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弟を可愛がっていたらヤンデレ化したし、なぜか王弟殿下と婚約が決まりました。

作者: 有梨束
掲載日:2026/02/12

「初めまして、エド。兄弟が欲しかったから、あなたがきてくれて嬉しいわ!」

怯えた目で見る異母弟エドの手をなるべく優しく握って、私は精一杯笑ってみせた。


ここは前世で読んでいた、ラブロマンス小説の世界。

本編はヒロインの聖女見習いと王太子との恋物語だ。

我が弟は、王太子の恋敵であり、当て馬でもある侯爵家の長男、エド。

一途に想っていたが、ヒロインの気持ちを察して身を引くという、人気キャラクターだった。

そんなエドは侯爵がメイドに産ませた庶子だった。

10歳の時、本家に男の子が生まれなかったという理由だけで引き取られて、後継者として厳しく育てられる。

生まれと環境と、義母や異母姉にいじめられていたのもあり、反骨精神だけで生きていく。

そんな中ヒロインに出会い、純粋な優しさに触れて、恋に落ちる。


…サラッと言ったけれど、エドをいじめていたという姉は、私のことだ。

弟が気に入らずいじめ、聖女見習いのヒロインが気に入らずいじめ、すぐに物語から退場し、その後どうなったかもわからないモブ中のモブ、イライザとは私のことである!

そのことに気づいたのは、エドが我が家に引き取られることが決まった時だった。


こうしちゃいられない!

私はエドをいじめないこと、味方でいること、できることなら仲良くなること…!(エドが嫌がるかもしれないから、できたら、ね!)を目標に掲げて、エドを迎えたのだった。


「エド、よかったら一緒にお茶にしましょう」

「エド、庭師のおじさんが花をくれたの。部屋に飾りましょう」

「エド、もう勉強が進んでいるのね、すごいわ」

エドは嫌とは言わないから、そばにいるけれど、これでいいのかしら。


と思っていたある日、エドは気まずそうに私に言ってきた。

「…どうして僕と一緒にいてくれるんですか?迷惑じゃないんですか?」

あら、小説ではこんなに可愛らしい感じじゃなくて、凛としていたのに。

少年のうちは、こんな可愛らしさだったのね。

1つ年下の割には、体が小さいエドは、常に警戒心を解かなかった。


「あら、誰がそんなこと言ったの?メイド?使用人?それともお母様?」

「…え、いや」

目が合わないエドは、視線を彷徨わせた。

「迷惑なんかじゃないわ。大体、悪いのはだらしのないお父様じゃない」

「え…?」

「権力を履き違えていて困ったものよね。でも、今回ばかりはそのだらしなさに感謝しなくちゃね」

私はエドと無理やり目を合わすことなく、続けた。

「だって、エドが私の弟になってくれたんだもの。私、エドがお家に来てくれてすっごく嬉しいんだから!」

その時、初めてエドと目があった。


「…イライザ姉様。姉様って、呼んでもいいですか?」


「…!」

小説では便宜上『姉上』と呼んでいて、名前を呼ぶことすら嫌がっていたのに。

すごい変化だわ!

何より『姉様』と呼ぶエドが可愛かった。

「もちろんよ!ずっとそう呼んでね、エド」

「はい、姉様…!」

それ以来、エドは私の後ろを引っ付くようになった。


「姉様、今日も綺麗です」

「姉様を誰にも取られたくないです」

「姉様につく悪い虫は、僕が排除しますからね」

最初のうちは、心を開ける相手ができて甘えているんだと、私も心から可愛がっていたのだけれど…。


「姉様は僕の女神です」


どうしてこうなったのかしら。



「姉様に相応しい婚約者候補を見つけてきましたよ!」

学園から帰ってきたエドは、開口一番にそう言うとソファーに座って、私をその膝の上に乗せた。

「エ、エド。いつも言っているけど、この体勢はもう…」

「姉様が読んだ本の中のお気に入りのシーンですよね」

それ12歳の時に言ったやつだから…!

ヒロインが好きな人の膝の上で安心するという表現が良くて、エドに言ったあの日以降、エドはいつもこの体勢を取りたがる。

エドが11の時は可愛くてよかったわよっ!

貴方もう17だし、私は18だから…!

