089 試食~何かが足りない!~
「蓮ちゃん! ヴィヴィちゃん! その料理対決……ラーメンで勝負するばい!」
ラーメンを料理対決にぶつける? 何を言い出すかと思えば……
それは――
面白そうじゃないか! ヒズリアの人たちはラーメンどころか、小麦やコメの美味さにすら気づいていない。確かにヒズリアの木の実はそのままでも美味い。だが、穀物の持つ汎用性、その可能性に比べたら――へそで茶が湧くぞ!
この勝負、勝てばきっと大狸商店街のいい宣伝になる!
ばあちゃんめ……計算か? いや、何も考えてないだろうが……ナイスアイディアだ!
「伊織さま、先ほどからお耳にします、そのラーメンとは?」
「へははぁ! 大狸商店街の新作名物たい! 今、スープの仕込みまで終わっとるんよ。ちかっぱ美味いけん!」
「も、もしや……先ほどからこの食堂に漂っているこの独特な匂い……そのラーメンというもののでございましょうか?」
「そうばい! ね! ヴィヴィちゃん!」
「ええ。豚骨スープといって、最上級のグランボアの骨を煮詰めて作っております」
「グランボア? あの恐ろしい豚の骨を……さ、左様ですか……ですが、そのラーメンというもの、料理対決には不向きかと」
カッツォーネさんはハンカチで鼻と口元を覆いながら、あからさまに嫌な顔をしている。
「不向き? 何故ですか? カッツォーネさん」
「先ほども申し上げました通り、祝賀会に出席される方々は国の重鎮や貴族の皆さまです。このように下卑た――あ! いえ! その……個性的な香りのするものは馴染みのない方も多いかと……もっと別のメニューにされるのが賢明でしょう」
今、こいつ何て言った? 下卑た? 下卑たってなんだ? 俺たちのラーメンを下卑たって言ったのか! この……カ~ツ~オ~! 思わず心の声が出たな~! あったまにきたぞ。
「ご進言ありがとうございます。ですが、今決めました。その料理対決、私共はラーメンで勝負いたします。そちらの料理人にお伝えください。首を、いえ、皿を洗って待っていろ。と」
「レンさま……お気を悪くされたのであれば、大変申し訳ありません。ただ、かなり強い匂いでしたので……」
「ええ、そうでしょう。確かに豚臭いです。ですがもう決めました。私共はこの新名物ラーメンを貴族さまたちにお出しします。あ、そうだ。ラーメンだけではなく、ついでに半チャーハンもつけましょう」
「ハンチャーハン……ふはは。さすが新しき国……聞いたことがないものばかりで……胸が躍りますね。かしこまりました。楽しみにお待ちしております。日取りはひと月後、どうぞよろしくお願い致します。こちらは招待状でございます」
「有難く頂戴いたします。ナミヘールさまにもよろしくお伝えください」
「はい。では失礼いたします」
「お気をつけて」
カッツォーネさんは相変わらずの笑顔を絶やさず去っていった。
護衛の騎士たちは「はぁ」とため息をもらし、安堵したかのように出ていった。終始カリスとタリナのプレッシャーが半端なかったもんな。
さぞかし怖かったことでしょう。
「ふう……なんかファクタに行くことになってしまったな、サリサ」
「まあ、新興の国を取り込もうとするのに、こういった手を使う事はよくあることだ。今回は随分と手順を省いているがな」
「蓮ちゃん! 料理勝負、楽しみやね!」
「ばあちゃん……まじでダメだって。黙っててって言ったじゃん」
「ごめんごめん。ばってんラーメンで勝負、蓮ちゃん胸アツやろ? 最後の方、ちょっと怒っとったろ?」
「ん……まあ、ね。ヴィヴィ、試食って夜って言ってたけど、今からでも出来るの?」
「まだ麺とスープのみですが……」
「十分だ! 頼む!」
「はい! 準備しますので少々お待ちを!」
みてろよ~カツオ……
あんたが下卑たとこき下ろした、勝っちゃんの、俺らの、ヴィヴィの作るラーメンが負けるはずがない。
貴族かなんか知らないが、現代日本の『味の暴力』をみせてやる!
