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049 遊び盛りの10円ハゲと妹の成長

 ――「あの~、蓮さま」――



 アポロが暗い顔で話しかけてきた。なんだ? やけに落ち込んでいるようだが。



「アポロ。どうした?」



 アポロは、江藤書店で住み込み従業員として雇用され、店の留守番を任されている。ばあちゃんはアポロの看病をして以来、いたく気に入り、一緒に暮らすことにしたのだ。ばあちゃん曰く、どうやら小さい頃の俺に似ているらしい。


 アポロは、座敷で寝っ転がってライトノベルを読んでいるばあちゃんを気にしながら、言葉を続けた。



「その人助けの旅……お、俺もついていっていいですか?」


「え、アポロが? でもお店は? 江藤書店の店番、任されてるんだろ?」


「いや、任されるも何も……この街の人たち、誰も本なんか買いませんよ。ここ一週間で来たお客、一人だけです」


「一週間で一人?!」


「しかも立ち読みですよ」


「立ち読み!」


「お願いします! このままじゃ俺、退屈で……退屈過ぎて死んでしまいます!」


「死ぬって……そんな大げさな」


「いや……いやいやいや! 一日中番台に座って、店の中から待ちゆく人を見てるだけなんですよ?! もう二か月以上ただ座ってるだけですよ?! やれますか?! 蓮さまやれます?!」


「そ、それはちょっときついかも」



 ――「アポちゃん、蓮ちゃん、そんな店先でどうした?」――



 アポロはばあちゃんの声に慌てて、本を整理するふりを俺に促した。アポロの勢いに押され、二人は無駄に本を触り始めた。



「い、いえ! もう少しだけ本の整理をやっとこうかな~と!」



 ――「そうね~。ありがとう~。チエちゃんも喜ぶばい~」――



 よく見てみると、本棚は異様に整理され、埃一つ無い美しい状態だった。なるほど……暇すぎて、整理整頓と掃除くらいしかやることがないのか。ん? 番台の横に、紙で折られた何かが箱いっぱいに入っている。



「これ、なに?」


「ああ、買ってくれたお客にサービスしようと思って折った、しおりです」



 アポロは箱の中から一つとって見せてくれた。それは紙で丁寧に折られた、狐の折り紙だった。



「かわいいなこれ。こんなに折ったのか」


「いえ、裏にあと10箱あります」


「10箱?! 折り過ぎだろ!」


「だって、サービスしようにもお客がこないんですもん!」



 アポロは必死の形相でさらに続けた。



「蓮さま。もう、ここでやること……ないんですよ!!! ねぇ、俺、何歳に見えます? 10歳ですよ?! 10歳って無茶苦茶、遊び盛りじゃないですか!」


「なんだ、遊びたいの?」


「いや! そういう話じゃなくて! エネルギーの話です! 10歳児のエネルギー! それに俺は……勉強したことを活かしたいんです!」


「勉強? なんの?」


「うっ……ああ! もう! それはいいんですよ! それよりこの店番! これ拷問ですよ! 奴隷の頃もひどかったですけど……これもある意味ひどい扱いですよ! 俺、ハゲたんですから! 見てください! ここ! 見て!」



