三原と五月祭の後
世界は数で出来ているとは誰の言葉だったか。
彼は数学が得意だった。
数学者の家系に生まれ、数に親しんで生きていた為であろうか、まだまだ若い身の上ながら、数式を解き明かす能力は既に学者顔負けの腕であった。
両親は彼を天才児だと褒め称したが、彼の表情に笑みが浮かぶ事は滅多になかった。
数、数、数。理路整然とした数字の羅列。秩序を表す記号の羅列。
何時しか彼の目は数字に支配されていた。
最初は刺激を与えてくれた数々の数式も、今では退屈な記号の羅列に成り下がっていた。
秩序立った世界を過ごすにつれて、彼は次第に数字への反感を抱くようになった。
世の中がつまらない。
数で表わせないものが存在しないのなら、何とも味気ない世界ではないか。
秩序よりも渾沌を。自分を刺激してくれる混沌を。
そう思って手に取った怪奇小説や子供騙しのオカルト本も、刺激はすぐさま色褪せる。
求めているのはフィクションではない。現実に対する刺激を得たいのだ。
何をするにも愛想のない仏頂面。
人生を悟った気になっていた彼に、遠方で暮らしていた今は亡き祖父がよくこう言ったものだ。
「人生そんなに退屈か? なら、堅洲に来い。真っ当な人間が生きるにゃ辛いが、わし等のような変わり者には刺激的で良い土地だ」
彼の実家に立ち寄る度に見せられた、常に楽し気な祖父の表情。
世界は確かに数で出来ているかもしれないが、人間の一生程度で理解できる程浅くはないのだと、祖父は常々言っていた。
本当だろうか。本当にまだ見ぬ数が存在するのだろうか。否、本当だからこそ祖父は生涯笑っていられたのだろう。
葬式の日、楽し気な微睡の表情を浮かべた祖父の亡骸を見て、こんな風に人生を楽しみつくせたならばと羨ましく思ったものだ。
だから。両親の反対を振り切って、彼は今、堅洲に居る。
夜空に狂い咲く大輪の花々。輝く火花が道行く人々の足元を照らす。
騒めく人並みを潜り抜け、三原重治は弟切荘への帰路についていた。
今日は五月祭。鯖江道にて大規模な祭りが催されている。
真っ当な人間からは忌避される鯖江道も、今夜ばかりは一般人に溢れ、普段とは異なる健全な活気に包まれていた。
カルト組織の面々は、人々に興味を持って貰い、新しい団員を少しでも増やそうと躍起になっている。
目を見張る出し物の数々は、実際の所トリックでも何でもなく、魔術によって行われている事も珍しくない。
最も、強引な勧誘は禁止されている。もし武藤が定めたこの掟を破ろうものなら、そのカルト組織には村八分か追放が待っている。
よって、カルトの面々は自分達の組織が楽しい場所だとアピールするべく、道化に成りきって行動しているのだ。
三原が堅洲高校に入学して一か月が経とうとしていた。
祖父の言う通り、この町には何か不思議なところがある。
まだ二、三回程度であったが、奇怪な現象にも遭遇していた。
だから、普段は興味何ぞ持たない祭りに誘われて、二つ返事で了承したのだ。
目に見えるような怪奇現象は残念ながら起きなかったものの、本業魔術師達による種も仕掛けも無い出し物は三原を十分に楽しませてくれた。
一方で。隣立って歩く級友、檜貝孝高はやや落ち込んでいる様子。
顔は良いもののの醸し出す雰囲気が既に三枚目の彼は、現地で素敵な女性との出会いを期待していたらしかったが、世の中そんなに甘くは無し。
数々のナンパに挑んでは玉砕し、歴戦の敗残兵のような風格を漂わせながらの帰宅となった。
祭の喧騒を後ろに背負いつつ、二人の男が差し掛かったのは滅三川。
鯖江道と五道商店街を隔てる川の麓では、夜釣りに洒落込む者達が集まっている。
花火の光が反射する透明な水鏡の下で、とある一団が一ヵ所に固まって何やら話し合っていた。
その一団の一人が、三原に向かって手を振った。
二人はその顔を確認すると、橋を離れて川辺へと降りて行った。
「おう、来たか、しげ坊、よし坊」
そう言って笑いかけてきたのは一人の大男だ。
禿げ上がった頭に髭のないつるつるとした顎。離れ気味かつ飛び出し気味な瞳。年を取っているのは間違いないが、それを感じさせない程の若々しさを感じる魚面の老人だ。
彼の名は衿本研三。三原の祖父である重氏の大親友で、祖父の葬式の際に顔を合わせたのが初の出会いだった。
三原が堅洲町に来た時には手を貸してくれるように祖父に頼まれていたらしく、この一か月で度々世話となっていた。
堅洲町釣り愛好会の会長をやっており、釣り上げた魚を手に弟切荘に赴いては、会員達と共に豪快かつ美味な魚料理を振る舞ってくれる。
