻作戦〝オリンピック〟では第一線部隊として投入された。
だが、海兵隊が血みどろの殴り合いの末に血路を開いた湘南海岸に上陸した彼らを待ち受けていたのは、あのドイツとの戦いでも経験した事のない最悪の戦場だった。
彼らを待ち受ける日本兵たちは獰猛かつ狂信的で、至る所に張り巡らせた塹壕に籠もって彼ら米軍では考えられないような抵抗を続けた。どれだけ絶望的な状況に追い込まれても決して降伏するような事はなく、いよいよ追い詰められると手榴弾で自決するか、自殺的な突撃を行なってくるのだ。
連中は狂気に満ちていた。戦車に向けて爆雷を抱えたまま突っ込んできて我が身諸とも自爆攻撃を仕掛けてきたり、およそ正規の兵隊とは思えない老人や、時には女子供までがその手に農耕器具や先を尖らせた竹槍を掴んで襲いかかってきた。
日本人はたとえ民間人であっても信じられなかった。
前線に物資を運ぶトラックが夜間に襲撃され、積載していた弾薬や食糧などが奪われる被害が多発した。降伏した筈の村で宿営中の部隊が、村人たちに闇討ちされて全滅するというような事案も発生した。
今では輸送車輌はまとまったコンボイを組んで護送され、完全に占領下においた地域以外での集落での野営は禁止された。
それでも、気の遠くなるような戦闘を繰り返して彼ら〝インディアン・ヘッド〟は敵のエンペラーの待ち構えるトーキョーに向けて前進を続けていた。
日本兵は栄養不足なのか一様にチビで痩せ衰えていて、まともな装備もなく、ろくな訓練も受けていない兵士が殆んどだった。
日本人どもの航空兵力は既に連日の爆撃と、連中お得意の自殺攻撃で消耗しつくしているのか滅多に飛来する事はなかった。敵の砲兵も、弾薬の手持ちが少ないのか、一日中こちらの頭上に砲弾を降り注いでくる事もなかった。
南九州の山がちの地形に張り巡らされた敵陣地に苦闘した戦友達と違い、テイラーたちの戦場は広々と開闊した関東の平野だ。豊富な物量を背景にした機甲部隊を擁する米陸軍にとっては理想的な戦場であり、対して敵の抵抗陣地は僅かな丘陵地と市街のみだ。攻めるに易く守るに難い戦場であった。
だが、それも太陽が煌々と降り注ぐ昼間の話だ。
日が落ちてから現れる日本兵たちは総じて練度が高く、狡猾で勇猛だった。
信じられないようなタフネスぶりを見せて、時にはM1ガーランドの連射にすら耐えて射ち返してくる奴もいた。圧倒的な戦力を誇る第8軍の進撃が遅々として進まないのはそれが原因だった。テイラーたちも日中に制圧したエリアを敵の反撃で夜間に放棄して退却せざるをえなくなった経験は一度や二度ではない。
そして何より、太平洋を隔てた黄色人種の国は怪物たちの巣食う呪われた島だった。
徒党を組んで徘徊する正体不明のデーモンの群れ。その忌まわしき奔流に飲み込まれ、食われてしまった友軍兵士の数は今や百や二百では足りないだろう。
テイラーたちの第一分隊も、上陸したその日の夜にデーモンに遭遇して、ブートキャンプ以来の友人のハリスを失っている。
米軍将兵の足が止まり視力を奪われる夜は未だ日本人たちの物であった。
想定した以上の被害の多さに第8軍司令ロバート・アイケルバーガー大将は自らの名前で夜間の行動は禁止し、防御と警戒にのみ努めるよう通達を出した程だ。
だが、それは根本的な解決策とはならなかった。こちらの企図を見抜いたかのように日本兵やデーモンたちは夜間の攻勢を強めており、またどれほど痛撃を与えた所で翌日には連中は戦力を回復して再び襲いかかってくるのだ。
中隊本部と無線でやりとりしていたドムソンが罵倒の言葉と共に無線機を叩きつけた。
敵襲があったのは、昨日彼らが陥落させたばかりのハイスクールだった。そのキャンパスの置かれた小高い丘一帯は敵の野戦陣地が幾重にも築かれて頑強な抵抗を続け、三日間の攻防の末に漸く陥落させたばかりであった。
丘の上に建てられたハイスクールは現在、進出してきた連隊本部が接収して使用していたのだが、その連隊本部に突如無数のデーモンが湧いて出たという。
