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091 異世界でもお化けっているんですか?

 ――ビーーー! ビーーー! ビーーー!――



 けたたましい警報音が頭の中に鳴り響く。俺は何事かと思い布団から跳び起きた。



「な?! なんだ?! なにこの音?!」



 直後、チエちゃんが念話で話しかけてきた。



《蓮さま! エリカさまが目覚めました! 早く来てください!》



 この警報音……チエちゃんだったのか……ちょっとやめてよ! こんな目覚まし音! 怖すぎるよ!


 今、何時だ? クマロク製の置時計を覗き込む。午前4時ちょっと前……早朝と言っていいのか、深夜と言っていいのか……突然起こされたのでまだ頭がパヤパヤする。



「わ、わかったゃ。すぐ行く」


《早く早く! エリカさまがハンマーを探しています! ああ~! もどかしい! 私に身体があれば止められるものを! 神槌(しんつい)でもなんでも使って早く来て下さい!》


「え、寝起きに神槌(しんつい)はちょっと……」


《ダメです! 急いで!》



 俺は三回も神槌(しんつい)を使い、爆速で小村電器店に向かった。寝起きでまだ頭が目覚めてないので、脳に負荷がかかり過ぎて鼻血が出てしまった……


 チエちゃん……スパルタが過ぎるだろ!



「よいっしょ、よいっしょ……ぐむむ……このくらい大きなハンマーならこの扉もぶっ壊せるはず……うおお……お、重い……!!!」



 店の奥に駆け付けるとエリカがハンマーを手に、扉を壊そうとしていた。



「待て待て待て! エリカ! 何してるんだ!」


「お? 蓮くん! おはよう! いや、この扉どうしても開かないから、いっその事ぶっ壊そうと思ってね。手伝ってくれるか?」


「いや、手伝わないよ! 開かないからって壊すな!」


「なぜだ? ボクはこの先にあるものが見たい。だが扉が開かない。だったら壊す。それが一番合理的じゃないか」


「違います。それは合理的とは言いません。原始的といいます。そういう事は、まず俺に相談してくれ。街の建物なんだから、大事にしないと、ね?」


「む、そうか。そうだな。君の言う通りだ。ちょっと乱暴だった。すまない」



 そう……エリカは馬鹿じゃない。言えば分かる子だ。ただちょっと独特の感性というか、刹那的な感覚の中で生きてるからな……



「で? この扉を開けて欲しいって……あれ? 石化が解けてないね」


《そうなんです。どうやら倉庫みたいなんですが……》



 小村電器店の奥にこんな倉庫があったとは……青年部時代は何度も来たことはあるが、こんな奥まで来ることはなかった。


 倉庫の入り口には張り紙がしてある。



 ――『修理受付 未修理』――



 その下には大狸商店街の商店名や住民たちの名前が書いてあり、ほとんどの名前が横線で消してあった。恐らく修理が済んだものはこうやってチェックしてあるんだろう。


 あれ?


 一つだけ消されていない名前がある――



 【 大狸商工会 】



 え? 商工会が依頼したもの? 俺、小村さんに何か修理依頼したっけ?


 いや……俺が赴任してきてからは無かったはずだ。つまり俺が来る前のものってことか……



《恐らくは、本来修理して持ち主に返すものがある為、封印が二重にかかっていたのでは? 蓮さま、開錠(アンロック)で開けて頂けませんか? 未修理のものが何か分かりませんが、依頼主が商工会議所であれば、持ち主は蓮さまということでしょう》


「そうか、そうなのかな? わかった。やってみよう……開錠(アンロック)!」



 ――ガキンッ! シュウゥゥ……キラキラキラ……



 いつものように、錠前の音ともに扉の石化が光を放ちながら解除された。



「おお! 凄いな、それは魔法か? 蓮くん」


「いや、なんか俺だけの固有スキルみたいなんだけど……よく分かってないんだ」


「ほ~、雷属性といい固有スキルといい、きみは本当に興味をそそられる人物だ。だけど今は……この扉の先が気になる! 開けていいかい?」


「ああ、いいよ。でも、中がどうなってるか分からないから、気を付けてね」


「わかった!」



 エリカが恐る恐る倉庫の扉を開く。


 午前四時だ……当然ながら中は真っ暗だ……ふわりと埃が舞い、カビと油の匂いが鼻についた。


「暗いな……よし、ここは魔法で……」とエリカが詠唱を始めた。



「エリカだ。火よ。原初の熱よ。照らせ。指先燈火(リトル・イルミナ)



