038 カリスとタリナ(4)~ネーミングセンス~
――ズ……ズズン……
ばあちゃんの表情が変わった途端、森の空気が変わった――
「蓮ちゃん……」
多分……こいつらは悪い奴じゃない。きっとサリサの事を心配してやってきたんだろう。
そして、試すという言葉の通り、ただ俺のことを見極めようとしていただけだ。殺すつもりならいつでも殺せた。一切武器も使わないし、背後を取っているのに、わざわざ声をかけるのがその証拠だ。
しかし、ばあちゃんの目にはこの状況、どう映っているだろうか。武装した大男(本当は女だけど)が二人、血まみれの俺(鼻血だけど)の足を持って、逆さづりにしている……ばあちゃんの事だ……確実に怒るだろうな……
「あんたら……蓮ちゃんに、なんばしたとね……」
「伊織! ち、違うんだ! こいつらは――」
「サリちゃん……あんたに聞いとらん。どきんしゃい……」
「う……!」
やっぱり物凄く怒ってる……あのサリサが気圧され、言葉に詰まり道を譲る。
「蓮ちゃん! 大丈夫ね?!」
「大丈夫だ」と言いたいが、活動限界が来ていて、受け答えが出来ない。短時間での神槌連発は無理があったな……
ばあちゃんの瞳に涙が滲むと同時に、恐ろしいほどの敵意が、カリスとタリナに向けられる。
抑えきれない憤怒の感情が、その端正な顔立ちを歪ませた。金色の髪が逆立ち、魔力が開放されているのか、激しく明滅する光が、ばあちゃんを中心に迸る――
「今……助けてやるけんね……」
この時、俺が受け答えが出来ていれば……もう少し俺が強くて、こんな状態にならなかったら……今思えば、ここが大狸商店街の最初の大きな分岐点だっただろう。
この日を境に、俺たち大狸商店街は、クシュ大陸にその存在を知らしめることになる――
「最後に確認するばい。あんたたちが……やったんね?」
ばあちゃんは、カリスとタリナをまっすぐに見つめ問いただす。二人はその視線を正面から受け止め「ああ、そうだ」「私たちがやった」と答えた。
ばあちゃんは俯き、短く「そうね」とぽつりと呟くと、くさ神輿を発動させた。
――バキバキバキッ……シュルルル……
背中からマンイーターの触手(くさ手)と木の根(くさ足)が生え、その身体を宙に持ち上げる。
「な、なんだ?! これは……化け物か?」とカリスが身構える。まあ、初めてばあちゃんのくさ神輿を見ると、みんなこの反応になるよね。
「カリス! それより良く見てみろ! 凄まじい魔力だぞ……」とタリナの顔に汗が滲む。
ばあちゃんはいつも稲荷神社でやっているように、祝詞を唱え始めた。
だが、この時は、いつもの祝詞とは違っていた――
――「掛巻も恐き木霊の御魂よ。我が名は伊織、稲荷の巫女なり。我が主神・宇迦之御魂に代わりて頼み奉る」――
「詠唱?! 伊織……お前、詠唱が唱えられるのか?!」とサリサが驚きの表情を見せる。
《これは……大祓詞ですね》
――「友たる木霊の御魂よ。この地に満つる、万の穢れ、禍ことごとく退け給え」――
――シュギギギギギ……
金切り音のような甲高い音が響き、明滅していた魔力の光が更に激しさを増す。ばあちゃんの四肢には蔦が絡みつき、黄金色に輝いている。
「チエ……これ、まずくないか? 伊織は詠唱なしで、あの威力のくさ矢や、くさ神輿を発動させるんだぞ」
《た、確かに。今まで伊織さまは面倒臭がって、何度教えても無詠唱でしたからね。詠唱付きとなると、その威力は……》
――「我が名は伊織。この地を護らんとするもの。この怒り……神木となりて不浄なる影を浄め給え」――
――ザザザザ……ゴオーーー……
森の空気が変わった。ざわざわと森の木々、ありとあらゆる植物がさざめいている。
命の気配……
普段そこにあっても、その成長速度や僅かな動きのせいで、変化が見え辛い植物たち。その植物たちが、理から抜け出し……森が、ばあちゃんの詠唱に呼応している。
森の全ての植物が、カリスとタリナを中心にズルズルと渦を巻き始める――
「これは……避けられんな……サリサ!」
タリナは俺を向け放り投げ、サリサは俺をしっかりと抱きとめた。
――「森よ、湧け……地よ、顕せ……」――
ばあちゃんの魔力の輝きは、詠唱と共にさらに光を強め、その眩さはまともに見るのが出来ないほどになっていた。
尋常じゃない魔力量……俺はサリサの様に魔力の流れは見えないが、そんな俺でさえわかるこの異常性……ばあちゃんの本気ってこんなに凄いのか。
《サリサさま! 離れましょう!》
「ああ! しかし、伊織のやつ……詠唱、完結させられるのか?!」
《……といいますと?》
「本来、魔法とは万物の力を借りて発動するものだ。力を借りるために詠唱がある。術者の魔力と借りた力を掛け合わせることで、より強力な魔法が生まれる。しかし、詠唱を失敗したり未完であると、行き場を失った力が暴走することがある」
《暴走……》
「この魔力、この範囲……下手したら、ここら一帯消し飛ぶぞ!」
ばあちゃんの四つの耳がピクリと動き、サリサとチエちゃんの会話に反応した。
――「え~……も、森よ、湧け……地よ、顕~、せ?」――
こ・れ・は……
ばあちゃん、何も考えてなかったな! めっちゃ今考えてる!
