035 カリスとタリナ(1)~強襲! 怖い人たち~
クシュ大陸最北端、ツクシャナの森の北部に位置する『防砦都市ノルドクシュ』――
――ガヤガヤ……
――ガチャガチャ……
屈強な冒険者が集う酒場の扉が、錆びた蝶番の音をたて開いた。
――ギイィィ……
酒場の喧騒はピタリと止み、荒くれ者たちの視線が一斉に扉に向けられる。
扉の向こうには戦士が二人立っていた。
二人とも優に2メートルはある巨体をしており、全身をフード付きマントで覆っている。
扉に手をかけ、マントから覗かせた腕の筋肉は、丸太と見紛うほどだ。
一人は身の丈ほどの大剣、一人は扉かと思えるほどの大斧を携えている。
それぞれの武器――
いや、鉄塊とでも言おうか……
それらは年季が入って古びているが、刃の部分はぬらりと美しく輝いている。
二人は向けられた視線に応えるように、フードから覗く鋭い視線で酒場全体を見渡した。
――ギロリ……
一瞥という表現では収まらない、その鋭く大きな圧に……
荒くれ者どもは、すぐさま視線をおとし、何事もなかったように酒をあおり始めた。
荒くれ者……冒険者の本能が告げていた。
――「「「あの二人には関わるな」」」――
酒場の空気は一瞬にして凍った。
この場にいる全ての者が二人の戦士に意識をむけ、いつでも行動を起こせるよう緊張していた。
この場合の行動とは――
『逃走』か『降伏』の二択である。
二人の戦士は、ゆっくりと酒場のマスターの元へ歩いていく。
その圧倒的な存在感とは裏腹に、戦士の動きには無駄がない。
古い板張りの酒場を歩いても、聴こえてくるのは……
――ス……スス……
微かな衣擦れの音だけだった。
酒場が静まり返っていなければ、彼らが移動する音にすら誰も気づかなかっただろう。
――ガサッ……
大剣の戦士は懐から似顔絵を出し、マスターに見せて尋ねた。
「この冒険者を……知っておるか?」
その問いかけに、マスターは客の酒を注ぎながら無視した。
酒場は冒険者の憩いの場であると同時に、重要な情報交換の場でもある。
切った張ったのこの世界では、情報は命だ。
そして、ここで命は……金で買える。
大剣の戦士はニヤリと笑い、大斧の戦士に目配せをする。
大斧の戦士が懐に手をやり、金貨を一枚取り出しカウンターに置いた。
――コトンッ……
マスターは横目で確認し、口を開いた。
「見たことある気がするな……ああ、少し前にうちに来たな。確か槍を携えていた」
「ほう……それで?」
「トトゾリアから来たと言っていたな」
戦士たちは「間違いないな……」「ああ……」と小声で耳打ちをする。
「どこに行くか言っておったか?」
「さぁ~、どうだろうねぇ。何か言っていたような気がするが……」
マスターは顎髭を撫でながら、大斧の戦士をちらちら見ている。
大斧の戦士は懐から更にもう一枚金貨を取り出し、目の前でひらひらと見せ、次の言葉を促す。
「そうだ! 思い出した。ギルドからのクエストを受けて、ここから南にあるツクシャナの森に行くと言っていたな。他の冒険者にも森の魔物の事を聞いていたよ……へへへ」
マスターは物欲しそうに金貨に目をやる。
「ギルドのクエスト、ツクシャナの森か……分かった」
そういうと大斧の戦士は、金貨の端をカウンターにつけると、力強く指先で弾いて置いた。
――バッチィィィィィィッ……!!!
