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10、そして僕たちは戦場に向かう(その3)「水漬く一族の姫巫女(上)」

 結局、話を聞きそびれたまま哲は機上の人になった。

 お喋りな柚香はともかくとして、未だにその正体を聞けない播磨が近くに戻ってきてしまって目を光らせてからは詮索などできよう筈もなかった。

 それに、冗談めかしながらも余計な事は知らない方がいいと忠告してきた柚香の言葉は哲の現状を考えれば充分すぎる説得力を持っていた。

彼はただ彼女たちのサイトハウンドとして獲物を見つけるだけでいいのだから。

 けれども、哲の目だけはそれを許さなかった。

 思えばこの数日間、異常な状況下の中で哲は少女たちの存在を強く意識しすぎていた。

 欧州に逃げてしまった和光捷子の事を視れば視るほどに、彼女が引き起こした災厄の理由や、執念とも思える程に執拗に彼女を追いかけようとするみづきたちの事も考えざるを得なかった。

 加えて、呪術的な縁を結ばれてしまったみづきと哲は殆んどの時間、行動を共に過ごし続けていた結果、哲は彼女の内側に潜む別の存在をも見出してしまった。

 霊感や魔術の素養など皆無である筈の彼でさえ、けっして視てはいけないと本能的に察してしまうほどの禍々しさを内包したソレを哲は至近で触れるがごとくに感じてしまったのだ。

 彼の目は自分の見たいものを見つけ出してしまう目なのだと、哲はそう教えられた。

 そして今、哲が最も見たいモノは和光捷子の行方でもなければ、あやふやなままに恋人となった筈の今野朝莉の顔でもなく、全てのきっかけであり元凶となった少女の存在理由以外の何物でもなかった。

 ならば、その哲がノルブに導かれるままに、彼女の事を夢に見てしまったのは必然の事だったのかもしれない。



 彼女の家は遥か太古の昔より関東に盤踞して神々を鎮め、国家の安寧を祈り続けてきた久那守の支族であり、江戸幕府の始祖徳川家康公に請われてからは江戸湾の海上交通の安全を祈り海神を鎮める神職として代を重ねてきた古き一族であった。

 彼女が生まれた時、彼女の父が我が娘に水漬く姫と名づけたのも、一族の過去を引き継ぎ未来に継承させる運命を背負った少女には相応しすぎる名前だったのかもしれない。

 昭和十年、本家の長女久那守葉月が軍隊にとられていった。

 きたるべき大戦争によって訪れる破滅を防ぐ為に、久那守の血に秘められた霊力を用いるという事だった。

 日ごとに緊迫感を増す世情を背景に発言力を増す軍人たちの圧力のみならず、やんごとなき筋からの密かな懇請を受けては久那守の当主とて断りきれるものではなく、何より彼自身が行った水鏡による占いが彼らの予言を肯定し続けていた。

 昭和十六年十二月八日。空母艦隊による布哇真珠湾攻撃により日本は米国との戦争に突入した。その戦いに葉月も関わっていたという話は後から聞かされた。

 真偽の程は確かめようもなかったが、葉月の成功を受けて久那守の他の姉妹たちも次々に出征していったのだから、噂は本当だったのだろう。

 後を継ぐべき四姉妹全てを召し上げられた久那守本家の苦悩は察するにあまりあるものであったが、そうした大人たちの苦悩も逼迫する戦況も、久那守の血族の子として久那守の本殿で修行を送っていた少女には無縁のものであった。

 いや、無意識のうちに彼女も覚悟は決めていたのかもしれない。

 一族の子供たちの中でも優秀な霊力を備えていた彼女は、久那守の四姉妹にもしもの事が起きた時には本家を継ぐべき後継者として見做されていたし、そうでなくとも日に日に敗色の濃くなっていく戦いに、彼女自身いつ駆り出されるかもわからなかった。

 そして日に日に成長を遂げる彼女を、周囲の人々は葉月に生き写しと称えていたからだ。

 少女は自らの境遇に怯えたりはしなかった。

 綺麗で優しかった葉月は幼心に彼女の憧れの存在だった。おまえは本家の姉様に似ていると言われるのが嬉しかった。

 結局、彼女は本家にとられる事も軍に呼ばれる事もなかった。

 昭和二十年八月、突如として久那守葉月は叛乱を起こし、降伏に傾いていた日本を本土決戦の悪夢に引きずり込んだ。

 その一ヵ月後、横須賀の軍港を狙った新型爆弾が逸れて久那守神社の本殿を直撃し、文字どおり久那守の一族はこの世から姿を消した。

 少女は無事だった。

 新型爆弾投下の前日、久那守の当主に呼ばれて自分の家への使いを命じられていた。

 或いは彼は、この後に起こる悲劇を予期していたのかもしれない。

「何が起きようとも暫くは戻る必要はない」

 そう告げて送り出された彼女は御山の神社の上に立ち昇るきのこ雲を停車した汽車の中で見た。


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