165 コヤネ裁縫店(2)
「見ての通りぃ……私ぃ~、人の父と羊族の母を持っておりましてぇ」
コヤネさんは四つある耳のうち、人の耳を指さしながらそう言った。
「ですから、なかなかお客が付かなくてぇ……これから新天地で新たに頑張ろうかと思ってましてぇ。すみません~」
この人――人と亜人のハーフなのか。
だから四つ耳……
――ズズッ……ズズッ……
今気づいたが――コヤネさん……足が悪いのか。
左足を引きずるように歩いている。
「よ、四つ耳って珍しいですよねぇ。あの~、お客が付かないのって……それと何か関係あるんですか?」
「え?! れ、タリナさま――ッ!」
ミルカが顔を青くして声を上げた。
え……俺、何かまずいこと聞いた?
「あははぁ~、そうですねぇ。珍しいというのもありますけどぉ~」
俺の問いに、コヤネさんは少し寂しそうな表情を浮かべ――
「単純に人も亜人も……ヒュブリダを嫌うでしょう? ははぁ、このお店を借りるのも一苦労しましたぁ、はいぃ」
また一つニコリと笑ってみせた。
その様子を見たミルカは俺の袖を摘み、店の端へと引っ張った。
「ちょっと――ッ! タリナさま、よろしいでございますか!」
「え? あ、は、はい」
俺……これ……かなりデリカシーのないこと聞いたのか???
ミルカは少し怖い顔して、声を潜めた。
「どうしてそんなことを聞くのですか……ッ! コヤネさんはヒュブリダですが、いい人でございます! 昨日だって丁寧に対応してくださいました! なのにわざわざ……」
「え? ヒュ、なに? ごめん、俺、何か変なこと言った?」
ミルカは目をぱちくりさせ、あっけにとられた感じで俺を見つめた。
「え……まさか……ご存知ないのでございますか?」
「うん……何? ヒュなんとかって」
店内にピリリとした空気が張り詰める。
ミルカがコヤネさんを異常に気遣っているのが、手に取るように分かった。
「……ヒュブリダとは――人と亜人のハーフ、つまり『四つ耳族』のことでございます。私……伊織さまが四つ耳でしたので、てっきりご存知かと勝手に思っておりました」
「いや……本当に知らなかったんだ」
ミルカはふと何かに気付いたように、口元に手を当てた。
「あ……クシュ大陸は、モトス大陸より人族が少ないでございますからね……ヒュブリダがほとんどいないのかも……」
「うん。クシュ大陸じゃ、ばあちゃん以外会ったこと無いよ。え? 四つ耳ってまずいことなの?」
ミルカはちらりとコヤネさんをうかがい、更に声を潜め続けた。
「……人と亜人の混血は『忌み子』とされておりまして……みな、避ける風習がございます。今は流石にございませんが、昔は四つ耳の忌み子が生まれると聖騎士団に取り上げられたと、古い書物で読んだことがございます」
「それは……亜人だから?」
「はい……原魔の呪い……教会の教えがある以上、仕方のない事ではございますが……私は疑問に思います。それは本当に正しいことなのかと……」
そう言うと、ミルカは一つため息をつき、続けた。
「中にはヒュブリダというだけで石を投げつけたり、暴行を働いたり……コヤネさんの左足、お気づきになられましたでございましょう? 昨日お聞きした所、幼い頃、街に出た際、見知らぬ男性に突然蹴りつけられたそうです……」
信じられない……
四つ耳ってだけで、後遺症が残るほど子供を蹴りつけるなんて……
原魔の呪い……亜人への不当な差別……
それが人と亜人の子へと、更に歪んだ形で表れているのか。
「私は――どんな生まれであれ、『良くあろう』とする方は、みな尊敬すべきだと思っております……」
良くあろう、か……
そうだ。その通りだ。
幼いミルカの方が、凝り固まった大人なんかより『本当の事』がよく分かっている。
ただ……ミルカのこの口ぶり……なんか引っかかるな。
「あのさ、ミルカ……ミルカはヒュブリダと何かあったの? ごめんね、言いたくなかったら別に言わなくていいんだけど……」
そう尋ねると、ミルカは一瞬俺の目を見て、視線を落とした。
何か考えるそぶりを見せたが、深く息を吸い、再び顔を上げ続けた。
「実は……私が帝国魔導士になりたいのも、それが理由のひとつでございます」
「どういうこと?」
「帝国魔導士になれば、『帝国法』への進言の権利が与えられます。私は帝国魔導士になって……こういう理不尽を変えたいのでございます」
ミルカの目には今まで感じなかった強い意志がこもっていた。
理不尽を変えるって……
つまり法律から変えようって事か?