年々体がしっかりしてきたエドの腕は、もはや私には外せない…。

ううう、恥ずかしいって。


すっかり成長したエドは、反骨精神どころか穏やかな性格となり、ご令嬢たちを色めき立たせる青年へと成長していた。

すっかりおモテになるエドだが、同じ学園に通っているヒロインには目もくれない。

それどころか、休み時間になると毎回私のところに来る。

他の人とも交流しなくてはダメよ、とさりげなく促してはいるんだけど、貴族としての交流はしていますよと笑って受け流されるばかり。


うーん、やっぱりエドの運命を変えてしまったのかしら。

まあ、身を引く結末なら、最初から恋をしていない方がいいのかなぁ…。


「アーサーの伝手でようやくいいのが捕まったんです」

アーサーとは、この国の王太子であり、この小説のメインヒーローだ。

小説で恋敵になれるほどの存在だったからか、今のエドは王太子の親友となっていた。


王太子殿下の伝手って、どんな相手に嫁がせようとしているの…?


「本当は姉様をお嫁になんて行かせたくないんです。ずっと僕と居て欲しい…!」

エドはギュッと腕の力を強めて、硬い声で続けた。

「一生どこにも行かないで、侯爵家に居ればいい。そしたら僕が姉様を独り占めできる。絶対に苦労はさせないし、姉様の全てを叶えてみせるし、ただそばに居てくれればいいのに…」

「エド…?」

「姉様に足枷をはめてどこにも行かないようにしたい。誰のことも愛さずに、僕だけを愛してほしい。僕だけの姉様で居てほしい。僕が姉様と結婚できたらよかったのに…」

私の異母弟は、大丈夫かしら…。

「でもそれはダメだってわかっています。僕は姉様と血が繋がっていることが唯一の誇りなのに、今回ばかりは本当に憎いです」

エドに好意を向けている令嬢たちにはとても見せられない顔をしていて、私の方が緊張する。

「だから、姉様のことを守ってくれて、無下にしなくて、任せられて、尚且つ僕がすぐに会いに行けて、僕の邪魔をしない、僕の姉様のままでいてくれる相手をようやく見つけたんです!」

そんなに目を輝かせて言うことかしら…。

その前に、結婚したいとか言っていたけど、私の弟、本当に大丈夫かしら?

ヒロインから身を引ける性質は、残っていたってことなのかなあ…。


「というわけで、ユージン王弟殿下と婚約していただきますね」

は…、今なんて。

「お、お、お、王弟殿下!?」

「はい。それなら姉様に変な虫もつきませんし!」

「いやいやいやっ!」

そこじゃないし、王太子の伝手すぎるわ…!

「大丈夫ですよ。王弟殿下は表向きにはグータラの穀潰しということになっていますが、実際は有能な方ですし」


王弟殿下は、今の王と30近く歳の離れた方で、王が即位する半年前に生まれたなんとも扱いづらい人物だった。

本人にその気がなくても王を脅かす存在になりかねないし、他の貴族が担ぎ上げて国を分断しかねない。

そんなわけで、普段は離れに1人で暮らしていて、引きこもっている。


「陛下とご兄弟仲もいいですし、裏では王の右腕として専ら働いていらっしゃいますしね」

「そうなのね…」

「跡継ぎ問題が面倒だから未婚を貫いているそうなので、姉様にうってつけです!」

…なんで?

「王弟殿下となら白い結婚になります。姉様が他の男に愛されなくて済みますし、姉様の子どもも出来ないなら、僕も嫉妬に駆られません。僕だけの姉様でいてもらえます!」

…貴族で白い結婚にこんなに嬉しそうにするのは、エドくらいじゃないかしら。

あと、なんか聞き逃しちゃいけないようなこと言っていたけど、向き合わなきゃダメかしら…。

「明日、お会いしていただけることになっているので、姉様もよろしくお願いしますね!」

「あ、明日!?」

「はい!」

エドは、初めて私に見せてくれた笑顔の時みたいに、眩い笑みを浮かべていた。

私の弟、可愛いし、立派だけど、なんでこんなシスコンになってしまったんだろう…。


「イライザ嬢、そうかしこまらなくても大丈夫ですよ」

「はい…、いえ、ありがとうございます殿下」

次の日、本当にユージン殿下にお会いすることとなった。

王城の王弟殿下が住まう離れの応接間に通されて、エドと2人ソファーに座っている。

さすがに横よ、膝の上になんか乗せられてないわ。


「弟君に聞いていた通り、美しい方で私の方が緊張してしまうな」

「姉様はこの世で一番素敵な方ですから」

「本当に、弟がすみません…」

私は顔を赤くしながら、身を竦めた。

この子は何を言ったのかしら、怖い…。

「ふふふ、仲がいいのはいいことだ」

その言っている表情は、少し寂しそうに見えた。

「話を聞く限りあまりの仲の良さに、あなたにも興味が湧いたんですよ。だから、今日は来ていただけてよかった」

「それなら良いのですが…」

王弟殿下と同じくらいの困った笑みを浮かべると、私の手を取って指先にキスを落とした。

まあ、スマート!

