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リベンジャー  作者: tkkosa
3/4

その2



○登場人物

  高瀬修二・たかせしゅうじ(赤ベンジャー、4年2組のリーダー的存在)

  土居英雄・どいひでお(青ベンジャー、周りの様子を窺いながら行動する存在)

  矢頭照美・やがしらてるみ(黄ベンジャー、周囲の子分的な存在)

  中館雅仁・なかだてまさひと(緑ベンジャー、体裁もよく出来る存在)

  佐鳥弥生・さとりやよい(桃ベンジャー、向上心の強い豊かな存在)

  環由加里・たまきゆかり(4年2組の担任、ドジで天然でおっちょこちょい)

  尾上睦実・おがみむつみ(4年2組の新担任、現実的な物の考えで動く)

  阿崎棟地・あざきむねじ(環の恋人)

  古北・ふるきた(先輩刑事)

  畑平・はたひら(後輩刑事)

  桜本・さくらもと(4年1組の担任)

  合庭・あいにわ(4年3組の担任)





 丸子第二小学校に新任教師として着任した尾上睦実は緊張を解けなかった。赴任初日

ということもあるが、前任の教師が亡くなったための急遽の担任というところもある。

まだ環由加里の死から一週間も経っておらず、詳しい死因も解明されていない。正直、

そういった中で任される仕事というのはわだかまりに似たものを抱えながらやらないと

ならない。生徒たちもそうだろう。担任の死を乗り越えられていないはずだ。自分が4

年2組を団結させなければいけない。新しい教室に変えること、それがまず果たすべき

使命だ。

 「2組は今、元気というものが薄れてしまっています。生徒はもちろん、保護者から

も今回の一件への対応が求められてます。尾上先生には2組をまた笑顔にあふれた教室

にしてもらいたいと思っています」

 校長からの言葉だった。その前に、教頭からも同じようなことを言われた。偉い人間

はニュアンスを変えただけで言うことは大体似通っている。ボキャブラリーというのは

年齢を重ねるごとに衰えていくのだろうか。それか、責任を伴った言動に縛られている

のだろうか。どちらにしても願いたくない未来だ。

 「前任の環先生は生徒たちからとても愛されていまして。ちょっと間が抜けたところ

がありましたが、そこもまぁ人気のうちといいますか。良い意味でも悪い意味でも生徒

と近い距離で接していました。だから、今回の事には相当なショックを受けてましてね。

初めのうちは溶け込むのに時間が掛かるかもしれませんが、長い目でお願いします」

 4年2組に向かう途中も教頭からの話は続く。これだけ言うってことは前任の教師は

ずいぶん良い人間だったのだろう。子供を手なすのがうまいのか、子供レベルなのかは

分からないが。

 教室に着くと、教頭が先に入り、後に続く。一面を見渡すと、生徒たちは仲間同士に

分かれてそれぞれで会話をしている。どこの教室にもありそうな景色だが、彼らの間に

は生気がない。気も高くないし、笑顔もない。ただ話をしてるだけ、事務的にすら映る。

教頭が席に着くよう促すと、生徒は自分たちの机へと散らばっていく。

 「えぇ、今日から環先生に代わる新しい2組の先生がいらっしゃいました」

 教頭の言葉に教室中の視線がこちらに向く。軽い会釈をしておく。

 「尾上睦実先生です。以前は神奈川県の小学校で5年生を受け持っていました。まだ

分からないことも多いでしょうから、みんなも協力してあげてくださいね」

 教頭にどうぞと誘導され、教壇の前に立つ。生徒からの視線に温かみはさほど感じら

れない。事が事だけにとも思うが、最近の子供というもの自体が冷めている傾向もある

と思う。

 「新しくこの2組の担任になった尾上睦実といいます。40歳、独身。今回の環先生

の件につきましては本当にお悔やみ申し上げたい次第ですが、これから始まるクラスで

