村野と佐々木
俯きがちに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる村野さん。
村野さんにどういう声をかけるべきか少し考えてから、俺は席を立った。
「村野さん、何飲みますか?」
「……え?」
「とりあえず、飲み物でも飲んで落ち着きましょう」
「君は、怒っていないのかい?」
「怒ってますよ。でも、俺には怒る資格が無いかもしれないってだけです」
「そ、それって一体……」
「とりあえず、コーヒーでいいですか?」
「あ、うん」
村野さんの言葉を遮り、コーヒーを二人分取りに行く。
ガムシロップとミルクを二人分取って、コーヒーと供に席に戻る。
「どうぞ」
「ありがとう」
ガムシロップとミルクをコーヒーに入れて飲む。
ホッと一息ついてから村野さんに視線を向ける。村野さんもコーヒーを飲んで少し落ち着きを取り戻していた。
「村野さんは秋姉が好きなんですか?」
村野さんの様子を見て、お互い冷静に話せる状態にあると思った俺はそう問いかけた。
「うん」
まあ、そうだよな。
これは分かっていたことだ。
「なのに、断ったんですね」
「……うん。自信が無かったからね。情けない奴だと笑ってくれ」
「笑えないっすね」
「え……?」
村野さんが顔を上げる。
それを見た俺は自嘲気味に笑う。
「何となく、他人事に思えないんですよ。ちょっとだけ俺の話をしてもいいですか?」
「う、うん」
それから俺は村野さんに俺のこれまでの恋愛について語った。
数々の勘違いと空回りを面白おかしく語れば、村野さんは少しだけ笑ってくれた。
「――と、まあ、俺は中々の勘違い野郎なんですよ。そんな俺は最近一人の女の子に恋をしました。その子は学年一の美少女で、俺が高校一年時に三回告白してフラれた相手です」
「それって……」
村野さんは言いにくそうにしていたが、何となく言いたいことは分かる。
「普通に考えれば脈無しです。でも、意外なことにそいつと最近は一緒に過ごすことが多いんですよ。デートに行ったり、お弁当を作ってもらったり、一つ屋根の下で過ごしたり……こいつ、本当は俺のこと好きなんじゃないかって何度も思いました」
村野さんは黙って俺の話を聞いていた。
多分だけど、村野さんも秋姉と過ごしているときに同じようなことを考えて事があるのではないだろうか。
「でも、俺は何度もそんなわけがないって頭の中で否定していました。三回もフラれてるのに、今更そんな都合のいいことが起こるわけがない。こんな美少女が俺を好きになるはずがないってね」
「……うん」
やっぱり、村野さんには俺の気持ちが分かるらしい。
「でも、本当は怖がってるだけなんですよね。本気で好きで、今の時間が楽しいから、たった一回の告白で全部崩れ落ちるんじゃないかってビビってる。そんな俺に村野さんを責める資格なんてあるはずがありません」
「そうなんだ」
「はい」
そう。
村野さんの話を聞いていて、俺はようやく自分の本心に気付いた。
黒井が好きなくせに、勘違いを恐れて、黒井との関係が崩れることをビビって、自分と黒井の気持ちから逃げて来た。
本当にらしくない。
「秋姉が幼い頃に俺に言ってたんです。バカであるべきだって」
「バ、バカ……? そんなこと言ってたの?」
「はい。小学生の頃は俺も何言ってるんだろうって思いました。でも、多分秋姉が言いたかったことは、自分に嘘をつくなってことだったんです」
「自分に……嘘をつかない……」
「自分の気持ちに正直になるって難しいですよね。でも、秋姉は多分村野さんが自ら話してくれる時を待っていると思います」
村野さんは黙りこくった。
その様子を見て、俺は一度目を閉じてあることを決断する。
「来週の土曜に俺たちの高校で学園祭があります。秋姉も教育実習生として来ると思います」
村野さんの表情を見るが、その目にはまだ迷いが見える。
「そこに一人のバカがいます。見に来てください」
その言葉と俺が通っている高校の名前と学園祭の日にち、俺たち軽音部のライブが行われる時間を紙に書き記してテーブルの上に置いてから席を立った。
*******
電車に乗って家に帰ってきた俺は自分の部屋でベースを練習しながら時間を過ごしていた。
すると、夕方の五時ごろに下の階が騒がしくなる。
階段を降りてみれば、リビングには秋姉と黒井が帰ってきていた。
「おかえり」
「ただいまー。次郎ももう帰って来てたんだねー」
そう言う秋姉の表情は笑顔で、対照的に黒井は椅子に座って机の上に項垂れており、その表情からも疲れが見えていた。
「何かあったのか?」
「うん! 最高の時間だったよ! そうだ、次郎もこれ見てよ!」
そう言うと秋姉が俺にスマホの画面を見せてきた。
「あっ! ちょっ……!!」
テーブルに突っ伏していた黒井がもの凄い勢いで顔を上げ、止めようとするが、その時には既に俺の目の前に秋姉のスマホがあった。
秋姉のスマホの画面、そこには顔を真っ赤にしながらも手でハートを作ってポーズを決めるメイド服姿の黒井がいた。
「は!? え……? メ、メイド服!? なんで!?」
「私の友達にコスプレ喫茶で働いてる子がいてさー、そこに雪穂ちゃん連れてって色んなコスプレしてもらったんだよね」
「み、見るなぁあああ!!」
顔を覆い隠して悲鳴を上げる黒井。その様子を見て秋姉は意地の悪い笑みを浮かべながら次の写真を俺に見せてきた。
「ほら、次郎。これとかどう? すっごくセクシーじゃない?」
「これは……」
秋姉が見せてきたのは黒井のチャイナ服姿だった。胸元が開いているタイプで、胸元から言える胸の谷間とスリットから顔を覗かせる生足が艶やかで、写真越しではあるが変な気分になってくる。
「大分エッチな格好だ――」
「これ以上見るな!!」
「ぶへっ!!」
ジロジロ画面を見ていると、いつの間にかこっちに来ていた黒井にぶん殴られた。
それを見て秋姉はケラケラと笑っている。
ちくしょう……俺はただ見ていただけなのに……。
「他にも猫耳姿とか、巫女服とか、ミニスカポリスとか色々あるよー。次郎、見たい?」
「当たり前だ!!」
「ほ、誇らしげにそんなこと言うな!」
黒井はそう言うが、見たいものは見たい。所詮俺は愚かな一匹の獣。欲望には抗えないのだ。
「分かった。それじゃ、後で次郎のスマホに纏めて送っとくね」
「ありがとう、秋姉」
「し、篠原さん!?」
「いいよいいよー。可愛いは共有財産だからねー。じゃあ、私お風呂沸かすね」
「了解。俺は夕ご飯の準備するわ」
慌てふためく黒井を横に秋姉は浴室へ、俺はキッチンへ向かう。
そんな俺たちに黒井は未練がましく「篠原さん! お願いですからやめてください!」とか「お前もいりませんって言えよ!」とか言ってくる。
「黒井、いつまでも子供みたいな我儘を言うのはやめろ。それより夕ご飯にするぞ。こっちは早くお前の飯が食いたいんだ」
「は!? な、なにいって……」
「なにって、飯が食いたいって言っただけだろ」
「そ、そうじゃなくて……! あー、もうバカ!!」
黒井は顔を赤くして頭を抱えながらも、渋々といった様子でキッチンに来て夕ご飯作りを始めた。
ありがとうございました!




