開けては行けない箱
庭の隅に、見覚えのない箱が三つ置かれていた。
誰が運んできたのかも分からない。
宅配の伝票もなく、ただ古びた段ボールが静かに並んでいる。
「邪魔だな。」
父がそう言いながら、一番近い箱を持ち上げようとした。
思ったより重い。
「中身だけ確認してから動かすか。」
父がガムテープを剥がし始める。
その瞬間だった。
胸の奥が冷たくなった。
嫌な予感ではない。
本能が叫んでいた。
開けるな。
それなのに、目が離せない。
「……やめよう。」
そう言おうとした。
口は動かなかった。
父も何も言わない。
まるで何かに引かれるように、箱の蓋はゆっくりと開いていく。
中には写真が何百枚も詰め込まれていた。
知らない家族。
知らない子ども。
知らない老人。
どの写真にも共通していることが一つだけあった。
全員、こちらを見ていた。
写真の下には古びた人形、錆びた鍵、黒ずんだ数珠、焼け焦げた手紙。
どれも見覚えはない。
それでも触れた瞬間に理解してしまう。
これは、人が持っていてはいけない物だ。
背中を汗が伝う。
息が浅くなる。
「……これ、死ぬやつだ。」
理由は分からない。
でも確信だけがあった。
見てしまった。
関わってしまった。
もう遅い。
俺は箱を抱え、その場から走り出した。
捨てれば終わる。
遠くへ持っていけば終わる。
そう信じて走り続けた。
住宅街を抜ける。
公園の前を通る。
遊んでいた子どもたちが、一斉に俺を見た。
次の瞬間。
誰一人笑っていなかった。
一人が泣き出す。
それにつられるように、もう一人。
また一人。
最後には公園中の子どもが声を上げて泣き始めた。
母親たちは何が起きたのか分からず戸惑っている。
子どもたちは、俺ではなく——
俺が抱えている箱だけを見つめていた。
その時だった。
腕の中で。
ガサッ。
箱の中から音がした。
俺は走るのをやめた。
ゆっくりと視線を落とす。
閉じたはずの蓋が、数センチだけ開いていた。
暗い隙間から。
誰かと目が合った。
そこで目が覚めた。
夢だった。
そう思った瞬間、胸が苦しくなった。
頭が割れるように痛い。
そして、庭の方から。
段ボールを引きずるような音が、一度だけ聞こえた。




