第二話
ニュルンベルグの負傷兵たちが、肩を貸されながら後方へ撤退してくる。
「弱い! 弱すぎるっ!」
ドンジョロが二メートル超えの金棒を振り回し、怒声を上げた。
そのとき、隣のギャザバーン兵が吹き飛ぶ。
「ん?」
顔を向けると、斧を担いだ巨漢が、ただ一人、砂煙の中を悠然と歩いてくる。
ドンジョロは男が目前まで来るのを待って、にやりと笑った。
「なるほど、お前が龍神鬼か」
戦場の中央で対峙する二人。
背丈は互角――だが、ドンジョロは太く丸く、龍神鬼は岩のように重い。
「俺は前勇者、ドン。だが、お前の兵は雑魚ばかりだな」
金棒を肩に乗せ、ドンジョロが見下ろす。
龍神鬼は無言のまま、微動だにしない。
「今、俺は運命を感じている。最強の四天王、お前を潰して、歴史に名を残す」
「あはははっ」
「……何がおかしい!?」
低く響く声が、戦場の空気を震わせた。
「最強の意味、分かってんのか?」
ドンジョロは鼻を鳴らして胸を張る。
「この金棒で、どれだけ敵を沈めてきたと思ってやがる!」
龍神鬼がわずかに口角を上げる。
「斧に張り付く肉片に、歴史なんか作れねぇーよ」
ドンジョロの頬がピクリと痙攣した。
「……てめぇ、言ったな」
「忙しいんだ。そろそろ終わらせようぜ」
龍神鬼が首を左右に傾け、骨がボキボキと鳴る。
「口だけは達者な奴だ。せめて、一分は立ってろよ!」
怒号と共に、ドンジョロが跳ねた。
金棒が雷鳴のように振り下ろされる。
「ぞぉりゃあああ! 粉砕っ!!」
百二十キロの鋼鉄が唸りを上げる。
空気を裂き、砂を巻き上げ、誰もが避けきれぬと確信した、その瞬間――
――ガツンッ!
地鳴りのような鈍音。
龍神鬼は右肩を引き、左肩を突き出していた。
その左腕一本で、ドンジョロの全体重を乗せた一撃を受け止めていた。
「なっ……!?」
ドンジョロの目が見開かれる。
龍神鬼の鉄甲をはめた左手が、ぎりぎりと金棒を押し返す。
踏み込んだ鉄靴が地にめり込み、地面には亀裂。
だが、その巨体は一歩も退かない。
「終わりだ」
右手の斧が音もなく走る。
ドンジョロが気づいた時にはもう、斧が脇腹に深々と食い込んでいた。
「ぐあ……っ!」
巨体が横薙ぎに吹き飛ばされ、十数メートル先へ転がる。
泡を吹き、白目を剥き、ドンジョロ――戦死。
龍神鬼は斧を肩に担ぎ直し、ぽつりと呟いた。
「手加減したつもりなんだがな……死んでねぇよな」
誰に言うでもなく投げたその一言に、周囲のギャザバーン兵たちは凍りつく。
龍神鬼は歩き出す。
砂煙の中を、大斧を担ぎ、誰にも止められることなく。
――ギャザバーン軍左翼、壊滅。