第一話
――アデン地方・ブリザック城の戦い――
「……あれは?」
ニュルンベルグ軍総大将、オークウォーリアの龍神鬼が、顎を杓った。
視線の先では、モヒカン頭の巨漢が金棒を振り回し、味方の兵士たちを片っ端から吹き飛ばしていた。
「あれはギャザバーンの将軍、ドンジョロです」
副軍師リオナが即答する。その瞳は鋭く敵将を捉えたままだ。
「“粉砕のドンジョロ”――前の勇者にして、金棒ひと振りで戦場を潰す怪物です」
「勇者……?」龍神鬼が、わずかに首を傾げた。
「四年に一度の大陸武術大会。その優勝者に与えられる称号です。ドンジョロは去年、現勇者に二回戦で敗れ、称号を失いました」
「そうか」
気の無い返し。大陸最強の肩書きも、龍神鬼にはどうでもよかった。
戦場では、勇者の称号などは無意味だった。
「兵を下げろ!」
その一言にリオナはすぐ頷き、指先ひとつで軍を下げさせる。
龍神鬼は立ち上がると、無言で右手を横に差し出した。
すぐに配下が駆け寄り、両手持ちの巨斧を、その手に握らせる。
その隣ではリオナが冷静に、最大限の強化バフを龍神鬼へ叩き込んでいく。
リオナ――ニュルンベルグ軍師・知雀明の一番弟子。
彼女は戦場の空気すらも計算する女だった。その周到な采配は、龍神鬼すら絶対的な信頼を置くほど。
だが、戦況は厳しい。
ニュルンベルグはすでに四城を制圧。
盟主・羅漢王は、次なる攻略地・ブリザック城に、四天王から南の将・龍神鬼と西の将・仙空惨を差し向けた。
ブリザック城は難攻不落と呼ばれていたが最強の龍神鬼がいれば十分――そう踏んでの布陣だった。
しかし敵将ジル・ド・レオは、それを逆手にとり、籠城を選ばなかった。
モナ川を越えた龍神鬼軍の背後で橋を落とし、三倍近い兵で包囲してきた。
仙空惨軍は川の向こうに足止めされたままだ。
通常なら狼狽えてもおかしくない状況に、龍神鬼は少しも慌てず、……というよりも、「ジル・ド・レオか。おもしろい」と微笑んだ。
その一言だけで、南部軍は奮い立った。
龍神鬼と共に勝ち続けた精鋭たちに、怯える理由はない。これが負けを知らない――南部軍だった。
「リオナ、本陣を死守しろ。俺が左翼を崩す」
「了解です」
たった一言。それで十分だと、リオナは知っている。
「前衛にタンクを並べろ!」
「アーチャーは後方から射撃、張り付いた敵は前衛アタッカーが長槍で剥がせ!」
「御意!」
号令一つで、兵が駆けた。
盾を構え、弓を番え、槍を突き出す。
――戦陣が、音を立てて動き出す。
リオナは参謀プラチナエッジに、アーチャー五名を集めさせた。
「総大将ガイヤールは高火力の魔法使い。必ず距離を詰めて詠唱する。暗夜のローブが目印、近づいたらあいつを狙え。他の敵は無視だ!」
アーチャーたちはうなずき、高台へと走った。
「射程内に入った敵には、攻撃魔法・弱体化・鈍足のデバフを! タンクには防御バフと回復! 貫通矢を使え、前には出るな! ここを死守する!」
リオナの声に、さらに士気が高まる。