しっかりした子だとは思っていたが(ご飯のマナーは最悪だが)……
ミルカ――お前……凄いじゃないか!
「実は……私は――」
――ガタンッ!
「あのぅ~」
ミルカが何か言いかけたが、コヤネさんが立ち上がり、商品の染物を手にもじもじしながら話しかけてきた。
一瞬ミルカに視線を送ったが、彼女は軽く微笑みコヤネさんに話題を譲った。
「貴方さま――タリナさまと申されましたよねぇ? もしかしてタリナさまは、クシュ大陸のご出身でございますかぁ?」
「出身? え、ええ。そうですね」
出身というより転生なんだが……
まあ、生まれ故郷の大狸商店街ごと転生してるんだ。
そう言っていいだろう。
「ふぁあ~!」
――ガタン! ガタタッ!
コヤネさんは段差に躓きながらも、声をあげ俺に近づいてきた。
「も、もしかして! ツクシャナ共和国という国をご存知ですかぁ? 最近出来た新しい国なのですがぁ」
「え、ええ、知ってますが……」
「あのぅ! ツクシャナ共和国の首都、オーダヌキというところに『亜人の救い主』と呼ばれる方がいらっしゃると噂でお聞きしましたぁ」
亜人の救い主――
ばあちゃんの噂がここまで届いているのか。
「なので私ぃ~、そのオーダヌキという街に行こうかと思ってましてぇ」
「え……大狸商店街に?!」
「はいぃ。その救い主さまというのがこれまた凄い方らしくてぇ、たった一夜で天にまで届く神木を生やしたとか、いくつもの家を作ったとかぁ……うふふぅ、さすがにそれは尾ひれが付いているのでしょうが」
いや……ごめんなさい。
それ、本当です。
それどころか、『一夜』じゃなく『一瞬』で森湧顕樹は生えたし、『いくつもの家』どころか、数キロにわたる『街』を作りました。
はは……珍しい現象だな……
噂の方が遠慮してスケールダウンするなんて。
「オーダヌキの王さまも、亜人に理解のある方らしくてぇ。多くの亜人がオーダヌキに足を向けているんですよぅ。私はヒュブリダですのでぇ、受け入れて貰えるかわかりませんが行ってみようかとぉ。オーダヌキについて詳しく教えてくれませんかぁ? あ……ごめんなさぁい。ですので、先ほどのお洗濯の依頼、引き受けられませぇん……」
コヤネさんは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
いやいやいや……これは渡りに船だ。
いつも悩まされるばあちゃんのハチャメチャが、こんなところで役に立つとは。
宮川染物店……この人なら――
「あの、コヤネさん……会って欲しい人がいるんですが、少しだけお付き合いいただけますか? オーダヌキに関係あるんです」
「オーダヌキにぃ? はぁ……どうせお客も来ませんしぃ、構いませんがぁ」
「じゃあ、ついてきてください。あ……そうだ。その前に、市場少し買い物をしてもいいですか?」
「あ、私も丁度、染料落としが切れてたのでぇ、市場に行きたかったんですぅ。ご案内しましょうかぁ?」
そう言うとコヤネさんは染料で染まった手を見せ、微笑んだ。
「助かります。じゃあ、行きましょう」
――カランカランッ
店から出てすぐに数人の魔導士が急いだ様子で声を上げていた。
「おい! 裏手の宿屋の前に、とんでもなく美味い屋台が出来たらしいぞ」
あ――これ多分、ヴィヴィの屋台だ。
流石だな、もう噂になっている。
「なんでもクシュ大陸の『ラマンがアッハーン』とかいう食い物らしい」
「なんだそれ! 聞いたこと無いぞ……とにかく急げ!」
違う! ラーメンとチャーハンだ!
ラマン(愛人)がアッハーンってどんな食い物だよ!
「おやおや、あんなに急いでぇ。ラマンがアッハーン……なんでしょう?」
「はは、後で分かりますよ。まずは市場に行きましょう」
「あ、コヤネさん、私の肩におつかまり下さいまし」
ミルカがコヤネさんの左側に立ち、そっと腰に手を回した。
「あらあらぁ、ミルカさん、ありがとうございますぅ」
「いえ!」
心なしか――
コヤネさんに肩を貸すミルカの背中が、少し嬉しそうに見えた。
――『実は……私は――』――
さっきミルカはなんて言おうとしてたんだろう……
◇ ◇ ◇
――ガヤガヤッ
市場で買い物を済ませ宿につくと、すでにヴィヴィの屋台には人だかりで賑わっていた。
「あの~、ラーメンの替え玉? っていうのかな? それ、俺にもお願いします」
「あ! 僕も!」
「私はチャーハン? をください!」
「はい! 替え玉二つにチャーハンですね! 硬さはどうななされます?」
「俺はカタ麺で!」
「僕はやわ麺でお願いします」
何人くらいいるだろう……
ぱっと見、すでに10人以上が食事をしている。
その後ろに20人近く行列をなしていた。
あ……さっきの魔導士たちも並んでる。
――ジャッジャッジャ! パッカ~~~ン!
