第一話
―――アデン領・グルーディオ城下にて。
目を覚ますと、湿った土と青草の匂い。
起き上がる気力もないまま、空を見上げてぼんやりと思う。
……ああ、今日もまた地面と情熱的にハグしてたらしい。
やがて億劫に半身を起こすと、遠くにグルーディオ城の外壁が見えた。
「……いてて。マジでアバラ逝ったか?」
アバラを押さえながら、俺――レイジはため息をついた。
ここは《《リムリア・オンライン》》。
かつてはゲームだった。だが今は、ただの現実だ。
ログアウトもなければ、再挑戦もない。
死ねば終わり、痛みは本物。
笑えねぇ“仮想世界ごっこ”が、現実になっちまった。
文明はとうに崩壊し、法律は意味を失った。
今のこの世界で生き抜く術は、二つだけ。
――モンスターを狩るか、誰かを叩き潰してその上に立つか。
すべては、《レベル》と《装備グレード》。
それが、この世界の“絶対ルール”だ。
◆
「で、昨日はって言うと、またアホみたいなことをだな――」
狩場で、新米丸出しのエルフ娘がEランクモンスター・バジリスクに追いかけられてた。
もう絵に描いたようなドジっ子で、転ぶわ石につまづくわ、それでも必死に「だ、大丈夫!」って自分に言い聞かせてる。
見てられなくなって、俺は正義の味方ムーブをかました。
「これが最弱流・正義の一閃だぁっ!」
片手剣を振り抜いて、キメ顔ターン――のはずが。
「ふはっ!? 横からはズルいだろぉぉ!」
二体目のバジリスク。アバラがバキバキに砕ける、実に見事な空中回転を披露した。
地面に落ちたまま振り返れば、エルフ娘が泣きそうな顔でファイヤーボールを構えてる。
「ちょっ、まっ――そこ俺の尻だぁぁ!」
――ドカン!
「ぎゃあああ! 尻がっ、俺の尻がああぁぁぁ!」
尻をパンパン叩きながら地獄の痛みにのたうつ間にも、バジリスクの追撃。
そして、またしても地面と再会。
「それやめてぇぇぇっ!」
泣きそうな顔で、さらにファイヤーボールを構える彼女を、ギリギリで制止した。
そして俺は、這いつくばりながらバジリスクの足を切り裂いた。ズルいが勝ちだ。これでも盟主だ。
「す、すみませんっ! わたし、ちゃんと助けるつもりで……」
声は震えてるのに、必死で真っ直ぐな瞳だった。
「大丈夫、大丈夫。これぐらい、日常茶飯事だ」
とびきりのヘラヘラ顔で笑ってみせた。
すると、彼女はポーチから小さな丸包みを大事そうに取り出し――
「これ、大したものじゃないんですけど……」
ぎゅっと俺の手に押し付けてきたのは、貴重なファイヤーボール玉だった。
「いや、それ、今の状況で渡したらヤバいだろ?」
「大丈夫ですっ!」
そう言い残すと、見事に転びかけながらも走り去っていった。
「……まったく。あれ、セシリアの真剣なときの顔にそっくりだな」
副盟主セシリア。あの一生懸命なドジ女王も、あれぐらい素直なら少しは……いや、ないか。
アバラ、マジで痛ぇ。
この世界で傷を癒すには、ヒール魔法かポーション――でもそれは応急処置にすぎない。
完全治癒には、《《宿屋での静養(眠り)》》が必要。
ただし、金がいる。もちろん、俺にそんなもんはない。