三原の隣の部屋に住む檜貝もまた晩餐の御相伴に与っており、今ではすっかり愛好会の面々と仲が良くなっていたのだった。
「けん爺、何やってるんだ? こんなところで」
「釣りだろう? 僕には一目で分かったよ」
「アホか。そんなの見りゃ分かる」
そんな二人の掛け合いを見て、研三は呵々と笑う。
「しげ坊らは祭帰りか?」
「まあね。で、けん爺は?」
「うむ。よし坊の言うようにさっきまで皆と夜釣りに興じていたんだが、お嬢がまた変なのを釣り上げてな。如何したものかと迷っていたんだ」
「ちょっとちょっと親方! あたしがいつも変なの釣り上げているように言わないでくれる?」
そう言い放つのは、赤髪の少女。日本人離れした容姿の持ち主だが、随分と流暢な日本語で非難の声を上げる。
「がははは。悪い悪い」
「もう。あたしだって変なの釣るのは一月に二、三度程度なんだからね!」
「……いや十分だろ」
ぷりぷり起こる赤毛の少女を見て、三原は呆れた様子を見せる。
周りを取り囲む愛好会のメンバー達も苦笑していた。
「それでゼルちゃん、何を釣り上げたんだい?」
「う~ん……何と言っていいのか……とにかく良く分からないもの」
「お嬢。口で言うより見てもらった方が早い」
そう言って顎をしゃくる研三。その先にあるのはビニールシートを覆い被されたナニカ。
促されるままにビニールシートを捲ってみると、其処にあったのは。
「……デカい海老?」
「いや、蟹でしょ」
人の背丈ほどある大きさのピンク色をした巨大な甲殻類であった。
複数の腕には鋏と鉤爪、背後には羽根らしきものが見受けられる。
それにしても大きい。ゼルの細腕の何処にこんなものを釣り上げる力があるのか、三原には甚だ疑問であった。
「良かったな、ゼル。大物じゃないか」
「大物って言ってもねえ……ぶった切って味噌汁にでも入れる?」
「天ぷらにするにゃデカすぎるしなあ」
「僕はフライが良いんだけどねえ……と、冗談はこれくらいにして」
「そうだな。けん爺、これ如何する?」
「……ただデカいだけの海老蟹だったら川の主としてリリースしてもいいが、どう見ても外来種だしなあ。どうすべ」
研三はお手上げのようだ。
「……けん爺」
「何だしげ坊?」
「これ、貰っていいか?」
「はい? 本気か三原? これ本当に貰ってくの?」
「まあ、俺は構わんけどな。お嬢は?」
「貰ってくれるならありがたいけど、こんなの如何するの? 本気で食べる気?」
「いや。こうまで得体のしれない生物だと、興味がわいてな。じっくり調べてみたい。ブルーシート、少し借りるぞ。檜貝、運ぶの手伝ってくれ」
「マジか……」
ゲンナリする檜貝。三原の口元に久方ぶりの笑みが浮かんだ。
鯖江道の外れにある平屋のアパート、弟切荘。
学生寮として提供されている建物の中でも一際オンボロな外観のこの建物は、おどろおどろしい見た目に反して堅洲町では非常に珍しい無事故物件である。
如何にも何か怪奇現象が起こりそうな雰囲気から此処を借りた三原だったが、拍子抜けする程何も起きないので些か不満であった。
級友の宮辺響は豪華な洋館を借りたらしいが、如何にも其処は堅洲町有数の怪奇スポットだったらしく、羨ましく思う三原である。
さて、そんな平和なアパートに、奇怪な生物をえっちらおっちら運んできた三原と檜貝。
三原の部屋にブルーシートに包まれた生物を置いて、ようやく一息つく。
「いやあ。重かったね。これが女の子だったら一人でも運べたんだけどなあ」
「やたらと近所の犬達に吠えられたな……此処等の犬は海老が好物なのか?」
「蟹でしょ。で、これから如何するんだい」
「やりたいことは色々あるがな。取り敢えず小腹が空いた」
「そうだねえ。何から食べる?」
手提げ袋から取り出される焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、焼き鳥……。
祭の露店で買いあさった品々で空腹を満たした後、三原はカメラを取り出した。
ブルーシートを開く。
まずは撮影を、という事らしい。
「む?」
カメラを覗く三原が困惑の声を上げた。
「どうしたんだい?」
「……ちゃんと其処に居るよな」
カメラから眼を離し、ブルーシートの上を指さして確認する。
何も変化はない。件の桃色の巨大甲殻類が横たわっている。
「見ての通りだけど」
「……むう。駄目だな」
「何が駄目何だい?」
「見てみろ」
そう言って三原は檜貝にカメラを手渡す。