◇ ◇ ◇
「出来ました……どうぞ!」
俺とばあちゃん、そしてサリサの前に、キラキラと湯気をたたえたどんぶりが差し出された。
「お、おお! ば、ばあちゃん……」
「はわわわ! 蓮ちゃん……」
「こ、これがラーメンか……」
嗚呼……ラーメンだ! 俺たちの目の前に夢にまで見たラーメンが! 涙でどんぶりが滲んでしまう! ふと横を見るとばあちゃんも大粒の涙を流している。
サリサはまだこの匂いになれていないらしく、どんぶりを見つめ怪訝そうな顔をしている。
「ばあちゃん、サリサ、頂こう」
「ぐすっ……そうやね」
「お、おう」
――「「「頂きます!!!」」」――
まずはスープをひと啜り……
瞬間、豚骨独特の香りが鼻を突き抜ける。
じっくりと煮込まれたグランボアの骨から、これでもかと野趣溢れる香りと出汁が出ている。ともすればただの臭いスープなのだが……
しかし、サリサが集めてきた香味野菜が絶妙に配合され、その異臭ともとれるクセを見事にコクやまろ味に転化している。
そしてドンガの醤油から作ったかえしが、キリリと味を引き締めている。恐らくこの醤油も相当出来のいい醤油だろう。
これは……ほぼ完成といっていい出来だ。正直どこまで出来るのか不安だったが、さすがヴィヴィ。俺たちから聞いた話のみでよくここまでの味に仕上げたもんだ。
そして――
初めてラーメンを食べたサリサの目が、まるで火花を散らしたかのように輝いた。
「おい! 蓮! 伊織! なんだこの味は……トトゾリア王室の晩餐会でもこんなに美味いものは食べたこと無いぞ! お前たち転生者はいつもこんなものを食べていたのか?!」
「まあ、ね……」
あまりの美味さにサリサは興奮気味だが――
ばあちゃんと俺は違和感を感じていた。
「ねえ……蓮ちゃん、このスープ」
「ああ……美味い、美味いんだけど……何か違うな」
「そうよね。なんか足らん気がする」
「え?! 何が足りないのでしょう……伊織さまに言われた通り、先代の使われていた食材を使ったのですが」
先代って。ヴィヴィよ、いつの間に……良かったな勝っちゃんおいちゃん、二代目が出来たぞ。
「う~~~ん……なんやろうか……基本的には勝っちゃんが作っとったもんと変わらんと思うんやけど……どう思う? 蓮ちゃん」
「うん。ほとんど変わらないと思う。実際にとんでもなく美味しいし、これはこれで完成と言っても過言じゃない。水も神水を使っているし、ヴィヴィの腕は疑うべくもない。でも……なんだろうね……何かが違う……とりあえず麺も食べてみようか」
「そやね」
麺を箸あげする……つやつやとスープと油を纏った麺が箸の上でぷるぷると震えている。ほのかに小麦の甘い香りが鼻をくすぐる……なんと美味そうな……いや、食べる前から美味い!
――ズルルル!
っっっんっまい!!! モチモチとした麺の弾力が心地よく歯を押し返す! ホシノエの小麦……いいじゃないか! 小麦粉はパン用の強力粉や麺用の中力粉、お菓子作りなどの薄力粉があるが、ホシノエの小麦は中力粉だな。麺づくりには最適だ! 噛むごとに中華麺独特の風味が口の中に広がる! なんて美味い麺なんだ! 口の中が幸せでいっぱい……
のはずなのだが――
やはり……勝っちゃんおいちゃんの麺と、どこか違う……美味いんだ。美味いんだけど……なんだろう……完璧すぎるような……
「ヴィヴィ、この麺、もしかして手打ち?」
「はい。本を参考にどの工程も手抜きなくやっていますが……ダメでしょうか?」
「いや、かなりというか……極上といっていい麺だよ。だけど……美味すぎる、気がする」
「え? 美味すぎる?」
「それの何がいけないんだ! 見てみろ! 私はもう食べてしまったぞ!」とサリサが空のどんぶりを天に掲げた。
こいつ……完全にラーメンの虜だな。ちなみにスープまで完食すると太るぞ?
「う~ん……麺があまりに美味すぎて、何と言うか……スープと喧嘩する感じ? 言い方悪いかもだけど、もっと雑というか、ざっくりした味わいの方がスープが活きるとおもうんだよね」
「もっと雑……? む、難しいですね」
勝っちゃんおいちゃんの麺はもっと安っぽいというか、スナック感覚? みたいな感じだった。何杯でも替え玉出来そうな……ポテチのようにやめられない感じ。この麺は最高に美味いが……ひと玉食べるとそれで済んでしまう。何と言うか……後を引く感じがないんだ。
「ばあちゃんはどう思う?」
「うん。麺は最高に美味しいね。でも……全体としては勝っちゃんのラーメンの方が上やなかろうか……あ! ごめんねヴィヴィちゃん」
「いえ、大丈夫です。つまり先代の方が麺とスープのバランスがよく、一杯として満足度が高かったということですね……」
「いや、ヴィヴィ。私は最高に美味いと思うぞ! こいつら思い出補正が入っているだけだ! 誰がなんと言おうとお前のラーメンは美味い!」
「ありがとう、サリサ」
思い出補正……確かにサリサの言うようにそうなのかな。いや、勝っちゃんおいちゃんの味は確かに覚えている。ばあちゃんなんか毎日のように通ってたんだ。そのばあちゃんが間違うはずがない。
「手打ち麺か……最高に美味いんだけどね……あれ? なあ、ばあちゃん。勝っちゃんおいちゃん、手打ちってしてなかったよな?」
「あ……そうやね。勝っちゃんは製麺工場から仕入れとったんやないかね?」
そうだ……勝っちゃん食堂はワンオペ、午前中から夜まで開店してて、しかも繁盛店……製麺する暇なんてなかったはずだ。
「これさ……手打ちじゃなくて製麺機を使った方がいいんじゃないかな?」
「あ! そうばいそうばい! 勝っちゃん、麺は基本的には麺工場から買っとったばってん、たまに麺が足りんごとなったら自分でやりよった!」
「製麺機……あ、店の奥にあるあの機械の事でしょうか? 使い方が分からないので使ってませんでしたが……」
「次はそれで製麺してみよう」
「はい! あとはスープですね……何が足りないんでしょう……」
「う~ん……」
ここで俺たちは行き詰ってしまったが、ばあちゃんが狐耳を動かしながら何か考えている。
「な~んかね、音が違うんよね。ヴィヴィちゃんと勝っちゃん」
――「「「音???」」」――
「うん。勝っちゃんの音は、チョロ、カン、ザァ、チン、ジョバ~なんよねぇ」
――「「「はい???」」」――
ばあちゃん、何を言い出すかと思えば……なんだよそれ……
ラーメン作りに音は関係ないだろう!
いや……
関係あるのか???




