078 釘バットを持った100人の横綱がダンプに乗って突っ込んでくる
あれから数日、俺は豚骨ラーメン作りのため、材料集めに奔走していた。
中でも最大の課題は――豚骨。
狩猟文化であるヒズリアでは、畜産が発達しておらず、いわゆる家畜としての豚はいない。
なので、野生の豚を狩れば済む……はずなのだが――
ヒズリアには、動物の姿を宿した亜人、猫族や犬狼族などが多く暮らしている。
そして無論、猪族もいる――
その事がずっと心に引っかかっていた俺は、意を決して猪族のドンガに尋ねた。
「ねえ、ドンガ……野生の豚を狩るとしたらさ……いや、その、何て言うか……気を悪くしたらごめんね? なんか、嫌じゃないかな?」
ドンガは目を丸くして鼻息荒く答えた。
「蓮さま……そりゃあんまりでやす! こう見えて俺っちたちは人に近い種族でやすよ?! 蓮さま、サルと比べられたら、どんな気持ちでやすか?! ぶふぅ~!」
……ごもっともだ。
気を使ったつもりが、俺の考えが浅すぎた。俺はこれでもかというほど謝り倒し、なんとか誠意を伝えた。
そうだよ。俺たちウサギ肉喰ってるけど、ソニン海賊団のマーサなんかもウサギの亜人だもんな……動物と亜人は別物なんだ。これはマジで気をつけないと。
◇ ◇ ◇
――「そりゃドンガの奴も怒りますって、蓮さま」――
野生の豚を狩るために、鼻の効くウォルフが豚探しを手伝ってくれることになった。
「だよね……ちょっと迂闊だったよ」
「まあ、ドンガは優しいから大丈夫っすよ。それより……蓮さま……豚、本当に一人で捕まえるんっすか? ツクシャナの豚……気性が荒くて捕まえるのはかなり面倒っすよ?」
豚を狩るのは俺の担当になった。
というのも、ヴィヴィ食堂の増える冷蔵庫だ。食材を増やすには、俺がその食材を狩るか、その食材以上の強さを持っていないと入れた食材が増えないからだ。
他の簡単な食材はサリサが担当してくれている。
「そうなんだ……え? その豚ってどんななの?」
「そうっすねぇ、体長は……あの木からあっちの木くらいっすかね」
ウォルフは二つの木を指した。その距離はざっと5メートル……いや、それ以上はあるな……マジかよ……ハイエースよりデカいじゃん。
「こっちの豚、そんなに大きいの?!」
「デカいっすよ。それに力も半端なく強いっす……豚捕まえるの10人、いやそれ以上いないとまずいっすね……ぶっちゃけ、俺、豚見つけたら速攻逃げるっすよ?」
「おいおい、いきなり逃亡宣言かよ」
「だって死にたくないっすもん。せめて、カリスさまとタリナさまをお連れした方が良かったんじゃないっすか?」
「いや……実は――」
俺はすでにカリスとタリナに頼みに行っていた。しかし……
―
――
――――
「ふむ、豚を狩るんだろう? サリサから話は聞いている。だが、それは手伝えんな。一人で狩らないと冷蔵庫の恩恵が受けられんのだろう?」
「そりゃそうなんだけど……カリスがいてくれると心強いなぁって……」
「おい、田中蓮。いくら姉上が優しいからって甘えるな。姉上、丁度いいじゃないか。この男の力を見極めるいい機会だ」
「そうだなタリナ。仮にも蓮どのはサリサが見染めた男。お手並みを拝見と行こうじゃないか。にしても『あの豚』を食材にするとは……くはは! これは見ものだ!!!」
――「「ぐはははは!」」――
――――
――
―
「なるほどっすね……じゃあ蓮さま一人で狩るしかないっすね。安心したっす」
「おい、ウォルフ……お前本当に逃げるつもりじゃ――」
「――し! 静かに……」
ウォルフは身を低くかがめ、警戒態勢に入った。俺もウォルフに倣い身をかがめる。
「いたっす……あそこ……」
ウォルフが遥か先の巨木を指さす。その指は緊張かまたは恐怖で震えている。
かなり距離がある。巨木まで100メートルはあるだろうか……俺は息を殺しその巨木に目を凝らした。
――いた!
巨木の影から出てきたのは、遠近感が狂うほど巨大な――豚???
なんだあいつ……脚が6本あるぞ?! それに……背中から腕?! 腕が4本生えてる!!!
俺は声を潜めウォルフに問いかけた。
「おい! ウォルフ! あれなんだ?! 腕が生えてるぞ?! 豚じゃなかったのか?!」
「あれがグランボアっすよ! 豚っす! 何を想像してたんすか?!」
マジかよ。あんなの豚じゃねえよ! まるでアーム付きの巨大な戦車……ドンガ! ごめん! 猪族と全く違った!!!
