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164 コヤネ裁縫店(1)

 マツィーヨ滞在2日目の早朝。


 陽が昇る前から俺たちは、宿のエントランスに集合していた。



「おはよ~蓮ちゃん……」


「おはようぜよ~」



 ばあちゃんもポッコもまだ眠そうだ。


 ヴィヴィは集まる前にすでに屋台の準備をしていた。



「よし……午前中にやれることをやろう。勝負は昼間、素材集めに行った受験者が帰ってくる夜だ。それまでに風呂を完成させる」



 宿屋の店主、ヘイルさんはまだ起きてきていない。


 受付の隣の部屋から、ゴンゴンといびきが聞こえてくる。


 この高級なボロ宿に一泊して、ヘイルさんが本当にやる気がないのがよく分かった。


 本当に部屋を貸しているだけで、清掃やその他の宿に関する仕事を一切していない。


 そりゃ客が来ないって……


 まあ、俺たちみたいなお尋ね者には、このやる気なしの無関心が逆に都合がいいけど。


 ばあちゃんはヨレヨレの巫女服を正しながらあくびをしている。



「ふあ~あ。お風呂は木の属性魔法ですぐに出来ると思うばい。でも蓮ちゃん……何でそんなにお風呂にこだわるん? シャワーやったら、馬車で作れるんばい? もうマツィーヨ出て、本山盆地に向かった方がいいんやない?」


「いや……帝国の動きが変だ。一旦ここで情報を集めた方が良い」


《魔導士試験ですね。特級と呼ばれる最高戦力の魔導士まで招集されているようですし、ただの試験とは思えなくなりましたね》


「うん。だからまずはここに落ち着いて滞在したいんだけど……まったく……魔導士試験のせいで、この街の物価がおかしくなってる。滞在するにもこれを何とかしなくちゃ。ヴィヴィの屋台に期待してたが、多分それだけじゃ到底間に合わない」



 帝国は5000人分の渡航費と滞在費を出すという、わけの分からない予算をぶっこんでいる。


 受験者たちがそれにあやかり、好き放題金を使うんだ。


 そりゃ街の連中も価格を吊り上げるに決まってる。


 マツィーヨは今、天井知らずの物価高騰の嵐だ。



「なるほどねぇ。あ、蓮ちゃん、本当にたぬきつねの湯みたいな日本式の浴場でいいん? ヨツシアの人たち……入りきるやろうか?」



 ばあちゃんはぼさぼさの頭を掻きつつ、目をこすっている。


 ……昨日はお風呂に入れなかったからな。


 いや……ばあちゃんに関しては、その前から随分とさぼっていた(・・・・・・)


