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リベンジャー  作者: tkkosa
2/4

その1



○登場人物

  環由加里・たまきゆかり(4年2組の担任、ドジで天然でおっちょこちょい)

  阿崎棟地・あざきむねじ(環の恋人)

  古北・ふるきた(先輩刑事)

  畑平・はたひら(後輩刑事)

  桜本・さくらもと(4年1組の担任)

  合庭・あいにわ(4年3組の担任)





 6月11日、7時20分。多摩川の河川敷に集まっていた警察の人間は総数で15人

あたりだろうか。眠気の残ってる者、二日酔いの消えきらない者、やけに張り切る者。

どれも不正解だ。正解が何かは聞かないでほしい。知りはしないし、考えようとも思わ

ない。為すべき立ち振る舞いは自然と身についてくる。それでいい。

 空一帯は澄んでいて、今ここに転がっている悲体とはあまりにも似つかわなかった。

淡々と見分を続ける検視官に目を遣ると、その隙間から悲体が瞳に映りこむ。美の喪失、

そんな題を付けたくなる被写体だ。

 わずか数秒で視線を横に背ける。こんな日にかぎって、早めの朝食を摂ってしまった。

惨場に慣れはあるといえど、慣れで補えないものもある。警官としてのものではなく、

人間としてのもの。警官といえど人間、警官である前にいち人間。こういう現場を見て

気分のいい奴など、相当な変人を除いていない。

 気を落ち着けようと多摩川に目を向ける。上流からの流れに癒やしの感覚を覚える。

この水は流れ流れ、東京を横断していく。緩やかに軽やかな水の旅、そうすると楽しげ

に思える。そういえば、旅なんてしばらく行ってない。この不定期な仕事のおかげだ。

日々の重労働のせいで家なんて寝に帰るようなものだし、休暇になっても夕方まで爆睡

して数日分の家事をこなして終わり。そう思うと嫌気が差すから思わないようにしてる。

それでも、たまにどうにも採算の合わない思いに駆られてしまう。まぁ、人間なんてそ

んなものだ。損得勘定を無意識に行い、自然と自我を押し出している。その方が人間ら

しい。

 「サボっとんのか、若いの」

 ねちっこい声で突く。先輩刑事の古北の独特な声質は本人を見ずとも一発で彼と判別

できてしまう。

 「違いますよ。一通りは見たから検視官にやってもらってます」

 指方向の検視官は血痕と指紋の採取を続けている。丹念に正確に仕事をするその様に

生じる実直さへ敬いも覚えるが、よくもあんな相手に対して毎日を直に過ごしていける

ものだ。気が触れそうになったり、頭がおかしくなったりしないんだろうか。そうなっ

ても変だとは思わない。仕事への誠実さが足りないなんて思いはしない。尊敬、要はこ

の単語に尽きる。

 「詳しく教えてくれや、若いの」

 若いの、って何なんだよ。いくら後輩といえど、俺も29になるんだぞ。スポーツ選

手なら成熟期と呼べる頃だ。それなのに、一体この差はどうだろうか。テレビでスポー

ツ選手の年齢が出る度に心につく息は止まない。最初の落胆は5年前、横綱が年下と分

かった時だ。あんな老け顔の太っちょが、って強い衝撃だった。栄光の輝きを放つ年下

と比べ、己の惨めな現状に沈むのみだ。

 「おぉい」

 朝の澄空に合わない声質が大気に混ざる。古北の声は長年の取調べによるものらしい。

ねちねちした嫌味な声をあげてるうち、声そのものがそうなってしまったようだ。この

声を浴びせられるとどうも力が出ない。こうはならないようにしたいものだ。犯人逮捕

のためなら疎まれようと構わない人間、愛想を振り撒いて上に媚びる人間。前者が古北、

自分は後者よりだろう。成果をあげたくないわけじゃないが、こんな先輩のように生き

ていく覚悟がまだないだけだ。

 「被害者は20代後半と思われる女性。発見されたのは6時7分。通報したのは散歩

中だった67歳の男性。多摩川周辺を散歩していて、休憩しようと川の方へ降りてきた

