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村野と篠原

 村野さんの提案で、ファミレスへとやって来た俺たち。

 俺の前に村野さん、村野さんの隣に拓郎、俺の隣に九朗という順で四人席につく。


「えっと、じゃあ俺はチーズインハンバーグにするべ」

「拙者はドリアにしますぞ」


 席に着くや否や、拓郎と九朗がメニュー表を開いて注文する料理を探し始める。


「お、おい。ここには話をしに来たんだぞ」

「ははは。気にしなくていいよ。それに、丁度昼時だしとりあえず昼ご飯を食べようか。折角だし、ここは僕が奢るよ。これでもアルバイトしてるしね」

「いや、でも話を聞かせてもらう立場なのに、申し訳ないっすよ」

「いいよ。君にはこの間、篠原さんの件でお願いを聞いてもらったしね」

「やったべ! なら、俺はドリンクバーとスープバーも付けさせてもらうべ!」

「なら、拙者はこちらの期間限定秋の味覚パフェを追加させていただきますぞ!」


 遠慮のない拓郎と九朗。その姿を見て、村野さんは笑みを漏らしていた。

 初対面の高校生相手にここまでの態度が取れる人はそういないだろう。村野さんが穏やかで懐の深い人だということがよく分かる。


「君も頼みなよ。佐々木君、だったよね?」

「はい、すいません。なら、明太子スパゲッティをお願いします」

「分かった」


 俺の言葉に返事をしてから村野さんはブザーを鳴らし、店員を呼ぶ。そして、四人分のドリンクバーとそれぞれの料理を注文した。



 その後は、主に大学生活についての話になった。

 俺たち三人は高校二年生。来年は受験生だ。大学選びの参考にもなるし、聞いておいて損はないだろう。

 大学の授業や一人暮らし、アルバイトなどの話をしながら、運ばれてきた料理を食べ進める。やがて、話はサークルや部活動に関するものに変わっていった。


「サークルか……。うん、そうだね。所属しておくと色々と出会いもあるし、いいと思うよ。でも、最初は勇気がいるけどね」

「ちなみに、村野先輩の大学にバンドとかをやるサークルはあるべ?」

「うん。一応、僕もそこに入ってるしね」

「なんですと! が、楽器は何ですか?」

「えっと、キーボードをやってるんだ。幼いころからピアノをやっててさ、高校までは部活とかもやってなかったんだけど、ずっとそういうのに憧れてて、大学で思い切って軽音部に入ったんだ」

「凄いべ! 俺たちも三人で軽音部してるから、よかったら、今度一緒に演奏したいべ!」

「そうなんだ。そうだね、機会があればそれも楽しそうだね」 


 気付けば、すっかり村野さんと俺たちは会話を楽しんでいた。村野さんのおおらかな雰囲気が話しやすい空気を作っているのだろう。


「あ、そういえば秋姉も軽音楽系の部活に入ってるって言ってたな。もしかして、村野さんと同じところですか?」


 俺がそう問いかけた瞬間、村野さんの表情が苦々しいものに変わる。

 雰囲気の変化を察知したのか、拓郎と九朗も押し黙る。さっきまでの賑やかな空気が一変して、静寂が四人の間に広がる。

 その静寂を破ったのは、村野さんが空になった皿の上にスプーンを置く音だった。


「そうだね。うん。昼ご飯も済ませたし、そろそろ佐々木君が聞きたいと思ってる僕と篠原さんの関係について話そうか」


 そして、村野さんはポツリポツリと秋姉と過ごした時間について語り始めた。



******



 僕と篠原さんが出会ったのは大学に入学した四月。

 大学内にある部活やサークルが新入生を積極的に勧誘する時期だ。

 今では多少改善されたけど、当時の僕は根暗で人と関わることがそこまで得意とは言えなかった。

 それでも、大学では好きなピアノやキーボードを楽しみながら友達を増やしたいと思って、軽音部の部室の前に向かったんだ。

 軽音部の部室の前に来て、扉に手を掛けるところまでいったけど、僕はあと一歩を踏み出す勇気が無かった。先輩が怖い人だったらどうしようとか、こんな根暗が来てがっかりされたらどうしようとか不安になってきて、また別の日にしようと思って引き返そうと思った。

 そんな時だった。


「あれ? その紙袋持ってるってことは新入生だよね。もしかして、君も軽音部に入るの!?」


 肩まで伸びた少し明るめの茶髪に、明るい声。何よりも、見る人まで元気になるような弾ける笑顔。

 そこで、出会ったのが篠原さんだった。


 当時、女の子に慣れてなかった僕は緊張してしまっていて、小さな声で「は、はい……」と返すことで精いっぱいだった。


「本当? やったー! 私以外にも新入生いてくれたら嬉しいなって思ってたんだ! ほら、折角だし一緒に入ろうよ!」

「あ、え……」

「お邪魔しまーす!」


 彼女は嬉しそうに笑いながら、僕の手を取り部室の扉を開けた。

 この時彼女に出会わなければ、きっと僕は軽音部に入る勇気が出ず、高校時代の頃と何も変わらない生活を送っていたと思う。


 そこからは目まぐるしい日々の連続だった。

 軽音部の人数が彼女と僕合わせても五人しかいなくて、新入生なのに何故か新入生の勧誘を彼女と二人でしたり、増えた部員と供に合宿に行ったり、学園祭で軽音楽系のサークルの人と対決することになったり……。

