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プロローグ

 立派な御殿ごてんがあれば、誰もがそこに暮らす王やその妃、王子を思い浮かべるだろう。毎晩のように催される宴、ご馳走の数々、絹やサテンのドレス、豪奢な観劇、めくるめくような刺激の数々。そして貴婦人の白い胸の上で輝く宝石。思わずため息の出るような、美しい日々だ。


 だが、これはそのような華やかな宮殿生活の話ではない。これは貧しく不幸な少女の、苦難の物語。


 少女の寝室はお城の寒く薄暗い地下の一室。

 毎日夜明け前に、黴臭かびくさい寝具から白い小さな顔と亜麻色の髪がのぞく。淡い緑の瞳を臆病そうにしばたかせる。一番鶏が鳴いた。新しい一日の始まり。


 少女の名前はヴィルジニー。宮殿の地下室で寝起きしている。双子の王子に仕える下女。


 ヴィルジニーの暮らしは決して安逸でも幸福でもない……


 

 ヴィルジニーはベッドから出ると小さく伸びをし、ぶるっと身震いした。裸足の足元が凍えるように寒い。


「もう朝なの……?」


 ベッドから寝ぼけた声が聞こえる。シエナがヴィルジニーと同じベッドで寝ていた。起き抜けのぽやぽやした瞳でこちらを見つめている。真紅の長い髪がベッドの外にこぼれ落ちた。


「日曜よ」

 ヴィルジニーが静かに言った。まるで誰かが隣家で死んだような、何かを恐れているような静かな声で。


 シエナはハッと息を呑んで目を見開くと、ガバッと起き上がり、廊下へ飛び出していった。



 一人になった部屋で、ヴィルジニーは悲しそうに微笑む。開きかけの扉から漏れてくる明かりが眩しい。地下室は真っ暗だから。

 悲しげな表情はすぐに引っ込めて、起き上がった。感傷に浸っている時間はない。なんてったって朝はやる事がいっぱいあるのだから。


 彼女の朝一番の仕事は双子の王子の寝室に行って暖炉の火を起こすこと。部屋に入るとたいてい二人の王子はもう起きていて、陰気な顔つきをしている。

 ヴィルジニーは二人の王子の世話役だった。


 一人はウィゼナ王国の跡取り、アル王子。もう一人はアラン王子だった。二人は見た目にはそっくりで、見分けがつかない。


「昨夜も母上が監視の目をすり抜けて、庭に出ていたそうだ」

 アルが言った。


 ヴィルジニーがゆっくりと振り向く。


 アルはヴィルジニーのまんまるな目を見て、かぶりを振った。

「ヴィルジニー、君は母上が怖いんだろう。無理もない。君はまだ……。母はあの容貌なのだから……。医者の話では、毎晩眠れずに泣き叫んでいるんだそうだ。正気を失って……」


 アルの口調は冷静だったけれど、どこか痛ましい。

 どういった経緯で王妃が正気を失ったのか、ヴィルジニーは知らないのだ。


「王妃様には一度お会いしたことがあります。夜の庭園で……」

 

 王子がちらりとヴィルジニーを見て、寝台の足元にある長椅子から立ち上がった。眉間に深い皺が刻まれている。

「父は母を溺愛していた。美しくて、愛情深く、賢い母を。母が父との子どもを初めて身籠ったとき、二人は幸福の絶頂にいた。父は名君とたたえられ、母はそんな父の愛情を一身に受けていた……。母も父を愛していた……」


 アルの言葉は独り言のように聞こえた。ヴィルジニーには彼がなぜこのような話をしているのかが、わからない。ただわかるのは、自分が召使いでなければ、アルがこんな話をしてこなかったろう、ということだけ。


「そんな日々も長くは続かない。満月の夜に母が産気づいた。医者が呼ばれ、王妃の寝室が閉ざされる。母はいきみ、悶え、叫んだ。長い夜だった……」


 生まれてくるのが双子だということを、王は知らなかった。王妃は出産の夜、長く苦しんだそうだ。ベッドに縛りつけておかなければ、床をのたうちまわっていたことだろう、と侍女は言う。


「父は僕らが生まれた日を呪った。あれ以来、母は気が狂ってしまったから」


 王子の声が微かに震えたような気がした。ヴィルジニーが目を伏せる。彼の悲しみ、苦しむ姿を見てはいけないような気がして。



 王子はハンサムだった。アルとアランは双子で、皆二人がそっくりだと言うけれど、ヴィルジニーは兄のアルのほうがハンサムだと思う。顎のあたりまで流れた褐色の髪。冷たく青い瞳。細く、格好のいい鼻。この人には邪気がない。



「すまない、こんな話をするべきじゃなかったね。ただ、君にはなんでも話せるような気がするんだ……」


 ヴィルジニーは首を横に振った。なんだか喉につっかえてしまって、言葉が出てこない。

「いつでも聞きますわ、私でよければ……」


 王子はけれど、いつもの快活な表情に戻って着替えを始めていた。ヴィルジニーもまた朝食を用意しに、王子の寝室を出てゆく。朝の廊下はやはり、身を切るような寒さだった。

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