感心していると、エドが急に私を抱き抱えて膝に乗せた。

「あんまり姉様にベタベタしないでください、殿下」

「ちょ、おかしいのは貴方の方でしょ!エド、おろして」

「嫌です」

ムスーッとして、いつも以上に腕の力を込められた。

ここは家じゃないんだから…、いや家でもダメだし、王族を前になんてことをしているの…!

「あははっ、私の恋敵は弟君になりそうだな」

「姉様の1番はいつだって、僕ですから」

ああ、もう…。

エド、貴方のことは本当に愛しているわ、でも一回黙って欲しいし、離して欲しい。

私が俯いていると、王弟殿下は愉快そうに笑った。

「なんとも楽しいな。こんなに楽しいのは久しぶりだ」

「…すみません」

「それで、婚約の件なんだがね」

「あっはい!全然お気になさらないでください!愚弟が不躾なことをお願いしまして、申し訳ありませんでしたっ」

「姉様の今後に関わる大事なお願いですよ」

この子、不敬罪で裁かれちゃわないかしら…。

私の冷や汗がさっきから止まらない。

「あはは、頭を上げてください。違うんですよ、あなたがいいのならお引き受けしたいんですよ」

「…えっ?」

王弟殿下は柔らかい目で私を見ていた。

「こんな10以上違うおじさんでは嫌かもしれませんがね」

「そんなことは…!」

「王の許可はいりますが、身分をみても、あなたの普段の行いをみても、問題ないでしょうし。よかったら私と結婚していただけませんかな、イライザ嬢」

そう言って、目の前に座る王弟殿下は、もう一度私の方に手を差し出した。

「…理由をお聞きしても?」

「未婚でいるつもりだったのですが、周りがうるさくてね。権力争いに巻き込まれない家柄となると、私にとってもあなただと助かるのですよ」

「なるほど…、殿下にとってお役に立つんですね。それならよかったです」

「よろしいのですか?」

「いつかはどこかに嫁ぐ身です。これ以上ない、身に余る光栄にございます」

私は殿下の手のひらに自分の指先を重ねた。

「生涯あなたを守ることを誓いますよ」

「ありがとうございます、殿下」

「もう婚約するのだから、ユージンと呼んでください」

「はい、ユージン様」

弟の膝の上で結婚の約束をするというなんとも奇妙な図だが、私にとっても有難い話だ。

むしろモブなのに、こんなにうまい具合に話が進んでいいのかしら。


「殿下、姉様のこと絶対に守ってくださいね。何者からも」

「ちょっと、エド…!」

「もちろんだ。そのつもりで君の姉君を伴侶にしたいのだから」

「それならいいです」

まだいじけた顔をしていたけれど、エドは頷いた。

そもそも貴方が取り付けてきた縁談ではないの…。

私はエドの頬に触れて、そっと撫でた。

「姉様、幸せになってくださいね。何かあったらすぐに帰って来ていいんですからね!僕に会いたくなったらすぐに帰って来てくださいねっ!」

本当に困った弟だわ。

「どこにいようと私の可愛い弟には変わりないでしょう?」

「そうですけど…。そばにいられない分、僕のことを想っていてください」

「ふふふ、私がイライザ嬢の1番になるには道のりは険しそうだ」

「え、そんな」

「当たり前ですっ!姉様は僕のなんですから!」

違うでしょうよ、もう〜。


「そうだ、イライザ嬢」

「はい」

「もし君が望むなら、子どもは居てもいいと思っている」

「え?」

「は?」

「できることなら白い結婚ではなく、私が君の1番になれたらいいなと思っているので、そのつもりでいてくれると嬉しい」

にっこり微笑む殿下を見て、一瞬何を言われているのかわからなかった。

でも私の思考が追いつく前に、エドが声を張り上げていた。

「何を言っているんですか!殿下は白い結婚をお望みだって!」

「ん?生涯未婚ならそれで構わないと思っていたが、こんなに可愛いお嫁さんが来てくれるなら話は別さ。なに、跡継ぎ争いはうまく立ち回ってみせるし、心配しなくていいよ」「そういうことじゃ!」

