051 みんなでご飯を食べよう(2)~未成年の主張~
沈黙の中、ヒゴモスコの泡がシュワシュワと弾けている――
サリサは俯き、その泡を見つめている。
出会った時から、彼女は常に冷静で、感情に振り回されることは殆どなかった。
らしくない。いや、それとも俺がそういう風に彼女の事を決めつけていたのか。もしかしたら、彼女はもとより……
俺は彼女の事を、知ったつもりになっていたのかもしれない。
見よう。彼女の事をしっかりと。
俺はまだ、サリサの事を知らない――
一つ息をして、サリサが口を開いた。
「怒鳴って……すまない」
「ううん、いいんだ。大丈夫?」
「ああ……蓮、聞いていいか?」
サリサの顔からは、先ほどの険しく重い表情は消え、真っすぐに物事を見つめる、いつもの顔になっていた。
「なぜそんなに悠長に構えられる? 根拠はなんだ?」
「さっきサリサが教えてくれたじゃない。俺が近隣諸国の王だったらどうするかって」
「ん?」
「俺が王だったら、今この段階で攻め入るなんて絶対にしない。だってさ、森湧顕地だけでも脅威なのに、もしかしたら、もっと他に凄い魔法や武器を隠してるかもしれないだろ? 『目に見えるものが全てじゃない。決して油断をするな』……ドワーフ救出の時、サリサが教えてくれたことだよ」
「………………」
「それにここは死の森。今まで不可侵領域だったんだろ? そこにいきなり街が出来て、空に森を出現させて、って……意味わかんないよ。そんなの怖くて俺だったら絶対に手を出さない」
サリサはじっと目の前の料理を見つめ考えている。
「救済活動を大仰にしなくていいというのは?」
「多分、自警団を引き連れていったんじゃ、本当の意味の協力関係は築けないと思う」
「なぜだ?」
「……怖いよ、きっと。集落の人達からしたら」
「怖い?」
「武器を持った強い人たちが大勢くるんだもん。中には反発する人も出てくるんじゃないかな。侵略、征服しに来たかもしれないって」
「侵略……」
「それにサリサは統治って言葉を使ったけど、統治って、何となく支配のニュアンスが強い気がする。俺はそんなつもり、ないんだよね。なんていうのかな……もっとお互い助け合うような、共存っていうのかな? そういう関係を築きたいんだ」
「それは……共栄圏を築く……ということか?」
「共栄圏! そうそう! そんな感じ! 俺たちは戦いに行くわけでもないし、力を示すために行くわけでもない。人助けって言うと、何だかおこがましい気がするけど、困っている人がいたら、助けたいだろ? よき隣人として。ただそれだけでいいよ。今は」
「よき……隣人か……」
「だからさ、俺は今回のパーティーは最小の人数でいいと思うんだ。ヴィヴィとばあちゃん、一応代表の俺、その位で十分だよ。魔物との戦闘に関しては、サリサも言ってたように、ばあちゃん、森の主レベルなんだろ? 俺も戦えるし。どう思う?」
「まあ、今のお前らなら、問題はないだろう」
「あ……だったらさ! アポロを連れていくのも、一つの手なんじゃない?」
「え?! 俺ですか?! いいんですか?! この流れ、この雰囲気で……」
「うん。アポロみたいな子供がいることで、集落のみんなの警戒心が随分弱まるんじゃないかな? 俺、ばあちゃん、ヴィヴィ、アポロ。はは、全く怖くないね。なんだかピクニックみたいだ」
「ピクニック……蓮、お前ってやつは……」
サリサは顔を伏せ、テーブルに置いた両手をぎゅっと握りしめた。顔を覆う髪の隙間から揺れるイヤリングが見え、店内を照らすランプの灯りが淡く反射している。
「ああ! ごめんサリサ! 怒んないでよ! 別にふざけてるわけじゃないんだ! でも、この方が、みんな安心して迎えてくれそうだろ?」
「違う……怒ってるんじゃない……」
「え?」
「お前のそういうところだ……なんと王らしくない……なんて平凡で呑気な考え方……」
「う! だから、ごめんって」
「違う! 私は……お前のそういうところが……素晴らしいと言っているのだ! なのに私はお前を、トトゾリア王族の型にはめようとしてしまった。これではアマゾネスのやり方と何ら変わりはないではないか。本当に、すまない!」
サリサは肩を震わせ、頭を下げた。って……え?! サリサの目に光るものが……うそだろ?! あのサリサが……泣いてる?!
