彼岸花
H君へ
ぽつりぽつりと咲いている彼岸花の燃えるような赤が目に飛び込んでくる。
やがて彼岸花が真っ赤な洪水となって群生する畦道の中を泳ぐように歩いていく。
ついと目の前をクロアゲハが過り、赤の中の黒一点となった。
目をすがめて、行手の先を見ると、目指す一戸の古寺がぽつんと建っている。
立ち止まった足を一歩踏み出すとクロアゲハがぱっと飛び立ち、行先の道案内をするかのように、ヒラヒラと前を飛んでいく。
古びた寺の門をくぐると、六体地蔵が白い前掛けをつけて、静かに並んで立っている。
「真ん中の手を合わせているお地蔵さんを代表して拝むんや。」
そう教えてくれたのは、亡くなった祖母だったか。
六体地蔵に合掌し、一礼して、奥まった墓所に向かう。苔むした墓石の前に立つ。
「来ました。」
心の中でそっと告げると、汲んできた水を柄杓ですくって墓石にゆっくりとかけた。
濡れた墓石が西陽に照らされて黒く浮かび上がる。線香に火をつけ、墓前に供えて、あなたが好きだった缶コーヒーのプルタブを開けた。「プシュッ」思いの外大きい音が響く。
あの日、自室で括れたあなたの文机に残った飲みかけの缶コーヒー。
「ねぇ、どうして…。」
何度も問いかけた言葉がまた口をついて出かかって、頭を振る。
何度問うても詮無いこと。
もう、あなたは此処に居ないのだから。
「そうや。」
あなたの低い懐かしい声を耳元で聴いたような気がして思わず振り返る。
さぁっと一陣の風が吹き抜けて、真っ赤な彼岸花が一斉に波立つ。
先ほどのクロアゲハだろうか。一匹の黒い蝶がヒラヒラと迷子のように薄暮の空へと消えていった。
明け方につけたテレビで彼岸花が大写しになりました。奈良の飛鳥村だったかの風景を流しているようでした。明け方未だ暗い静寂の中でその風景を観ていたら、ふっと浮かんだ作品です。
突然死に別れた人を悼んで。
そして理解し難い突然の別離に嘆き悲しむ遺族の方々の気持ちが少しでも和らぎますことを願って。
合掌。
石田 幸