「私は子どもが好きなんだ。自分の子は生まれないと思っていたから、イライザ嬢が嫌じゃないのなら考えて欲しいな」

「え、っと、貴族の務めだと思っていますし、別に嫌では…」

「嫌ですっ!ダメです!今回の話は、無しにしてくださいっ!!!」

エドが私と殿下を引っ剥がして、外から見えないように抱き直した。

く、苦しい…。

ふるふると体を震わせているエドに抱き竦められ、私は身動きが取れなかった。

この子、王弟殿下のことを睨んだりしてないわよね…!?

「君が望んだ婚約だったのでは?」

「姉様が他の男に愛されるなんて、耐えられない…!子どもなんて産んだら、僕だけの姉様じゃなくなってしまうじゃないかっ!絶対に嫌だっ!!」

「イライザ嬢がいいならという話だよ?それにまだ先だろうし」

「姉様の子なんて、殺してしまいたい…」

ちょ、何を言っているの!?

私はエドの体をバシバシ叩いたけれど、びくともしない。


「君は王族殺しにでもなるのかい?」


鋭く冷ややかな王弟殿下の声が響いた。

さっきまでとは想像もつかないくらい冷たい声で、この方は王族なのだと身体の芯から納得させられた。

私、簡単に引き受けすぎたかしら…。

この方の隣に並び立てるような令嬢になれている気がしないのだけれど。


「ああ、それもいいですね…」


エドの地を這うような声がして、私はビクッとした。

それもエドの腕に吸い込まれてしまったけれど。

何を言っているの、エド…?

「そうしたら王城の地下に幽閉されますもんね…、姉様の近くに居られるし、姉様の子どもは排除できる…。僕だけの姉様のままだし…、姉様の1番のままだ…」

「ほう…」

殿下の声に、楽しげな何かが混ざった気がした。


絶対不敬罪…!

子どもどころか、今この場で私たち不敬罪だわ!


「エド、やめて!私嫌よ!」

なんとか叫ぶと、エドは腕を緩めて私の顔を覗き込んだ。

「そんなこと言わないで、エド…」

「…そうですよね。姉様を犯罪者の姉にするわけにはいきませんもんね、ごめんなさい」

そうじゃないけど、もうそれでいいや…!

縋るような目で、エドは私を見下ろした。

「姉様の幸せが大事なのに、ごめんなさい…」

こういうところだ、私の後ろをついて回るようになってから、ずっと可愛いところ…!

私の弟は、結局姉思いで可愛いのだ。

ああ、もう、私も甘いんだから…。

「そんな恐ろしいこと言わないで、胸が苦しいわエド」

「ごめんなさい…」

「はははっ、イライザ嬢には敵わないわけだ」

ユージン様は楽しそうに、声を上げて笑った。

「いやー、君たちと家族になるのは楽しそうだな」

…あれ、不敬罪免れたのかしら。

しかも婚約の話、継続?

「あの、殿下、私と婚約してくださるのですか…?」

「ん?そういう話ではなかったかい?」

「いえ、今弟がとんでもないことを言いましたので、白紙かと…」

「そんなことはない。君がいいよ、イライザ嬢」

いつの間にかエドから解放されていて、私はヒョイっとユージン様の膝の上に乗っていた。

「え」

「次からは私の膝に乗ってくださいね」

「あの、これはそうじゃなくて…」

「僕の姉様から離れてください!まだ婚約もしてないんですからっ!」

「あはは、それもあと数時間さっ」

エドがガミガミ怒っているのに、ユージン様は何も気にしていない様子。

それどころか、楽しそうに見える。


なんか、うまくまとまった、のかしら…?


「君の弟がどこまでできるのか、見物だね」

ユージン殿下は、そう私の耳元で囁いた。

その顔は大変満足そうにされていた。


えっと、私たち姉弟で楽しんでいらっしゃいますね…?


ユージン様のいたずら心が垣間見えて、私はため息を吐きそうになった。


可愛い弟に、底の見えない頼もしい夫。

そんな家族に囲まれながら生きていくのも、楽しそうではあるが。

もう少し平和に暮らしたいから、2人のことはしっかり誘導しなくてはダメね。

…が、がんばれ私。


手始めに、帰ったらエドに説教しないとだわ。

はあ、頭が痛い。



お読みくださりありがとうございます!

毎日投稿43日目。

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