「お、おい、サリサ――」
「群衆の混乱の時だってそうだ! 私はカリスとタリナを使い、力で押さえつけた! でもお前は違った。お前は自分の弱さを、出来なかった過去を、力に変えた。人の心を動かした……真に強いとはそういう事だ! 私は……お前の強さの足元にも及んでいない! 何が対等な関係だ! 恥知らずな私め! 恥知らずにもほどがある!」
「お、おい、どうしたんだよサリサ。違うぞ? あれは、お前がみんなを鎮めてくれたから、話を聞いてくれたんだ」
「ぶふぅ……変わろうと思っていたのに! 春風から……球根から育てなきゃならないのに! 季節はもう夏だってのに! 花も咲かなけりゃ、芽も出てない! 私は何をやってたんだ! ぐはあ! うわーん!!!」
まさかの号泣……信じられないものをみた。俺は、本当に彼女の事を何も知らなかったのかもしれない。
「えぐっ……えぐっ……私は……何にも変わってない。お前に追い付こうとしているのに……私は球根のままだ……このままじゃ……置いていかれる……」
俺に追い付く? 嘘だろ……そんな風に思ってたのか? どこがだよ……追いつくも何も、サリサの方が何倍も先をいってるのに。
「サリちゃん。もう、お話はいいけん、ご飯、食べんね?」
「うう……たべ、ない……」
「サリちゃんあんた、カリちゃんとタリちゃんが来てから、ずっと気を張っとるやろ? しっかりしている所、見せたかったんやろ?」
たしかに、森湧顕地発動後の混乱の中、サリサの振舞いにはいつもより威厳めいたものがあったが……無理してたのか?
「でも、少し肩の力、抜かんね? あんまり張り詰めとったら持たんばい。ね? 温かいご飯食べたら、元気でるばい?」
「……いらない……」
「サリちゃん。蓮ちゃんがみんなと最初にやったこと、覚えとうやろ?」
「………………」
「一緒にご飯を食べる事たい。みんな笑顔やったろが。今回の救済活動も……それと同じことをやればいいんやないやろか? そうしたら、自然と仲良くなるんやないやろか? ウォルフちゃんとドンガちゃんみたいに」
「ぐず……ウォルフと……ドンガぁ?」
「そうそう。それに、あんた自分を蓮ちゃんと比べて、なーんか焦っとるみたいやけど……あんたがあんたやけん、私たち、こうして呑気におられるんばい? あんたまで蓮ちゃんみたいになったら、この街、速攻で崩壊するばい! へはぁ!」
「ばあちゃん! そりゃないよ! 俺だって俺なりに考えてるよ!」
「へはは、ごめんごめん。ねえ、サリちゃん……私、よう分らんばってん……同じ花を咲かせる必要はないんやないかね? あんたはあんた、蓮ちゃんは蓮ちゃん、アポちゃんはアポちゃん、みんな違う花を咲かせて、寄り添え合えば……お花畑たい! そんな街にしたら……いいんやない?」
ばあちゃんの口調が、俺が子供の頃、友達と喧嘩して仲直りが出来なかった時、窘めてくれた口調と同じだ。寄り添うような、優しく包み込むような声。そうか、そうだ……俺は、このばあちゃんを見て育ったんだ。
「あり? なんでお花畑の話になったん? 球根ちゃなんね? 私、なん言いよん? アポちゃん」
「いや! 俺に聞かないでください! 何の話か全然わかりません!」
全く、ばあちゃんは……ありがとう。
「サリサ、ご飯、食べようか?」
「……ぐす……わかった……蓮がそう言うなら……ご飯……食べる……」
涙をこらえ、黙々とご飯を食べるサリサの姿が、凄腕のハンターでもなく、一国の王女でもなく、一人の……ただの普通の女の子に見えた。
「よし! 今日は飲もう! サリサも飲めよ! ヒゴモスコ、美味しいよ」
「いや……駄目だ。私は飲めない……」
「あ、お酒、苦手なんだ」
「いや、お酒は二十歳になってからだからな」
「へえ、ヒズリアもお酒は二十歳に、って、え? サリサ、お前いくつなの???」
「19だ」
ええ?! 嘘だろ。なんて大人な19歳だ。俺、19の頃なんて、大学で呑気にキャンパスライフを満喫してたぞ。10歳も違うのにこの立派さ……まさに異世界。
「蓮は何歳なんだ?」
「お、俺? 29」
「え!……そんなに」
「え? な、なに?」
「いや……そう、か……随分と見た目が若いんだな。私より、あ、私と変わらない位かと」
俺、年下と思われてたのか……もう少し威厳が欲しい。
その後、俺たちはとりとめもない話をしながら食事を済ませた。サリサは暫くぎこちなかったが、食事を終える頃には、いつもの調子を取り戻していた。
「アポロ、蓮と伊織に免じて救済の旅についていくのは認めよう。だが、お前……役に立つと言ったな?」
「え?! あれは勢い……いや……はい」
「では今回の旅で、それをお前自身の力で証明しろ」
「は、はい」
「とはいえ、お前が戦闘面で足を引っ張るのは目に見えている。バルトに話を通しておくので、明日にでも武器と防具を見繕ってもらえ。金は必要ない」
「え?! 武器と防具を?! いいんですか! やった!」
「冒険者の死亡率の8割、その内訳が最初の遠征だ」
「え……8割……」
「武器と防具を揃えるのは、少しでも生存率をあげる最初の手段だ。アポロよ……死ぬなよ」
「は、はいいー!」
いや、俺たちがいるから大丈夫だって。サリサも俺らなら問題はないっていってたじゃん。
普通に装備をプレゼントすればいいのに……不器用なやつだな。
こうして救済活動のパーティーにアポロが加わった。
よかったなアポロ。10円ハゲから卒業だ。