はもっと楽しく明るい空間にしたいと思ってます。みんなでそうなれるよう、仲良くし

ましょう」

 第一印象の重要性は20年弱の教師生活でこれでもかと悟っている。不自然にならな

い程度に爽やかな語りを心掛けた。教頭も見ている分、腕の見せどころだ。ただ、生徒

の反応は今ひとつだった。何か落ち度のある発言でもあっただろうかと思いたくなるほ

ど。予想を下回る手ごたえに焦りすら覚えた。

 教頭は一言二言を残し、教室を後にする。その後、生徒一人ずつに自己紹介をしても

らい、こちらの教師生活をかいつまんで話した。変わらず、教室の空気は低調だった。

なにも面白くない話をしてるわけじゃない。なのに、この不気味なぐらいの浅い反応は

一体なんなんだ。

 結局、この日は一日を通して同調子の一本だった。何も知らずにこの教室を目にした

大人は疑問を覚えるだろう。小学校4年生の教室の風景として、あまりに盛り上がりに

欠けている。

 「どうでしたか、初日は」

 職員室で息をついていると、隣の合庭から話し掛けられた。彼女は4年3組の担任で、

尾上が着任するまでの期間は2組の授業もいくつか受け持ったらしい。

 「ダメですね。沈みきっていますよ、あの教室。あんなに表情に変化のないクラス、

初めてです」

 「環先生の影響が大きいんですよね。みんな、先生が大好きだったから。同じ教師と

して羨ましいぐらい、あのクラスは家族みたいに明るかったですから」

 尾上は嫌気を覚え、息をつく。誰もかれも、環先生、環先生と。どんな教師だったか

知らないが、こっちはこっちでやるんだから比較しないでもらいたい。


 翌日、尾上はホームルームの時間に緊急の家庭訪問を行うことを伝えた。どのみち、

このままでいいわけはない。活気のある教室へ2組を復活させるため、自分が先頭にな

って引っ張っていかなければ。そのために、まず生徒を知ることから始めていくことに

した。じっくり一人一人と向き合える時間を取り、親御を安心させて味方につけるため

にも良的な案だ。

 そして、もう一つ提言しておかなければならないことがある。尾上は生徒たちの視線

を集め、こう言い放った。

 「みんな、環先生のことは忘れなさい」

 生徒たちは一様に疑問を目に浮かべる。案の定といった反応だ。

 「これはな、環先生とのことは思い出として残しなさいということだ。みんなは現在

進行形として環先生を望んでいる。だけど、分かってる通りにもう環先生はいないんだ。

だから、願望が現実にならずにみんな沈んでしまっているんだ」

 尾上の説明で意味は理解したが、それでも生徒たちの疑問の目は変わらない。尾上の

発言の何故を理解できていなかったから。

 「俺と一緒にみんなで楽しいクラスを作ればいいじゃないか。なぁ、そうしよう」

 尾上は笑みを絶やさなかった。これからの新しいクラスを象徴させるような表情を心

掛けて。子供は感情がダイナミックだ。大人の繊細さを蓄える時期には差し掛かってい

ない彼らには分かりやすい表現が必要とされる。惰性も知らない分、心を開くのに時間

は掛かるだろうが段階を間違えなければ自然と一人一人と集まってきてくれるはずだ。

 その尾上の考えは段階を間違えていた。彼はもう生徒たちを敵に回してしまっていた

のだ。2組は崩れてなんかいない。一つにまとまっている。彼らが求めているのは今も

変わらず環由加里なのだ。新任の教師が来るのは仕方がないといえど、環との思い出を

過去のものにして忘れろというのは許されない発言だった。尾上は生徒たちとは違った

道を進んでしまっている。修正しなければ距離が離れていくだけの危険な進行を。


 家庭訪問の初日、尾上はまず高瀬修二の家を訪れた。高瀬は運動神経がよく、クラス

のリーダー的存在らしい。小学校なら、学業の優等生より運動の万能な人間が主役には

なれるものだ。母親は体格のいい、大家族の母のような威勢のよさげなタイプだった。

