騎士団長の婚礼
その日、村の教会では盛大な儀式が執り行われていた。二十年にわたり村を守り続けた騎士団長が、年齢を理由に部下の女騎士にその役目を譲ることになっていたのだ。
盛大な、と言うものの、村を挙げた規模の儀式はいまだかつてなかった。普段から冠婚葬祭に用いられているものの、その対象はごく普通の村の人間であり、あくまで慎ましく行われるのみである。いくらこの村が魔王城至近の「最も危険な村」「相応の冒険者レベルが要求される村」と言われる場所であるからといって、そこで暮らす村人たちの身分が高いわけではない。あくまで他の村の人間と同じ。むろん、祈りの力を有し教団の上層部を構成する聖職者や、魔王およびその取り巻きたちと戦える力を持つ騎士団の人間は、それなりの待遇で迎えられているが。
「長きにわたり、本当にお世話になりました」
「あなた様が育ててくださったこの小娘も、きっとこの村の発展に寄与してくれることでしょう」
「近いうちにはと思っていたが……まさか本当に、この日がやってくるとは」
この村が魔王城を目指す勇者一行の最後の休憩地として機能しているのは、他ならぬ騎士団が駐在し、常に臨戦態勢をとっているからに他ならない。魔王軍もむやみに騎士団に手を出した結果、側近の損失など手痛い目に遭った過去があるので、他の方面から支配領域を広げようとするほど。そんな騎士団の長ともなれば、一人で国王直轄軍の一個旅団分の戦力を賄えるとされていた。特にこの二十年、騎士団長であったエルベンは、歴代の騎士団長と比較しても最強と評されるほどで、単身魔王城に乗り込み軽傷で帰還した、世界に点在するあらゆる少数種族の今があるのは彼のおかげ、など伝説に事欠かない。そんなエルベンが身を引くというのだから、村を挙げてのお祭りとなるのも当然だろう。だが、もう一つ村人たちが沸き立っている理由があった。
「……ん。よく生きてここまできた、エルベン」
「感謝するよ、リィ。私がこれほど壮健に役目を全うできたのは、ひとえに君のエルフとしての加護のおかげだ」
「それならばもう少し感謝を表した態度をとってみろ。わがエルフ族に対し、それほど不躾な振る舞いをするのはお前くらいだぞ」
「大目に見てほしいな。何せ、君は今日から私の伴侶なんだから」
若い頃から容姿端麗な男として有名で、短く刈り上げたアッシュグレーの髪がトレードマークだったエルベン。それだけ強くたくましい男であれば、女を何人も侍らせていてもおかしくない。あるいは黙っていても、見目麗しい女に言い寄られることだろう。しかしエルベンは義理堅く真面目で、そのような色恋に一切うつつを抜かさなかった。唯一、頼られていたエルフのリィには非常に信頼を置き、婚約することを以前から約束していた。
「伴侶となろうとも、種族としての上下関係は変わらん。エルフの長寿に敵う人間はおらんのだからな」
「はいはい」
「本当に理解しているのか……?」
「これが証拠だ」
エルベンがそっと大きくごつごつとした手をリィの頭に乗せて、ぽん、ぽんと撫でた。小さい子を可愛がるような仕草だが、背も高いエルベンからすれば、エルフの中ではまだ子ども同然のリィを愛でるのは、たとえ夫婦としてでも親子のように見えてしまう。そしてそんなことをされると、余計にリィはムッとして頬を膨らませるのだ。
「お前な……」
「こんなことでカッカしてどうする。これから何年も夫婦としてやっていくというのに」
「今から夫婦関係を解消してもいいんだぞ?」
「それは無理な話だな、彼らがこれだけ祝福している中でそんなことを言い出せるのか、君に?」
「ちっ……つくづく用意周到な男だ」
騎士団長を引き継いだ少女から、花束が贈呈されたことで、正式にエルベンの引退式が幕を下ろした。続けて、エルベンとリィとの結婚式が始まる。あれだけ屈強な騎士団長が、エルフを妻に迎え入れて幸せな夫婦生活を営んでゆく。エルフにとっては、人間とのどうしようもない寿命の差を受け入れ、それでも二人で生きてゆくことになるから、そのめでたさは至上のもの。村人たちの要請で、本来式の最後に誓いのキスを一度するので済むところ、パフォーマンスの要領で何度もキスをする段取りにされてしまった。それでも顔色一つ変えずエルベンが快諾したあたり、彼の聖人ぶりがうかがえる。
「はあ……本当にそこまで執拗にキスすることが、必要なのか?」
「私は君にそれだけキスをしたいけれども」
「……っ! お前、エルフにそんなことを言う意味が分かっているのか?」
「もちろん、生涯かけて愛する覚悟を、決めているからね」
「……お前の方がずっと老い先短いというのに、勝手なことを」
ただでさえ美貌で知られるエルフが婚礼の衣装に身を包めば、誰もが息をのみ、意識を奪われるほどの容姿になってしまう。そのベールをそっと取り、村人たちの前でそっとエルベンがリィに顔を近づける。
「んっ……」
それは世界一、たくましく誉れ高い夫婦の契りの瞬間だった。