促された通り、檜貝はカメラのレンズを甲殻類に向けた。
「ありゃ?」
カメラから眼を離して、甲殻類を一瞥。再びカメラでそれを捉らえる。
「写らないねえ」
なんとも不思議な事だった。
被写体は確かに目視できるのに、カメラ越しに捉えた其処には広げられたブルーシートがあるばかり。桃色の其れが全く写っていないのだ。
「携帯でも駄目……か。ええい」
試しにとばかりに使ったカメラ機能も同じだったと見え、三原は携帯電話を放り出す。
綺麗に片付いた机の上をガサゴソと漁り、手にしたのは一冊のノートだった。
写真が撮れないのならスケッチしてしまおう、という事らしい。
甲殻類の姿を何度も確認しつつ、三原は夢中になってノートにペンを走らせる。
「……ええい。罫線が鬱陶しい! 無地のノートを買っておくべきだった……と、出来た!」
「どれどれ? ぶっ!」
ノートを覗き込んだ檜貝は噴出した。
書き上げられたスケッチは……酷く残念な出来だった。
小学生の方がもっとマシな絵を描くであろうというレベルに三原の画才は終わっていた。
「……くくっ……頭が良い君でも、苦手な物ってあるんだねえ」
「……自分でもこれはどうかと思う」
「貸してごらんよ」
「悪いな」
三原からノートとペンを借り受けた檜貝は、三原の代わりにスケッチを取り始めた。
笑われた事に少々不満な三原は書きかけのスケッチを覗き込むが、このおちゃらけた男に意外な才能があるものだと感心する羽目になった。
僅かな時間でありながら、簡素ではあるが見事なまでに精緻な甲殻類の姿を書き上げていた。
ノート上に被写体が完全な姿を現す。描き終わったかと思ったが、檜貝はページを捲って尚もスケッチを続けた。
今度のスケッチは写実的とは言えなかったが、あえてそう描いているのだろう。甲殻類の特徴をわざと際立たせる事で、どのような生物なのかを分かりやすく描いているようだ。
手持無沙汰な三原は、甲殻類に目を向ける。触って確かめたくもあったが、自分の趣味に付き合ってくれている檜貝の邪魔はしたくなかった。
さて、自分は如何したものかと悩んでいる三原の耳に、微かではあるが飛び込んできたものがあった。
『……こ……こ……は……』
気のせいか。そう思って檜貝に目を向けると、スケッチの手が止まっている。
「……君の声じゃないよねえ?」
「お前も聞こえたか。幻聴ではないな」
お互いが声を聴いたと分かったその瞬間。
桃色の甲殻類が起き上がった。何処となくふらついている其れは、自身の置かれている状況を把握しきれていないようで、困惑した様子が見て取れた。
『えっ? 此処何処? 僕は一体?』
頭に響いてくる異質な声。この甲殻類が発しているのだろうか。
「……ハロー、ハロー?」
突然動き出したこの奇怪な生物に対して、檜貝は思考を停止したまま語り掛けた。
果たして、その言葉に対する返答は。
『あ、ごめん。僕、英語苦手なんだ』
帰ってきたのは日本語だった。
此方に害する意思が無い事が分かったのだろう。
桃色の甲殻類は落ち着かない様子ではあるものの、状況を確認するために矢継ぎ早に質問をしてきた。
三原と檜貝は正直に答える。
滅三川に流れついた甲殻類を知り合いが釣り上げた事。
興味を持った三原がアパートに彼を運んできた事。
それを聞き、甲殻類は自身の置かれた状況を何とか飲み込めたらしい。
「それでお前は何者だ? と言うかどんな生き物なんだ? 何故川を流れてきた?」
興奮した様子で語り掛ける三原。
未知の未確認生命体を前にして、興奮が収まらない様子だ。
そんな三原を宥めつつ、檜貝は甲殻類に向き直る。
「まあまあ。まずは自己紹介といこうじゃないか。名前が分からないと不便だろう?」
「む……確かに」
「じゃあ改めて。僕は檜貝孝高。気軽によっしーとでも呼んでくれ」
「三原重治だ」
「しげ坊って読んでもらうかい?」
「……任せる」
甲殻類は大きく頷く。
すぐさま、三原達の脳裏に声が響いてきた。
『僕の事はとりあえずヤマと呼んでくれ。本当の名前は君達には発音が難しいし……何より長いから、同族の皆もヤマとしか呼んでくれないんだ』
「そうか。で、お前何者だ?」
『うん。君達が言うところの宇宙人って奴かな?』
「宇宙人? にしては日本語上手だねえ」
『日本で暮らして長いからね……と言うか、これまでの僕の人生、日本で過ごした時間の方が長いし』
「ほう。それで、何が目的で地球に?」
