045 ローニャ(2)~魔族~
――「「は、はまっちゃった……」」――
女は森のある一点で『半身妖女、半身幼女』の姿で、身動き取れなくなっていた。
この姿――なんて形容すればいいんだろう。
この、繋ぎ目? 右半身と左半身の繋ぎ目が、ぐにゃ~っとなってて……
ほら、あのホラー漫画の金字塔『寄〇獣』のパラサイトみたいな感じ。
凄く……凄く気持ち悪いぞ。
「「もう唇奪おうとかしないからぁ~、助けてよぅ~」」
と妖女と幼女の二つの声がだぶって聞こえる。
「くちび、唇? どういうことだ……蓮どの……?」
とカリスの視線が鋭く光った。
ん? 何か……嫌な空気だな……
「おい……田中蓮……お前はなぜ、おはだけしている?」
とタリナが拳を握った。
え? 殴られるの? 俺?
――ギュリィィィ……ギシッギシィィ……
こ、拳を握っただけでこんな音するんだ……
これは……完全に誤解されてる!
誤解を解かなくてはタリナに殴られる!
し、死んでしまう!
「いや違うんだ! これはこいつが脱がしたんだ! この人、すんごいエロいの! 気を付けて! その後もキスしようと馬乗りになって、二人で激しく動いていたから、はだけちゃって! え? 俺? 俺はもうそりゃ必死だったよ! 二人ともビリビリに痺れちゃって! 限界寸前だったね!」
「な……なんだと……?!」
《蓮さま……相変わらず、何故そのような言い回しを》
「カ、カリス! こいつ、何言ってるんだ! 私は……我慢の限界だッ!!!」
「落ち着けタリナ……最後まで……話を聞くのだ」
カリスはそう言いながらも、拳を握りしめている。
「ちょっと待って! 違うんだ二人とも! その後も、態勢を入れ替えたりしてたら、大きくなったり小さくなったりして、大変だったんだ! だって、こいつの勢い凄かったからさ! 俺も必死で我慢したよ! でも、こいつが痛いって言うから、離れたけど、最後はこいつが俺のすきを突いて馬乗りしたら、はまっちゃった、んだ………………」
「「………………」」
二人は俺の説明を聞いて、無言で震えている。
「あれ? これ、説明……なんか変? 俺は……やましい事なんかしてない!」
「し、してるだろうがーーー!!! 貴様!!! サリサというものがありながら、なにをやっている! 好きをつくってなんだ! お前の好みなど聞いとらん!!!」
タリナの髪の毛が逆立ち、食いしばった歯は、ギリギリと音をたて顔の筋肉が筋張っている!
まるで憤怒の化身だ。
こ、殺される!
「まて! 落ち着け……タリナ」
「これが落ち着いていられるわけないだろう! もう許せん! こいつ! ひき肉にしてやる!」
「ひ、ひ~~~! 助けてカリス!」
「タ~リ~ナ。多分これは……蓮どののいつもの誤解を招く言い方だ。言葉は卑猥な事を連想させるもののオンパレードであったが……本当にやましいことはしていないであろう」
「しかし!」
「タリナ……蓮どのが――そんな度胸のあるような男に見えるか? 聞いたところによると、サリサとまだ手も繋いでおらんようではないか。さらにはヴィヴィどのとも全く何の進展もないと聞いた……ふふ……なぁ、蓮どの……いつまで我が姫を……ないがしろにしておくつもりか?」
「ど、どこでそんな情報を……」
「ぬふふぁははぁ……女子会に決まっておろう。菓子をはみ、茶で流し込みながらの『花園トーク』は愉快でならんわ。くははははッ!」
女子会……
こいつらも参加していたのか。
まあ、見た目はこれでも、女子は女子だしな。
しかしカリスよぅ……お前のその言葉遣い……
女子という概念から一番遠い、戦国武将みたいだぞ。
「ふ、ふん! カリスに言われるまでもなく! まあ、大かたそんなところだろうとは思っていたがなっ!」
嘘つけーーー!!!
