043 街の様子~料理人の魂~
俺たちは、街に訪れていた全ての人たちに食事を振舞った。温かい食事にみな一様に笑顔で、楽しく食卓を囲んだ。
皆、少しずつではあったが、それぞれの身の上や考えを話し、耳を傾け、互いを知る有意義な時間を過ごした。
ただ、ばあちゃんはへそくり全て使い果たし、かなりしょげていた。今度なにか買ってあげよう。
それが、一週間前の出来事――
「じゃあ、とりあえず、お互いの進捗を報告し合おうか。ヴィヴィ、みんなの様子はどんな感じ?」
「はい! あれから――」
◇ ◇ ◇
ヴィヴィが振舞った料理は相変わらず美味かったが、何より驚いたのは、ヴィヴィの料理人としての器だった。
ヴィヴィはあの時、三種類の料理を作った。
健康状態が良い人には通常の料理を、悪い人には薬膳料理、そして衰弱しきった人には、くさ汁を使った特製の薬膳料理を。それぞれ、その人の健康状態に合わせてコースを組んだ。
基本、使っている食材はほぼ同じで、試食させてもらったが、どれも美味かった。それどころか、あのくさ汁を使った料理さえも、人の好みによれば、こっちのほうが美味いと思わせるほどの仕上がりだったのだ。
さらに、健康状態が悪い人たちには、お土産として薬膳とくさ汁を使った携行食を、数日分用意して渡した。
「はい、どうぞ~。乾燥させてるので、ひと月ほど持ちます」
「ありがとうございます……ありがとうございます! これで娘の具合も良くなります」
なんというホスピタリティ。料理人の可能性と、あるべき姿を見せつけられた気分だ。彼女はいずれ、ヒズリアに名を馳せる料理人になるに違いない。
ばあちゃんのへそくりは大した額ではなかったが、彼女はその少ない予算の中、創意工夫を凝らし、ここまでのもてなしをしたのだ。
皆がヴィヴィの料理に舌鼓を打つ中、一人の竜人族の老婆が、ディアナに連れられヴィヴィのもとに来た。
「ヴィヴィさま。こちらの女性がヴィヴィさまにお礼がいいたいと」
「ディアナ! え、お礼?」
「ヴィヴィさま……私、こんなに美味しいものを食べたのは、生まれて初めてです……本当に、本当にありがとうございます……これでいつ死んでも構いません」
よく見ると、老婆の首には隷属の紋が刻まれている。この人も奴隷か……
後から聞いた話によると、年老いた奴隷は用なしとされ、何の保証もなく捨てられることが多々あるという。この老婆も行く当てもなく、この街へたどり着いたのだろう。
「それはよかったです……ぐすっ……でも、そんな悲しい事言わないでください。この料理は、食べた人が元気になるよう……幸せになるよう、願いを込めて作ったんですから」
「そうですか……そうですね」
「おばあちゃん! これからは、もっと美味しいものが食べられますよ! 私も、もっと勉強して新しいレシピを考えますから! だから……早く元気になってくださいね!」
「ええ……それは楽しみですね……ありがとう……ありがとう」
俺はこう見えて――
多分ばあちゃんも知らない、誰も知らない事だろうが……俺はこう見えて、食べることが大好きだ。美味しいものを食べた時には、無意識に心の中で味のレビューをしてしまうほどに、食べることが大好きだ。
俺の味覚は、勝っちゃん食堂で鍛えられた。そして、勝っちゃんおいちゃんは、俺やばあちゃんの健康状態を考えて、レシピをいつもアレンジしてくれていた。
食べる人の事を想って――
ヴィヴィの姿をみて、ディアナが問いかけた。
「ヴィヴィさま。ヴィヴィさまも元奴隷って……本当ですか?」
「ええ。そうですよ! でも今は、蓮さまと伊織さまから名前をもらい、このお店で恩返ししているところです!」
「私も……ヴィヴィさまの様になれますか? ヴィヴィさまの様な料理人に」
「……ええ。なれますとも。しっかり勉強すれば! 一緒に頑張りましょう! ディアナ!」
「……はい!」
勝っちゃんおいちゃん。ヴィヴィにお店まかせたの、大正解だったよ。おいちゃんの魂、ちゃんとここにあるよ……
◇ ◇ ◇
「あれから、皆さん随分と健康状態も良くなり、症状が重い人も、伊織さまのお陰で快方に向かってます」
「そうか。何はともあれ健康が一番だからな。ばあちゃん、重症の人たちは?」
「もう、ほとんどの人が回復しとるね。無理やりくさ汁ぶっこんだけんね」
森の外周を超える際、強力な魔物と戦闘して負傷したものや、重い病気にかかっているものは、有無を言わさず、ばあちゃんがくさ汁を飲ませた。皆その不味さに白目をむいたが、その効き目は折り紙付き。見る見るうちに回復していった。