『鉱物採集。僕達の社会で必要な鉱物が幾つかあるんだけど、その中には地球でしか取れないものもあるんだ。だから色んな派閥が躍起になって地球で採掘している』
「……宇宙人にも派閥ってあるんだな」
『派閥、と言うよりは会社かな? 僕の派閥はホワイトなんだけどその分零細でねえ……護衛の為の兵士種も雇えないくらいにカツカツなんだ』
「何か夢が壊れるねえ。ホワイトがあるって事はブラックもあるんだよね」
『そういった派閥の方が大きくて強いんだけどね、悲しい事に……まあ、僕達は僕達なりに何とかやっていけてるよ』
「……それで、鉱物を取りに来ていたんだよな? それって川にあるのか?」
ヤマは鋏のある手で頭を掻く。テレパシーの様子から察するに、苦笑しているようだ。
『いやあ。何で川で流れていたのかは良く分かっていないんだ。実は採掘しようとしたら事故っちゃって……』
「はあ?」
『うち、零細だって言ったよね? 安物の採掘レーザーを騙し騙し使っていたんだけど、最近になって調子が回復しないようになって。ガン博士が……うちで働きたいっていう奇特な科学者種がいるんだけど、直すついでに色々な機能を追加したって言ってて……魔改造が祟って大爆発。其処からの記憶は全くないんだ』
「爆発か……デカい音なら誰か気付きそうなものだけどな」
『うん。今、お祭りやっているでしょ? 多分花火の音に紛れちゃったんじゃないかな』
「……で、その爆発で吹っ飛ばされて川に流されたと。良く生きていたな」
『まあ。僕ら労働種は身体が資本だからね。とにかく頑丈なんだよ』
其処まで話すと、テレパシーが途絶える。
ヤマは何かを伝えたいが、其れを言い渋っている様子に見えた。
「如何した?」
『……君達に折り入って頼みたい事があるんだ』
「何だい?」
『うん。僕と一緒に採掘現場に来てくれないかな? 僕の他にも仲間が何人か一緒だったんだよ。皆も怪我をしているかもしれないし、そうなると僕一人だけでは手に負えない。他の人に頼もうにも、僕らは一応人間から姿を隠して行動しているから、公になりたくないんだ。如何かな?』
「……その羽根で飛んでいく事は出来ないのか?」
『ごめん……僕、飛ぶのが苦手で……正直、この星の鶏レベルでしか飛べない』
「そうか。まあ、乗りかかった船だ。俺は構わんよ」
「僕も手を貸そうじゃないか。話が通じる相手ならば助け合うべきだよ」
『あ、有難う!』
「さて、問題は、だ」
「どうやって人目に付かずに採掘現場まで行くか、だろう? 大丈夫、僕にいい考えがあるよ。ところでヤマ、君に聞いておきたい事があるんだ」
『何かな?』
「君は男性? それとも女性?」
『……良く分かんないや。僕ら雌雄が定まってないからねえ。でもまあ、メンタリティは男かな?』
「成程、男か。道理で重いはずだよ」
『まあ、僕って太り気味だしねえ。ダイエット、必要かも』
そんなヤマの言葉に、思わず吹き出しそうになる二人だった。
清廉な風が木々の間を吹き抜けていく、早朝の鎮守の森。
見上げれば最早使われる事のない祖師守神社の姿が微かに認められた。
朝早くの散策に、檜貝は眠たげに目を擦っている。
対して三原は目の下の隈を一層濃くしながらも、溌剌とした様子であった。
寝ずに夜通しヤマと喋っていたらしく、彼の語る宇宙での暮らしに思いを馳せているらしい。
そんなヤマはと言うと、実に奇妙な姿をしていた。
頭から白いシーツを被り、下げられたフリップには「ドッキリ大成功」の文字。
これが檜貝の言う「いい考え」であった。人目に付かないのが難しいなら、人目があっても誤魔化せるようにしようという考えだ。
この姿ならば、悪戯の仕込みに向かう学生達にしか見えないだろうと、檜貝は自信満々に言い切ったものである。
本当だろうか、と三原は疑念を持ったが、それは杞憂に終わった。
早朝の行動であったためか、此処までの道には人が少なかった。
加えて、前日に五月祭が行われていた為か、擦れ違った僅かな人々も祭の出し物の帰りであろうと納得したらしく、この怪し気な白シーツを気にした様子は全く無かったのであった。
唯一。町の飼い犬達はヤマの正体を見破っているらしく、盛んに吠えていた。
ヤマ曰く、自分達は犬に好かれていないとの事で、かつて彼も野犬に襲われたらしく犬を苦手にしているようだった。
鎮守の森の中を先立って進むヤマ。相変わらずシーツを被ったままである。
「……なあ、ヤマ。もう人目も無いし、そろそろそのシーツ脱いだ方がいいんじゃないか? 動くのに邪魔そうだが」
