166 耳、足、涙、音、玉、毛、頭、乱――つまりカオス
「タリナさぁん……この方はぁ?」
コヤネさんは、ばあちゃんと互いの耳を指さし暫く回った後、俺に尋ねた。
「コヤネさん……この人がツクシャナ共和国の救い主――江藤伊織さんです」
「ふぇ…………ふえぇぇぇ~!? この方がぁ?! 救い主さまもヒュブリダなんですかぁ?」
「はい? 『ヒデブだ』??? なんそれ、北斗のケンちゃんの話? いや、なんか知らんばってん、私はフォクシーエルフでございますです、はい」
「フォクシーエルフ……はぁ~、そのような種族、初めて聞きましたぁ。あ、初めましてぇ、コヤネと申しますぅ」
「あ、江藤伊織と申しますぅ」
二人はチラチラとお互いの顔と耳を見合いながら、丁寧なあいさつをした。
……気になってる気になってる。
「ばあちゃん、コヤネさんはマツィーヨで裁縫店をやってて、専門は染物職人さんなんだ。それで……ツクシャナ共和国の噂を聞いて、大狸商店街に来るつもりだったらしくてさ」
「はえ~、そうなん? それはそれは、大狸商店街を選んでいただきぃ、誠に有難うございますぅ。どうぞよろしくお願いいたしますぅ。これはお近づきの印にどうぞぅ」
そう言うとばあちゃんは、腰を直角に曲げアポロのしおりをコヤネさんに手渡した。
「ふえぇ、あ、ありがとうございますぅ。何か分かりませんが、頂きますぅ」
「お守りみたいなものでございますぅ」
相変わらず初対面の人には日本人営業スタイルだな。
「それでさばあちゃん、俺……コヤネさんに宮川染物店を任せたいと思ってるんだけど」
「およ! お竹ちゃんの店ね! いいやんいいやん!」
「え……あのぅ……タリナさま……それはどういう事ですかぁ?」
「あ、ごめん、コヤネさん、俺、タリナじゃないんだ。実は――」
俺はこれまでの経緯と俺たちの出自を、包み隠さずコヤネさんに伝えた。
「………………えええぇぇぇ~~~?! お、王さまぁ~?!」
サリサがいたら軽率だと叱られるかもしれないが――
ただでさえ亜人が暮らし辛いこのヒズリアで、更に忌み嫌われる存在だなんて……
俺は放っておけなかった。
「お二人は異世界からの転生人なんですかぁ……はぁ~、そういう方がいるとは聞いたことがありますがぁ……初めてお会いしましたぁ」
何より今、この人の力が俺たちには必要だったし――
この先、この人の力になりたいと思った。
「なるほどぉ、それでその宮川染物というお店を私に……それは願っても無い有難いお話ですがぁ……私……ヒュブリダですよぅ? いいのですかぁ? ご迷惑をおかけしませんかぁ?」
「ねえねえ、コヤネちゃん……さっきからその『ヒデブだ』っちなんなん???」
もう『ちゃん付け』か。
相変わらず距離の詰め方が半端じゃないな。
「あは~……ヒュブリダというのはですねぇ――」
コヤネさんはヒュブリダについてばあちゃんに教えてくれた。
左足が悪い理由についても教えてくれたが……
「でもぉ~、『街に出るときは耳を隠せ』との父の言葉を忘れて、帽子を被らなかった私も悪いんですぅ」
と、コヤネさんはまた少しだけ寂しそうな顔を浮かべて笑ってみせた。
この笑顔――
最初は優しい人なんだろうな、くらいに思っていたが……違う。
これはヒュブリダである彼女なりの処世術なんだ。
幼きコヤネさんが――
力なき幼子が身に着けた『精一杯の敵意のない証』……
何の罪もない幼子にそれを強いる世界がある――
人目をさけ足を引きずる少女が脳裏に浮かび……胸に痛みを覚えた。
そして、こういう事に俺以上に反応する――
「お……おっんのれぇ~~~……ッ! あんたの足ぃ蹴った奴はどこのどいつねぇ!!! 私が吊るし上げちゃるぅぅぅ!!! くさ手で天にまでぇ!!!」
共感力の塊がここに一人。
「ええぇ~?! いえ~、もう昔のことですのでぇ、お気遣いなくぅ」
ばあちゃんの怒りは暫くしておさまったが、今度はボロボロと泣き出した。
「ぼへえぇぇぇぇ~!!! ほんなこつ……コヤっちゃんあんた大変やったんやねぇ~!!!」
ばあちゃんは単純だ。
あまり深く考えて行動しない。
感情も言葉も、その瞬間のものがそのまま表に出る。
そのせいで誤解が生まれることもあるし、面倒な事に(森湧顕地の時とか……)なったりもする。
だけどその分――
「もう何も心配せんでよかぁ……私らがおるけんねぇ~……ぐひぃぃぃ~」
「伊織さまぁ……」
ばあちゃんの言葉には嘘が無い。
俺がコヤネさんを無理に説得をせず、まずばあちゃんに会わせようと思ったのは――
「あらぁ……あらららぁ……? な、なんでしょう……伊織さまが泣くから……わ、私までぇ……う、うう~~~」
「コヤっちゃん……我慢せんでよか……泣きんしゃい泣きんしゃい……辛かったねぇ……これからは私らが――うっ……ぼへえぇぇ~~~!!!」
俺にない何かを……ばあちゃんに期待していたからかもしれない。
救い主か……
本当にそうなのかもな。
――ぐおおぉぉぉ……ぐがぁぁぁぁ……
――ビビビ~~~!!! ビビビ~~~!!!
