10、そして僕たちは戦場に向かう(その7)「短剣と外套の交友関係」
パリからTGVに乗って独仏国境を越境した後、哲たちはミュンヘン中央駅に降り立った。
待ち受けていたドイツ人の知り合いと播磨が話し込んでいる間、哲たち三人は駅にある軽食のスタンドを冷やかして時間を潰す。プレッツェルやサンドイッチなどの他に、何故か寿司を売っているスタンドを見つけて柚香が好奇心から手を出した。
「……う~ん。まぁまぁ?おミヅも一個食ってみ」
「要らぬ。何故ドイツに来てまで寿司を食わねばならん」
「でもなんか外国来たら無性にラーメンとか食いたくならない?」
随分と海外慣れしているらしい二人の後を、初海外の哲はおっかなびっくりついていく。
行き交う人々は皆、体が大きく、ドイツ語やその他の言語が飛び交っていて少し怖い。
「おっ、今度あれ食べてみようよ?ドイツのクッキーってうまいの?」
「柚香、貴様は食いすぎだ。豚のように太るぞ」
「ブッヒッヒ♪いいじゃん、もしかしたら今生の食い収めになるかもしんないんだし。あの時、寿司バーのサーモンを食っておけば~ってなってもしらないよ」
「絶対にならん」
どうでもいい会話を交わしながらも二人は旺盛な食欲を見せる。一方の哲は食が細る一方だ。この二人は観光ではなく和光捷子を追いかけてこの地に来たのだ。もうじき、また血が流れる事になるのは明白だった。
戦闘に参加することはないとはいえ、哲の方が緊張で胃が痛くなる。おまけに水が変わった所為か、お腹の調子もよくない。
「なによ哲、あんた具合悪いの?全然食べないけど」
「いや、食欲がなくて……柚香ちゃんたちは平気なの?」
「え~だって戦うのはあたしじゃなくておミヅだし」
もう一方のみづきは相変わらずの無表情だったが、彼女が戦いに臆しているとはまったく思えなかった。
「怖いのか?」
「す、少しね。おかしいよね、ミヅキさんと会った最初の頃はヘッチャラだったのに、最近はダメなんだ」
哲は照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
みづきは笑わなかった。
「……それでいい。恐怖心を失った頃が一番危ない」
その時、三人を探し回っていたらしい播磨が声をあげて呼び寄せてきた。
どうやら話し合いは終わったようだ。
「さっきの人、誰なの?お友達??」
「あぁ、仕事上の友人だ」
播磨はニコリともせずに事務的に答える。
「へぇ~、人の庭で暴れてオッケーとかドイツ人心広すぎない?」
「そんな訳ないだろう馬鹿者。だが、事が起きた時に仁義を切っておくのとおかないのとでは連中の反応もまったく異なる」
「へー、スパイの世界も面倒なのね」
播磨と柚香の話を聞きながら、哲は素朴な疑問を口にした。
「あの、播磨さんってスパイなの?」
「あ」
柚香が慌てた様子で口を抑え、播磨が睨んできた。無事の帰還の可能性が少し遠のいたかもしれない。
「とにかく、俺がしてやれることはここまでだ。後は貴様らでケリをつけろ」
「おっけぇ、任しといて」
「……もちろん、日独の友好に傷をつけないレベルで頼むぞ?俺の首が飛ぶ」
まったくもって生真面目な顔で告げる播磨の一言は冗談ごとに聞こえなかった。




