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9、逃避行(その11)「空からの離脱」

 翌日、みづきと柚香、そして哲は東京西部の山の中にいた。

 殆んど車の通りもない空き地に人目を忍んで胡散臭い連中が集まっている姿はあからさまに怪しかった。

 そして、彼らの前にはどこから引っ張り出してきたのか2機のレシプロ機が据えられている。哲は飛行機には詳しくなかったが、それでもこの機体が今日の日本で現用されている機体ではない事くらいはすぐにわかる。

 写真やテレビのモノクロ映像で見た記憶を辿り、思いあたったものを口にしてみる。

「これって……ゼロ戦??」

 すぐに呆れ顔のみづきのツッコミが返ってきた。

「零戦は単座の戦闘機だろうが。全然違う」

「え~でも似てるよ。プロペラついてるし、日の丸が描いてあるし」

「日本軍のレシプロ機にプロペラがついてるのも日の丸が描かれてるのも当然だろうが。貴様が言っている事は日本猿とチンパンジーがそっくりと言っているようなものだ」

 無知を見下されたように言われて憮然とする哲からレシプロ機に視線を移してみづきはその名を呼んだ。

「彩雲――第一次大東亜戦争の頃の日本海軍最速の偵察機だ」

「我に追いつくグラマン無し、てね」

 よくわからない言葉を告げながら柚香が嬉しそうに機体に駆け寄り、苦労して機翼によじのぼるとコクピットを覗き込んだ。

「へぇ~まだこんな飛行機残ってたんだ。でも、こんな物引っ張り出してどうするの?」

「決まっているだろう。航空機は空を飛ばす為にあるのだ」

「え?それってつまり――――」

 哲の嫌な予感は的中した。

「これに乗って新日本を離脱する」

 哲は唖然としながらみづきと彩雲を交互に見やった。

「ほ、本当に?大丈夫なの??ちゃんと飛ぶのこれ??途中で射ち落とされたりしない」

「仕方あるまい。私も貴様もパスポートは持ってないんだ。柚香の奴だって、幼くなりすぎて以前の物が使えないしな」

 そういえば先日、パスポートの有無を聞かれた事を哲は思い出した。

 あまりに不安が顔に滲んでいたのだろう。みづきがフォローするように告げてきた。

「案ずるな、操縦桿を握るのはベテランのパイロットだ」

 いつの間にか彩雲のコクピットに操縦士たちが収まっていた。

 時代がかった航空衣袴に頭にはゴーグルをつけた航空頭巾といういでたちに哲は絶句した。ややあって、苦笑混じりにみづきを見やる。

「あはは、まさかとは思ったけどやっぱりパイロットもみづきさんのお友達なんだ」

「上空は寒いぞ。しっかり厚着しておけ」

 みづきに厚手のコートとマフラーそして毛布まで渡された。

 やがて、時計を気にしていた乃木がみづきたちを呼び寄せた。

「そろそろ時間だ。準備はいいな?」

 哲たち3人の顔を見回し、乃木はゆっくりと言い含めるように告げてくる。

「飛行中は茂庭が電子支援をしてくれるから恐らく問題はないと思うが、万一にも自衛隊機の要撃を受けたら機体を破棄して自力で停戦ラインを越えろ。くれぐれも君たちの生存を優先しろ。いいな?伊丹に到着後は播磨中佐と合流して指揮下に入れ。その後の動きは流動的だが、極力悪目立ちはするな。君たちの向かう欧州はいかなる意味においても俺たちのテリトリーじゃないからな」

 こうして話しているのを見る限り、まるでこの男は学校の先生みたいだ。

 と、乃木が哲の方を見やったので思わずたじろいでしまった。

 身を強張らせる哲に、乃木は心底すまなそうな表情で声をかけてきた。

「門倉君。君を我々の戦いに巻き込んでしまって本当に申し訳なく思う。彼女たちには君の身の安全を第一に考えるようにさせる。……いいな?森本、小笠原?」

「ハッ」「はいはい」と二つの口が即答した。

「正直、現状は君には理解しがたい状況だと思う。それを気にすることはないし、むしろ君は余計な事は知らない方がいいと俺は思うよ。けど門倉君、今の我々には君の力が必要なんだ。どうか我々に力を貸して欲しい。これはむしろ君たちの日本の為でもあるんだ」

 本来ならまったく彼には関係ない話の筈なのに、この男に優しい口調で訴えられているうちに妙なやる気が湧き起こりかけ、哲は慌ててその感情を拒絶した。

 なけなしの勇気を振り絞って乃木を睨む。

「そう思うんでしたら僕の要求もちゃんと聞いてください。一つ、この件が無事に片付いたら僕を五体満足で解放すること。二つ、今野朝莉にも手出しはしないこと。三つ、二度と僕たちに関わらないこと。いいですね」

「約束しよう。だからその為にも君はこの任務を無事に完遂して生きて帰ってくるんだ。いいね?」

 握手を求められ、哲は素直に応じた。


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