『いやあ。僕達は基本的に夜行性でねえ。動き辛いのは確かだけど、光を遮れる物があると有難いんだ』
「サングラスみたいなものかな?」
『うん、まあ。と、見えてきた』
足取りが早くなるヤマを追う。
彼が立ち止まった所には、大きな穴が開いていた。
『此処だよ、此処』
「滅三川に繋がる小川は奥の方……随分と飛ばされたものだな」
『皆何処に居るんだろう……無事ならいいんだけど……』
周囲にはヤマと同じ姿の生き物は見当たらない。
不幸があったのだろうか。昨晩ヤマから聞いた事によると、彼らは死後数時間で亡骸が溶解するという話だった。
周辺を必死になって飛び回る白シーツ。
檜貝も一緒になって生存者を探しているようだった。
「ん?」
三原は違和感を抱く。
開かれた大穴の奥。ぼんやりと明かりが見えた。
携帯電話のライト機能を用いて、穴の中を照らす。
「どうしたんだい?」
『穴の奥、誰か居た?』
「いや、誰も居ないんだが……見て見ろ」
穴の奥を覗き込む檜貝とヤマ。ライトに照らされた奥に見えるのは。
「……道?」
『坑道かな?』
紛れもなく人の手によって作られた道であった。
「……降りてみるか?」
『うん。周りに居ないって事は、此処に落ちた可能性が高いよね』
吹飛ばされた土砂が足場となってくれていた。
三原と檜貝は慎重に坑道へと足を運ぶ。
飛んできたヤマと合流すると、三人は奥に続く坑道をしばしの間眺めていた。
坑道は暗闇に支配されていなかった。奇妙な明りが地下を照らしていた。
それほど強くはない心地よい光。これくらいならば活動に支障が出ないのだろう、ヤマは漸くシーツを脱ぐ。
「離れるなよ……何か棲んでいるかもしれん」
「了解」
坑道内を進む。
足元には影が出来ていた。
柔らかな光が道を照らしているというのに、光源らしきものは見当たらない。
不思議に思っていると、分かれ道。行く手に人影が揺らめいているのに気付く。
『……僕が覗いてくる』
出来るだけ音を立てぬよう羽ばたきを調整し、足音を出さずに分かれ道を覗き込む。
それを確認したヤマは、慌てた様子で二人の下に戻ってきた。
あわわ、あわわと狼狽えているようだ。
三原と檜貝は音を消して覗き込む。其処には確かに人影の主があった。
和装を身に着けているのがわかる。だが、人らしき点は其処までだった。
衣服より覗く腕や足は剛毛で覆われている。頭部は断じて人のものではなく、何処となく犬を思わせる形をしていた。
三原の後ろに隠れ、恐る恐る覗き込んでいるヤマ。怯えているようだ。
『いいい犬人間?』
「……あの顔、犬っていうよりはハイエナに見えるな」
『犬みたいなもんじゃない?』
「ハイエナは犬よりもジャコウネコに近い」
「そんな豆知識、今いるかい?」
小さな声で語り合う三人。
バレないうちに逃げた方がいいか。そんな考えが浮かぶ檜貝であったが、如何にもそれは難しそうだ。
ヤマは仲間を探すのに躍起になっているし、三原に至っては目の前に存在する人外の存在に目を煌かせている始末。
知的好奇心に支配されている悪友はともかく、仲間の為に頑張っているヤマを見捨てるなど男が廃るというものだと、檜貝は覚悟を決めた。
せめて、あの犬人間を上手くやり過ごさなくては。しかし、そんな願いも空しく。
「そこ! 見つけたぞ!」
犬人間だけに鼻が効くらしい。
あっさりと存在を嗅ぎつけられた三原達は、分かれ道の反対側に向かって全力で駆け出した。
三原は後ろを振り返る。追ってくるかと思いきや、犬人間は動かない。
否、胸に溜め込むように息を大きく吸い込み……凄まじい咆哮を上げた。
坑道内に反響する犬人間の吠え声。
叫びの主はまるで疲れたかのようにへたり込みそうになり、何とか体勢を立て直して漸く三原達を追い始めた。
威嚇だったのか。
そうではなかった事は三人にはすぐさま理解できた。
複雑な曲がり道を進む度、後ろから追ってくる犬人間の数が増してくる。
仲間を呼ぶ為の信号だったのだ。
必死になって逃げる三人。
やがて広い空間に出た。
広大な地下の広間。其処に鎮座するモノを見て、三原は己の心臓が大きく高ぶるのを感じた。
巨大な犬人間が其処に居た。浮き上がった肋骨と貪欲そうな瞳、口元に浮かべるのは好色そうな笑み。そんな巨大な石像が、三人を見下ろしていた。
隠れる場所は殆どない。三人は脇目もふらずに石像の後ろへと姿を隠す。
やがて広間に入ってきた犬人間達、その数七人。
広間をざっと眺め、三人の姿が確認できない事を悟ると、他の地下道へと通ずる道に散開して向かっていく。