《い、伊織さま! 今の話、聞いていましたよね! れ、蓮さま! 念話を!》
チエちゃんが、ばあちゃんとの実況中継で悪ふざけしたので、俺が封印しろと指示していた念話のチャットルームを開いた。念話なら今の状態の俺でも話せる!
今思うと、チエちゃんのこれがファインプレーだった。じゃないと多分街ごと消し飛んでいただろう。
(ばあちゃん! 俺だ俺! 俺は大丈夫! 多分そいつら悪い奴じゃない!)
(れれれ蓮ちゃん! どげんしよう! ばあちゃん、蓮ちゃんの姿見て、頭に血が上って、いらん事してしもうたぁ~! あいたぁ~! なんか、ものっ凄い魔力が集まっとるんやけど! これどげんしよう! あわわわわ)
「伊織! 落ち着け! あいつらは私の従者だ! 言葉! 慎重に! あいつらから狙いを外して、詠唱を完結させろ! いったん始めてしまったら、もうやめられん! 言葉! 慎重に!」
――キュイーーーーーーーン……
――――ギギギギギギギ…………
集まった魔力の濃度が上がっていく……辺り一帯が、飽和した魔力で眩いほど輝き始めた。
(あわわわ……なんかこれ! もう限界みたいばい! なんか適当に魔法唱えたらいいと?!)
「ダメダメ! 適当は駄目だ! 詠唱は『繋がり』が重要だ! しっかりと『前の言葉』を受けて放て!」
(ばあちゃん! あいつらから狙い外せよ!)
(いや! もうなんか完全にロックオンしとるばい?! 森さんたち完全にやる気ばい~! 木だけに!)
(言ってる場合か! ばあちゃん! 上! 上! 上にむかって撃て!)
「大丈夫! カリスとタリナなら躱せる! 詠唱を完結させろ伊織! 落ち着いて! 言葉は、の、繋がる、り! 適当ダメ!!!」
もう現場は大混乱です。
サリサがこんなに慌ててるのも初めて見たし、俺は鼻血が止まらないし、カリスとタリナはどうにか魔法の範囲外を探そうとオロオロするが、そんなものないし、ばあちゃんはテンパり過ぎて、滝のように主に脇から汗をかいている。
「カリス! タリナ! 来るぞ! 上に行くぞ! 絶対に躱せよ!」
「「サリサ!」」
「あ! あと……念のため、一応言っておく! 今までありがとう!」
「「サリサ?!」」
こんな雑なお別れの言葉があるだろうか。カリスとタリナ……死ぬなよ……
――――ピシィッ……!!!
何かに亀裂が入るような、とても嫌な予感のする音が森中に響いた。これはもう限界だ……今この瞬間、全てが消し飛んでもおかしくない!
(ばあちゃん! やれ!)
(は、はいよう! え~っと……前の言葉、前の言葉……森のやつ……あ! あればい!)
ばあちゃんは目を閉じ、意識を集中させる。
――「森よ、湧け……地よ、顕せ……我が願いに応え、天を穿て!」――
ばあちゃんは目を開き、手を天にかざし、最後の一文を唱えた……
――「森! 湧! 顕! 地!!!」――
いや駄目だろ !!! それ!!!
この日、ばあちゃんは、この世でもっともダサい魔法を完成させた。