 エリカの指先に優しい炎が灯り、倉庫の中をほのかに照らした。


 それより……



「詠唱、みじか!」


《短いですね……雑ともとれるくらい》


「いいんだ。この程度の魔法ならそんなに長々詠唱する必要はない」



 いかにも合理主義のエリカらしい簡潔な詠唱だな。ソニンの詠唱とは大違いだ。水龍装甲(ヒュドラ・スーツ)は、詠唱も派手な分、その力も凄かったもんな。



「さて、中には何があるかな? ふふふ。結構……広いのか? 奥の方は見えないな……うーん……これは……蓮くん。ボクはここで照らしているから見てきてくれ」


「え、なんでだよ。エリカが見ればいいだろ?」


「いや、何だか急に怖くなった。お化けとかでたら……怖い」


「え! お化けが怖いって……エリカ、そういう感情あったんだ」


「あるさ! ボクを何だと思ってるんだ?」


「いや、だって理導士っていうから、お化けなんて非科学……非理導的なもの、信じないのかと……」


「非理導的? 何を言っている。魔導も理導もひっくるめて世界だ。見ての通り、魔導や魔法があるんだ。お化けだっているかもしれない」


「そりゃそうだけど……」


「ボクはより世界を知るために理導をやってるんだ。何かを否定するためにやっているわけじゃないぞ? だから怖いものは怖い。正直ちびりそうだ。もし本当にお化けが出たらどうしよう。君の雷撃で倒せるかな?」



 マジで何なのこの娘……エリカとばあちゃんだけは先が読めない。


 にしても……意外と柔軟な考え方をするじゃないか。大抵、科学信者ってのは、それ以外を信じない傾向にあるんだけど――彼女は違うようだ。


 何かを否定するために理導をやっているわけじゃない、か。


 かっこいいじゃん。


 さて……倉庫の奥だが……



「エリカ……君がそんな風に言うから、俺も何だか怖くなってきたよ……ねえ、一緒に行かない?」


「む……そうだな……ボクが照らさないとよく見えないしな……分かった。二人で行こう」



 そう言うとエリカは俺の腕をとり、身体を密着させてきた。相変わらずのゼロ距離感覚だ。そんなにくっつくかれたら歩きずらい、っていうか……もう色々擦り付けてるじゃないか! まずいなぁ……保たなければ。俺自身の形状を!(久しぶりだなこれ)


 扉から入って右側は壁、左側が棚で、壁と棚の間は人ひとり通るくらいの幅だ。


 左の壁側には家電の修理用のものだろうか、コードや部品が所狭しとかけられている。


 全体はどの位の広さだろう……恐らくそんなに広いわけじゃないだろうが、背丈を越える金属製の棚がいくつも置いてあり、視界が悪く先が見通せない。


 俺とエリカはさらに身を寄せながら壁伝いに奥に進んでいく。



「蓮くん、日が昇ってから調べた方が良かったかな……」


「だね……でも、この倉庫、窓がないから多分昼間でも暗いと思うよ……」



 突き当りの壁がエリカの指先燈火(リトル・イルミナ)で照らされ、ぼんやりと光を反射する。突き当りの左側に通路が続いている。なるほど、棚は縦にずらりと並べられているのか……



 ――ジジっ……ぼっ……ぼぼ……



 突然、エリカの指先燈火(リトル・イルミナ)の炎が小さくなってきた。



「エリカ、どうした?」


「まずいぞ蓮くん。ボクはそろそろ魔力切れだ」


「え?! もう?! 早くない?!」


「うん。ボクは驚くほど魔力の使い方が下手くそでね。この程度の魔法でも恐ろしく魔力を消費してしまう。子供の頃からこんな感じなんだ。だから理導士になろうと思ったん――あ、そんなこと言っているうちに、もう無理だ。消える」



 ――ふっ……



 指先燈火(リトル・イルミナ)は一瞬大きくなり消えてしまった。



「うわ……真っ暗で何も見えない。エリカ、大丈夫? 魔力切れてきつくない?」


「いや、少し疲れた。蓮くん、役に立たなくてすまない。ボクに幻滅しないでくれ。こう見えていいところもあるんだ」


「え? ああ、うん……幻滅、しません」



 思ったことがそのまま口を突いて出てるなぁ。こういうところ、ばあちゃんに似てるかもな。



「しかし参ったな……引き返すか」


「嫌だ! ボクはこの先に何があるのか知りたい!」


「そうは言ってもいいの? 怖くないの?」


「怖い! 何故、闇というものはこうも人に恐怖を喚起させるのか! 残念だが、ボクはもうすでに少しちびった。どうしよう蓮くん」


「ええ?!」


「外にまでは染みてないと思うが……ボクは……恥ずかしい!」



 も~~~! 何がしたいのこの娘!!! 今のところ何の役にも立ってないぞ!