安堵の息を吐く三人。
「何とかやり過ごしたな」
『生きた心地がしなかったよ。野犬に追われるより怖かった……』
「でも如何しようかなあ? 帰り道、憶えているかい?」
「いや」
三原は首を振る。最も、刺激に飢えている彼の事だ。帰ろうと言いだしても首を横に振るだろう。
「あいつら、日本語喋っていたねえ」
「交渉するか?」
「出来たらいいんだけど」
『でも、あいつ見つけたぞって言ってたよ。最初から僕らを探しているみたいだったけど……』
「敵対されているのかなあ……え?」
檜貝の会話が途切れる。
どうかしたのかと顔を見合わせる三原とヤマ。
檜貝の指さす方向。三原とヤマの真後ろに、それは居た。
巨大な機械だ。錆び付いた鋏に斧、鋸。それらを無数の腕に取り付けた機械仕掛けの化け物だ。
カメラのレンズが鈍く光っている。まるで意思が有るかのようだ。
機械仕掛けの獣は威嚇するように腕を振り上げ……。
三人の絶叫が洞窟内に木霊した。
『何じゃ何じゃ、大声出して……耳と脳がキーンとしたぞい』
怪物との突然の遭遇に白紙と化していた脳に、何処か老成した印象の声が響く。
その声を聴いて真っ先に思考能力を取り戻したのはヤマであった。
『……は、博士?』
『うむ。我こそは名高き天才、ガン博士であ~る。ヤマ、無事で何よりであったな』
安堵からへたり込むヤマ。
目の前の機械仕掛けの怪物。触手状のマニピュレーターの先に備えられた物騒な凶器にばかり目が行っていたが、よくよく見れば機械の触手の中心にある物はヤマが見慣れた中古品のバイオ装甲であった。
発掘作業時に博士がこれを着込んでいたのは覚えているが、たった一晩でその印象が大きく変わっている。何時の間にこんな魔改造を成し遂げたのか。
ヤマの様子を見て、人間二人は漸く目の前の存在が彼の言う同胞である事に気付く。
久しぶりに大声を出した三原は喉の調子を確かめつつ、博士に問うた。
「あんたがヤマの仲間か。他の連中は如何した?」
『うむうむ。他の奴らは……』
「いたぞ!」
博士の思考を遮る鋭い声。
先程の絶叫を聞きつけたのであろう、犬人間達が三原達を包囲していた。
万事休すか。
犬人間達は口々に声を上げる。
「さあ、観念しろ!」
「大人しく治療を受けるんだ!」
「……はあ?」
治療。思ってもいなかった言葉を聞いて、三人は顔を見合わせた。
それに対し、ガン博士は呑気なものだった。
『おお、甚内殿。お勤めご苦労』
「……博士、あなたも病み上がりなのです。見学は身体が癒えてからにしてください」
『なあに。わしは此奴を着込んでいた御陰で掠り傷しかおっておらん。大丈夫じゃて』
「はあ。それで、此処に居る彼であなたの仲間は全員揃った訳ですね?」
『うむ。全員生きとった。めでたい事じゃな。息災息災』
『……博士。彼らは一体?』
『この地下道の住人じゃよ。倒れていた連中を見つけて介抱してくれとる』
「さあ博士。居住区にお戻りください。君達は人間か? 出口に案内する前に少し寄り道してもいいかね?」
三原達は頷く。三原としては、もう少しこの地下世界を散策したく思っていたので、御の字であった。
「さあ。ついてきたまえ」
淡い光に照らされた坑道を、犬人間達の案内を受けて歩く三原。
檜貝やヤマは頻りに周囲を見回し、坑道の見事さに感心している様子だった。
「甚内さん……だったか? 色々と質問、いいか?」
「何だね、少年? 分かる範囲でなら答えよう」
「有難い。まず……あんた達は何者だ?」
「はは! まあ当然の疑問だなあ。ねえ隊長?」
犬人間の一人が笑いながら頷く。
隊長と呼ばれた男、甚内は苦笑いをしていた。
「少年、まず初めに言っておくが、我々に君達を害する意図はない。それだけは信じて欲しい」
「どういう事だ?」
「我々は食屍鬼。人の屍を食らう一族だ」
その言葉を聞き、檜貝は震え上がる。
「ああ、ああ。落ち着け兄ちゃん。隊長も言っているだろ? 俺らはお前さん達を如何こうするつもりはないってさ」
檜貝の肩に手を置いて、苦笑を浮かべる食屍鬼。
「あくまで我々がそういう生き物だという事だけでな。正直、うちの一族で人肉食ったのは最初に此処に住み着いた年寄り連中くらいさ」
「長老達も元は人間でな。今は魔王殿の御陰で食うに困らぬ地となった堅洲だが、それ以前はとにかく酷い不毛の地だったそうだ。それこそ犬棲まずと呼ばれるほどの、な。飢餓に襲われ仕方なく死んだ親族を食らって生き永らえ、やむを得ぬ結果として食屍鬼となった」
