その関係性の間違った認識と正しい呼び方
自信満々に……えーと、私の生みの母親が失踪したのが4歳の時。そこから6年で死亡判定が出て、葬儀をしたのが10歳の時。その直後から「家族ごっこ」が始まったから、7年ぐらいか……正しいと信じて呼んでいた名前を正面から否定されて、今度こそ戸籍上の妹、もとい、手中愛娘は思考が止まったらしい。
本当に「私」という個人には興味が無かったんだな。名前の読み方なんて、戸籍でも調べればすぐに分かっただろうに。もっとも私自身も、どれだけ間違った名前で呼ばれようと素直に返事をしていたんだけど。
「なっ、なーんてね! くーちゃんって呼ばせてるんだって? ごっめんごめん! ホントは「くうはな」おねーちゃんだよね!」
「違う」
「えっ、なっ、あっそっか! そうかそうかそうだよね、「くうか」おねーちゃんだよね!」
「違う」
「へっ? えっ、と、じゃあ、えーっと……「からか」おねーちゃんだ!」
「違う」
呼ばせてるんじゃなく、満華が勝手に呼んでるんだけどな。もしかしてあのコピー能力、ある程度相手の思考もコピーできるのか? 満華がまともな会話をするとは思えないし。
空はくう、か、から。華ははな、か、か。この組み合わせを全部言い終わって、そこで名前を当てるアイディアは止まったらしい。せめて「そらはな」ぐらいは出てくるかと思ったんだが、出てこなかったな。やはりアホだ。
「……名前すら正しく呼べないなら、それは赤の他人だな」
「ちっ、違うし! 家族だもん! 家族なんだから、おねーちゃんなんだから妹は大事にしなきゃダメなんだからね!」
「お前は妹じゃない」
そして私も姉じゃなかったし、それ以前にあの家における娘ではなかった。あの家に置いて娘と呼ばれたのは、7年の間名前も知らない他人を便利に使っていた、この自称妹だけだ。
まさか「妹じゃない」とはっきり言われるとは思っていなかったんだろう。絶句したあとで、その大きな目に涙が溜まり始めた。くしゃり、と顔が歪んでも、可愛いという印象は変わらない。
……泣き声と泣き顔は、暴力を振るわれるスイッチだった。だから恐怖の対象で、それを避ける為に行動し、それを見せられると心が折れたものだが。
「――思ったより、何ともないな」
ガチン、とリボルバー状態の銃の撃鉄を起こす。当てるつもりは無い。威嚇射撃ですらその衝撃波は相当なものだろう。だから撃つとしたら、自分の真上だ。泣かれる事には何も思わないが、泣き声で何かが寄ってきたら面倒だし。
だが銃を握った手をマントの外に出す前に、ゴウ!! と強い風が吹き下ろした。悲鳴と共に妹を自称する誰かが転んだようだが、まぁ死んではいないだろう。
「くーちゃん、大丈夫!?」
「問題ない」
そしてその直後、私の横に鮮やかな緋色が降って来た。その背に乗っている満華は心なしか焦っているし、ひーちゃん本人も、グルルルル、と威嚇しているので、どうやら足止めぐらいはされたようだ。
まぁ止められないだろうし、実際止め切れていないしな。撃鉄を戻し、リボルバー状態なら入るホルスターに収める。
もちろんその間私は一切顔を見せていないし、何ならマントの下で手を動かしたのは分かっても、何をどう動かしたのかは分からない筈だ。だが満華は私を見下ろして、ちょっと首を傾げた。
「……くーちゃん。ちょっと雰囲気変わった?」
「そうか?」
「うん。なんかちょっとすっきりした感じがするー」
「……まぁ、そうかもな」
心当たりはある。と返すと、そっかー、と満華は返してきて、それ以上は聞かなかった。まぁ、この状況を見て今までの話を聞いていれば、大体何があったかは察せられるだろう。
鞍の上で満華が場所をずらして自分の前を空けてくれたので、まだ威嚇を続けているひーちゃんの上へと乗り込む。この分だと、ボス戦はもう終わったんだろうか。
「とりあえず、いそごっかー。ちょっと大変な事になってるみたいなんだよねー」
「ボスが何か想定外の行動でもしたか?」
「それが、無事討伐は出来たみたいなんだけどー、その後でこう、結構もめたというかー」
「……あぁ。そう言えば後方待機していた支援組がそこのに魅了を掛けられてたな」
「そうだったの!? やっぱり魅了系の何かを持ってたんだー」
そう言えば、ではないのだろうが、こればかりは個人ではどうしようもないからな。死人が出てない事を願うしかない。
「ちょ、ちょっ! まっ、待って、待ってよ! 勝手にどっか行くなんて許さな」
「ひーちゃん、頼んだ」
諦めが悪いのか、現実を受け入れられないのか、何か叫ぶ声が聞こえたが、それは無視。ひーちゃんに声を掛けると、即座に空へと飛びあがってくれた。
こうなれば空を飛ぶ手段を持っていたとしてもそう簡単には追いつかれない。そもそも、本当に空を飛んでいたのかも疑問だし。
「ところでくーちゃん、何があったの?」
「ん? ……あぁ」
魅了の解除ってポーションを頭からぶっかければいいんだろうか。とか考えていると、満華が控えめに聞いてきた。んー、まぁ、気にはなるか。
ただまぁ、何と言うか。思ったより呆気なかったな、というか。こんなもんか、というか。曖昧な、感覚的なものになるんだが……そうだな。
「一言で言うと……ただの他人だったっていうのを確認した」
「そっかー」
きっと、それだけの事だ。
7年もの間、狭められて広げることが出来なかった視野と世界では、気付けなかっただけで。
家族なんてものは、少なくとも私には、いなかったのだ。