――ガチャガチャパッカ~~~ン! 替え玉あがり~!
――チョロチョロ……カッコ~~ン!
ボロ宿の浴場に響くカオスな世界の音――
その中で泣きながら抱き合う二人の姿が……
俺にはとてもかけがえのない――美しいものに見えた。
――「ラマンのギンギンの玉ぁ! 三つくれぇ!」――
……ラーメンの替え玉、バリカタな。
◇ ◇ ◇
「それでぇ、この宿でお客の服を洗えばいいんですねぇ」
「ええ。お願いできますか?」
「もちろんでございますぅ。これよりこのコヤネ……皆さまの為、一生懸命働かせて
頂きますぅ~」
コヤネさんは俺たちが商店街に戻るまで、行動を共にすることになった。
心強い仲間がまた一人増えた。
これで『マツィーヨ経済正常化作戦』に移れる。
《ジジ――ッ。あ、蓮さま、お帰りなさいませ》
ポッコとのビビビ訓練が終わったのか、チエちゃんが話しかけてきた。
「あ、チエちゃん、ただいま。ポッコのやつ頑張ってるみたいだね」
《ええ、ですがなかなか私との連携がうまくいきませんね……まだまだ時間がかかりそうです》
「そうか。あまり焦っても仕方ない。じっくり行こう」
《そうですね……狙撃されて『はい、おしまい』では洒落になりませんから。あ、もうお風呂が出来ているのですね。しかも、随分と丁寧な造りで……》
「……ばあちゃん、興味のないことには本当に興味が無いけど、好きな事にはとことんだからなぁ」
《ふふ、根っからのオタク気質という事でしょう。おや? そちらの方はもしかして――》
「ああ、この方はコヤネさんといって――」
俺はチエちゃんにコヤネさんの事を説明した。
《なるほど、それは心強いお仲間が増えて良かったですね》
「うん。さて……それじゃあ、仕上げといこう」
俺はさっき市場で買った『あるもの』が入った箱を取り出した。
「あの~、蓮さま。先ほど市場で何をお買いになったのでございますか? 私、コヤネさまと染料落としを見ていましたもので」
ミルカが興味深そうに箱を覗き込んできた。
コヤネさんが仲間になったのが嬉しいのか、心なしか声色が弾んでいる。
「お風呂を清潔に保つためのものだよ」
「清潔に、でございますか?」
「うん。このヒズリアで清潔なお風呂を保つにはこいつがいないと」
俺は箱を開け、中身を確認した。
「ひっ?! れ、蓮さま……こ、この生き物は……」
「ふふ。ケメンボさ。ツクシャナのヒローゼンってところにいる固有種なんだ。こいつら、お湯に浮いた毛を集めてくれるんだよ」
「こ、これを湯船に……き、気持ち悪いでございますね」
箱の中には10匹ほどのケメンボがワサワサと動いている。
「俺も最初は抵抗あったけど、マジでこいつ有能なんだって。毛を集めるだけじゃなくて、垢や汚れを食べてくれるし、本当にお湯が綺麗になるんだ」
「は、はぁ……」
「よかったよマツィーヨにも売ってて」
《マツィーヨは港町ですからね。各地のものが集まるのでしょう》
「でも、上手くいくかテストしたいな。試しに誰かお風呂に入ってくれない?」
――「「「え?!」」」――
ミルカとばあちゃん、それにコヤネさんはぎょっとした表情で声をそろえた。
「あ、俺とミルカは人族だから、そんなに毛が浮かないんだよな……」
「そそそそ、そうでございますね! 私はこのテストに向いてないかと!」
「じゃあ、ばあちゃんかコヤネさんだね」
――「はいぃ?!」「ふえぇ?!」――
「二人とも亜人系だし、尻尾もあるし……あ、どうせなら二人で入ってよ。二人の体毛がどれだけ採れるか見てみたい。あ、湯船には身体を洗わずに入っていいよ。垢がどれだけ浮いて、どれだけケメンボが食べてくれるかも見てみたい」
――「「「――ッ!!!」」」――
あれ……?
