076 色々あるけど、ヴィヴィ、お願い
――「あが、あががが……ラ、ラーメン……か、勝っちゃん……」――
ばあちゃんはラーメンに想いを馳せ、笑いながら白目をむいて気絶している。きっと今、夢の中で勝っちゃん食堂の『半チャーハン定食』を食べているのだろう。
しかし、米と小麦が同時に手に入るとは……これはマジでヒズリアに食の大革命が起きるぞ……ルネッサンスだ!!!
――(ジジッ……おい、蓮。今どこにいる?)――
サリサが念話のチャットルームで話しかけてきた。あ、まずい。米を収穫すると聞いて、すぐに飛び出したので、ホシノエに行くことを伝えていなかった。
(ごめん、今、ホシノエにいる。米の収穫を手伝っててさ)
(ヴィヴィも一緒か?)
(ああ。おい、サリサ聞いてくれ! 凄いぞ! 米だけじゃなくて――)
(すまん蓮。いま、それどころじゃない。こっちの話を優先させてもらっていいか?)
(……どうした?)
サリサの声の調子がいつになく真剣だ。大狸商店街で何かあったのか?
(ついに来たぞ……ファクタからの使節だ。お前とヴィヴィに会いたいそうだが、どうする?)
(ファクタ……え~っと……ごめん、今から戻っても遅くなると思うけど……え? ヴィヴィも? 用件は?)
(さあ……二人に会いたいとしか。まあ、今日の所はあいさつ程度に来たそうだ。会えないならまた日を改めると言っている)
(そうか……今日は無理だな。丁重にお送りしてくれ)
(…………)
あれ? 念話が途切れたか? いや、チャットルームにいるときの気配のようなものは感じる……
(どうした? サリサ?)
(いや、それは相手の出方次第だな……出来たばかりとはいえ、こちらも一つの国なんだ。舐めた態度をとるようなら……)
(え?! おいおい……揉め事はやめてくれよ?)
(ふん。まぁ、検討しておこう……あ、それとは別に、ここ数日ツクシャナ周辺でギルド関係の冒険者が急に増えている。森の魔物が弱体化してるのが理由かもしれんが……同時期ってのが気になる。ファクタとノルドクシュ、裏ではつながってる可能性もあるぞ)
(ギルドって……北のノルドクシュにあったんだっけ)
(ああ。この冒険者の数……大規模クエストが発生している可能性がある。森にも冒険者が多くいるだろう。ギルドの冒険者は荒くれ者が多い。お前の方こそ舐められないようにしろよ。一応、お前はツクシャナ共和国の王なんだからな!)
(あ、ああ、分かったよ)
(それにしても、このファクタの使節……この街を値踏みするような感じで見てやがる。完全に舐めてるな……『迎賓館はないのですか?』なんて抜かしやがった……ちっ! 見せてやろうじゃないか、アマゾネス流の『お・も・て・な・し』という奴を! じゃあな! ブツ……)
大丈夫かな……サリサは元王族だからな……結構プライドが高いもんなぁ。ファクタって貴族階級が多いところだって言ってたよな。ファクタ……元の世界では博多辺りに位置するところか……
「ヴィヴィ、念話聞いてた?」
「はい。ついに接触してきましたね。でも、変ですね……蓮さまだけならまだしも、私もだなんて」
「ヴィヴィはファクタに行ったことなかったんだよね?」
「はい。私はノルドクシュの生まれですので……」
嫌なことを……思い出させたかな……いや……
――ウキヤグラのホタル――
『――蓮さま、伊織さまにみんなが力を貸すのは……お二人が本当に優しいから……優しいを『お返し』したくなります。この気持ち、この心の力……間違いなく最強だと私は思います――』
きっとヴィヴィはもう大丈夫。彼女ならこれからどんなことがあっても乗り越えていける。なんてったって、彼女は『最強』なんだから。
「何か心当たりはある? ファクタから会いたいって言われる」
「いえ……全く。それより気になるのは、ギルドの方です」
「なんで?」
「私が元ギルドの奴隷だからです。店主の契約で隷属の紋から解放されたのは嬉しい事なんですが、もし、私が生きていることをギルドが知ったら、きっと所有権を主張してくるでしょう。奴隷を盗むことはヒズリアでは重罪ですから……だからソニン船長も『奴隷を買い取り、自由を与える』という方法を取られているんだと思います」
確かにそうだ。いくら俺が奴隷制度に反対だからといっても、この国ではそれが当たり前だし、向こうからしたら奴隷の解放は、奴隷を盗むことに他ならない……
あれ? もしかして俺……結構やばい事やってる???
