表側 2日目
マッタリ担当のセイジ・ユーリンペアです。
「昨日の夜、月をバックに屋根と屋根を飛び移り回る影を見たんだよ。某姉妹泥棒の漫画を思い出したぜ。」
「東の衛兵が初心の冒険者が森に一人で早朝消えていったって、騒いでたよ。」
「南の草原がやっぱり最初の狩場みたいだわ。ほかの方角も見てきたけど、パーティ組んでも厳しそうだ。」
「ろーそく亭ってとこのラーメンとパスタの中間みたいな料理があるんだけど、超美味しかったよ!」
ユーリンとマッタリ街を歩くと、NPCかプレイヤーかは聞き分けられないが、色々な話が聞こえてくる。まんざらこうしているのも悪くないようだ。
デスペナは、気絶による時間経過らしいので、いきなり無茶なところに行って、ユーリンにかっこ悪いところは見せれない。
「ねね、セイジ君。東の深淵の森ってところ行って見たいな~」
二人っきりで森?な、なんという急展開フラグ!いや、ん、違ういきなり森?
VRMMOの初心者狩場と言えば草原と相場が決まっているし、さっきの噂でも南の草原が狩場のようだった。
僕は適当にお茶を濁しつつ、日本人お得意のニュアンスで、反対意見な気持ちを伝る。
「ん?二人で行くとは言ってないよ~さっき森パーティ募集って叫んでた人達がいたから、そこに二人で入れてもらったらどうかな~って。」
あー、そう言えば居たなぁ。無茶しちゃってと内心思っていたが、それは口に出さず。
「まだいるかなぁ。一応戻って見る?確か噴水広場の宿屋の角の前だったね。」
僕の期待を真っ向から裏切り、彼らはちょうど後二人メンバーを募集していた。
内心、ユーリンと二人で草原でマッタリできればと思っていたので、残念だった。
ん、まだ時間がいっぱいあるさ。なにせαテストの日程は、ゲーム内時間で30日もあるのだ。
「俺のクラスは、シャドウメイジ。『メノウ』と呼んでくれ。言いだしっぺだし、パーティリーダーを勤めさせてもらうよ。」
落ち着いてはいるものの狡猾な顔付き。ユーリンを見る目がどこと無くイヤラシイが、見られている当人は全く自覚がない様子である。
「あっ、わ、わたしは、『餡蜜』です。ミツと呼んでください。クラスは、良く分かりませんが、む、ムーンナイトだそうです。。」
どこと無く内交的な雰囲気の女子高校生といったところか。顔立ちは調整されているのだろうが、自分の姿や装備が色々とミスマッチを引き起こしているのに、本人は気がついていないのだろうか。腐女子かオタクかと思ってしまうが、失礼なく挨拶を交わしていく。
「僕は、グラウンドソルジャーで、名前は、「カッツ」。地の属性を持つサブタンクも出来る重アタッカーみたい。」
カッツと名乗る青年は、がっちりした体型で重装備で身を包んでいる物の声や話し方に違和感を覚えざるを得ない。何か漫画の主人公のようなキャラからメイクしたのだろうが、テンプレートクラスのようだ。
3人のクラスは全部テンプレートクラスで、テンプレなので当然フロンティアは居なかった。つまり運営の想定内のクラスを想像したということになる。
いくら創造力は無限大とは言え、人とかぶらないようにするのは大変な事である。
まして、ネタのような存在にならないようにすれば尚更である。
「『プリーステスバード』のユーリンです~よろしくね。」
ところがここにそのネタのような~が一名いるのだ。当然フロンティア。
昨日街を歩いた感じでは、歌を聞かせたいという女子プレイヤーは少なくないようで、竪琴を持ったプレイヤーはそこそこにいた。
元々回復支援のバードに、更に回復役属性のプリーストを加えてくるプレイヤーは開発の想定外であったという事である。
説明を聞いた限りでは、聖属性以外の歌スキルとプリーストの魔法の大部分が犠牲になるらしいが、パーティメンバー以外にも効果のある超高範囲リジェネがユニークスキルになっているらしい。
ユーリンの癒しは、僕やパーティーメンバーという枠を超え、他者に広がっていくと思うと、自分の器量の小ささと彼女の気持ちを独占できない事の嫉妬で何とも言えない気持ちになる。
というか彼女のクラスは、パーティ向けではないと言うのは間違いないだろう。
この深淵の森パーティそのものが半分ネタだと思うので、問題にならないが、今後はどうなるか少し心配ではある。
「それじゃ、皆さん準備はよろしいかな?」
メノウがリーダーらしく、準備を確認し、西門の方を向きなおす。
作戦とかは事前に相談しなくて大丈夫なのだろうか。重要な事だと思うので、メノウに話を促す。
「うーん、君がタンク役だよね、どう見ても。ユーリンちゃんが回復でしょ?後はちょうど皆アタッカーできるクラスみたいだし、ってか言わなくてもわからね?」
ちょっとムカっと来る言い方だが、まぁ最もな意見だった。言い返す言葉もない。
