第三話
「貴様、おれたちに勝てるとでも思ってたのか!」
と、長身の男が、レイジに剣の切っ先を向ける。
「口の利き方がなってないんだよ!」
「貴様、この状況を分かってんのか!」
「早くそこに跪け!」と、苛立つ男たちが、次々に怒鳴る。
「えっ、おまえら、なんの話してんだ?」
レイジがきょとんとした顔で、首を傾げる。
「なにぃ!」
「おーい、シエン。そろそろ出て来いよ!」
レイジの声に、遠巻きにしている人だかりの中から、藍色のローブの女魔導士が前に出て来た。
「レイジ、わたしを巻き込むな」
ゆっくりと歩きながら、ローブのフードを後ろに倒すと、長い銀髪と切れ長の目が表れた。ハーフマスクで表情は分からない。
「はははっ、おれよりも正義感の強いおまえが、弱いものを見捨てて、通り過ぎるわけがないだろ」
「……」
「それに巻き込むなってやつが、背負っていたものを下に置いて、いまにも詠唱しそうじゃねぇーか」
「いつもおしゃべりなんだよ。勝手にわたしをいい人にすんな」
「嫌がったって、おまえもネオなんだよ。おれが戦い方とか、生き方とか、色々と……」
「もういい。わたしが、レイジに教わったものなんか皆無だ」
「あれはネオフリーダムの、『銀髪の紫偃』!!」
取り巻いていた群衆から、響動めきが湧いた。B級の大型モンスターの群れを魔法一閃で倒し、村の子を助けたことで、グルーディオ周辺では、ちょっとした有名人だった。
シエンは、ネオフリーダムの団員で攻撃魔法系ヒューマン。クラン内では、シエンの攻撃魔法は最強。そして、レベルもあと少しでAランクが見えていた。
ハンタークランも対人クランも、レベルの強さについては同じ。ただ、攻撃対象が魔物か、人(エルフやドワーフを含む)かの違いだけである。
不意に登場した、自分たちよりも上位ランクの女魔導士に、慌てたのは四人の戦士だった。そして黒いフードの男魔導士の足も止まった。
(シエン姉さん)それとは逆に安堵したのが、腰が抜けていたルピタだった。少し口から出ている心臓を中へ押し戻している。
「さぁーて、これからどうしましょうか」
レイジが、男魔導士に向かって声を掛けた。シエンとルピタが、そのレイジの後ろに歩いて来た。
黒いローブを着た男魔導士は、常勝ニュルンベルグの軍師・知雀明であった。
今回は敵地視察が目的の為、あまり目立たぬようにと、Cランク戦士と、ヒーラー系ヒューマンの自分で来ていた。しかし、それが仇となった。
(こんなことになるのなら、四天王の一人でも連れて来るべきだった)――――知雀明は、後悔をしていた。
「貴様、おれたちを誰だと……」
「待て!」知雀明が、戦士の言葉を止めた。
「帰るぞ」知雀明の言葉に、四人の戦士は、レイジに背を向けた。
「ちょっと待てよ」それをレイジが呼び止める。
「あんた、さっき、おれの保護者責任の話を聞いてなかったのか。迷惑を掛けた人へのお詫びがまだだろ」と、レイジがエルフの娘を右手で示すと、促した。
それに驚いたのは、倒れているエルフの方だった。
「あっ、わたしはいいんです。大丈夫です」
と、顔の前で掌を振りながら、少し狼狽えている。
「いやいや、りっぱな大人は、自分の中にある尊厳を守れるものです。さあ、さあ」
知雀明は拳を強く握り、フードの中の額の血管が切れるほどに浮き上がっている。
シエンの背後に、淡く紫がかった魔力の円陣が浮かび始めた。
空気がびりびりと震え、地面の小石がカタカタと揺れる。
「マジか……ほんとに撃つ気じゃねぇの」
四人の戦士が、怯えて後退る。
「早くしなさい」と、常に冷静な知雀明の声が苛立っていた。
四人の戦士は、エルフに頭を下げると立ち去った。
(近いうちに、この愚か者に“知雀の理”がどういうものか教えてやる……!!)
知雀明の強く握った掌には、爪の痕が残り、血が滲んでいた。
プライドの高い知雀明が、ここまでコケにされた事は、生まれて初めてだった。
知雀明にとっては、これは悪夢の何物でもなかった。