弁が立ち、明らかに主導は奪われていく。

 「高瀬くんはスポーツが得意のようですね。周りとの協調性も取れてますし、あとは

勉強をもう少し頑張っていただければというところでしょうか」

 「そうなんですよねぇ。ウチの子、とにかく帰ってきたら外に出てっちゃうんです。

ひとしきり遊んできたら、アニメ見て、お風呂入って、ご飯食べて、寝るっていうサイ

クルが出来上がっちゃってて。勉強もやれって言ってんですよ。でも、やんないものを

無理やりやらせるのもどうかなって思って」

 ここは家庭の勉強法に問題があるようだ。親に任せていたら、高瀬はこのまま勉強が

できないままで成長するだろう。もしかしたら息子には勉学で大成する可能性がある、

とは思わないのだろうか。奔放もいいが、それで芽を一つ潰しているかもしれないのに。

まぁ、所詮この家の問題だが。

 「高瀬くんは勉強が好きじゃないのかな」

 「うん」

 えらい素直な子だな。そんな素直さはいらないのに。

 「高瀬くん、宿題もよくやってこないみたいだね。勉強が嫌いなのはともかく、宿題

はみんなやってきてくれないと困るな」

 母親はすみませんと笑いながら言っている。もはや、息子にこの方面の期待はしてい

ないようだ。ここまで放免されてしまえば、こちらも諦めてしまいたくなる。

 「だって、環先生はやんなくてもいいって言ってたから」

 「環先生が、そう言ったのか」

 「ずっと怒られてたけど、あまりにもやんないから先生に言われたんだ。しょうがな

いから宿題はやんなくてもいいけど、勉強しない分だけ体を動かしなさい。そこが高瀬

くんの良いところなんだから、って」

 なんだ、それは。おおよそ、教師の言うセリフとは思えない。宿題をやらなくてもい

いから、なんて聞いたこともない。


 高瀬の次に訪れたのは土居英雄の家だった。一戸建ての高瀬宅から一変し、土居宅は

古びたアパートの一室にあった。壁は黒ずんだ箇所があり、ペンキのはげた箇所もある。

お世辞にも良い住まいとは言えない。土居の父親が小さな町工場を経営しており、昨今

の不景気の打撃を受けてからは家族の養いと従業員の賄いで精一杯らしい。母親も工場

で働いているが、今日は早退して家で待機していた。この住まいに似つかわしいという

と失礼になるが、体も小さく、出で立ちも地味に感じる。こういう現実にあうと、いつ

それが我が身に降り掛かるものかと不安にも駆られてしまう。教師とて安住の職業では

ない。今日や明日に食い逸れることはなくとも余裕を見せてたら足元を掬われることも

あるのだろう。

 「土居くんは勉強面も運動面も特に問題ありませんね。ただ、積極性に欠けるところ

があって、周りの様子を窺うことがよくあるようです。それはもちろん良いことでもあ

りますけど、まだ10歳ですから無邪気になっていいと思います」

 土居は簡単に判別すれば平均点の生徒だ。子供としては面白味に乏しいといえるが、

教師にとってはやりやすい。毎日が大波小波の日々を送ってると、生徒全員がこうなら

助かるのにと思う時もある。

 「そうですね。ちゃんと遊ばせてるし、勉強もさせてるんですけどねぇ」

 この母親を見ていれば分かるところもある。この家に住んで、親の状況を子供なりに

把握していたら堅実にもなるだろう。

 「土居くん、これから先生と楽しいクラスを作ろうな」

 こういう生徒は優しく接していれば味方になってくれる。新しいクラスを作るうえで、

まず抑えておくところだ。

 「はい」

 抑揚のない返事だった。まぁいい。このタイプは自然と歩み寄ってくる。


 土居の次に訪れたのは矢頭照美の家だった。団地の一室に矢頭宅はあったが、基本的

にこの手の家庭訪問は好まない。上階に何度も階段を上り下りする消耗は何気に辛い。

マンションならエレベーターが多く、アパートは階数は高くないし、学校の階段も毎日