めちゃくちゃ怒ってたじゃないか!!!
「しかしだ、田中蓮……お前――本当に気を付けた方がいいぞ。いつか私の拳が誤爆するぞ? 分かったな?」
とタリナが更に顔を寄せてくる……
近い……
ギリギリと歯ぎしりが爆音で聞こえる。
「はい……すみません」
「ふむ。して……お前だ。お前は、なんだ?」
と、カリスが太めのマジックペンくらいの指でローニャを指さした。
「「な、なによあんた。あんたには関係ないでしょ? それより何? あんた達、もしかして、それで女な――」」
――シュゴッ!! ガシイイィィ!!!
すかさずカリスの巨大な手が女の首根っこを掴み、自由を奪った。
「「ふげぇ!!!」」
「いいから、言え。お前はなんだ? なぜこんな姿をしている?」
こいつは今、言ってはいけないことを言おうとした――
当然の報いだ。
この二人……見た目はごついが、『女子意識』が相当高い。
薄化粧ではあるが、身なりはいつも綺麗にしているし、実はいい匂いがする。
マジで俺も言葉に気をつけよう……
カリスの圧倒的な握力で首根っこを押さえられ、女は観念した。
「ふぃぎゅ~ぅ……ご、ごべんなざい……わ、わだじは――」
女の名前は『ローニャ』。
種族は『サキュバス』。
男の魔力を吸いながら、諸国を転々としていたところ、『森湧顕地の噂』を耳にし、それだけの魔力を持ったものなら、さぞ食べ応えがあるだろうと、この森へやってきたという。
だが、大狸商店街に近づくにつれ、己の魔力が減衰し焦っていたところ、俺と出会い、魔力を奪おうとしたというわけだ。
ローニャがいきさつを話している間、カリスが彼女を右に左に動かして、妖女と幼女の変化を確かめている。
ローニャは――
妖女 → 幼女 → 妖女
と、強制的に姿を変えられ……なんだか不憫だった。
「蓮どの、ここが『加護の境目』だな。柵を設けるなら、このラインを基準にするといい」
「ちょっと! いい加減にしてよ! この境目くぐる時、ものすごく気持ち悪いんだから!」
ローニャは妖女の姿でジタバタともがくが、カリスは微動だにしない。
カリス……肩の筋肉どうなってんの?
「サキュバスは魔族。街に入れない方がいい。トラブルのもとだぞ、田中蓮」
とタリナは切り株に腰かけ、大斧を手でパシパシと叩き、語気を強める。
「あ、ああ」
「れん――れんっていうのね。あなたの魔力、今まで食べた魔力の中で一番美味しかった。なんて言うのかな……すご~くフィットする感じ? なんだか懐かしい味がするのよね……私、ビリッビリに痺れちゃった」
こいつ……どさくさに紛れて纏雷を食べてたのか!
「ねぇ~、れぇ~ん、助けてぇ~ん。もし助けてくれたら、何でもいう事聞くからぁ~。私のこと、好きにしていいからぁ~ん――ふげ!」
カリスはローニャの首を締めあげ、加護の境を超えさせる。
――シュウゥゥ……
途端、ローニャは幼女の姿になり――
「きゅう~。ご、ごめんなさぁい。もう変な事言わないから……許してぇ……」
素直に謝った。
どうやら……魔力が減衰するのと比例して、エロさも減衰するようだ。
「しかし、お前……便利だな。加護の境界線が一目瞭然だ。よし。私たちはこいつを森の外に捨ててくるついでに、加護の強さの範囲を測ってこよう。蓮どのはここで待っていてくれい」
「え? 俺もついていくよ」
「いや……また魅惑をかまされたら面倒だ」
「で、でも大丈夫? 街から離れると加護の力が弱まるけど……」
――パシッ……パシッ……
「ふん! 心配するな、田中蓮」
タリナが大斧を叩きながら続けた。
「女の私たちには、魅惑の効きは弱い。それにこいつの魔力の流れを見たところ、魅惑以外、警戒する必要はなさそうだ。変な動きをすれば……」
タリナは大斧の刃をぬたりと舐め、ローニャを脅した。
タリナ……めちゃくちゃ怖いよそれ。