その下品ともいえるほど大きな音に視線が集まる。
「マスター……あまり欲をかくなよ」
「は、はい」
そういって二人の戦士は酒場を後にし、ギルドに向かった。
カウンターには――
「と、取れねぇよ……」
ぐにゃりと曲がった金貨がめり込んでいた。
◇ ◇ ◇
その日、俺はサリサに「新しい服を仕立てたので見に来てほしい」と、店に呼び出されていた。
新しい服って、この前スリーピーススーツを仕立てて貰ったばかりなんだけど……
店に行く道中、大狸中央公園のベンチにへたり込んでいるドワーフたちとあった。
「やあ、どうしたの? みんな揃って」
「ああ~蓮さん~、いや~最近暑くてさ~。わしらドワーフは暑さに弱いんよ~」
「なんでだよ。クマロクは南国だろ? 暑さに強いんじゃないの?」
「いや、わしらの祖先は、もともと北国の種族なんよ。良質の鉱石を探す旅をして、クマロクに落ち着いたんさ」
「へえ。そうなんだ。あ、ヴィヴィ食堂に行けば? あそこだったら、扇風――風を出すカデンも冷水を出すカデンもあるし」
「いいよ蓮さん、いちいちカデンって言わなくても。わしら事情知ってるけど、絶対に誰にも言わないよ」
「そ、そうだね。でもまあ、一応ね」
「ヴィヴィ食堂にはもう行ったよ。でも、すでにみんな押しかけて、すし詰め状態。わしらあぶれ組」
うわー、ヴィヴィ大変だろうな。
まあ最近は、ディアナが食堂を手伝ってくれてるから大丈夫か。
それにしても、この夏の日にマルチーズのすし詰め……きついな。
「じゃ、じゃあ、お仕事がんばって……って、無理か。水分補給はこまめにね」
「ありがとう~」
◇ ◇ ◇
――カランカラン……
店のドアを開けると、真鍮製のドアベルが柔らかく響いた。
サロン・ド・サリサ――
元久世衣料品店は、サリサが江藤書店で見つけた雑誌から、英国の仕立て屋をイメージしたクラシックなスタイルに改装された。
工事はバルト達に依頼し、見事にそのイメージが形となった。
ヴィンテージ風の棚には、ロールになった生地が整然と並んでいる。
その他の家具やソファなども、映画などでよく見るイギリスの仕立屋そのものだ。
「あ、蓮! 待ってたぞ」
サリサが、トルソーに掛けられたスーツを触りながら、笑顔をこちらに向ける。
「相変わらず、めちゃくちゃおしゃれだな、この店。この商店街に似つかわしくないぞ」
「そうか? トトゾリアの雰囲気に合わせたんだがな」
「え……アマゾネスの国って、こんな感じなの?」
「ん? まあ地域によるが……王族や地位の高いものが住む場所はこんな感じだぞ」
アマゾネスっていうから、俺はてっきり――
密林か何かで、ウホウホ言いながらマンガ肉を食べてるような、そんな国を想像してたが……
かなり進んだ国みたいだ。
サリサ、ごめん。
先入観はよくないね。
「蓮、新しいスーツだ。最近暑いだろ? だから涼しい素材で作ってみた。試着してみてくれ」
なんだなんだ。サリサのこの甲斐がいしさは。
ハンター・ヴェレドの時と打って変わって――
いや……ヴェレドの時だって厳しくもあるが、相当面倒見がよかった。
元来彼女は、優しく面倒見のいい人なんだ。
サリサ、ごめん。
先入観はよくないね。
新しいスーツは別段デザインが変わった感じはない。
少し薄手か……夏物のスーツってことか?
俺は試着室で新しいスーツに袖を通した。
「サリサ、これ凄いよ! めちゃくちゃ涼しい、っていうかあれ? これ……なんかうっすら風が吹いてない???」
「ふふふ……だろ? 生地にエアリアルシルクを使ってる。本来、エアリアルシルクは魔力を通さないと風は吹かないが、織り方を研究してな。体の熱を風に変換できるようにした。まあ、ほんの少しの風だけど……かなりいいだろ?」
「え、それって――空調服じゃないか!」
「空調服? なんだそれ?」
「サリサ、この生地ってヒズリアで一般的にあるの?」
「馬鹿言うな。今言っただろ。これは私が何度も織り方を試行錯誤、研究して作ったんだ。他にはない。苦労したんだぞ」
マジか……他には無いとなると、この生地、バカ売れするぞ。
というか、新しい生地を開発するとは……
裁縫が得意とは言っていたが、最早そのレベルじゃないな。
「あのさ、これでドワーフたちの作業着、作れないかな?」
「なるほど……それはいいかもな。生地は素材再現でいくらでも作れるし、あいつらみんな同じようなサイズだしな。量産するのは簡単だと思う」
よかった。
これでヴィヴィ食堂のマルチーズ詰めは解消されるだろう。
俺は新しいスーツを身に着け店を後にした。
◇ ◇ ◇
俺はサロン・ド・サリサを後にし、ご機嫌で商店街を歩いていた。
この時、俺は――
ここ数日、観察されていたことに気づいていなかった……
魔物も加護のお陰で商店街に入ってくることもないし、入ってきたとしても街の連中で対応できる。
こんな状況で――
まさか敵襲があるなど考えていなかったのだ。
この直後……俺はチエちゃんが加護について、以前語っていたことを思い出すことになる。
――《稲荷神の加護はおそらく魔物にしか効果がありません。もし、人間や亜人を主体とした軍勢が攻めてきたら、ひとたまりもありません》――
――シューーーー……ズドーーーン!!!