繰り返しているがまた別個の感覚だ。縦横の幅の狭さから圧迫感があるのではないだろ

うか。まぁ、こんな愚痴を言ったところで全国の団地の階段が改善されるわけじゃない

のだが。

 「矢頭くんは勉強は適度にできてますが、運動の方が今ひとつですね。普段から運動

をする習慣はありますか」

 矢頭は体も小さく、いわゆる子分的な存在だ。威張りをきかせた奴らに歯向かったと

ころで負けは確定的、それなら始めから従っておくのが適した身の振り方だ。

 「いえ、家ではテレビゲームばかりやってまして。注意はするんですけど、全然聞く

耳なんか持たなくて。友達と遊ぶ時にも外に行くんじゃなく、家でゲームをやってるん

ですよね」

 母親は意外に快活な印象を受ける。喋り方もハキハキしてるし、どこかで接客業でも

経験したような感じだ。この親からこの子はあまり想像がつかない。父親似ということ

だろうか。

 「矢頭くん、何か好きなスポーツはあるかな」

 「野球とか」

 「野球か。どこの球団が好きとかはあるかな」

 「ジャイアンツとか」

 「あぁ、先生もジャイアンツが好きだよ。誰のファンかな」

 「ラミレスとか」

 「ラミレスもいいね。先生は小笠原がいいかな。あのフルスイング、見てて気持ちが

いいし」

 矢頭は抑揚のなく頷いた。せっかく、そんなに興味もない野球の話に乗ってやったと

いうのに。どいつもこいつも反応が薄くて困る。


 矢頭の次に訪れたのは中館雅仁の家だった。高瀬と同じく一戸建てだが、庭は洗濯物

を干せる程度の狭苦しく気持ちほどのものしかない。住宅地にある一戸は周囲に建つ家

と類似品のように似通っている。オリジナリティに欠けて、量販店の品揃えの印象だ。

とはいえ、道を歩く人数も多く、近場に公園もあるので暮らすには最適かもしれない。

 「中館くんは勉強も運動もよくできています。みんなとも仲良くしてますし、問題は

特にありませんね」

 中館は出来る生徒だ。なのに、前に出るタイプでもない。この年齢にしては落ち着い

ている。

 「えぇ。この子にはしつけもちゃんとしてますし、習い事もやらせています。友達と

遊ぶ時間も持たせてますが、帰ってきたら勉強をするようキチンと言ってますので」

 母親は身なりもよく、体裁もよい。習い事は塾とピアノと習字をやっていて、教育熱

心さも窺える。中館の性格は自発的なものではなく、こういう環境から変に逆らうこと

をしない術を身につけたのだろう。PTAの役員もしているらしいから、ここは好印象

を与えておいた方がいいな。

 「中館くんはとても良い印象を受けてます。これもご家庭での教育が行き届いている

結果だと思いました」

 「あら、そうですかぁ。そう言っていただけると嬉しいわ。前の先生と違って、今度

は物分かりのいい方のようね」

 「前の先生とは」

 「環先生のことよ。あの先生ったら、三者面談の時に習い事が多いんじゃないかとか

口を出してきたの。もっと、子供には有意義な時間を与えて欲しいって。それは有意義

じゃなく無意味じゃないのって言ったら、無意味な時間も子供には必要なんですって。

無意味は無意味なんだから、ねぇ」

 尾上は繕った笑みで同調する。余計に、環由加里という教師が分からなくなってきた。

親御に逆らってどうするんだ。しかも、PTAの役員に。全くもって理解しがたい。


 この日の最後に訪れたのは佐鳥弥生の家だった。オートロック式のマンションにある

一室は内装が華やかに彩られ、植物や動物など生活が豊かな印象を受ける。佐鳥になつ

いてるようで側を離れなかったが、ラッシーと名前を呼んで遠くに行くよう指示すると

それに従っていた。

 「佐鳥さんは勉強も運動もよくできています。授業態度もいいし、忘れ物もないし、

とてもよい生徒さんです」

 「ありがとうございます。家でも料理も洗濯も掃除も自分からやりたいと言ってきて