 そういうとアポロは、後頭部の髪の毛をたくし上げた。本当だ……10円ハゲが出来てる。いや、こっちで10円の価値は小銅貨くらいだから、小銅貨ハゲか。



「お願いします! 何でも手伝いますんで、連れていってください! お願いですから、何か……させて!!!」



 10歳の少年に、江藤書店の留守番は退屈過ぎたか。



「わ、わかった。じゃあさ、これからヴィヴィ食堂で夕飯だろ? ばあちゃんにいいかどうか、食事がてら相談してみよう? 多分サリサも来ると思うし、サリサにも。な?」


「あ、ありがとうございます~!!!」




 ◇     ◇     ◇




 俺とばあちゃんとアポロは店を締め、ヴィヴィ食堂で夕食を取ることにした。



「あ! お兄ちゃん! 蓮さま、伊織さま! いらっしゃいませ! こちらのテーブルすぐ片づけますのでどうぞ!」



 ディアナが笑顔で、店内のテーブル席に案内してくれた。ディアナはヴィヴィ食堂のホール担当として雇用されている。



「さてと、今日はなんば食べようかねぇ~。アポちゃんも遠慮なく頼むんばい~。育ち盛りやけんねぇ~」


「は、はい! ありがとうございます」



 店内は相変わらず満席で、屋外席にも人が溢れかえり、賑やかな笑い声や食器の音が辺りに響いている。


 ヴィヴィはいつもの様に爆速で料理を仕上げ、どんどんオーダーを消化している。流石だ。しかし、何より驚いたのが、ディアナの店内の『回し』だった。


 この時、ほぼ同時に店の中と外から注文が入った――



「すみませ~ん。『ウサギ肉とキノコのクリーム煮~パイ包み焼き~』を一つと『フレイムリザードのスパイス鉄板焼き』を一つお願いします」


「ディアナちゃ~ん、『クレセントベアの薬膳ハンバーグ』二つと、『カリブロスのハーブロースト~木の実のソース添え~』を一ついいかな~。あ、あと『ハーブと木の実のサラダ』を三つ!」


「お嬢ちゃん! こっちには『ウサギ肉の串焼き~甘辛ソース添え~』5本と『フレイムリザードの香草揚げ』三つお願いね! それと香草揚げにも甘辛ソース付けてくれる?」



 はい? なんて? こんなの一人じゃ……



「は~い! かしこまりました~! ヴィヴィさま~オーダー入りま~す!」



 え? 今の聞き取れたの? ディアナが息を大きく吸い込んだ……



「すぅ~……屋外テーブル2番さま、『ウサギ肉とキノコのクリーム煮~パイ包み焼き~』一つ、『フレイムリザードのスパイス鉄板焼き』一つ、店内カウンター5番さま、『クレセントベアの薬膳ハンバーグ』二つ、『カリブロスのハーブロースト~木の実のソース添え~』一つ、『ハーブと木の実のサラダ』三つ、屋外テーブル5番さま、『ウサギ肉の串焼き~甘辛ソース添え~』5本、『フレイムリザードの香草揚げ』三つ、甘辛ソース追加入りました~」



 嘘だろ……これちゃんと正確に受けてんの? さすがのヴィヴィも、この量の注文に戸惑いを隠せない。



「え?! なに? ディアナちゃん! もう一回!」


「大丈夫です、全部注文用紙に書いてます。優先順に並べておきますので、順に対応お願いします!」



 ヴィヴィが一瞬調理の手を止め、ディアナの目を見つめニヤリと口角をあげた。ディアナもその視線を真っすぐに受け、ニコリと返す。


 それはまるで、一流の指揮者とコンサートマスターが、楽章の合間に視線を交わし、互いの状態、ホールの空気、観客の息遣いをすべて読み取るような、無言のやり取り……一流の者同士でしか分からない、研ぎ澄まされた一瞬の疎通だった。



「……わかった!」


「パイ包み焼きのオーブン予熱、鉄板焼き加熱しておきまーす。サラダはこっちでやっておきます。外のテーブル片付けますので、あとよろしくお願いしまーす!」


「ありがとう! よろしく!」


「お勘定お願いします」


「はーい。ありがとうございまーす」



 完璧だ。店内店外合わせて客は何人だ? 30……40人……いや、それ以上いるんじゃないか? それをたった一人で完璧に捌いている。そして、ヴィヴィが料理を仕上げる頃には、皿を絶妙なタイミングで渡すなど、調理のサポートまでしている。


 ディアナのマルチタスクが半端ない……!!!


 隣のテーブルの男女の客が、ディアナの接客を見て話している。



「この食堂ってさ、ヴィヴィさんの料理が美味いのはもちろんのことなんだけど、このディアナちゃんの流麗なホール回しが最高なんだよ!」


「わかるわかる。私なんか、ディアナちゃん見たさに来るときあるもん。ねぇ、知ってる? 誰が言ったか知らないけど、彼女、異名があるんだよ」


「え? なになに?」


「たった一人でホールを舞う、その姿からつけられた名前。その名も」



 その名も?



 ――「ホール上の孤高の舞踏家(プリンシパル)」――



 なにそれ……かっけえ!!!