ところ、倒れている女性を発見。女性は前半身を川の中につけるようにしてうつ伏せに

なっていたようで、男性がすぐに畔へ引き上げましたが息はなかったそうです」

 遺体を眺める古北の瞳が細くなる。息をつく。こういう場には毎度噛みしめる思いが

ある。刑事課の仕事は悲しいものが多い。喜べるものなど、そうそうない。仕事の数だ

け揺り動く感情が生じる。こんな仕事、無いにこしたことはない。刑事なんて暇な方が

いい。忙しければ忙しいほど日本の現状に疑問が生まれる。どうして、犯罪がこれだけ

身近に起こってしまうのか。命とは素晴らしいものではないのか。そう思いたい本心を

卑劣な行為の数々で叩かれていく。


 悲体の主は環由加里、29歳。発見現場から800mほど離れたところにある小学校

の教師だった。司法解剖の結果、目立った外傷もなく死因は水死。発見現場にずっと浸

かっていたのではなく、どこかから流された可能性が高い。自宅から遺書は見つからず、

自殺をほのめかす類のものもなく、他殺も含めた捜査と決まった。

 「他殺となると、交友関係、特に恋人を当たってみた方がいいですね」

 「そんなもん、お前に言われんでも分かっとるわ」

 畑平の言葉はあっさり古北に消された。アシストのつもりで言ってるのに、受けつけ

ようともしない。もっと下の人間の意見も聞き入れた方がいいのに、と言ってやりたい。

言ったらどうなるかは分かってるから言わないが。

 「ただ、教師となると厄介ですね。生徒の親とかまで網にいれないとなんないし」

 「あぁ、最近はいろいろうっさいみたいだからなぁ。何て言ったかなぁ、あれ」

 古北は人差し指をくいくいと曲げながら回答を探している。集中するときに自分の形

を持ってる人は多いが、その理屈を正しく説明できる者は少ない。

 「モンスターペアレントですか」

 「あぁ、それそれ。今の親はなんであんな過保護にするかねぇ。子供を厳重に包囲す

るようなやり方を愛情と勘違いしてるだけだろ。そんな小さい籠の中で育てられた子供

が可哀相で仕方ない。当人も気づかないうちにそこが自分の居場所だと思い込み、いざ

外の世界に羽ばたく時が来ても臆病に羽根を広げられないし、飛び立ったとしても外界

の広さにビビっちまう」

 確かに一部のそういった家族には危機感すらある。だんだんと人生の階段を上ってい

くための学生生活が親の勝手な保護主義のために表裏を返すように社会へと押し出され

てしまう。そんな唐突な押出で環境の変化に適応できるわけがない。ほんの少し考えて

やれば思いつくことなのに。目の前の事物に直線になりすぎて、先々に視界を広げられ

ない現代人の想像力の衰退が如実に現れた結果といえる。最終的に被害をこうむるのは

子供なのに。

 「まぁ、その線も含めて捜査していきましょう」


 昼は現場周辺での捜査をし、その後に環由加里の家へと向かった。彼女の自宅はこれ

といった変哲のないマンションの一室だったが、部屋は3LDKと中々に広い。すでに

通夜の準備が進められており、家内では数人が慌しく動いている。両親と友人、その他

に手伝いの人間もいた。両親は栃木在住だが一報を聞いて飛び急いで訪れ、友人2人は

このマンションで彼女とルームシェアで暮らしていたとのことだ。誰もが悲しみに暮れ

ている余りもなく、事務的な会話だけが為されている。どれをどこに置く、どれをいか

ほど用意する、これを手伝って、といったほどの言葉だけが飛んでいる。

 「あの子が自ら命を絶つようなことはない」

 「あの子が人の恨みを買うようなことはない」

 両親と友人の全員に一致した言葉だった。生真面目すぎてドジを踏むことも多かった

らしいが、真っすぐなひたむきさが取り得だったらしい。天然で失敗も数知れずだけど

何事も笑顔で乗り越えていく子、と両親は娘を偲ぶ。守ってあげたくなるような存在、

と友人も偲んだ。

 「何か悩みを抱えていたようなことはありませんか」

 「そりゃあ、人間なんだから悩みの一つや二つありますよ。でも、あの子が口にする

