第二話
俺の装備は、仲間が作ってくれたDグレードの片手剣【チッピングブレード】。
そろそろCグレードにも手が届くレベルにはなったが――
装備してもスキルが足りなくて、性能の半分も引き出せねぇ。
……まあ、金もねぇし、Dでも持てるだけマシってやつだ。
「……あいつらには感謝しねぇと」
そんな時だった。
「盟主~~~! またサボってるっスねぇぇぇ!」
元気すぎる声が飛んできた。振り返れば、ルピタが全力疾走でこっちに向かってくる。
16歳の仮入団ファイター。戦闘力は底辺でも、テンションだけはSランク。
「よぉ、ルピタ。で、その顔は『また負傷っスね?』って言いたい顔だな?」
「当然っス! バジリスク百体ぐらい相手にしたんスよね?」
「……ああ、百だ、百」
「絶対ウソっスね!」
ケラケラ笑い転げるルピタに、俺は小さくため息。
「で、盟主、例のブツは?」
「ああ、持ってきたぞ。針葉樹の枝、だろ?」
ポーチから取り出して渡すと、ルピタは宝物でも手にしたように目を輝かせた。
「さすが盟主っス!」
「で、これ何に使うんだ?」
「へっへっへ。これがマジでスゴいんスよ!」
ルピタは枝を高々と掲げて宣言した。
「廃墟の洞窟にいる、でっかい狼みたいなモンスターいるっスよね? あいつの尻にこれブスッと刺すと、一発で逃げるって話っス!」
「……お前、そういうのないから」
「いやいや、ガチ情報っスよ! ぼくの情報屋が言ってたんで!」
「……その情報屋、昼間から道端で干物みたいになってる、あの赤鼻の爺さんのことか?」
「ぼくの情報屋は一流っス!」
この自信だけは、本当にチート級だな。
「で、その廃墟になんの用だ?」
「決まってるっスよ! 不老不死のポーションっス!!」
ルピタの目は今にも星座を描きそうなほどキラッキラしていた。
「おまえ……またその話か。飲んだら死ぬまで生きられるってやつだろ?」
「そうそう! ……ん? 盟主、それってなんかおかしくないっスか? “死ぬまで生きる”って……」
「……おまえ、たまに核心突くな」
◇
言い忘れてたけど、俺はこの世界《《リムリア・オンライン》》で、ハンタークラン【ネオフリーダム】の盟主をやってる。
真っ赤なストールがトレードマーク。29歳、バツイチ、娘がひとり、6歳。
中身は、ただの怠け者。
「盟主、今更なんスけど」
「ん?」
「うちの【ネオフリーダム】って、ハンタークラン……っスよね?」
「おまえ、それ知らないで仮入団したのか?」
「いや、あの……ちょっと……」
口を開きかけて、すぐ閉じやがった。やれやれ。
「おまえの目的って、不老不死だけなんか?」
「あ、ああ……」
「はあ……。まあいいか、うちは“モンスター狩って、喰って、生き延びる”クランだ。対人戦は基本やらん」
「ってことは、対人クランって……あれっスよね、城とかガチで奪い合う連中っスよね?」
「そう。百人単位で軍隊みたいな連中が、他のクランぶっ潰して、城ごと奪ってく。金も名声もガッポリ、命の保証はゼロ」
「ほへぇ……自由も命も無くなるっスね」
「だから怠け者の俺には、まるで向いてねぇって話よ」
「なるほど~……。で、ハンターって、稼ぎはどうなってんスか? 魔物そのまま売るんスか? あれ、デカいじゃないスか」
「おまっ……そこまで知らねぇで来たのか」
「へへっ」
「そのまま売るっつーか、狩った魔物は《ジェムル》って吸収玉に入れて、城下の《買取屋》で換金。そっから素材にバラされて売られんの」
「素材! それ鍛冶屋とか料理人が使うやつっスね!」
「正解。ハンターは“狩って・吸い込んで・売って”、で暮らしてんのさ。生活基盤としては安定してるけど、地味っちゃ地味だな」
「いやいや、堅実が一番っスよ。でも、ネオフリーダムって、精鋭ばっかなんスよね?ぼく、聞いたっスよ」
「ああ。おまえが仮入団して、今ちょうど12人目だ。……ただし、俺以外は全員AかBランクの化け物だけどな」
「たしか、レベル20までがEで、80超えるとAランクっスよね? ぼくなんかEの中でも底辺っスから、“村の外れで草むしりでもしてろ”って扱いっスよ」
「そういえば、おまえのこと、最初に連れてきたのはミロイだったな。ずっと“面白くてヘンな奴がいる”って言っててさ。で、現れたのが――」
「ぼくっス!」
ルピタが胸を張る。
「ほんと、いろんな意味で最強だよ……いろんな意味でな」
こいつ、ミロイとは昔からの友達らしい。
「で、盟主のランクは?」
「俺か? Dランクだ。堂々の最弱。ちなみに武器もDグレード」
「マジっスか!? で、なんでそんな人が盟主やってるんスか!?」
ルピタは目を丸くして、思わず腰が引ける。
「語ってるのが俺だからだよ(ここ大事)」
「いやいやいや、ツッコミ待ちにも程があるっス!」
「まあ、実際統率してるのは、だいたい副盟主のセシリア。真剣全力系女子。でもな……ちょいちょい天然で、たまに爆弾落とす。――言うなよ」
こいつ、腹抱えて笑ってやがる。
「じゃあ、ネオフリーダムって実際、どれくらい強いんスか?」
「魔物の年間収穫量だけ見りゃ、30人規模の中堅クランと同等だな。うちはたった十数人だってのによ」
「すげぇっス……!」
「世界の7割がCランク以下って中で、うちはAとBの精鋭集団――まあ、俺を除いてな」
「そこだけ妙に強調しないでほしいっス!」
こいつ、仮入団でまだEランクなのに、よく喋る。……いや、俺が言えた立場じゃねぇか。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「おっしゃああああああ!!」
ルピタは右腕を突き上げて、狩場へダッシュしていった。……こいつ、本当に元気だけはある。
行き先は、城の東側にある狩場だ。
俺は、枕代わりにしていた鎧を手に取り、身体に装備した。
そのときだった――
「きゃああああっ!」
西の城門のほうから、女の悲鳴が響いた。
アバラの痛みも忘れて、俺はすぐに駆け出す。
――俺の“最弱で最強の伝説”は、いつだってこんな風に、くだらねぇ日常から始まる。