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最弱ですが、ボスキャラのあなたを倒します  作者: すっとぼけん太
第二章 危うい優しさが招くもの
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 第四話

サザーランドのジンが歩いて来て、レイジに右手の拳を突き出した。

レイジはその拳に、自分の拳をぶつけた。ジンが微笑む。


「レイジ、暫くは気を付けな。なにかあったら、いつでも駆けつける」


「サンキュ。ジン、頼りにしてる」レイジも微笑んだ。


「じゃあ、また」

「おう」

長身のジンを先頭に、サザーランドの団員たちがひき上げはじめた。

その帰り際に、りっぱな顎髭の老戦士・ガリオンが、『GoodJob!』と、レイジに笑顔で親指を立てた。――――レイジも笑顔で、(サンキュ!)と、声を出さずに口だけを動かした。



シエンは、ルピタを呼ぶと、

「あの片側が(ほど)けそうだから、しっかり縛って来て」

と、左手の高台になっている、丘の上を指差した。ルピタが丘の上へ走る。


シエンが、レイジの傍に歩いてきた。

「レイジ、昨夜はどこに泊まったんだ。セシリアが心配してたぞ」

「……」レイジが頭を掻く。


「しっかし、あそこから、よくこんな所まで連れてこれたもんだ」

と、シエンがエルフの娘の方へ視線を向けた。


「おまえには、お見通しだな」


「わたしを呼ぶ必要は無かっただろ」というシエンに、

「悪かった」と、レイジは渋い顔で首を振った。


レイジが、エルフの娘の方へ歩き出そうとした時に、

「レイジ」と、シエンが呼び止めた。レイジが「どうした?」と振り返る。


「レイジに分かっておいてほしいことがある。だから、少し話を聞いてくれ」


珍しく神妙な面持ちのシエンに、レイジが頷く。

その時、風が一度だけ、静かに彼女の銀髪を揺らした。

シエンは、レイジの優しさを危惧した。


「おれがまた、何かやらかしちまったのか?」


レイジが少し身構えると、シエンは首を横に振った。

「そういう話は、セシリアやパルから聞いてくれ」

「……あ、やっぱあるんだ」レイジがちょっとだけ肩を落とした。


「話したいのは、わたしが子供だった頃のことだ」


こんなシエンを見るのは始めてだった。

「分かった」と、レイジも真顔になった。……重い話だと感じた。

二人は、少し斜面になっているところに腰を降ろした。


「昔、暮らしていた村に、盗賊団が襲って来て、わたしとライザの親は殺された」

「え!?」レイジは、初めて聞いた。シエンが、悲しい視線を遠くに向けると続けた。


「わたしたちは、山で鉱石を掘る肉体労働クランの親方に買われた。……ライザが七歳、わたしが八歳だった。あのときのライザは、今よりずっと泣き虫で、毎晩わたしの袖を握って離さなかった」シエンは、ここで辛そうに息を吐いた。

ライザとは、シエンと一緒にネオフリーダムに入団した女ヒューマンファイターで、いまはクランを退団していた。


「泥だらけのボロボロのシャツに、(おり)のような所に寝かされて、大した食べ物も与えてもらえなかった。それでも毎日、毎日、真っ黒な皮のむけた手で、穴を掘らされた」シエンが自分の掌を見た。


「檻には、色んな村から買われてきた、同じくらいの歳の子供たちが沢山いた」

レイジが、俯くシエンの横顔に視線を向ける。言葉は無い。


「ある日、目の前で、男の子が倒れた。それを監視役の大男が『働け!』とムチで叩いた。ずっと叩き続けた。わたしとライザの目の前で、その男の子は死んだ。(誰か、助けて)って、最後に、その子の消え入るような小さな声が聞こえた。……()()()()()()()()って泣きながら」

シエンの目から、一筋の涙が流れた。

レイジは、いつも勝気な、シエンの涙を見たのは、これが初めてだった。そしてシエンの昔話を聞くことも……。


「わたしとライザは、毎日怯えながら、懸命に生きてきた。声を出して、泣き叫ぶことさえも許されずに。……そんなとき、檻で寝ていると、外で大きなもの音がした。あるクランがやってきて、肉体労働クランから、わたしたちを救ってくれた。そして檻を解放し、食べ物をくれた」

シエンが手の甲で、涙を擦った。


「そのクランの若い盟主が、食べ物をむさぼっているわたしたちのところに来て、兜を取ると薄汚いわたしを両手で抱き上げた。『弱い子らが笑っていれる。そんなみんなが幸せに暮らせる世界に、おれがする』と、澄んだ目で真っすぐに言った。大きな手だった。たしか額には、星型の(あざ)があった。みんなは、その盟主について行った。大人を信用できない、わたしとライザは、二人で食べ物を持てるだけ持って、森の中へ逃げ込んだ」

レイジが、シエンの肩に優しく手をおいた。


「わたしは、『助けって』って言う、あの男の子の声が、耳に焼き付いて離れない。十年以上経つ、今も……」


「シエン……」


「あのときは助けてやれなかった。だからわたしは、強くなりたいと思った」

「おまえ、苦労したんだな」レイジは何も知らなかった。


「あの助けてくれた盟主は、みんなが幸せに暮らせる世界にすると言っていた。だけどまだ、そんな世界には程遠い」

「きっと、今もどこかで頑張っているんじゃないか。自分の正義を貫くために」


「そう願いたい。正義か、……レイジの正義ってなんだ」シエンが、レイジに顔を向けた。

「おまえはどうなんだ」レイジは少しドギマギした。こんな至近距離で、シエンの顔を見るのは初めてだった。


「わたしの正義か。その根底にあるのは、自己の呵責(かしゃく)の念かな」

「あまり自分を責めるな。誰だって何もできないことだってある」レイジが、優しく微笑む。シエンがレイジの目を見た。


「ああ、おれの正義か。……そうだな、真面目に考えたことも無かったけど。きっと、おれの中の譲れないものなんだろうな」


「譲れないもの?」

「そう、そいつが、おれの中で吠える。『てめぇ、ここで見過ごしていいのか!』、『ビビってんじゃねぇーぞ!』って、吠えやがる。そして、おれの内臓に喰らいつく」


「それ、痛いのか」

「すげぇ痛い」レイジが顔を(しか)める。


「ははは、レイジらしいな」

シエンが、レイジの鎧の、腹辺りを拳で打った。大きくよろけて見せるレイジ。


「ガラでもないことを言っちまった。……正直に白状するとさ、途中でおまえのことを抱きしめそうになった」と、レイジが言うと、

「よかったね。最強魔法を落とされなくて」と、シエンが微笑んだ。


「この世界は、レイジみたいな大人ばっかりじゃない。……その優しさが、仇にならなければいいな」――――シエンが、最後にポツリと言うと、歩き出した。

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