春は忙しい
本作は、本羽 香那様ご主催の「一足先の春の詩歌企画」参加作品です。
「忙しい…」
私、志望する大学に合格したのは嬉しいけど、とにかく忙しい。
「何で?」
学食のテーブルの前に居るのは、私の親友。彼女も学科は違うが、学部は同じだ。
「だって、履修科目は多いし、授業内容も難しいし」
「何言ってるのよ、貴女理系なのに入学した時、下手くそな短歌を詠んでたじゃない」
そう。私は詩歌は知識も才もなく、とても下手なのに、時々短歌などを詠んで彼女に笑われる。
まぁ、いわゆる「下手の横好き」というやつだ。
「えっと『サクラサク 大きな夢を 抱きつつ 潜った門に 心躍らせ』だっけ。その時は張り切ってたじゃない」
何で覚えているのよ!
「そうなんだけどさぁ。その、あるじゃない。気楽な学生生活とか優雅なキャンパスライフとか」
「まだ入学して間もないじゃない。これから実験とかレポートとかもっと忙しくなるわよ」
「え〜」
確かに、まだ入学して半月だ。
「しかし、あれには笑ったわね」
「え?」
「お花見」
あああっ!
私の黒歴史だ。
先週末の休日。私は彼女からお花見に誘われた。
近くに八重桜などの遅咲きの桜の並木道がある。
その時、ちょうど見頃の時期だった。
その桜の並木道の先には川沿いの遊歩道があり、この時期だけ屋台が並び、名前はないがお祭りのようになる。
今まで受験、卒業、入学と何かと忙しかったので行くことにした。
◆
二人で桜を観ながらブラブラ歩き、遊歩道で屋台を冷やかしていると、偶然に彼女のお兄さん達と出会った。
そして、そのお兄さんの友達と思われる彼を見た時、私は心を奪われた。
そう。一目惚れである。
その後、暫く4人で行動する事になったのだが、私は心ここにあらず、という感じだった。
『蒲公英の 綿毛のように ふわふわと 風に漂う 私の気持ち』
声には出さなかったが、この短歌が浮かんだ。
そして、彼女のお兄さんと達と別れたあと、私の変化に気づいたのか「どうしたの?」と(彼女に)聞かれたが「何でもない」とごまかした。
二人でベンチに座って、たこ焼きを食べながら、上の空であった私は、つい声に出してしまった。
「『お花見で 出会った彼に 一目惚れ 舞い降りてきた 春の訪れ』」
それを聞いた彼女は大爆笑。
失敗した。
「やっぱ惚れちゃったんだ」と揶揄われた。
自白したので認めるしかなかった。
「『舞い降りてきた 春の訪れ』って何なの?」
「いや、(恋に)ストンと落ちたわけじゃなくて、桜の花びらがひらひらという感じで……」
「春の季節に春が来たかぁ」
「いや、結句の「春」は季語じゃないし、そもそも短歌だから季語は特に必要ないし────」
焦って意味不明な言い訳になってしまった。
そして、不毛な争いは続いた。
◆
と、いうことがあったのだ。
「コクったら?」
「はあぁぁあ?」
いきなり何ていう事を言うんだコイツは。
「実はね────」
あれから、私の気持ちを知って家に帰った彼女は、お兄さんに彼の事を根掘り葉掘り聞いたそうだ。
そして、彼に彼女はいない事。優しく、誠実な人物である事を聞き出し、それならと私に紹介しよう、という事だった。
彼女には、既に彼氏が居るので、Wデートしたいだけ、だと思うのだが……。
「大丈夫。ちゃんとセッティングやフォローするから」
「えっと…」
まぁ、親友である彼女とそのお兄さんの推薦だし、悪い人ではないのだろう。
そこまで言うならと、「告る」のは約束出来ないが、(彼女に)従う事にした。
「はぁ」とため息をついた私はポツリと呟いた。
「これから、勉強や恋愛や、益々忙しくなるのかなぁ」
おわり