――「「では、しばし待たれよ」」――
そういって二人は、ローニャをまるで『探知機』の様に前に掲げ、森の外周へと消えていった。
あの二人には……
絶対に逆らわないでおこう。
◇ ◇ ◇
俺は纏雷を何度も発動したので、さすがに疲れ、境目の木に寄りかかり腰かけた。
「はぁ。なんか今回のバトルは疲れたな……まあ、戦ってたのはチエちゃんだけど。ありがとうチエちゃん、おかげで助かったよ」
《いえ、毎度のことながら、勝手にすみません》
「さすがに今回は驚いたな。まさか纏雷で身体を動かすなんて……ねぇ、もしかしてさ、雷属性って思ったより汎用性があるんじゃないかな。最初は火の属性とかがいいのかなと思ってたけど」
《そうですね……ヒズリアの人々は雷属性を禁忌としていますから、その扱いをほとんど研究していません。ですが、我々の元の世界では、電気は日常的にありましたからね。私たちの方が、その扱いに長けていることは間違いありません》
そうだよなぁ……
元いた世界じゃ電気の無い生活なんて考えられない。
全てのインフラが電気によって支えられていると言っても過言じゃない。
「多分さ……俺の場合はさ、俺とチエちゃんが話し合って、オリジナルで考えた方がいいじゃないかな」
《確かに。魔法の在り方や魔力の扱い方に関しては、ヒズリアの魔法体系が大いに参考になると思いますが、使い方――術の開発はその方が早いかもしれませんね》
「今のところ、纏雷と神槌だけだもんな。しかも、どっちも身体への負担が大きいし」
纏雷もそうだけど、神槌に至っては、ほんの少し調整を間違っただけで、即行動不能だもんな。
あれ……?
そう考えると俺……今まで生き残れたのって……
かなり運がよかったんじゃないか???
《分かりました。難民の受け入れが一段落ついたら、少しずつ術の開発をしましょう》
「よろしく。あ、チエちゃん。そういえば、さっきのローニャだけどさ――俺の中で話してたんだろ? あの時、何話してたの?」
《いえ、話をしていたというより、思念伝達というか……言語化する前の意志のやり取りみたいなものです》
「うわ、なんか難しい話だな」
《いえ、難しくなんかありません。要は……『やんのかこら』ってことです》
「ははっ! チエちゃん、随分話ぶりが自然になってきたね」
《日々学んでおりますので。あ、それと――》
「うん? なに?」
《ローニャさんの精神干渉ですが、なんと言うか……嫌な感じがしなかったんです》
「どういうこと?」
《いえ、うまく説明出来ないのですが……波長というか、感じが……その……蓮さまと似ていました》
「俺と? そう言えばあいつ……俺の魔力が、懐かしい味がするとかなんとか言っていたな。それが関係するのかな……うえ! なんか嫌だな、味とか言われると」
《初めて魔族にあったので、推察する要素が少なく何とも言えませんが――魔族は……》
チエちゃんが一瞬言葉を飲み、間をおいて続けた。
《魔族というものは……その言葉から私たちが思い描く『悪しき存在』なのでしょうか?》
「……どうなんだろう。エストキオ帝国の神話では、『亜人が魔族を生んだ』って言ってたよな」
《やはり少し気になりますね。今は情報がないので、どうしようにもありませんが》
「そうだね。少しずつ情報を集めよう。ばあちゃんにもヒズリアの歴史の本とか仕入れてもらえるよう頼んでみるか」
《それは助かります。まだまだヒズリアの知識が足りませんので》
「はぁ、疲れたな……なんか……めちゃくちゃ眠い……ごめんチエちゃん……ちょっと寝る……」
《……ええ。今は休息が必要です。ご安心を、もし魔物が現れたらすぐに知らせます。お休みなさいませ、蓮さま――》
「おや……す……み……」
俺は境界線の内側で、浅い眠りについた。




