050 みんなでご飯を食べよう(1)~焦り~
――「あ、足手まといになんかなりません! きっとお役に立ってみせます!」――
アポロは顔を真っ赤にして食い下がる。そうだ! 頑張れアポロ! 何でもできるハイスペック凄腕ハンター王女なんかに負けるな! 俺はお前の味方だぞ!
「役に立つか……蓮、伊織、お前たちはこいつの同行についてどう考えている?」
俺の心の声を察したのか、サリサの鋭い視線が、俺とばあちゃんに向けられた。
「え? お、俺は~、別にいいんじゃないかなと思ってるけど」
「私も賛成ばい。実はアポちゃん、店番が退屈すぎて、ストレス溜まっとるんよ、ハゲるくらい」
「伊織さま! それは言わなくてもいいです!」
「退屈か……」
サリサがアポロをじっと見据え、何か考えている。そして俺とばあちゃんに近づき、周りの客に聞こえないよう小声で囁いた。
「蓮、今回の救済活動、お前はどういうつもりで行う?」
「え? どうって」
「もしかして、子供の暇つぶしで行うようなものだとでも思っているのか?」
「う……!」
サリサの鋭い視線が、さらに俺に突き刺さる。
「集落の連中は、救済の見返りに商店街との協力体制を築くと言っている。これは、この街が他の集落と具体的に繋がる初めての機会だ。伊織は置いといて、お前……少しは長としての自覚を持ったらどうなんだ?」
「ひゃ、ひゃい……しゅみません」
「なんで私は置いとくん? ねえ、サリちゃん、なんでぇ?」
こ、こえーーー! カリスとタリナが、幼い頃から武術や冒険術以外にも、社交界での振舞いや帝王学を叩き込んだと言っていたが……王女モードのサリサは、まじで怖い。でも言っていることは完全にサリサが正しい。すまん! アポロ! これは俺には無理だ。
「なぜ私がこれほど厳しく言うのか分かるか? 森湧顕地の発動で、この街の存在と伊織の力は、ツクシャナ全土に知れ渡った。それだけじゃない。この情報は、近隣諸国にも確実に届いている」
「アポちゃん、なんで私置いとかれたんやろか? ねぇ、それよりお腹すかん? ねえ、アポちゃん。ねぇ」
「い、伊織さま……い、今は勘弁してください」
ばあちゃん、10歳の少年が空気を読んでるのに、あんたって人は。
と、ここまで話して、サリサが周囲に視線をやる。何か警戒しているのか?
「蓮……私は……早急にツクシャナの森を統治するべきだと考えている」
「え? 統治って、なにそれ」
「バルトの……クマロク王国の友好協定を断った時とは、完全に状況が変わった。近隣諸国にとって伊織の力は脅威だ。何としても他国より先んじて自国に引きいれたい、利用したい、そう考えるだろう。だが、もしそれが叶わなければ……排斥、排除の動きをとるはずだ」
「は、排除って」
「チエ的な言い方をするなら……滅されるってことだ。だろ? チエ」
《はい。私もサリサさまと同じ考えです。近隣諸国はこの街を、相当に危険視していることは間違いないでしょう。今、我々は難民の対応や環境整備など、街の内側に力を入れていますが、これからは外側に目を向けるべき時期だと思います》
「そういうことだ」
外側に目を向けるか。確かにその通りかもしれない。だけど気になるのが……統治か……
「ねぇサリちゃん、この話、長くなる? 食べながらでもいい? 折角の料理が冷えてしまうばい」
「…………………いいぞ」
「へは! アポちゃん、よかちばい!(いいってよ) いただきますしよーや」
「は、はい。すみません、蓮さま、サリサさま、お先に失礼します」
「「せーの、いただきまーす」」
ばあちゃんは全く空気を読まず、アポロを道連れに料理を食べだした。ばあちゃんにペースを乱されながらもサリサが続ける。
「我々は森全体に影響力を持ちながら、具体的な自治権を主張しているわけでもない。圧倒的な力を持っているのに、だ。この状況で、お前が近隣の王ならどうする?」
