れんげセレモニー
大阪市浪速区下寺町の松屋町通り沿い、称名寺という寺院の向かいに大阪直送センターれんげセレモニー四天王寺ホールという小さな葬儀会館がオープンした。
葬儀だけでなく、遺体の安置も何体か出来る会館である。
日本橋でDVDを買った帰りにこの会館の前を通ると、いきなりここから出て来た人とぶつかりそうになった。
「わっ!」
慌てて腰を抜かしそうになると、
「ごめんなさい、びっくりさせちゃったわね」
声をかけてきた人影は女性だった。
「いえ、こちらこそよそ見してたんで」
よそ見して歩いていた自覚はなかったが、彼女の出現があまりに唐突だったので照れ隠しにそう答える。
「大阪の夜の空気はいいわね」
何故か彼女は深呼吸した。
「こちらのホールのスタッフの方ですか?」
尋ねると、
「スタッフというほどじゃないけど、まあ、関係者かな」
よくわからない答えだ。
「思い出すのよ。子供の頃遊んだ大阪の街の空気を。大人になってすっかり忘れてしまったけど、今夜、思い出したわ」
彼女はもう一度深呼吸すると、
「私は夏木ともか。あなた、テレビに出てる人ね」
「はあ、一応俳優をやってます」
「話のタネに、このホール見てみる?」
「いいんですか?」
「ええ、はいって」
扉を開けようとするが、鍵がかかっている。
「あ、そうか。鍵がかかってちゃ入れないか」
何故か彼女は笑い出し、
「じゃ、また今度」
と言うや、すーっと壁を抜けて会館の中へ入っていった。
横の看板に「夏木家葬儀会場」と書かれているのに気がつく。
葬儀の前夜、ふとこの世のなごりに外へ出てみたのだろうか。
ぼくも大阪の街の空気を深く吸ってみた。