くれますし、私が見習いたいぐらいなんです」

 佐鳥はこの家のように豊かな生徒だ。学級委員も担当しているが、彼女には最適だと

いえる。向上心の強い子なのだろう。母親はあまり染まった印象のない、穏やかで専業

主婦に合った人だ。

 「佐鳥さん、なにか先生に聞きたいことはあるかな」

 そう訊くと、それまでただ自然に座ってるだけだった佐鳥の口が開く。

 「先生、一昨日に言ったことは本当ですか」

 「一昨日、って」

 「環先生のことは忘れなさい、って」

 「あぁ。だからね、それは先生と新しいクラスを一緒に作っていこうって意味で言っ

たんだ。みんな、まだ環先生のことで落ち込んでるみたいだったから」

 「先生はぶっちゃけ環先生をどう思いますか」

 「どう、って言われてもねぇ。まぁ、ドジで天然っていうのは聞いたけど。あんまり

俺の周りにいたタイプではないかな」

 「周りにいたらどう思ってましたか。仲良くなってましたか」

 「どうだろうな。多分、俺とは馬が合わなかったと思うけどな」

 「ふぅん」

 佐鳥の表情は変わらない。

 「先生、環先生のものを処分してたでしょ」

 「そんなことしたか」

 「教室の教師用のデスクにあった物。メモ用紙とか花とか本とか書類とか、あれ全部

環先生のものだよ」

 「あぁ、そうだったか。先生も一応、あの手の一式は持ってるから。花はそんな好き

じゃないし」

 すまんなと軽く謝ると、いいえと佐鳥も表情を変えずに答えた。


 翌日の朝、休日で遅めまで寝ていた尾上はインターホンの音で起こされた。部屋着の

ままで玄関越しに何者かを訊くと、警察ですと訪問者は言う。イタズラかと思ったが、

覗き穴から見た訪問者は確かに警察とみれる格好をしている。何事かと考えたが何一つ

思いつきもしなかったので、とりあえず扉を開けた。

 「尾上睦実さんですね」

 「はい」

 目は完全に現実に戻らされていたが、まだ起ききらない体をなんとか呼び起こす。

 「阿崎棟地さんの殺害事件について、お聞きしたいことがあるので署までご同行願い

ます」

 「はっ」

 尾上は刑事が何を言ってるのかさっぱり分からなかった。ただ目を丸く大きく開くし

かできない。

 「あなたの車が阿崎さんの殺害に使われた可能性が高いんです。話は署でしますので、

来てもらえますか」

 「いや、車は普通に駐車場にあるはずですけど」

 「来てみれば分かりますよ」

 そう言われ、部屋着のままで刑事の後ろに着いていった。マンションの地下駐車場に

着くと、確かに自分のグレーの中古車があるべきはずの場所になかった。何だ、これは

どういうことなんだ。

 訳も分からぬままに警察へ連れていかれ、取調室へと入れられる。そこに入ってきた

のは年の取った刑事と若い刑事の2人、前者は古北、後者は畑平と名乗った。部屋中央

の机に古北が対面に座り、畑平は角にある机でなにやら筆記を始めた。

 「どうも。まだ寝てたようで、朝からすいませんね」

 「えぇ、まぁ」

 「さて、あなたをここに連れてきた理由ですが。別の刑事に聞いたかもしれませんが、

あなたの車が殺害に使われた可能性が極めて高いんです」

 はぁ、と首をかしげる。それしか出来なかった。

 「あなたの車ですね」

 古北が事件現場で撮った写真を出す。グレーの中古車、紛れもなく自分のものだ。

 「はい、そうです」

 「その様子だと、今朝のニュースも見てないようですね。実はね、昨夜遅くに多摩川

の河川敷で殺人事件がありまして。被害者は阿崎棟地、この車で撥ねられた後にリンチ

でボコボコにされたようです。いやぁ、無残なもんでしたよ。刑事をやってても、中々

あれだけ悲惨な遺体を見ることは少ないですから。あれは相当な恨みを持っている人間

の犯行に違いない」

 古北は目を鋭くさせながら言った。しかし、尾上にとっては何故こんな殺害の現場に