 少し臭うぞ。



「いや、むしろ日本式がいい。ふふ……マツィーヨの連中には裸の付き合い(・・・・・・)に慣れて貰おう。そこから経済の正常化をしてやる……ふふふ」


「わっるい顔しとるねぇ……みた? ヴィヴィちゃん? 蓮ちゃんの今の顔」


「はは……蓮さまって、こういう街づくりに異様に固執されますよね……」


「言わんであげて。こん子、前世で大狸商店街救えんやったの自分のせいっち思っとるけん。可愛そうな子なんよ」



 可愛そうとか、そういうのを本人の前で言うな。


 相変わらずデリカシーがない。


 まあ……その通りなのだが。



「あ~でも蓮ちゃん、どうせみんな湯船で洗濯するんばい? そういう文化なんやろ? お風呂作ったところで無駄やない?」


「いや、それについても考えがある。とにかくばあちゃんは風呂を頼む。ヴィヴィは屋台で、出来る限り人を集めてくれ」


「あいよう」


「かしこまりました!」


「ワシはどうしたらえい?」



 ポッコがやる気満々で毛を逆立たせ丸くなっている。



「ポッコは基本、チエちゃんと『ビビビ』の練習を頼む。内陸に向かうにはお前の力が必要だ」


《光の死神ですね》


「うん。本山盆地に行くには、必ず森を通らなくちゃいけない……二人の『魔力&殺気探知』が生命線になる。あと……ローニャのお守、頼むよ」


「分かったぜよ!」


「あ、ばあちゃん――ヘイルさんには『カリス・ギガブラド』で通すんだぞ?」


「お、そうやったね。了解!」


「あ、蓮さま! 念のためメイジシルクの上からこれを――」



 ヴィヴィがキャスケットの帽子とマフラーを差し出した。



「口元はマフラーで隠していれば、不自然ではありません。万が一の時は、メイジシルクで……タリナさまに――ぷふぅ」



 笑ってるじゃないか。


 でも、さすがヴィヴィ。気が利くなぁ。



「ありがとう。じゃあそういう事で……解散!」



 皆それぞれの持ち場に散っていった。




 ◇     ◇     ◇




「蓮さ――タ、タリナさま? でございますか?」



 大通りの広場でミルカと合流した。


 通りは受験者たちで賑わっているが、みなの足取りは門の方へ向かっている。


 その様子を見て俺は、日本の朝の通勤時間を連想してしまい、ふと懐かしい気分になった。



「帽子とマフラーをされておりましたので、一瞬声をかけようか迷ってしまいました」


「念のためってヴィヴィがくれたんだ。あ、名前――ありがとう」


「は、はい。えっと……これから裁縫店に向かうのでございますよね?」


「うん。ここから近い?」


「ええ。そこの脇道に入ってすぐの所でございます。あの~、昨日『染物をしているか』とお聞きされましたが、何か染めるのでございますか?」


「あ~、はは。いや、逆だよ」


「ぎゃく???」



 染色技術――


 大狸商店街にも『宮川染物店(みやがわそめものてん)』という染物屋があった。


 久世衣料品店と同じく、江戸時代から続く染物屋だ。


 西洋式の服が台頭するまでは、宮川染物店が反物を染め、久世きもの(久世衣料品店の旧名)が着物を仕立てていた。


 明治以降、久世衣料品店が洋服の仕立屋に移行して、宮川染物店も『新しい業種』に転換した。



「染めるんじゃなくて……染みを抜くんだ」


「染み抜き?」



 19世紀末、フランスで有機溶剤を使ったドライクリーニングが発見された。


 その後、パリ万博博覧会でその技術は披露され、世界中に広がった。


 そう、宮川染物店は洋服文化が入ってきてから、比較的早い段階で『染み抜き』を専門とした。


 染めの技術が、そのまま染み抜きの技術に転換されたのだ。


 宮川染物店の染み抜きは町一番で、当時の住民はこぞって大切な服をクリーニングに出したそうだ。


 俺も幼い頃、お使いでばあちゃんの着物をよく宮川染物店にクリーニングに出していた。


 二代目店主は、ばあちゃんと同い年の『宮川竹(みやがわたけ)』さん。


 俺は『竹ばあちゃん』と呼んでいた。



 ――

 ――――

 ――――――



「えっひっひ。伊織ちゃんの着物やろ? 電話で聞いとったよ」



 俺は……この笑い方もあり、竹ばあちゃんは幼心ながら『魔女なのではないか』と思っていた。



「どれどれ……あ~、伊織ちゃん……ま~たこげん汚してから。襟やら袖やらベトベトやんね」


「汚れ、落ちますか?」


「えっひっひ……私に落とせん汚れはなかよ~。生地と汚れと溶剤の見極めが肝心たい~」



 実際、竹ばあちゃんはどんな汚れも綺麗に落とした。


 瓶や缶に入った溶剤を操り、もうもうと上がる蒸気の中で作業する竹ばあちゃんは、本当に魔女みたいだった。



「こりゃあれやね……勝っちゃんとこのラーメンの油やねぇ……あん人はラーメンばっか喰うてから……早死にするばい。ほんなこつ」



 と、ばあちゃんの着物を出すたびに言っていたが――



 ――チーン……



「お竹ちゃん……早う死んでしもうてから……これから染み抜き……誰に頼めばいいんね……」



 結局、宮川竹さんは70そこそこで亡くなり、生涯勝っちゃんラーメンを喰いまくったばあちゃんの方が誰より長生きした。


 宮川染物店は後継ぎもなく、そのまま閉店した。



 ――――――

 ――――

 ――



「汚れを落とすには、『染め』を知ってる人間が一番得意だろう?」


「汚れを落とす……あ……もしかして……」


「そう。その職人さんに『宿泊客の衣類の洗濯』をお願いしようかと思ってね」