限りだと、明日の授業の予習が終わらないとか誰々くんと誰々くんが殴り合いのケンカ

をしたとかぐらいのことです」

 要は、悩みというより愚痴に近い。実際、環と友人たちは仕事での愚痴の零し合いを

よくしていたらしい。

 「もっと他人には言えないような、下手したら両親にも言えない悩みを持っていたり

はしてませんでしたか」

 友人だから言える悩みはあるだろう。同じ空間で過ごす同世代だからこそ分かちあえ

たりすることはある。頭の固い上世代には理解されず、経験の浅い下世代にも理解され

ないこと。そんな悩み、30歳手前の女性ならあってもいいはずだ。

 「あるとしたら・・・・・・阿崎くんかな」

 片方の友人がもう片方の友人に投げかける。もう片方の友人はうぅんと首をひねって

いる。

 「誰ですか、その人」

 急に古北が割ってきた。事件の重大な点に行き着きそうな展開になると、毎度こうだ。

それまでは前座のように後輩に聞き込みを続けさせ、ここぞで自らが入ってくる。店に

並ぶ行列に横入りされたような嫌な感覚が胸内に残る。得をするのは自分だけ、その他

の全員の怒りを買っても個人の得事に走るのか、とどうにも疑問が生じる。いや、古北

に対してではなく行列に横入りする人間に対して。

 「由加里の恋人です。携帯は押収されてるから連絡先が分からなくて、さっき会社に

直接電話して伝えました」

 「その人はそのうち来られるんですか」

 「はい、そう言ってました」

 恋人もいたか。他殺となれば、網を手繰るのに難解度が増してくる。他殺にも関係者

か無関係者に分かれるが、前者の方が絞りやすい。無関係者となればその対象は無限と

いえるのだから差は歴然だ。ただ、今回は関係者の場合にも親子や友人に加え、恋人に

仕事仲間に学校生徒の親御なども範囲に入ってくる。怨恨の受け方は千差万別、全てを

解読するには時間が掛かるのかもしれない。


 通夜には環由加里の親族や友人や学校教職員らが訪れた。弔問に来た半数以上の人は

悲体を前に涙を流していく。そこに彼女の生前の人柄を想像することができた。面立ち

はあどけなさの残る幼いもので、身長も低く人形のような形をしている。これで正直で

一本線の抜けたような性格なら周囲から愛されるのは分かりうる。実際、弔問客に聞き

込みを続けても出てくるのはそういった印象ばかりだった。どうしてあの子が、あんな

良い子はいないのに、という嘆きとともに。

 阿崎は仕事を終えてから駆けつけた。仕事など全く手につかなかったようだが。家に

入り亡き体と対面すると、目を開き口も開き呆然となっていた。声にならない息を漏ら

して涙をこぼす。当然の反応だ。恋人が突然こんな姿になることなんて予測もつかない。

そんなこと考える方が不謹慎だ。

 「阿崎さん、お話いくつか聞かせてください」

 警察手帳を見せると、渋々と了承の気をのぞかせた。通夜から帰る阿崎に聞き込みを

しようと長い時間待ち伏せていた。

 「環さんと最後に会われたのはいつですか」

 「昨日の夜です。一緒に食事をしようと誘って、お互いの仕事が終わった後に池袋の

フレンチのレストランに行きました」

 「その後は」

 「それだけです。翌日も仕事があるので、食事だけで帰りました」

 「環さんと別れたのはどちらですか」

 「電車で送ったので、彼女の降車駅です。家まで送ろうかと聞きましたが、少し買物

していくからいいと言われたので駅で別れました。今思えば、俺がちゃんと送ってって

やればよかったのに」

 阿崎は下を向いて息をつく。そう思うと、やりきれなくなるだろう。彼はその思いを

抱えながら、幾度と自身を責めていくことになる。

 「別れた時間は覚えてますか」

 「確か・・・・・・21時前だと思います」

 環由加里の死亡推定時刻の21時から23時に重なる。

 「その後、あなたはどうされてましたか」

 「別れてからは、普通に自宅に帰りました」

 「自宅に戻られたのは何時頃ですか」