それは空からやってきた。
激しい砂埃が巻き上がり、俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。
砂埃がきえ、そこには2メートルはあるであろう全身マントの大男が二人立っていた。
顔は深いフードでよく見えない。
「こやつがそうか?」
「ああ、間違いない」
大男たちは俺を見つめ耳打ちしている。
――バサッ……ギシ……
視界の端で、商店街を取り囲む巨木の先端が揺れているのが見えた。
もしかして――あそこから跳んできたのか?
うそだろ……ビルみたいな高さだぞ……
《蓮さま……非常にまずいです。この二人、恐らく横綱クラス……装甲車に乗った横綱5人分です!》
(はいぃ?! それもう装甲車だけでいいじゃん! え? 装甲車二台分ってこと?! 横綱10人?! 無茶苦茶じゃん!)
《一番起こって欲しくないことが起こりました……加護の及ばない、人族の脅威……》
「貴殿が……ここの長であるな?」
大剣の戦士の声が、地を這うように響く。
「あ、ああ。一応……そうだ、です……」
俺の事を知ってる? 張られてたのか?
大斧の戦士がさらに続ける。
「お前……あの女、サリサとどんな関係だ」
「サリサ? どんなって……どういう事だよ?」
「……求婚……したのか?」
「ええ?! いや! してないよ! 俺からはしてない!」
「俺からは? では……求婚されたのか?」
と大斧の戦士の視線が、鋭く俺を刺す。
「え?! ああ~、えっと、う~ん……」
なんだなんだ?
こいつらサリサの関係者か?
婿探しが関係してるのか?
あ……もしかして……サリサの婿候補とか?!
「どうなんだ。答えろ」
と大斧の戦士は、僅かな苛立ちを見せた。
「え、えー……はい。されました」
「そうか……」
二人は目を合わせ頷きあった。
「では……」
「試す……」
――「「死ぬなよ!」」――
そう言うと二人は、まるで瞬間移動の様に、凄まじい速さで距離を詰めてきた。
大剣の戦士は俺の顔面へ、大斧の戦士は腹部へと同時に、ボーリングの玉のような巨大な拳を突き出した。
――ブンッ!!!
――グオッ!!!
「はっ……や! 四連施錠!――」
――ガキガキガキキンッ!!!
四つの錠前が二人の足にかかったが、二人を止めることは出来ない。
――バキキンッ!
錠前は一瞬で破壊された。
だが、ほんの一瞬――
ほんの一瞬だけ二人の動きが鈍くなった。
《蓮さま! 躱してください!》
「くっ!!!」
その瞬間を逃さず大剣の戦士の拳を俺は躱したが――
――グオオオォォォ!!!
かわした先には……大斧の戦士の拳が待ち構えていた。
最高のタイミング――ッ!
まるで……プロのスラッガーが狙い澄ました待ち球を完璧に捉え、バットに当たった瞬間に、球場の誰もがホームランを確信するような……
どうにもならない……完璧すぎるタイミング。
これは……
たとえ神槌を使っても躱せない!
これ……絶対痛いやつだ!
覚悟しろ……来・る・ぞ~!
――ズ……ッドン!!!
「ぐっえ!!!」
――ズサァァァァァァァ!!!
俺はもろにボディーブローを喰らい吹き飛んだ。
――ズタンッ……ゴゴッ! ゴロゴロォ……
どのくらいの距離を飛んだだろう……
25メートルは飛んだんじゃないだろうか。
25メートルって……プールを泳がずに超えてるじゃん……
俺……世界記録出せるじゃん!!!
「げふぅ! がはっ!!!」
あり、えない――ッ!!!
こいつら……強すぎる!
ど、どうしよう!!!