しかし、ばあちゃんの魔力量は凄いな。あれほどの数の人の治療をして何ともないなんて。
「ばあちゃん、疲れてない? 大丈夫?」
「ん? な~ん? 蓮ちゃん心配してくれとうと? 大丈夫大丈夫! むしろ森湧顕地を発動してから、調子が良くてね! なんか前より力が溢れてくる感じ!」
確かに……森湧顕地発動以来、ばあちゃんの身体の周りにうっすら、キラキラと眼に見える形で魔力が溢れている。本当に調子いいのか。
「魔法の名前が良かったんかねぇ~! ちからモリモリよ! わかる? ち・か・ら♪ モリ♪ モリ♪」
「ん、何言ってんのか分かんない。まあ、大丈夫ならいいや」
相変わらず、ばあちゃんはばあちゃんだ。心配して損した。
さて次は――
「よし。じゃあ、バルト。頼んでた施設はどんな感じかな?」
「ほうほうほう! 任せてよぅ! ちゃ~んと蓮さんの希望通り進んでるよぅ!」
バルトたちドワーフには、まず街の衛生を保つため、手洗い場とトイレ、公衆浴場の建設を依頼した。
手洗い場の水は、常に溢れている手水場の神水を使っている。
神水は、僅かな回復効果や消毒効果があるので、手を洗うのに最適だが、湧き出る量が限られているので、みんなが使うとすぐになくなってしまう。
なので、手水場から水を引いてタンクに溜めて使っている。これなら多少使ってもタンクが空になることはない。
そしてさらに、その排水を再利用して、併設されているトイレに使っている。トイレから出た汚水は、地下に埋め込んだ排水路を通り、商店街の汚水タンクに流される。汚水タンクは商店街の恩恵なのか、溢れることがないので、汚水はここで消滅する。
ここに、完全なる水洗トイレが完成したのだ。
ちなみに、貯水タンクは高い場所に設置され、水を流す仕組みだが、水を高いところに移動させるのは、『水やりの木』と呼ばれるクマロク原産の木を用いている。
この木は、根から吸い上げた水を上の方にある枝から、まるでジョウロのように水を撒くのだ。
なぜそんなことをするのか聞くと、火山大国クマロクでは森林火災が多く、火災の際、水やりの木は、足元にある小さな植物たちが燃えないよう、幹に溜めた水を撒くのだという。
なにそれ! めっちゃ優しい!
そして、水を出し切った木は、朽ち落ちて、小さな植物たちの養分になるのだという。
なにそれ……めっちゃ切ない……
バルト達は、この優しい木を使い、水の循環システムを組み上げたのだ。
「公衆浴場はこれからだけど、難民のみんなが手伝ってくれてるから、作業がはかどってるよぅ」
大狸商店街は、難民を受け入れる代わりに、街の開発を手伝ってもらった。そして、その報酬として、ヴィヴィ食堂の食事と少額の金銭を渡している。この街ではお金を使う施設が、今のところほぼないが、今後の街の発展を見据え、感謝の意味もこめて支給している。
「たった一週間でここまでやれるなんて、さすがだよ。物づくりにおいてドワーフの右に出る者はいないな。浴場の方も引き続き頼むね!」
「はぁい。任せてよぅ!」
「次は……サリサ、カリス、タリナのトトゾリア班。どんな感じ?」
俺とトトゾリア班は、難民の把握と、新たに開拓する街の区画整理、街の外壁計画に取り掛かっていた。
俺とサリサが難民の把握と区画整理、俺とカリスとタリナが外壁計画を担当している。
「まず、外壁だが……」とカリスが報告する。
「あれから、稲荷神の加護範囲を調査した結果、稲荷神社を中心におよそ半径1キロメートルがもっとも力が強い。その周りを半径1キロメートルを境に加護の力が弱くなっていく」
「やっぱり、徐々にってわけじゃないんだね」
「ああ、1キロメートルを境に急激に魔物の強さが変わる。やはり『やつ』に表れた現象がそのまま当てはまる」
カリスの言う『やつ』とは、加護範囲の調査に出たときに出会った『魔族』だ。
いままで魔族に会った事がなかったから、本当に存在するのか半信半疑だったが……それもそのはず、大狸商店街は加護に護られているので、魔族が非常に寄り付きづらくなっていたのだ。
「入ってこい」
「れ~ん!」
カリスが呼び込むなり、『やつ』は俺に飛びつき、俺はそのまま片腕で抱きかかえる形になった。
その魔族は小さな幼女の姿をしており、背中に蝙蝠のような羽が生えている。こいつの名前は『ローニャ』。種族は『サキュバス』だ。
「れん~、よしよししてぇ~」
見ての通り、ローニャは完全に俺に懐いてしまった。ヴィヴィとサリサの鋭い視線が刺さる。また面倒なことになった……
ローニャとの出会いは、それはもう衝撃的だったので話しておこう。
それは三日前。ツクシャナの森でのことだ――