 「はっきりとは分かりませんけど、21時半から22時の間です」

 聞き込みはここで終わりにした。この日の捜査では犯人に繋がるような重要な証言は

得られなかった。


 丸子第二小学校では午前中に全校集会が行われた。環由加里の死について、ある程度

包みながら報告された。詳しいことは調べられてないし、小学生にしていいものだとも

いえない。生徒たちは一様に驚いた表情を浮かべたが、その後はそれを続ける者と周囲

とひそひそと小声で話し出す者に分かれている。人それぞれに感受性は違う。他人の死

への印象の差異が表れるのも当然といえる。他人事と捉える者もいるし、我事と捉える

者もいるだろう。環境によって、故人との関わりによって変わってくる。でも、出来る

のなら全員同じように悲しんでもらいたいものだ。

 放課後、古北と畑平は学校を訪れた。昨晩の通夜でも聞き込みはしたが、多くの人数

に対応しないといけなかったため一人に割く時間は短かったから。校長と教頭、そして

環と同じ4年生を受け持つ教職員2人に話を聞くことにした。環は4年2組の担任をし

ており、1組の担任の桜本と3組の担任の合庭とは接する機会も多かったようだ。桜本

は42歳の男性、髪は天然にねじれて、服装は量販店で低価で買えそうな一般的なもの、

全体的に毛深く、褒めるとするなら福人の優しそうな顔をしている。年下の妻と幼稚園

の娘がいる。合庭は34歳の女性、髪は肩に届いていないショート、服装は洒落てると

は言いがたいタイプのシャツとロングスカート、全体的に各パーツが細くて長い。

 「環さんは学校ではどういう人でしたか」

 「ムードメーカーでしたね。若くて元気もあったし、いつも笑顔で活発で、誰とでも

大差なく接してくれる人でした。人が大好きで、とにかく輪に入って話してるのが幸せ

だって言ってましたし。その分、天然なところがあって失敗ばっかりするんですけど、

またそこがみんなに愛されるんですよね」

 やはり、昨日の聞き込みと同じような言葉が並んでいる。一生懸命で純粋な女の子、

それが紛れもなく環由加里の第一となる人間性なのだろう。否定的な部分も魅力にして

しまうだけの愛らしさが備わった女性。

 「生徒との関係については」

 「2組の生徒はみんな環先生が大好きでしたよ。それこそ、失敗が多くて生徒からも

つっこまれてばかりでしたけど。たまにどっちが生徒か分からなくなるような時もある

ぐらい。それでも許されちゃうんですよ、環先生は。だって、みんなには先生の熱心さ

がちゃんと伝わってるから」

 言うまでもありません、といった言葉の調子だった。どこまでも印象のいい人物像が

生前の環から窺える。ここまで他人から慕われる人間が命を狙われる対象になるなんて

考えにくい。

 「生徒たちの今回の事件についての反応はどうでしょう」

 「みんな、一様に気を落としてます。こんなことになるなんて、誰も思っていません

でしたし。授業は他の先生方でフォローしていますけど、心のケアがこれからの重要な

課題になってきます」

 4年2組は教室全体が沈みきっているらしい。話し声はポツリポツリとあれど、笑顔

はどこにもない。前面には出していないが、全員が加害者への怒りを宿しているに違い

ないはずだ。愛すべき先生を奪った憎むべき犯罪者、と。


 学校を後にしたのは17時過ぎだった。まだ太陽は輝きを保っている。季節は一つ先

へ進もうとしている。聞き込みを続けるほど、他殺の可能性が眩んでくる。彼女には他

人の恨みを受ける要素が見当たらない。完璧な人間とはほど遠いが、殺意を抱かれる理

由はない。だからといって、自殺の可能性も同等だ。彼女に死を選ぶだけの悩みがあっ

たとも思えない。誰にも言っていない事柄があったのなら話は別になるが、現段階でそ

こは考えられない。ということは、考えられるのは通り魔による犯行か。確かに、彼女

のような外見のいい女性はその手の餌食になりやすい。通り魔の方もせっかく手を汚す

