40.モルデブの報告
ふぅ……初めて聖域を訪れた時と同じほど緊張しましたが、竜王エリンは馬鹿なことをせずに踏みとどまってくれました。
大昔には竜王をもボコボコにする人族がいたらしいですが、まさかそれがギン様やルニア様だったとは……。
こうした話は当然、竜王のほうから伝わってくることはありません。在野の歴史書にひっそりと「ある時から竜がいなくなりました」みたいな曖昧な伝説で語られるだけです。
しかし、あの尊大なエリンが私の前であっても不動の土下座を決めたままとは――それほどのトラウマがあったということでしょう。
まぁ、この顛末は竜王国への貸しとして……聖域を盛り立てる方向にエリンが手のひらを返してくれたので良しとします。
「竜王国も聖域に可能な限り、物資を供給する所存です!」
エリンがかつてない情熱(膝がちょっと震えている)を見せてくれています。竜王国においてエリンの発言力は大きいので、これは期待できるでしょう。
「……しかし、ここまで来れる同胞は多くありませんが」
水野様が膝に乗せた白猫をなでなで。
「ふむ、そうなのか?」
「ごめんなさい。やはり聖域の魔力は特別でして……。魔王国から報告を貰ってから動くのに時間がかかったのもそれなのです。実際、ここまで問題なく飛んで来られる同胞は二十もおりません」
おや、それは新情報でした。シャウラティも目を見開いています。
魔王国ももっと聖域へと訪問したいのですが、なにせ飛行船と燃料に問題があります。
一度の航行により船体はかなりのダメージを受け、総点検を余儀なくされるのです。燃料も貴重なミスリル粉末を使う必要があり、これがないと空の上で停止して墜落です。
竜族はもっと気軽に来れるのではと思っていましたが、そうではなかったのですね……。
「でも今後は違うのですよね?」
ご懐妊したギン様は藁のベッドに横になりながら。猫ちゃんが首元に添い寝しています。羨ましい。
何気なくギン様に問われたエリンが背筋を直角に伸ばします。
「は、はい! もちろんです! 今回の訪問で聖域の特殊性、その実情がわかりました! 魔王国と連携し、輸送に貢献する所存です!」
ということで、竜王国との話し合いも穏便にまとまりました。
エリン以外の竜王は一旦帰国し、事の次第を報告。エリンは治癒魔術が使えるのでここに残り、ギン様の担当医になります。この聖域でも治癒魔術が使えるのは極一部しかいないでしょうしね。
「誠心誠意、務めさせていただきます!」
エリンがまたも土下座。
「にゃーん」
「にゃにゃーん」
床に擦り付けられたエリンの頭を猫ちゃんがふみふみしています。どうやらこの方面でも格付けが完了したようです。
「……いいのか?」
水野様が困惑しておられますが、エリンはそのままふみふみされています。
「私の頭などはどうぞ、お気になさらず。好きなだけ猫ちゃんにもふみふみしてもらえられば……!」
「そ、そうか……」
水野様の反応を見る限り、エリンとはまだ打ち解けてはいないようですね。シャウラティは比較的早く、何がとは言いませんが認められた気がするのですが。
とはいえ、ギン様のご懐妊はとてもめでたい出来事です。エリンの棺が不要になったばかりか、妊娠祝いが必要になるとは……。
今回も様々な調味料、前回の話にでてきた道具類を置いて私の訪問は終わりました。
ふぅ、エリンのアレコレからどうなることかと思いましたが、良い方向になってくれましたね。
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