自分の車があるのかの不思議にしか集中は向いてない。

 「あの、それで俺の車がどうしてこんなところに」

 「あぁ、そうでしたね。最初に言っときますが、私はあなたをそんなに疑ってはいま

せん。見るからに、あなたは何も知らないようだし。何者かがあなたの車を奪い、阿崎

を撥ねたのでしょう」

 「一体、どうやって」

 「合鍵を作ったのでしょう。そうすれば、いつでも持ち出せる」

 合鍵、ったって。いつの間に作ったっていうんだ。でも、昨夜から今朝にかけて鍵は

家にあった。自分の鍵を使って車を動かすのは難しいはずだ。

 「あの車、最後に乗ったのはいつですか」

 「昨日の仕事が終わって家に帰る時です」

 「具体的な時間は」

 「20時過ぎだったと思います」

 「じゃあ、車が持ち去られたのはそれ以降ですね」

 誰だ、一体。誰が俺の車を。

 「合鍵を作られたとしたら、ご自身としてはいつ頃だと思いますか」

 「いつ、って言われても」

 「車の鍵からあなたが長い時間離れる時です」

 「家ではないです。リビングに置いてるので、持ち出すなんてこと出来ないはず」

 「となると、お勤めの学校ですかね。学校にいる時は鍵はどこにありますか」

 「自分のデスクに入れてます」

 「それは誰にも取り出すことは可能ですか」

 「はい、鍵はかけてないので」

 「なるほど。では、学校関係者、あと家族や友人の中から被害者に結びつきそうなの

を洗い出しましょう」

 どうなってるんだ。阿崎棟地なんて男、知りもしない。周囲から名前が挙がったこと

もない。全くの無関係者だ。なのに、どうして俺がこんな目に遭わないとならない。


 その後、尾上は自宅に戻って着替え、丸子第二小学校へ向かった。休日だが、一報を

受けた校長と教頭から話を聞きたいと呼び出された。せっかくの休みなのに、車は破壊

され、警察に事情を聞かれ、学校に呼び出されるなんて。俺が何をしたっていうんだ、

一体。

 学校へ着くと、校長室で校長と教頭へ事の成り行きを説明した。事件には何も関与し

ていないことを確認され、それは間違いないと主張する。その反復でようやく理解して

もらうことができた。

 帰りがけに職員室へ寄ると、4年1組の担任の桜本の姿があった。部活動の校外活動

があり、今日は登校しているようだ。彼にも大よその流れは伝わってるようで、愚痴の

ように尾上は一連の話をこぼしていく。

 「もう疲れましたよ、今日は」

 「災難でしたねぇ、本当に」

 「でも、どうして何の繋がりもない俺の車があんなところに」

 「あぁ、ただ全く繋がりがないということもないかもしれませんけど」

 桜本の言葉に尾上は食いつく。疑問符しかなかった問題にヒントが出された。

 「どういうことですか、それ」

 「いや、亡くなった阿崎さんですかね。環先生の恋人だったんですよ」

 あの環由加里の恋人。そんな繋がりがあったのか。でも、そこから何故に自分の被害

に行き着くんだ。

 「環先生と阿崎さんの仲はね、学校でも公認といいますか。環先生はああいう性格で

したから、隠そうとしても隠せない人で。教師にも生徒にも知れ渡ってしまって、よく

生徒にからかわれたりもしてましたよ。最近は彼の態度が冷たいなんて嘆いてたので、

ちょっと心配もしてたんですけどね」

 この丸子第二小学校の公認ということは、阿崎への繋がりを持つ人物は学校中の人間

が対象となるということか。それにしても、どうしてまだ着任から数日という自分の車

を持ち出したというんだ。


 答えが出るのに時間は掛からなかった。それはその日の夜、尾上にとっても学校にと

っても激震という形で事実を突きつけられる。阿崎の殺人の容疑者として逮捕されたの

は、高瀬修二、土居英雄、矢頭照美、中館雅仁、佐鳥弥生の5人だった。



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