「はへ~、ディアナちゃん、すごかねぇ~」


「ああ……物凄い量の仕事を無茶苦茶スムーズに、かつ、笑顔で忙しさを微塵も感じさせず、客に気を遣わせることなくこなしている。まさにホール上の孤高の舞踏家(プリンシパル)……」



《完全にこの場を支配しています。彼女にこんな才能があったとは》と、あのチエちゃんが舌を巻いている。


 アポロとディアナが商店街に来て、まだ2か月ちょっと。最初の頃はもたついたり、食器を割ったりと頼りない印象だったが、ディアナの成長が著しすぎる。



「こんなんじゃだめだ……このままじゃだめだ……俺はお兄ちゃんなのに……俺は何をしているんだ……」



 妹のあまりの覚醒ぶりに、アポロの兄としての矜持が崩れかけている。もはやディアナは、アポロが護るべき存在ではなく、完全に一人前、いや一流のスキルを身に着けていた。


 これはアポロが焦るのも無理はないな……




 ◇     ◇     ◇




 注文した料理も運ばれ、良い香りが漂っている。俺はお気に入りのウサギ肉の串焼きを頼んだ。これが時折、無性に食べたくなるのだ。



「え? 集落の救済にアポちゃんも?」


「ずっと書店の留守番だけじゃストレスも溜まるだろうし。アポロ、あれ」


「……はい……」



 アポロは髪をたくし上げ、ばあちゃんに10円ハゲをみせた。



「あらぁ! アポちゃん! あらぁ~あんた可哀そうに! ごめんねぇ、気づいてやれんで~」


「いや、俺も気づいたの昨日なんで」


「ちょっと、じっとしとき! くさ汁塗っちゃるけん!」



 ばあちゃんのくさ汁、ハゲにも効くのか??? しかしばあちゃん、10円ハゲにくさ汁塗るのに、食堂内でくさ神輿を発動するのやめてくれ。みんなビビってるし、デカくて邪魔だ。



「どうですか? 伊織さま。俺も付いていっていいですか?」


「もちろんいいくさ!」(もちろんいいですよの意。この場合の『くさ』はくさ矢やくさ神輿とは関係ありません。F県中央部の方言です)


「ほ、本当ですか?!」


「こんな、おハゲさんが出来るまで留守番させとった私が悪いばい。ごめんねぇアポちゃん。一緒にいこうね」


「あ、ありがとうございます!」


「じゃあ、ご飯食べようかね! いただきますしよう!」


「はい!」



 良かった。これで一件落着。と思った矢先……



「「「せーの、いただきま――」」」



 ――「いや、駄目だろう。それは」――



「「「え?!」」」



 声の方を振り返ると、サリサが立っていた。


 普段のハンター服ではなく、紫色のタイトなワンピースを身にまとい、髪を降ろしている。また新しい服を作ったのか。生地はキラキラと光を反射し、身体を動かすたびに、その美しいラインを浮かび上がらせる。めちゃくちゃ似合ってるな。というか、こいつほんと美人だな。店の客の視線が集まってるぞ。



「見ろ、サリサさまだ。相変わらず美しいな」


「みてみて、あのドレス、素敵じゃない? サロン・ド・サリサの新作かしら」



 男どもはその美貌に、女性客はドレスに見とれている。


 最近、サリサの店も、そのデザインと丁寧な造りが評判になり、売り上げをあげているらしい。



「いらっしゃいませ~サリサさま!」


「うん。ディアナ、頑張っているな」


「な、なんでですか?! なんで俺がついていっちゃダメなんですか?!」



 と、アポロは猫族特有の興奮状態、頭伸びをしてサリサに食って掛かった。アポロの毛が逆立って、チラリと10円ハゲが顔を覗かせる。あれ?! 10円ハゲが2個に増えてる! 妹の活躍がそんなにプレッシャーだったのか……



「なぜって、お前が一緒だと、確実に足手まといになるだろ?」


「か、確実に?! くっ、ぐは……」


「お兄ちゃん?!」



 サリサはバチコーンとアポロを指さし、妹の目の前で兄の胸をえぐる一言を放った!


 アポロの膝がガクガクと震えている。


 サリサよ……今のアポロにその一言はきついぞ!!!






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