「そ、そうだな……俺が王様なら、まずは様子見、するかな。偵察? この街がどんな状況か詳しく知る必要があるよね」
「だな。いいか……」
サリサは俺とばあちゃんの間に顔をよせ、更に小声で続けた。
「……難民を装い、各国の斥候が混じってる……この街、スパイされてるぞ……」
ス、スパイ。まじか。そんなの映画や漫画の中だけしか見たことないぞ。
「この街が押し寄せた難民の対応で手一杯なのは、すでに伝わっているはずだ。この状況、非常にまずい」
「まずい? めちゃくちゃ美味しいばい? サリサちゃんも一緒に食べんね?」
「……いや……伊織、料理の話じゃなくて……今、大事な話を」
「でも、せっかくのご飯やけん、冷えたらもったいないばい? 蓮ちゃんも食べようや~、ね?」
「サリサ、俺たちも食べながら……話す?」
「う、うん……まあ、蓮がそういうなら……」
サリサの緊迫モードと、ばあちゃんの呑気モードが入り交じり、何か独特の雰囲気で、俺たちはご飯を食べながら話すことになった。
ばあちゃんは自分の料理を取り分けサリサによそいだが、サリサは料理に手を付けず話を続けた。
「さっきの続きだが、今、街がこんな状況で攻め入られたらひとたまりもない。だから一刻も早く、森を統治する必要がある。今回の救済活動はその為の布石なんだ。遊び半分でやるようなものじゃない。ツクシャナの内と外に、この街の強さを示す必要がある」
そうか……見返り……だからサリサはあの時、見返りを求めたのか。らしくないとは思ってたけど、そういう事だったのか。でも……
「強さってどういうこと?」
「カリスとタリナには話してあるが、二人を部隊長として人員を配置し、同行させるつもりだ」
「え?! 部隊って?」
「すでに難民の中からめぼしい人材を集め、カリスとタリナが密かに訓練を行っている」
「ちょ、ちょっとちょっと、待ってよサリサ。それって、この街に軍隊を作ってるってこと?!」
「いや、そのようなニュアンスじゃない。蓮、お前の性格や考えは分かってる。これは軍というより、自警団のようなものだ。カリスとタリナだけでは、街の全てを護れるわけじゃない。住民が自衛できる体制をとる必要がある」
「じゃあ、その自警団を引き連れて、集落に行くってこと?」
「ああ、その方が近隣諸国に対する牽制にもなるし、ツクシャナにもこの街の力を示せる」
牽制……力……ちょっと待て……サリサの言っていることは分かるが、これは俺の想像していたものとは違う。
「ディアナちゃん、こないだバルトちゃんたちが持ってきてくれたお酒、増えた? もう出せる?」
「はい! ヒゴモスコですね、出せますよ~! おひとつでいいですか?」
「んー、みっつお願い。アポちゃんはまだ子供やけん、別の飲んどき」
ばあちゃん……酒、頼むのか……しかも俺たちの分まで。
「なあ、サリサ。色々考えてくれてありがとう。本当に助かるし、嬉しいよ。だけど……俺の考えを言っていいかな?」
「……なんだ。言ってくれ」
「うん。あのね、俺は今回の救済活動……そんなに大仰にしなくていいと思う。それに、森の統治も……そんなに焦らなくてもいいかもしれない」
「焦らなくて……いい? 何を言ってる……今この瞬間にも攻め入られてもおかしくない状況だぞ! 蓮……お前……呑気にもほどがある!!!」
珍しくサリサが声を荒げ立ち上がった。店内の喧騒が止まり、客の目が一瞬こちらに注目したが、すぐに元の賑やかさを取り戻した。サリサは視線を落とし、すぐに座った。
テーブルの上に投げ出されたサリサの手は、握りしめられ、少し震えている。
森湧顕地が発動して以降、ずっとサリサに頼りっぱなしだ。
そして、最近のサリサは頼りになる一方で、少し、笑顔が減ったような気がする。
「ヒゴモスコ……3つ、お待たせしました~……ごゆっくりどうぞ」
ディアナが空気を読み、そっとグラスを配膳した。
店内の喧騒の中、サリサ独りだけ違う場所にいるように見えた――