「じゅ、重罪ってどのくらいの罪なの?」
「殺人罪と同等の扱いです。刑は死罪ですね」
「ええ?! マジかよ?! じゃあ俺、死刑になるの?!」
「……いえ……蓮さまの場合『盗んだ』という事自体、立証できないのではないのでしょうか……」
「どういうこと?」
「蓮さまの場合……奴隷を盗んだのではなく、ただ雇用しただけです。そして……その瞬間に隷属の紋が無くなります……それは奴隷であった証の消去……つまり盗むも何も、奴隷であった証拠が無くなるんです」
「え? でも何か書類とか記録には残るんじゃないの?」
「隷属の紋は教会が行う非常に強力かつ、一度刻まれれば二度と消えることのない術式です。そしてその形は『命の烙印』とも呼ばれています。本来、隷属の紋が消えることなど絶対にあり得ないんです。消えるとすれば、命の炎が消えるとき……つまり死ぬ時だけです」
「命の烙印……消えるはずのない証……」
「だから逆に言えば、それが無いという事は『奴隷ではない』という何よりの証明です。それほど隷属の紋は魔法としても法的にも強いものなんですが……大狸商店街の隷属の上書きは……非常にまれなケース……というより、初めてのケースかもしれませんね。聞いたことがありませんもの、奴隷が奴隷でなくなるなんて」
ソニンとの連携も慎重に行わないと、これはえらいことになるな。
「そして、これが一番の心配事なんですが……私のパーティーが全滅したことは、ギルドも確実に把握しています」
「……なんで?」
「ギルドからのクエストを受けるには、冒険者はギルドにお金を払い登録する必要があります。登録した冒険者は、クエストの成績によってギルド内のランクが上下します。上級になるほど危険な任務ばかりで、ほとんどがパーティーを組んでいますね」
「なるほどねぇ」
「そしてギルドは、パーティーにクエストを発注する際、魔力を込めた札を渡します」
「札?」
「ええ。その札はパーティーが生存していること、つまりクエストの最中であることを、ギルドに報せ続ける仕組みになっています」
「発信機みたいなものか」
「はい。札は所有者の微力な魔力で動くのですが、48時間、所有者からの魔力が付加されないと、クエストは失敗、つまり所有者は死亡した、とみなされるんです」
「え、いきなり死亡扱い? もしかしたら、何かのトラブルで札が身体から離れたりとか、紛失したとかあるんじゃないの?」
「一切認められません。失敗・死亡の手続きは即時行われ、ギルドへの登録は抹消されます」
「うわ……厳しいな」
「もし仮に蓮さまが仰ったように、何らかのトラブルでそうなった場合は、再登録は認められています。ですが、ランクは振りだしのFからになってしまいますし、再登録の際はペナルティとして、前回登録時の倍の登録料を払わなくてはなりません」
「登録料っていくらなの?」
「金貨3枚ほどですね」
げっ! 日本円で30万……かなり高額だな……それで再登録料が6枚か……60万……高いな!
「そしてここで問題なのですが、私はギルドから補助奴隷としてパーティーに同行していました。そしてクエストの最中はパーティーのメンバーを主人として仕えなければなりません。蓮さまと出会った時にも申しましたが、奴隷は自分の命を投げうってでも主人を守らなければなりません。生き残ること自体が罪なんです。ですから、もしギルドが私の生存を確認したら……その辺りの事も不安なんです」
「突っ込まれる可能性があるって事か……その件、ばあちゃんがめっちゃ怒ってたね」
――「今も怒っとるばい」――
「うわ! ばあちゃん! 起きてたのか?!」
「本当、ふざけた法律ばい。いいね蓮ちゃん? 絶対にこの制度は許したらいかんばい。私たちでぶっ壊します」
「あ、ああ」
「それはそうと……」
ばあちゃんが小麦の山に目をやり身震いする。
「蓮ちゃん……」
「ああ、ばあちゃん、みなまで言うな。分かってる。ヴィヴィ……なんかファクタとかノルドクシュとかいろいろあるが、今はそれどころじゃない……!」
「ええ?! そ、それどころじゃないって……結構シリアスな問題じゃ……」
「ああ……確かに今、大狸商店街は外交面で重要な時期であると言えるだろう……だが、そんなシリアス……今は……いらん! この小麦を前にシリアスな問題など、全くもって不要!!! ヴィヴィ、これからお前に、今までで最も重要な仕事を頼むぞ……なぁ、ばあちゃん!!!」
「そうばい……これ以上大切なことがあるとは思えんばい……」
――ザッ……ビシィッ!!!
俺とばあちゃんはこれ以上ないくらい背筋を伸ばし、ヴィヴィの前に足を揃えた。
「ヴィヴィ……この小麦で……」
――「俺に」「私に」――
――ゴオッ!!!
俺とばあちゃんは風切り音が聞こえるほど、腰を直角に曲げヴィヴィに頭を下げた。
――「「ラーメンを作ってください!!!……ください……さい……」」――
ホシノエに切実なこだまと共に、綺麗な直角が二つ描かれた。