「それにしても、あの固体……通常よりデカいっす……倍くらいあるっす」
「10メートル以上あるんじゃないか……」
「まずいっすよ……あの巨体……もうこの辺り、あいつの縄張りっす」
「縄張り?」
「豚はめちゃくちゃ縄張り意識が強い生き物っす……もし見つかれば――」
ウォルフの耳がピクリと何かに反応した。
「見つかった……」
「え?」
「蓮さま……俺はこれで失礼しまっす……では! ご武運を!!!」
「えええ?! おい! ちょっと待てよ! ウォルフ!」
ウォルフは文字通り尻尾を撒いてその場から走り去った。あいつ~! 後で説教だ! ウォルフは去り際に――
「あと蓮さま! 豚! 足、めっちゃ速いっす! 気を付けて~……」
「おい! 足が速いって――」
――ブゴオォォォォォ!!!
その大気を震わすような鳴き声に、周囲の小動物たちが一斉にその場から離れようと動き出した! あまりの音圧に気絶し地面に落ちた鳥もいる……
ビリビリと皮膚を逆撫でるその声の方を確認する。あ……まずい――
――目が合った!
豚は一瞬身をかがめたかと思うと、膨れ上がった後ろ脚で地面を蹴り、猛烈な勢いで俺の方へ一直線に走ってきた。蹴られた地面は、まるで爆弾でも落ちたかの様に豚の後方へと爆ぜた。
は、速い!!!
鬱蒼と生える木々を、背中の腕を使い軽々となぎ倒していく。巨大な木々が木片をまき散らしながら吹き飛んでいる……まるで竜巻……災害だろ! これ!
「嘘だろ……その速度で来んのか?!」
ほんの数秒で50メートル以上近づいてきた! 恐らくあと2、3秒でここまでくる。
「チエちゃん!!! 思考加速!!!」
俺は纏雷を発動し、数秒後の激突に備える。飛び散る木片の動きがその動きを緩め、ついには宙にその姿をとどめた。
(チエちゃん! まずいぞ! あいつ……ヤバすぎる!)
《ええ……これは……非常事態ですね……神槌の超加速で躱そうにも、破壊の範囲が広すぎます。連続して神槌を発動する手もありますが、それでは蓮さまの脳が持たないでしょう……》
(あの豚、グランボアか? あれ、加護で弱体化されてないの?!)
《恐らくあれが『加護が効かない例外』……別格の魔物です!》
(どうしよう……俺、完全にロックオンされてるよね?!)
《蓮さま、神槌を発動してすぐに鎖で防御を固めてください。そして、可能な限り距離をとりましょう……あれは……もはや私のつわもの番付のランク外です。あえて言うなら『釘バットを持った100人の横綱がダンプに乗って突っ込んでくる』とでもいいましょうか……》
(なんだよその世界観! 逆に興味をそそられるんだけど!)
《とにかく……今の蓮さまに勝ち目はありません。》
(これは完全に想定外だった……ウォルフがあれだけ怯えるのもうなずける)
《蓮さま、時間がありません。思考加速にも限界があります》
(ああ……神槌に切り替えよう)
《では私は潜魂します……蓮さま、出来る限り距離を。出来れば上へ……ブツンッ――》
俺は纏雷で身体に纏った電撃を、身体の内部へと切り替える。
「神槌!!!」
停止したような体感時間の中、俺は即座に鎖を両腕に巻き、防御を固める。
グランボアの動きが速くなっている。さらに加速しているのか?!
この感じ……この巨体が迫りくる感じ……まるで新幹線が突っ込んでくるような迫力!
脚……6本の脚が無駄なく駆動している……しかもその一足一足が爆発的な馬力を有しているのが、えぐられた地面から容易に想像できる。
まずい、思ったより早くここまで来るぞ!
俺は心スイッチ(最近はこう言っている)を切り替え、雷撃を足に集中した。
目線は豚から外さずそのまま後方へ思いっきり地面蹴り、距離をとろうとしたが……
その瞬間、豚は四本の腕を広げ、周りの巨木をジェンガを壊すように俺に向かって砕き飛ばした。
衝撃で豚の脚は止まったが、恐ろしい速度で巨木の木片が広範囲に広がり、俺を襲う。
範囲攻撃……まるで槍の散弾!!!
これは……この木片の大きさ、速度……ひとつでも当たれば致命傷……いや! 完全に死ぬ!!!
逃げようにも範囲が広すぎる。迎撃するしかない!
大砲の砲弾の様な豚の加速と、四本の腕の打撃の勢いがのった木片は、音より先にもう目の前まで迫っている。
来るぞ……全て撃ち落とせ……もっと加速……しゅ~ちゅ~しろ~~~!!!
「おおおおお~~~~!!!!」
俺はかつてないほど速度を上げ、迫りくる木片を拳で迎撃し始めた。