「セイジ君、回復は任せて~ 危なくなったら、歌でばっちり癒してあげるんだからねっ」
満面の笑みで、竪琴を鳴らすユーリン。可愛いのだが、歌はリジェネみたいだから危なくなってからでは遅いと思うんだ。。。
「はぁはぁ、だから言わんこっちゃ。。。」
言ってから、反対意見を言わなかった自分に後悔する。
案の定、パーティは崩壊し、街に向かって逃走中である。
森に入ったばかりの時は、まだ良かったのだ。
自分たちより一回り小さいぐらいのキノコの化け物やら、口がやや大きい扇子ぐらいの蝙蝠やらが数体襲ってきた程度だった。
メノウとカッツ以外は、初めての戦闘だったし、戸惑う事だらけだった。それでも、何とか僕がシールドスマッシュでヘイトを稼ぎ、ぼこられつつもユーリンのライトヒーリングを受けて、アタッカーが撃破してくれていた。
レベルと経験不足でも、流石は王道MMO理想構成と言われる盾ヒーラーアタッカー構成だった。
ところが、グレイズリーベイビーという小柄の熊を倒した直後、3メートルはあろうかと思われるグレイズリーという巨大熊が憤怒状態で出現し、ベイビーにトドメを刺したカッツが大爪を振るった一撃で粒子となって消えた。
メロウは、ユニークスキル「シャドウハイド」でグレイズリーの影に隠れてしまい、うちらが追いかけられているに、うちにこっそり逃げてしまった。消えたメロウに舌打ちしつつも残った3人は森の出口に向かって走り続ける。
ムーンナイトのミツが最後尾で遅れていて、次に僕とユーリンが並んで走っていたが、ユーリンのスタミナが尽きかけているのをみて、片手剣と盾をインベントリにしまい、ユーリンを抱き抱える。ああ、柔らかい感触、もう死んでもいいや。
下心が脳内爆発している頃、後ろではミツがグレイズリーの魔の手にかかり、短い悲鳴が木霊すると同時に粒子となって消えていった。
ミツさん、君の某学園ヒロイン物への密かな憧れは理解したっ。今は、安らかに眠っていてくれ。
装備品の重量が半分になる時空騎士のユニークスキルであるリフティングオーラを発動し、スタミナの許す限り走り続ける。どうやら抱えたユーリンも半減対象になっているようで、リフティングオーラ使用前走っていた速度と大差はない。
速度的には、グレイズリーと大差なく走れているのだが、スタミナがぐいぐいと消費されていく。
「私の歌で安らぎを覚えなさい!」
いつものゆったりユーリンの口調ではなく、時空なんたらで始まるアニメの歌姫よろしく気張った勢いのスキルキャスティングだった。掛け声もスキル発動によるモーションサポートの一部のようである。
あいもあいも~と何語か分からない歌詞であったが、確実にスタミナの消費は落ちていて、走る程度のスタミナ消費であれば相殺でてきるようだった。
先ほどの狩りでレベルが5に上がっていたため、その間に覚えた歌であったようだ。非常に都合がいい。
問題は、ユーリンの継続詠唱とリフティングオーラ維持によるMP消費である。
更に他のモンスターをリンクで拾いつつあり、僕らの後ろはモンスターのごった煮になっており、街に帰る以外に生きる残るすべは無かった。
「お前ら、あんなに大量にトレインしてきて、俺をMPKするつもりか!」
僕とユーリンは揃って正座して、西門の衛兵にお叱りを受けていた。
「俺だったから一掃できたものの...」
いう話から、衛兵さんの昔の英雄談まで聞かされ、デスペナ食らった方が
ひょっとして時間拘束が短かったのではないかと疑問に思わざるを得なかった。
MMOにおいて街の門を守る衛兵は、恐ろしく強いのだが、IFOでも例に漏れない。
「おや、あいつは帰ってきたかぁ。坊主ー、どうだったよー?その様子じゃ、大丈夫みたいだな!」
衛兵の呼びかけを無視し、双剣とマントに身を包んだ影は、街に消えていく。
「ん?あいつ? 今朝も一人ソロで入っていった双剣使いがいてな。それが、あいつだよ。愛想はないが、無事帰ってきたみたいでよかった。うん。」
劣等感を隠しつつも、感嘆を漏らしつつ、プレイヤーなのかと尋ねる。
「ああ、冒険者だな。新米なのに大したもんだ。」
世界観保護のためにプレイヤーという単語は、冒険者に置換されるようだ。世界観保護GJ。
話題がトレインMPK疑惑から離れた隙に、僕らは西の衛兵に別れの挨拶を交わし、宿に帰った。
IFOでは、代理販売システムを通じ、どこでもインベントリーの中の物を出品状態に設定する事ができ、同様に出品された物をどこでも買えるようになっている。
そんな便利機能があっても、よりリアルに近いVRMMOでは物を見ながら、売り買いするという風習が根強い。ユーリンと違い、隠れ効率厨な僕には理解し難いが、その方が楽しいと思うプレイヤーが多いのだろう。
既に日は傾いて、モンスターが支配する夜が訪れようとしていた。