「だからなのさ。長老達、その事がトラウマになっているようでさ。生きる為の行為とは言え、其れを深く後悔しているのさ。だから、此処に移ってからも人肉だけは食いたがらないんだ。別に俺達に人肉食うなって強制しないんだけど、人の肉を食わなくったって別に生きていけるしさ、俺達も別段食いたいとも思わないかなあ」
「魔王殿達の御陰で食料には困ってないしな。アガルタの光様々だ」
『アガルタの光?』
『ほれ。この坑道、やけに明るいじゃろう? これがアガルタの光じゃ』
それらしき光源が見つからぬ地下世界。
それを照らす柔らかな光は、彼らの言う魔王の賜物なのだろう。
一体どんな技術なのか。三原が尋ねるまでもなく、甚内は言葉を紡いだ。
「これは人工の太陽光を生み出す魔術でな。この光で照らされた場所は我々の探索が済んだ証だ」
「それだけじゃないんだぜ! この光と魔王様の豊穣の魔力の御陰で地下世界でも植物が育てられるんだ! すげーだろ!」
「それは何とも……凄いねえ」
檜貝は目を丸くしている。
魔王、魔力、魔術……人の世では最早御伽噺にしか出てこないような存在が、この堅洲には存在しているらしい。
三原の興奮はまだまだ止みそうにも無かった。
「この坑道は、あんたらが掘ったのか?」
「いや、そうじゃない。長老達が人間だった時代にはもうあったらしい。我々はただ住み着いただけにすぎん」
『いったい誰がこんな坑道を作ったんだろうねえ』
「皆目見当もつかん。第一、住める場所さえ確保できれば良かったんで、つい最近までこの坑道には誰も足を踏み入れなかったんだ。ところがだ」
甚内は大きく溜息をつく。周りを見てみれば、他の食屍鬼達も苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。
「……数年前、此処の坑道を通って我々とは別の食屍鬼共が現れてな。そいつらは我々を武力でもって支配しようと目論んでいた。ゆくゆくは人間界に進出して何やらやらかそうとしていたらしい。そいつらは魔王殿の助力で鎮圧できたが、まだ残党が居ないとも限らない」
「だからなのさ。俺らで探索隊を組んで、坑道の全容を把握する事にしたんだ。昨日もそうやってまだ見ぬ地図を広げて、さあ帰ろうって時にばかでかい爆発音がして……」
『わしらが救助されたという事じゃな』
「ええ。まあ、堅洲で人外は持ちつ持たれつ。出来る限り協力していきたい所ですからな……と、着きましたぞ」
一際大きな広場には、無数の食屍鬼達が暮らしていた。
陣内達が語っていた通り、アガルタの光の下で、色とりどりの花が地下空間を彩っている。
数名の食屍鬼が、甚内達の姿を認めて駆け寄ってきた。
ふと、違和感を感じる三原。
駆け寄ってくる食屍鬼達の中に、明らかに人間の子供と思える存在が確認できる。
その疑念を感じ取ったのだろうか。
甚内達七人の中で、一際無口だった食屍鬼が口を開く。
「……俺達の先祖、元は人間だったって聞いただろ? 餓鬼の時は人間とそう姿が変わらないんだ。俺だって、顔が変化して毛が生えそろったのはつい最近だったしな」
「へえ、そうなんだね」
「まあ、女は人間とそんなに変わらないんだけどな」
「食屍鬼の女性か……美人さんはいらっしゃるかな?」
「いるにはいるぞ。隊長の妹さんとか」
「何だ何だ夜叉丸、随分と饒舌じゃないか。俺達とももっと御喋りしようぜ!」
夜叉丸と呼ばれた若い食屍鬼は、申し訳なさげに目を逸らした。
「……すいません。まだ先輩達のノリに付いていけなくて」
「まあ、俺達の班に入って日が浅いからな。じきに慣れるだろ」
後輩の背中をバシバシ叩いて笑う先輩達。
それを微笑まし気に眺める甚内の前に、一人の少女が姿を現す。
なるほど、夜叉丸の言う通りであった。その食屍鬼は耳と尻尾こそ犬を思わせるが、それ以外は美しい人間の少女の姿をしていた。
「ただいま、安寿」
「御兄様、お帰りなさいませ。皆さんもご無事で何よりです。その様子を見ると、最後のお一人が見つかったのですね?」
『うむ。安寿殿、早速で悪いがヤマを連中と合わせてやってくれないかの?』
「分かりました、博士。皆様、こちらです」
通された洞窟の一室。其処に寝かされているのは、ヤマと同じ姿の甲殻類達であった。
これまでは安静にしていたのだろうが、部屋に入ってきたヤマの姿を認めると、皆一様に喜びの思念を放っている。