「はぁ~! 衣類を洗って貰う……考えもしませんでした。あ、ここでございます」



 裁縫店はミルカの言う通り裏通りにあった。


 立て看板には『コヤネ裁縫店』と書いてある。


 ガラス張りの店内には一人の女性が何やら作業をしていた。


 人通りが少ないせいもあるだろうが、中には客は誰もいなかった。



 ――カランカランッ



「いらっしゃいませぇ。あらぁ……」



 店主と思わしき女性が、ミルカの顔を見ると反応を示した。



「昨日はどうもぅ~。好きな子(・・・・)、当てられましたかぁ~?」



 女店主は、白く美しい巻き毛を撫でながら、穏やかな表情でニコリとミルカに微笑みかけた。


 羊系の亜人……のようにも見えるが、亜人ほど動物の特徴が薄い。


 顔も手も毛深くなく、ほぼ人といっていい。


 頭部に獣耳と小さな渦巻状の角があったので、辛うじて羊族だと認識できた。


 ただ、他の亜人と明らかに違ったのは……


 ばあちゃんと同じように、人間の耳(ばあちゃんはエルフ耳だが)も顔の横にあり、四つ耳だった。



「あ、いえ……出てきたのはゴリゴリの女戦士でございました」


「えぇ? ゴリラの女戦士ぃ~?」


「いえ、ゴリラじゃなくて――まあ……そんな感じでございます」



 タリナ……お前、ゴリラの女戦士にされたぞ。



「タリナさま、こちらが店主のコヤネさまでございます」



 あ、今、俺がタリナだった。


 ややこしいな。



「あ、初めまして、昨日はメイジシルクの袋? の仕立て、ありがとうございます」


「あら、あらあらあらぁ~、そのコート……貴方さまのものでしたかぁ~」



 コヤネさんは何とも眠気を誘うような、ゆったりとした口調で喋る。


 これは~……羊族だからか?



「ふぁあ~! そのお召し物……全てメイジシルクでしょうかぁ?」


「え? ええ……」


「ふぁあ~、なんと素晴らしい~。美しい仕立てですねぇ~。近くで見てもよろしいですかぁ~?」


「か、構いませんが……」


「おやおやまあまあ~」



 サリサの仕立てたスーツ……よほど丁寧な造りなのだろう。


 コヤネさんは『おやまあふぁ~ふぁ~』と声を漏らしながら、様々な角度から俺を眺めはじめた。



「これは本当に素晴らしい~。私など足元にも及ばない技術ですねぇ~。昨日、コートを一目見た時から凄いと思っていたんですよぅ~。どこの仕立屋のお仕事ですかぁ~?」


「えっと、サロン・ド・サリサという店で仕立てて貰いました」


「サロン・ド・サリサぁ~? 聞いたことがないですねぇ~。まぁ、無名でも素晴らしい職人はいらっしゃいますからねぇ。サロン・ド・サリサ……覚えておきましょう。それでぇ? 今日はどのようなご用向きでぇ?」


「えっと、コヤネさんは染物もやってらっしゃると聞いて、お伺いしたのですが」


「ええ、ええ。やっておりますよぅ。裁縫店と看板を掲げておりますが、どちらかというと染物の方が私、得意ですぅ」



 そう言うと、コヤネさんは掌を広げ俺の前にかざした。


 コヤネさんの手はところどころ色鮮やかな色に染まっている。



「今朝もいくつか染めていたんですよぅ。魔法防御を上げる染料や蟲避けの染料など、色んな効果のものがありますよぅ」


「へぇ、染物で蟲避けが出来るんですか?」


「ええ。染め単体では、そこまで効果はありませんが、刻印と併用するとかなり効力は上がりますねぇ。ただし代金はかなり上がりますが~。どんな染めをお考えでぇ?」


「あ、いや……コヤネさんにお願いしたいのは、染色ではないんです」


「はてぇ? 私に出来る事と言ったら、染めとそこそこの裁縫ですが……」


「コヤネさん、衣類に付いた汚れ……落とすこと出来ますよね?」


「汚れ??? ええ、出来ますよぅ。お客様の中には、使い古しの衣類を染めて欲しいと言われる方もいらっしゃいますのでぇ」



 よし……ッ!



「是非お願いしたいことがあるんです!」



 俺は事情を話して、宿屋で洗濯のサービスをして貰えないか相談した。



「はぁ~、なるほどですねぇ。しかし、そのようなサービス、喜ばれるのでしょうかぁ?」


「もっちろんです! 部屋は用意していますので、コヤネさんの……お時間がよろしければ……」



 彼女の都合もある。


 俺は一瞬勧誘を戸惑ったが……


 そんなに忙しそうな店じゃない。


 きっと依頼を受けてくれるはずだ。



「申し訳ございませぇん……その依頼、受けれませぇん」


「え、ど、どうしてですか?」


「実は……わたくしぃ、この店を閉めようかと思っておりましてぇ~。マツィーヨを出るつもりでございますぅ」


「え……何でですか?」



 コヤネさんはニコリと微笑み、自分の耳を指さした。


 獣耳と人の耳の――


 四つの耳……


 人の耳に揺れるイヤリングが、朝日を受け輝いていた。







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竹ばぁちゃんの存在感が凄ーい٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 蓮さん、いやタリナさんが、 どう乗り切るのか楽しみです╰(*´︶`*)╯♡
竹ばぁちゃんの存在感が凄ーい٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 蓮さん、いやタリナさんが、 どう乗り切るのか楽しみです╰(*´︶`*)╯♡
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