10、そして僕たちは戦場に向かう(その2)「出発ロビー」
部屋の時計が朝の7時を指した頃、部屋が乱暴にノックされて柚香が顔を覗かせた。
「起床~!って、なぁんだ。もう起きてたの?つまんねー」
どうやら朝食のお誘いだったらしい。
彼女は朝から元気だ。
柚香とみづきと連れ立ってホテルのレストランに入る。バイキング形式の朝食を皿に盛りつけて席に座る。
「聞いてよ、あたし朝から恐怖体験しちゃったんだけど」
山盛りのサラダを頬張りながら柚香が話しかけてくる。
「え?幽霊でも出たの?」
「まーある意味化け物みたいなもんかな。あたし、今朝はおミヅより先に起きたんだけどさー、こいつ寝る時はさすがに三つ編み解いて寝てるのね」
「へー」
「そしたらさ、パッと目を離しても一度見たら、いつのまにかおミヅの髪、三つ編みになってるの!それも四本も!?チョーこえー」
「あー、柚香ちゃんも知らなかったんだ、それ。毎朝六つも三つ編み作るのって大変じゃないの?てゆーか髪の量どうなってるの?」
「機密だ」
哲たちがどうでもいい会話をしていたテーブルに、男が近づいてきて腰を下ろした。
「あ、おはよー」
「おはようございます」
少女たちから遅れて哲も「おはようございます」とおっかなびっくり声をかける。
男は仏頂面のまま「あぁ」とだけぶっきらぼうな返事をする。
自己紹介の時に播磨とだけ名乗ったこの男の事を哲は殆んどよく知らない。
年は三十代の後半といったところだろうか。少し冷たい印象を与える痩せた男で、殆んど感情を表に出さなかった。みづきたちとは顔見知りらしく、特に柚香にはタメ口を叩かれていた。
播磨は座るなり哲に向けて手のひらサイズの手帳のようなものを放り投げてきた。哲の顔写真の貼りつけられた全く別人の記載の書かれたパスポートだった。
「おまえの使う旅券だ。名前は平本健史。絶対に間違えないように頭に叩き込んでおけ」
「ひらもと、たけし?えぇと」
複雑な表情で哲は播磨とパスポートを交互に見比べた。
朝食の後で、哲は車に乗せられた。
向かった先は大阪湾に浮かぶ日本帝国最大の国際空港だった。
裏から手が回されていたのか、搭乗手続きも出国審査も殆んどすっ飛ばして彼らは搭乗ロビーに通された。
この数日間というもの、見えざる巨大な力に振り回されっぱなしの哲としては、もはや驚いたりはしなかった。
「でも、驚いたな。わざわざ旧日本に来るなんて。てっきりミヅキさんのあの飛行機で飛んでいくものだと思ってたのに」
新日本を飛び立った二機の彩雲は哲の予想に反して早々と大阪八尾の空軍基地に着陸してしまい、その後の三日間足止めを食らったのだった。
「無茶言うなし」
柚香が呆れたように苦笑する。
「フライトプランも敵味方の識別ないレシプロ機でユーラシアを抜けられる訳ないじゃん。彼我不明機として迎撃を受けたら即座に終わりだぞ?運よく見つからなかったとして、燃料も足りないしね。まさか途中の空港で給油を受ける訳にもいかないっしょ」
「あはは、そうだよね」
哲は苦笑いを浮かべた。彼としても、与圧のなされていない狭い搭乗席で、轟音と震動の中で毛布に包まって震えながら飛び続けるのは御免だった。
そんな哲を柚香が不思議そうに見やった。
「ん?なに??」
「……ストックホルム症候群ってやつ?」
「は?」
「いや、あんたおミヅたちに捕まって連れてこられた時には反抗的だったのに、随分と落ち着いたなぁって思ってさ」
「そうかな?」
哲は頭を掻いてから、少しの間、言葉を探して視線を宙に這わせた。
「……なんだかよくわからなくなってきちゃって」
「わかんないって、何が?」
「君たちのことだよ。君たちは、何者なんだ?」
哲の問いかけに柚香は瞬きを一つして、不思議そうに答えた。
「は?何者って、見てのとおりただの美少女だけど」
「冗談は顔だけにしてよ」
「おいコラ」
「こっちの旧日本の人間なの?」
柚香は面白そうな表情を浮かべてみせた。
「教えない」
「軍人なの?君もミヅキさんも」
「教えな~い」
「君たちのあの力はなんなの?魔法なの?君たちが死んだのに生き返ったのはどうして?人間じゃないの?逃げたあの捷子さんとはなんで殺しあってるの?君たち知り合いなんだろ?だったら話し合いで解決すればいいじゃない?なんで戦うんだよ」
「あは、ウザ~ッ♪しつこいし」
笑いながら柚香はそ知らぬ顔を決め込んでいるみづきを見やる。
「どうするよおミヅ?あんたの元カレがそう言ってるんだけどぉ?」
みづきは哲を一瞥し、そっぽを向いて一言だけ呟いた。
「機密だ」
「だってさ。諦めなよ」
ケラケラと笑ってみせた後で、存外に真面目な声で柚香は告げてくる。
「まーそんな事、あんたは知らなくていいよ。余計なこと知ったら怖いオッサンたちにウチに帰してもらえなくなっちゃうし」
脅しとしては充分すぎるくらいの脅し文句だった。
それでも哲が更なる問いかけをしようと口を開きかけたその時、空港内のアナウンスが彼らの乗るパリ・シャルル・ドゴール空港行きの大日本航空便の登場案内を告げた。