駆けつけたテイラーたちは息を呑んだ。ハイスクールの校舎やグラウンド、その他至る所に怪物たちが溢れ出て、警護の兵士たちと交戦していた。
「CP、CP、こちらアルファ!現在、クホンのシロヤマに到着!連隊本部が無数のデーモンに占拠されている!連隊長以下の消息は不明!」
ドムソン軍曹が無線に向けてがなり立てた。
中隊本部からの命令は非情なものだった。救援部隊が向かうまで現場に留まり、可能ならば敵を排除しろとの事だった。
無理だ、とテイラーは思う。
現れたデーモンたちの数は今までの比ではなかった。これほど大規模な数のデーモンが一挙に現われた事は今までにない。数でいえば数百の魔物が荒れ狂っているのだ。
燃え盛る校舎の周りで小鬼たちが踊っていた。
虫の群れに取り囲まれた兵士が絶叫をあげながら倒れる。生き残りの兵士がバズーカを放ってデーモンの小集団を吹き飛ばした。
地獄のような光景を呆然と見やっていたテイラーは、何かを引きずるような音が近づいてくる事に気づき、慌ててガーランド銃をそちらに向けた。
全身、筋肉の塊のような巨漢の怪物が迫ってきていた。片方の手には50ポンドはありそうな巨大な金属製のバットを引き擦り、それが音を立てていた。そしてもう一つの手には、首から上だけになった友軍兵士の首を掴んでいる。
テイラーと目と目が合ったデーモンが笑った気がした。デーモンは血の滴る生首をこちらに投げつけ、獣じみた雄叫びをあげて突進してきた。
「来るぞ!散開!散開!」
ドムソンの言葉に従い兵士たちが慌てて散らばる。デーモンはバットを振り上げて彼らのジープに叩きつけた。逃げ遅れた運転手ごと、ジープの車体が叩き潰される。
「射て!射て!」
「畜生!畜生!」
「ダメだ!効かないぞ!手榴弾をぶち込め!テイラー!」
仲間の兵士たちがライフルでデーモンの気を引いているその間に、テイラーはドムソンと共にデーモンの巨体の側面に回りこむ。タイミングを合わせてマークⅡ手榴弾を鬼目がけて投げつける。
数秒の後、炸裂音と共に爆発が起きた。身を伏せていたテイラーは顔をあげて歓声をあげる。
「やった!やっつけたぞ!」
デーモンは爆風で足を吹き飛ばされ、全身に手榴弾の破片を受けて地に倒れていた。まだ意識があるようでもがいている。
「よぉし!やったぞ!ジャック、注意しながらとどめを刺してやれ!他の奴らは――」
満足げな笑みを浮かべてドムソンも身を起こす。その次なる命令を聞こうとして彼を見やったテイラーは絶叫をあげた。
「軍曹殿、後ろ!」
間に合わなかった。にじり寄っていた巨大な双頭の蛇が軍曹の上半身に齧りついた。噴き出した血飛沫がテイラーに降り注ぐ。デーモンたちの群れが分隊長を失った彼らに次々と襲いかかってきた。
数時間後、遅ればせに投入された二個中隊規模の救援部隊によって、クホンの丘は奪還された。被害は甚大だった。
突如発生したデーモンたちにより、連隊長以下の連隊本部が全滅し、警護に当たっていたC中隊も兵員の過半数を失った。
救援部隊が到着した時、先行のドムソン分隊は僅か1名が辛うじて生き残っているに過ぎなかった。生き残ったハリー・テイラー一等兵も腕に重傷を負い、そしてそれ以上に精神に回復不能な傷を負って故郷のロードアイランドに後送、入院を余儀なくされた。
その後、逃げ延びて町に溢れ出たデーモンの掃討に〝インディアン・ヘッド〟は10日間の時間と700名近い犠牲を払うことになる。
各地で続出する損害に、第8軍司令アイケルバーガーは本土にあてて大量の従軍牧師の派遣を依頼した。
表向きは激戦で耗弱した兵士たちの精神安定を図り、戦争神経症を和らげる為と理由付けられていたが、軍内部では密かに対日戦では謎の魔物たちにより兵士たちの精神が冒され、その対処の為に呼ばれたのではないかと噂された。
当時の戦闘記録は一部が機密指定となったまま、21世紀になった今も非公開となっている。