宿の前は噴水付きの大広場なのだが、そこに人だかりが出来ていた。
「はい、ゴブリンソード(レア級)ね。1200Gだ。毎度~!」
「スケルトンヘッドね、何かの素材になるみたいよー。13Gだ。どうもどうも~」
「スライムジェリー20個まとめて200Gで誰か買いませんかー?」
IFOもその例に漏れる事なく、この広場が市場としてプレイヤーに認識されたらしく、売買の声が絶えない忙しない場となった。
「セイジ君、ちょっと覗いて行こうよ?私たちのドロップの分け前も売れるかも知れないし。」
僕は正直、宿に入ってから、ベッドの上で横になって代販でやり取りすればいいと思ってたが、ユーリンの笑顔の提案の前には無力に首を縦に振らされる。
広場ならぬ市場では、やはり草原モンスターのドロップの売りが大半を占めていた。
鉱山に行ったプレイヤーもいたようで、アンデッド系のドロップと鉱石も売りがあった。
もちろんIFOにも生産職はある。街での噂とステータス画面を覗いた感じだと、かなりの細分化がされている様だ。例えば、鍛冶と通常一括りにされる生産分野も、その中でまた分岐がある様子。
また、生産特化のクラスについている人はかなり稀で、本人が生産特化のクラスに付きたいと思っててクラスメイキングをしても、最低1つの採集系と1つの生産分野とそれなりの戦闘力を持ったクラスに落ち着くらしい。
街から一歩も出ないで生産だけで引き篭もりというのは運営の望むところではないと言ったところだろうか。ニート不推奨ですね、何も問題ありませんよ?。
僕らが森でゲットしてきた素材はあっさりと売れた。
特にグレイズリーの毛皮は、縫製系で防具の素材になったりする事が分かってるらしい。
普通生産職の買い手は、その手の情報を漏らさずに、安く買い取るのだが、そこはユーリンの天然のコミュニケーション能力の高さの賜物だろうか。いや、分かり安く言い切ろう。彼女が隙だらけなため、ある程度の良心を持つ買い手も同じく隙を晒すのだ。
無垢なフレを持つのは、実に俺得である。
僕のアドバイスもあり、直接利用できないものは全てゴールドに替えたら、3900Gになった。
ユーリンも満足な様子である。疲れてきたし、買うのは検索が使える代販を通した方が遥かに楽なので、僕らは宿に帰った。
「ねね、セイジ君、これなんてどう?」
夕食のラーメンパスタを口に含みながら、ユーリンの勧める出品物を自分の目の前にも表示させる。
『カイトシールド D級 3700G』
先ほど僕が装備可能な防具を表示させた時には、無かった物だ。
レナルドというのは、プレイヤーが作った物だろう。詳細を出して見る。
ランク: D
創造者: レナルド
防御判定補正: 24%
物理ガード力: 38
魔法ガード力: 7
特殊効果: ショックガードLv1 ガード成功時 攻撃対象を5%の確立でスタン
僕の(それほど長いわけではないが)ゲーム経験が、即座に買えと告げたのが
聞こえたので、ユーリンの許可も無く、即座に買った。
αテストでマッタリプレイを決め込んでるし、ユーリンに綺麗なドレスか何かを買ってやりたかった気もするが、とりあえず狩り効率を上げる事を優先するべきだろう。うん。
しかし、市場や代販の鉱石の売りを見る限り、そもそも鉱山に行ったプレイヤー自体多くないはずである。それで二日目で盾を作ったというのは、かなり先を行っていると考えて良い気がする。
MMOにおいて、初期の生産者は資金がないため、作った物を素材代を回収するつもりで低価格で出品する事がある。そして作った物を即売し、また素材を買い、すぐに売る。これを繰り返す事で、熟練度で郡を抜く。そして、自分がトップに漕ぎ着けてから高く売り、大もうけをする。
IFOでは、創造力を多くつぎ込むほど、スタミナとMPを多く消費し、必要分を最大値が不足していると疲労困憊状態になるらしく、良質の物を大量生産というわけには行かないらしい。
このカイトシールドは、どの程度の消費で作られたのだろうか。
「なんだか難しい顔してるよ?ラーメンパスタ冷めちゃうから、ちょっと貰っちゃうね~」
冷めるのと人の飯をつまみ食いするのは関係がない気がするが、僕の中のユーリン抗議派の勢力は、紳士派兼助平派に圧倒され、連戦連敗を重ねている。
ちゅるると器用にパスタを口に運び、もぐもぐという擬音が聞こえてくるかの様に食べる。あ、はい、なんでも許す。
それから少し夜の街をふらついて、宿に帰った。
今日はかなり得点高かったはず。。。言ってみるか、今夜こそ行ってみるのか!
自室に戻り着替えた後、ユーリンの部屋をノックしてみる。
が、疲れたユーリンは食後爆睡してしまったようで、返事はなかった。
夜這い?個室は許可制のオートロックですよ。
MMO用語の説明は無しで行かせて頂きます。