何故かみんなは口をあんぐりと開け、あっけにとられている。
……なんでぇ?
《蓮さま……またあなたはそのような……》
「私は嫌ばい!」
「私もですぅ!」
「蓮ちゃんあんた! レディに向かってなんてことを言うとるとね! そういうところばい! そういうところ直さんといかんと……私は思います!」
「はあ? そういうところって、どういうところだよ……いいからお風呂に入ってよ! 俺は二人の体毛を集めたいんだから!」
――カチャン……カラカラ……
背後から何か落ちる音がして、異様な殺気を感じる……
こ、この感じはいつもの――
「れ、蓮さま……あなた……何を言っているんですか……私が必死で日銭を稼いでいるというのに……」
振り返ると頭を二倍に伸ばしたヴィヴィが、お玉を手にふるふると震えている。
「ちが! 違うんだヴィヴィ! 俺はただ――ばあちゃんとコヤネさんがお風呂に入って、どれだけ体毛と垢が浮くのかを確かめたいだけなんだ!」
《だから言い方が悪すぎますって……》
「コヤネ? おい……そこの女……羊族か?」
そこの女?!
コヤネさんを睨むヴィヴィの瞳――
瞳孔が縦に細く延び、完全に猫の目になっている……
こ、こえぇぇ!
「ふえぇ?! そ、そうですがぁ……」
「な……な~~~んで蓮さまがあなたの毛を欲しがるんですかぁ~~~!!! いや毛が欲しいって変態かぁ~~~!!!」
「へ、変態?! ちがう! ケメンボだよ! ケメンボがどれだけ湯舟を綺麗にするか調べるだけなんだ!」
「欲しがるなら私のを欲しがれ~~~!!!」
ええ~~~?! 何言ってるのこの子?!
あ、あたまが三倍になってる!
「ふいぃぃ……」
――ドサァ
「あ! コヤっちゃんが気絶してしもうた! 目ぇ開けたまま固まっとるばい?!」
《おお、これは……『気絶ヤギ』――ミオトニック・ゴートと呼ばれる品種に出る現象で、気絶というより筋肉の硬直ですね。一説によると、捕食者に襲われた際、自身が犠牲になり、他の仲間を逃がすためにこの様になると言われています》
「フゥ~フゥ~……シャーーー!!!」
《ヴィヴィさまのこの迫力が捕食者に見えたのでしょう。しかし羊族であるコヤネさまにこの様な特性があるとは、これまた興味深い……》
「呑気に解説してる場合か! おい! ヴィヴィ! 落ち着けって! お前の毛でもいいから! 風呂に入って毛を浮かせてくれ! 毛をくれ!」
「何を言ってるんですか!!! やるわけないでしょう!!!」
「どっちだよ!」
「コヤっちゃん! コヤっちゃん! 目が乾くばい! 目が乾く!」
「み、みなさま! 落ち着いて下さいまし~!」
俺たちが混乱していると、二階からドタドタと足音がしてきた。
「おい! ビビビしたがじゃ! 今、ここで凄い殺気を感じたがじゃ! みんなあ大丈夫か?!」
――「「「…………あ…………毛…………」」」――
◇ ◇ ◇
――カッポーン
「ふい~、えい湯ちや。おうおう、こいつらちゃんと毛を取ってくれちゅー」
結局、ケメンボのテストはポッコがすることになった。
一番毛深いし、というか毛の塊なので適任だ。
ケメンボたちはポッコの毛をせっせと集め、浴槽のふちに綺麗に束にしている。
「コヤネさん言うたか? よろしゅうな」
「はいぃ、よろしくお願いしますぅ」
「やけんど蓮さん……あんたら、えい大人が風呂に入るじゃー入らんだき喧嘩しなさんなや。ミルカが困っちょったやないか。ええ?」
――「「「「……すみません」」」」――
「ワシが風呂あがったら、ヘイルさん起こいて早速営業するで」
――「「「「はい……」」」」――
湯舟に浸かるタヌキに大の大人4人が説教を喰らってしまった。
というわけで、ようやく屋台と浴場とクリーリングという、インフラが整った。




