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37.魔王国と竜王国

 遙か北の魔王城。

 魔王リシャスと側近モルデブは世界有数の魔力研究所でゴミ……否、水野から渡された肥料をテストしていた。


 こじんまりとした屋内庭園の周囲には白衣を着込んだ研究員たちが熱心に働いている。


 魔王リシャスも白衣を着て、庭園で育つ稲を見下ろしていた。話の通り、稲の成長スピードは数倍であった。


 リシャスが感嘆の声を漏らす。


「いやぁ、本当に植物が早く成長するなんてぇ」


「信じてはおりましたが、実際にこうして目にすると……」


 同じく白衣姿のモルデブが眉間を揉む。リシャスも腕を組んで考え込んだ。


「興奮半分、どうしたものやらが半分です」


「……これ、かなりヤバいアレだよね? 世界バランスが変わっちゃう?」


「まぁ、いきなりは変わらないでしょうがこの肥料の供給が増大すれば……大変なことが起きます」


「だよねぇ……」


「水野様はその辺りをあまり考えておられないようでしたが」


 モルデブの気になっているところはそこだった。今のところ、聖域との友好関係は維持できている。


 しかし、腹の底が読めているかというと微妙なところだ。絶大な力を持ちながら、特段の野心を見せない。あれほどの力と人材があれば、大王国を打ち立てるのも可能なはず……。


 彼には他に目的があるのだろうか?

 まさか南の島でザバイバル生活をすること自体が目的とも考えられない。


「でも油断は禁物だよ。彼がそうでも、周りの人たちがどう考えてるか……!」


「そ、それは確かに……」


「とりあえず、この肥料の情報は他国にも共有しよう。独り占めしてると思われたら、それこそ大乱の要因になりかねない」


「そうですね。そのほうが良いかと」


 リシャスとモルデブがこくこくと頷く。

 ふたりの意見は一致していた。あの聖域はヤバすぎる。なるべく皆を巻き込みながら付き合ったほうが安全なのだ、と……。



 それから幾分もしないうちに竜王国からの使節団が魔王国を訪れた。


 黒雲を切り裂き、巨大な竜の一団が空を舞う。今は竜王国と魔王国は友好関係にあるが……かつては何度も戦争をした仲だ。


 魔王国の国民の誰もが過去の惨禍、強大なる竜王を想起せずにはいられない。無論、魔王国の厳戒態勢も最高度である。何もないとは信じても何かあっては魔王国の破滅なのだから。


 五匹の竜が魔王国の中庭に着地すると、三階建てにも匹敵する巨大な肉体が人の姿に変化する。


「ごくっ……」


「相変わらずの魔力ですね」


 リシャスも緊張を隠せない。結界の中、自身の戦闘力、衛兵の数……それらの優位があってなお、竜王の力は侮れるものではないからだ。


 魔力の霧が晴れると、そこには10歳ぐらいの可愛らしい少女がいた。切れ長の瞳と青く膝までの長い髪。人ならざる圧を除けば花のような可憐さだ。


「お招きに預かり、光栄です。竜王国のエリンと申します」


 エリン――かつて東方で名を馳せた竜王。壮絶なる蒼の鱗を持ち、竜王国の三大将軍に数えられる。


 事前に来る人物は伝えられてなかったため、リシャスは再度、息を呑む。思ったよりも大物が来てしまった。


「さて、聖域に関して色々と報告ありがとうございました。意見集約に時間がかかってしまったため、今日までご訪問が遅れたことをお詫びいたします」


 モルデブが一歩、前に出る。


「いえ、お気になさらずに。エリン様のご訪問を厚く歓迎いたします。陛下もことのほか、喜んでおられます」


 リシャスが威厳がありそうに頷く。応対の主役はモルデブ。リシャスは後ろで戦闘力を見せつける、というのが両者の役割分担であった。


「それは何よりです。……しかし残念なことをお伝えしなければなりません」


「残念な……? 訃報ですか?」


「いいえ、竜王国の決定です」


 そこでエリンが目を細め、両腕に魔力をみなぎらせる。それだけで突風が起き、魔王城の衛兵が一斉に戦闘態勢に入った。


「竜王国は魔王国との共同なしに聖域を支配いたします。まぁ、つまりは独占させて頂くということです」


「な、なんですとー!!」


 リシャスが前のめりになりながら叫ぶ。彼女にはギンによって角を傷つけられたトラウマがある。聖域と揉め事を起こすのは全くの不本意であった。


「正気ですか。魔王国の提案を完全に蹴ると……!?」


「そういうことです。今日、ご挨拶に伺ったのはその報告だけでして」


 エリンの一団、その背から竜の翼が生える。


「というわけで、ご機嫌よう」


 エリンが両腕の魔力を炸裂させ、不可視の霧を生み出す。その間に竜王国の使節は天高く舞い上がり――空を飛んでいってしまった。


 残されたリシャスは呆然とそれを見送り、モルデブははぁ……とため息を漏らす。


「あーあ」


「なんと無謀な……。エリン様は確かに竜王国の三大将軍ではありますが……」


「シャウラティのライバルだったよね、彼女」


「総合的には同じくらいの戦闘力でしょうね」


 リシャスとモルデブは顔を見合わせる。聖域の保有する戦力について、魔王国ははっきりと伝えていない。ヤバい、くらいだ。もっともギンの戦闘力で戦意喪失したので調べる気にもならなかったというのが真相だが。


 エリンとその同胞4人の戦闘力で何をするつもりなのだろうか。


「モルデブちゃん、なんとか至急聖域に向かってくれない?」


「わかりました。万が一にも竜王国と魔王国は無関係であると示さないといけませんからね」


「うん、あとは……無駄かもだけど医療品も持っていって」


「必要かもしれませんね」

 

「ついでに棺も5個、積み込んでいって」


「……それが一番、使うかもしれませんね」

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