遅れて、博士が入ってきた。あの奇怪な外付け装甲は脱いできたようだ。ヤマが言う科学者としての種なのだろう、労働種の彼らに比べると肥大化した頭と貧弱そうな体が目に付いた。
部屋の中では甚内の妹が歓喜で舞い上がっているヤマ達を寝かしつけようと四苦八苦している。
此処までの道中で早速彼女にナンパし、軽くあしらわれた檜貝も食屍鬼の女性達に良い所を見せようと手伝っているようだ。
「博士。例の件なんですが」
『どうだったかの? 甚内殿』
「許可が下りましたよ。あなた方が求める坑道内の鉱石は、御自由に採掘して構わないそうです。拠点が欲しくば坑道内の空き部屋も御自由に」
『僥倖僥倖。で?』
「で、と申されますと?」
『わしらは何をすればいい? 解放してもらった挙句タダ同然で鉱石までもらえるとなると、流石にわしらの沽券にも関わる』
「……参りましたね。其処までは考えていませんでした」
『欲が無いのう……だったら、わしがお主等の探索を助けて進ぜよう』
「よろしいのですか?」
『呵々! 構わん構わん。寧ろ此方から頼みたいくらいじゃ。この坑道、ざっと見ただけでも奇妙なところが多くてな。作り上げた存在が気に掛かる』
ぼんやりと甚内と博士のやり取りを眺めていた三原の下に、ヤマがやってきた。
仲間の安否が知れて安堵したのだろう、朗らかな様子で思念を送ってくる。
『ヨッシー! シゲボー! 本当に有難う! 君達には感謝してもしきれないよ!』
「大したことはしてないさ。此処の連中にこそ感謝した方がいい」
『そんな事無いよ。君達以外人間に見つかっていたら、新種発見とかで研究所行になっていたかもしれないんだからね』
『わしからも礼を言わせてくれ。仲間を連れてきてくれて本当に有難う』
心の込められた感謝の念に、三原はむず痒そうに頬を掻いた。
「さて、君達を地上に送り届けねばならんな。夜叉丸!」
「何っすか、隊長」
「彼らを案内してきてくれ」
「藤吉爺ちゃんへの報告は如何するんです?」
「こら、夜叉丸。もうお前は大人なんだから、ちゃんと長老様とお呼びなさいな」
「……わかったよ、安寿姉ちゃん」
「はは。探索の報告は俺がしておくさ。博士の提案についても話さにゃならんからな」
「了解。こっちだ、二人とも」
食屍鬼の女性達へのナンパに見事玉砕して意気消沈する檜貝を連れ、三原は夜叉丸の後に続く。
その後ろから、思念が飛んできた。
隣の檜貝は気付いていない。
どうにも、三原にのみに送信された念らしかった。
『少年。どうやら君はわしと同じ感性の持ち主のようじゃ。既知に倦み、未知を求める。脳に刺激が欲しい余り、人の世に外れた何かに自ら嵌まり込む事もあるじゃろう。他の誰が責めようとも、わしだけは責めはせん。君の情熱を否定する事はわしの生き様を否定するのに等しいからのう。何か困り事があったらわしの下に来なさい。出来うる限りの力になってあげよう。それがわしの感謝の印だ』
晴れ渡る青空が、木々の間から顔を出していた。
鎮座する磐座の下、僅かに確認できる穴から三原達は姿を現す。
少し進んだ場所には坂道が見える。どうにも鎮守の森ではないようだった。
「じゃあ、案内は此処までだ」
「サンキューな」
「いやあ、半日も経ってないのにすごい冒険だったねえ」
青々とした香りの風の中、狭い坑道から解放された檜貝が伸びをうつ。
「なあ、夜叉丸。また来てもいいか?」
三原の言葉に、夜叉丸は呆気にとられる。
人の世に帰ってきたというのに、尚も人ならざる領域に足を踏み入れようとする三原の言葉に正気を疑った。
「如何にも気に掛かるんだ。この坑道は何の為に作られたのか、とかな」
「……まあ、好きにしたらいいさ。人一人の決めた事に如何こう言える程俺は偉くないからな。だけど覚悟はしておけよ」
「覚悟?」
「何で俺達がこんな穴倉で暮らしているか分かるか? 俺達の為じゃない、人間の為だ。長く食屍鬼と付き合った人間は、いずれ食屍鬼になっちまうんだよ。俺達が人を食わない穏健派と言っても、こればかりはどうしようもない」
「そうか。だったら、適度な長さで付き合うとするよ」
夜叉丸の顔に何とも言えない笑みが浮かぶ。
「変わり者って、居るもんだなあ。お前が初めてってわけじゃないけどさ。じゃあな」
そう言って地下へと姿を消す夜叉丸。
人の数式では表せない世界。それが確かに此処にあった。
きっとまだまだあるのだろう。堅洲はそういう土地なのだ。
これからの学生生活、退屈とは無縁の日々が過ごせる。
そう思うと、此処に誘ってくれた亡き祖父に感謝の念を伝えたい三原であった。