《あ……蓮さま、エリカさま、小村電器店の恩恵、迷わずの回路(シースルーサーキット)を使われては? 恩恵であれば魔力消費がありませんので、使えると思います》


「あ、そうか! あれって建物にも使えるのか! エリカ、迷わずの回路(シースルーサーキット)を使ってみよう」


「ふむ。恩恵というものが何なのかよく分からないが、分かった。やってみよう」



 ――「「迷わずの回路(シースルーサーキット)」」――



 次の瞬間、真っ暗だった視界が暗視ゴーグルで覗くように見えるようになった。



「おお! 凄いなこのスキル! 暗闇なのに見えるぞ蓮くん! む? 遠くは見えないな。なるほど、望遠機能はついていないのか。いや、しかしこれで十分だ。先に進もう」



 俺とエリカは突き当りを左に曲がり、倉庫の奥の方へ進んでいく。棚の上に置いてある家電や部品が入っている箱は、薄緑の視界の中で、ひときわ白っぽく映る。



「特にめぼしいものは見当たらないね……どうする? エリカ。まだ奥に進む?」


「もちろんだ。もうちびったんだ。失うものは何もない」


「そう、ですか」



 そもそも商工会が修理を依頼したものって何だろう。チェックがついてなかったって事は、まだ未修理ってことだ。変だな……小村さんは腕利きの電器屋だ。街のみんなから「修理できないものなんてない」って評判だったんだ。その小村さんが修理できないもの……なんだろう……


 また突き当りに着いた。恐らくこの倉庫は12、3メートル四方の形だろう。物が多く、そろりそろりと歩いているからとても広く感じられた。



「ちょっと待て……蓮くん……あれ……なんだ……見えるか?」



 ここでエリカが左奥を指さした。



「なんだ……あれ……」



 壁沿いをぐるりと回った最奥……この倉庫が正方形なら12、3メートル先……そこには何かぼんやりと大きな白い影が見える……



「もう少し近づかないとよく見えないな……行こうエリカ」


「あ、ああ……」



 足元には様々な箱や部品が転がっている。俺たちは慎重にその白い影に近づいていく……


 4、5メートル進んだ時に俺はとても嫌な予感がした。というのも、その白い影が人の姿のように見えたからだ。


 いや、明らかに……人の形をしている……!


 ぼんやりとしか見えないが、だらんと立ったそのフォルムは背を丸め、頭をうなだれている。腕はだらしなく前に垂れ、足元はスカートのように広がっている……この身長……子供か? 女の子???



「蓮くん……! あ、あれは……!」


「ご、ごくり……ああ……人のようだけど……なんでこんなところに」


「蓮くん……ボクはもう限界だ。やっぱり引き返そ――」



 エリカが踵を返そうとした瞬間、そのぼんやりとした人影から声が聞こえてきた……



『ハジメ……テ …………デス ……ウ…ラミ……… ……マ……ス』



 ……なんて……言ったんだ?


 ウ…ラミ……………マ……ス


 恨みます……???


 俺とエリカはその単語に震え上がった。



「れ、蓮くん! これは……お化けだ!!! はやく逃げよう!」



 エリカのこの声に白い影が反応した……


 うな垂れた頭部がぐるりとこちらを向き、目がグルグルと光った!



「な?! なんだこいつ!!!」



 そしてあろうことか両手を広げ俺たちの方へ向かってきた!



「ほんぎゃ~~~!!! こっちへ来……がっくぅ~……」


「ちょっとエリカ! 気絶?! ちょっと体勢が……あぶな――」



 俺は気絶したエリカと白い影に挟まれ、その場に転んでしまった!


 ヤバい……白いのがそこまで……あ……


 白い影は足元の箱に躓き、俺に覆いかぶさるように倒れた。


 その反動で白い影の頭部が俺の頭に衝突し――



 ――ゴチン!!!



 その衝撃で迷わずの回路(シースルーサーキット)が解除され、また視界が暗闇に戻った。


 何なんだ……この白い奴……怖すぎ……だろ……


 こんなことになるなら……来なければ……よかっ……た……


 あまりの恐怖と衝撃で、俺はそのまま気を失ってしまった。











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