のなら相手は良い女を選択するのが性だ。そういうことなのだろうか。無関係者の犯し

た突発的な罪事、それが結果ということなのか。

 畑平の運転で署に戻る途中、多摩川沿いへ遠回りをした。何の企みもなかったのだが、

事件現場を目にしたくなって。捜査に行き詰ると現場に戻る事は多い。そこに何かしら

転がってるわけじゃないが、ひらめきが起こりやすいのは事実だった。川沿いの道へと

入っていくと、やがて事件現場が目に入ってくる。同時に、そこにいる小さな粒たちも

把握できた。付近に車停する頃には、それが小学生であることが分かった。そこにいた

5人全員が黄色の帽子に赤と黒のランドセルという定番の格好で座っていたから。どう

したんだろうかと近づいていくと、小学生の方もこちらの存在を把握した。見も知らぬ

大人が現れて不解な表情をしている。警察であることを告げても、その曇りがちな表情

に変化はなかった。

 「君たちは4年2組の子たちかな」

 古北が優しさを込めた言葉の調子で聞く。取り調べの時の聞方からは真逆にも見える

語調だったが、それでも子供たちは恐れのこもった様子を隠さない。仕方ない、こちら

が歩み寄っても子供にとって大人は大きな存在だ。

 「恐がらなくていい。おじさん達はただ聞いてるだけだから」

 そう付け加えたものの、助力には満たなかった。小学生からすれば、古北の顔だけで

充分に恐いのだろう。何百戦と乗り越えてきた刑事の顔だ。優しさだけで構築されてる

ものにはなれない。職業上の勲章といえるが、こういう些細なところで不助力となる。

 「その花、先生にあげるの」

 助け舟のつもりで畑平が開口する。まだ刑事として修羅場を潜ってきていない表情は

小学生に安心感を与える余力はあった。5人のうちの一番近くにいた子がこちらに軽く

頷いた。

 「先生、花が好きだったから」

 呟くようにその子が言った。体格がいい子だが、しょんぼりと体を丸めていて大きさ

はいまいち伝わらない。5人の小学生はそれぞれ手にしていた花を現場に置いていく。

現場にはすでにいくつかの花束が置かれていた。花屋で買って包装されたものに比べ、

今置かれている花は無造作だった。小学生では礼式的な花を購入するお金がなかったの

だろう。おそらく、どこかから探して摘んできたと思われる花を数本ずつ彼らは環へと

贈っていった。それが彼らなりの最大の弔いの方法なのだろう。花は夏椿、白に開いた

花びらは環由加里の人間像にも重なる。この子たちには担任の死というものがどういう

ふうに映っているのだろう。

 「ねぇ、刑事さん」

 5人の中にいた唯一の女の子の言葉だった。不意を突かれた気になりつつ返事をした。

 「先生は自分で死んだんですか。誰かに殺されたんですか」

 女の子の顔がこちらに向く。悲しみとともに深く込み上げる感情を見れた。そうだ、

これだけ小さくても愛する人物が死に至らしめられれば強い感情が生まれる。どうにも

ならないジレンマに、ただ心をくすぶられてしまう。

 「まだ、そこまでは調べきれてないんだ。でも、絶対に真相を突き止めるから待って

てくれ。みんなもそんな顔をしてたら先生も悲しいまんまだぞ」

 励ましのつもりで言ってみたが、それほど効果はなかった。小学生たちの表情は特に

変わらず、ただ下を向いて在りし日の思い出に帰っているようだった。古北と畑平は顔

を見合わせ、現場を後にしていく。あの子供たちに気づかされた。被害者は害を受けた

当人だけでなく、それによって傷をこうむる全ての人間を差すということを。


 それから数日間は捜査に大きな進展は見られなかった。小さな疑惑が浮かんでは解決

への糸口とならぬまま消えていく日々。自殺なのか他殺なのか、そこすら掴めていない。

緊張感が薄れだしていく中、その線をピンと再び張り詰める事件が起こった。

 環由加里が亡くなってから10日後、彼女の恋人だった阿崎が亡くなった。



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