10、そして僕たちは戦場に向かう(その1)「目覚めれば大阪」
変な夢を見た。
哲はゆっくりと体を起こした。ふと自分の顔が濡れていることに気づき、手で拭う。どうやら知らぬ間に泣いていたようだ。
先程まで、哲は夢の中で一人の兵士となって百鬼たちと戦っていた。
忘れもしない、初めてみづきと出逢ったあの夜の戦いを追体験していたのだ。事もあろうに夢の中では哲本人まで現れていた。
訳もわからぬまま、ただ締めつけられるような胸の苦しさを味合わされ、哲はベッドから腰を上げて冷蔵庫に歩み寄る。ひどく喉が渇いていた。
部屋に備えつけの冷蔵庫にはジュースやビールなどが格子状のケースの中に収まっていて、有料でそれを飲む事ができた。
少し躊躇いながらも、ままよとペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、キャップを捻って口をつけた。
どうせ金を支払うのは哲ではないのだ。些か割高な水を勝手に飲んだ事くらいで咎められるなら同行を拒否するとゴネてやればいい。
再びベッドに腰かけてテレビを点ける。
早朝の所為か、どのチャンネルを回してもろくな番組がやっておらず、かろうじてやっていたドラマの再放送も、まったく観た事がない昔のものだった。
テレビを消し、哲はもう一度ミネラルウォーターを飲んだ。重い溜め息が洩れる。
環境が変わった所為かもしれない、と思い返して窓の外を見やる。
窓辺からは薄明の街が見える。
大阪――旧日本における最大の都市であり経済的中心地であるこの街で哲は三日目の朝を迎えていた。
凶暴な軍部に支配された閉鎖的な軍国主義の国という先入観でビビりまくっていた哲だたが、先日みづきたちと歩いてみた大阪の街は彼の住む東京とさほど変わらなかった。
連れて行かれた繁華街は思いの他に活気に溢れ、行き交う人々の顔にも暗いものはない。
意外なことに外国人の姿も多かった。
「どうした?キョロキョロとして。そんなに珍しいか?」
「あぁ、うん。思ったより、近代的でビックリして」
素直な感想を述べると、みづきは苦笑を浮かべてみせた。
「貧困に喘ぐスラム街でも想像していたか?」
「え、いや、その……」
図星だった。
てっきり旧日本の国民は毎日兵隊たちが路上をパレードして、片っ端から特高警察が庶民の自由を取り締まり、一部の財閥だけが豪遊して庶民は貧窮と戦争に喘いでいるものだとばかり思っていたのだ。
「なんか、思っていたより普通だね」
「当たり前だろう。ここに生きるのは貴様と同じ日本人だぞ?おおかた戦時統制下のイメージでも誇張されているのだろうが」
「仕方ないって、おミヅ。東京じゃ、ウチらは未だに軍部独裁のファシストって教えられてるんだもん。普通ビビるっしょ」
商店街で買ったたこ焼きを美味しそうに頬張りながら柚香が笑った。歯に青海苔がついている。
「まーぶっちゃけ、流行に関しちゃそっちより数年くらい遅れたのがが入ってくるしセンスもなんかダサいのが多いけどね」
「あー。だから柚香ちゃん、ちょっとダサいんだ」
「おいコラ」
昨日のやりとりを思い出した後で、哲は窓から視線を戻した。まだ起きるには少し早かったが、一度冴えてしまった身体は二度寝を許してくれそうもない。
少し散歩しようかと思いドアに近づいた所でふと気になってドアスコープを覗く。
目つきの悪いスーツ姿の男が部屋の前に椅子を置いて腰を下ろしている。見張りつきの散歩なんて全然リラックスできそうもなかった。