――グツグツグツ……チャッチャッチャッ!
ヴィヴィは凄まじい速度で注文を捌いている。
全ての調理と配膳を見事にこなしながら、ヴィヴィは俺たちに気付くと軽く微笑んで見せた。
俺は無言で「手伝おうか」とジェスチャーしたが、ヴィヴィは笑顔のまま高速で腕を動かしながら首を横に振った。
あ……余裕ってことですね……
「は~い、替え玉カタ麺とチャーハンですねぇ。やわ麺はもう少しお待ちください~。それとラーメンのカタ3、やわ2、普通4チャーハンセット、あがりました~。こちらにどうぞ~」
一気に?! 嘘だろ……
宿の前に並べられた木製のテーブルにどんどん配膳していく。
「あ、やわ麺あがりました~。どうぞ~。次のお客様、ご注文は?」
まさに戦場……不慣れな俺なんかが手伝ったら一瞬で返り討ちだ……
かえって邪魔になる。
ヴィヴィのこのスピードにはディアナくらいしかついていけないだろう。
「あの料理人の方……とんでもないですねぇ……タリナさまのお知り合いですかぁ?」
「ええ、心強い大切な仲間です。あ、中に入りましょう」
「あらぁ、会わせたい人というのは、この宿にいるのですかぁ?」
「ふふ、きっと驚くと思いますよ」
――ぐおおぉぉぉ……ぐがぁぁぁぁ……
凄まじいいびきが受付横の部屋から漏れて、宿に響き渡っている。
ヘイルさん、まだ寝てんのか。
もうお昼になるってのに……気持ちいいくらいやる気がないな。
まあ、いい。
ヘイルさんが寝ている間に風呂問題を解決しておこう。
――「ビビビ~~~!!! ビビビ~~~!!!」――
今度は二階からポッコの声が聞こえてきた。
かなりうるさいけど……うん、真面目に索敵の練習してるな。
でも――今度から声を出さないように練習させよう。
じゃないと声の出処から逆にこっちの位置バレてしまう。
意味がない。
「あ、蓮ちゃ~、タリちゃん、お帰り~。お風呂出来たけど、これでいいかね?」
すでにばあちゃんは風呂の改装を済ませ、立派な日本式浴場が出来ていた。
広さはさほどないが、10人程度は楽に入れる広さだ。
見慣れた脱衣所に、浴室に入ると、まず身体を洗う洗い場があり、大きな湯舟にはなみなみとお湯が張られている。
「おお! 凄いじゃないか! 完璧だよ!」
「ふへへ~、そうやろ~? 女湯も同じように作ったばい~」
――カッコ~~ン!
「ふひひ、鹿威しもつけたった。風流やろがぁ」
「あ、ああ。いいね」
「あ、こんにちはミルちゃん」
「こんにちは、伊~、カリスさま」
ばあちゃんもミルカも偽名に戸惑っているな。
ヘイルさんは眠ったままだし……
どうせコヤネさんは大狸商店街に誘うんだ……
「ばあちゃん、ミルカ、今はカリスとタリナじゃなくていいよ」
「え? そうなん? およ??? え? でも――そちらさんは~」
「ばあちゃん、紹介するよ。この人はコヤネさんといって――」
――「およぉ?」「ふあぁ?」――
俺が紹介する前に、ばあちゃんとコヤネさんはお互いの耳に気付いた。
互いに驚きの表情で耳を指さし合い――
――「およよよぉ~?」「あらららぁ~?」――
二人はおよあらと向き合いつつ、グルグル回り始めた。
――ぐおおぉぉぉ……ぐがぁぁぁぁ……
――ビビビ~~~!!! ビビビ~~~!!!
――ガチャガチャパッカ~~~ン! 替え玉あがり~!
――チョロチョロ……カッコ~~ン!
いびきにビビビに屋台に鹿威し。
およよとあららのメリーゴーランド。
わけの分からない音たちが浴室に響き渡っていた。
――「ラマンがアッハーン三つくれ~!!!」――
うん……カオスだ……ふふ……でも、いい感じだ。
いつもの俺たちらしい、嵐の前のカオスだな。
それにしても――
「およよよぉ~?」「あらららぁ~?」
いつまで回ってるんだ……この二人。