 どれもこれも忘れられないくらい衝撃的で、その全ての中心にいつも篠原さんはいた。

 どんな時も明るくて、バカみたいに自分に正直な篠原さんを皆が目で追いかけていた。

 高校まで日陰者だった僕とは正反対のような存在の彼女だったけど、何故か彼女はいつも僕を傍に置いてくれていた。どんな時でも、「村野、行くよー!」って言って、僕の腕を引っ張ってくれた。

 そんな篠原さんに僕はきっと恋をしていた。


 そして、大学三年になって転機が訪れた。


「やっほー! 私、今日から隣の部屋に引っ越してきたからよろしくね!」

「え、えええ!?」


 大学三年になり一人暮らしを始めた彼女が選んだ物件は僕と同じもので、部屋は僕の直ぐ隣の部屋だった。

 それから、僕と篠原さんは、大学内だけでなくプライベートでも一緒に過ごすことが多くなった。

 料理が苦手な篠原さんが僕の家にご飯を食べに来たり、篠原さんの買い物に荷物持ちとして付き合ったり、二人で一日中ゲームをしたりした。

 いつしか篠原さんも僕のことを冬樹と、名前で呼ぶようになっていた。僕は恥ずかしくて秋と、彼女の名前を呼ぶことは出来なかったけど、幸せな時間だった。



*******



 そこで村野さんは一度口を閉じた。

 丁度、俺が三杯目のブラックコーヒーを飲み終えた時だった。


「き、消えていくべ……俺の、俺の女神が……毎日俺に微笑みかけてくれる篠原先生が俺の脳内から消えていくべええええ!!」

「ぐふっ……これが、噂に聞くNTR……! 拙者の負けですぞ……」

「派手島君と尾田君、大丈夫かい!?」

「「黙れえええ!! このくそリア充めえええ!!」」

「ええ……」


 拓郎と九朗の二人は目から涙をこぼしながら、村野さんを鬼のような形相で睨みつけていた。

 秋姉に恋をしている二人からすれば、それほど村野さんの話は劇薬だったのだろう。

 正直、俺が聞いていてもかなりきつかった。

 何度、「早く付き合えよ」と思ったことか。


 だが、それならば猶更不可解である。何故、今秋姉と村野さんは仲違いしてしまったのだろうか。


「リア充か……。うん、確かにあの頃はそうだったね。でも、もう違うんだ。ここからは佐々木君が気になっているであろう話をするよ」


 そして、村野さんは遂に本題を切り出した。



*******



 それはある夜のことだった。

 軽音部で毎年行っている夏の旅行から帰ってきた後、篠原さんが「一緒に飲まない?」と誘ってきた。

 断る理由なんて無かった。


 帰り道に買った缶のお酒を二人で飲んで、ある程度互いに酔いが回ってきたころだった。


「ねえ、冬樹さ。告白されてたよね」


 篠原さんの言葉に心臓が跳ねた。

 彼女の言う通り、旅行中僕は軽音部の一学年下の後輩に告白されていた。勿論、断ったけど。


「知ってたんだ」

「どうして断ったの?」

「いや、それは……」


 ここで、篠原さんが好きだから、と言えたらどれだけ良かっただろう。でも、僕に告白する勇気はなかった。


「……彼女と僕は釣り合わないよ。凄く綺麗な子だったし、きっと僕よりもいい人がいる」

「……ふーん。じゃあ、もし私だったら?」

「え?」

「もし、私が告白したらどうするの?」


 篠原さんの真剣な表情に言葉が詰まる。だけど、僕はそんなわけがないと思ってしまった。


「はは。そんならしくもない冗談を言うなんて、篠原さん酔いすぎだよ。水でも飲んで落ち着きな――っ」


 水を取りに行こうとした時、突然篠原さんが僕に覆いかぶさって来た。

 あっさりと僕は倒れてしまい、篠原さんは僕に跨って、僕の目を真っすぐ見つめて来た。


「ねえ、冬樹の気持ちを教えて?」


 心臓の鼓動が早まる。

 篠原さんは冗談のつもりじゃない、本気だ。そんなことはどう見たって明らかだった。


「篠原さん、こういうのは好きな人にやらなきゃダメだよ……。僕なんかじゃなくて、もっとかっこよくて素敵で篠原さんが好きになった人にするべきだよ……」


 それなのに、僕は逃げた。

 次の瞬間、僕の頬に痛みが走った。


「こんなこと……! 好きな人以外にしないよ!」


 僕をビンタした篠原さんは目から涙をこぼして、そう叫んだ。そして、何も言わずに視線を逸らす僕を見て、静かに立ち上がって玄関に歩いて行った。


「ずっと、そうじゃん……。いつもいつも、冬樹は自分の気持ちを隠してる。私も、冬樹に告白してたあの子も、ただ冬樹の気持ちが知りたいだけなのに、逃げるなんてずるいよ」


 それだけ残して彼女は部屋を出て行った。

 それから、彼女が僕の部屋に来ることは無かった。暫くして、彼女が教育実習で一か月は戻ってこないことを知った。



*******



「――これが、僕と篠原さんの間に起きたことだよ」


 村野さんの話が終わると同時に、派手島が立ち上がり、拳を振り上げた。


「お前、篠原先生がどんな思いで……っ!!」

「やめろ!」


 拓郎を止めたのは、意外にも九朗だった。


「やめろ、拓郎殿」

「っ! なんでだべ! こいつは、こいつは篠原先生の思いを無碍にしたべ!」

「それでも、ダメですぞ。拙者らにこの方を殴る資格はありませんぞ。この方を殴っていいのは、篠原先生だけですぞ」


 九朗はこれ以上ないほど強く拳を握りしめながら、そう言った。

 その様子を見て、拓郎も渋々引き下がった。


「村野さんは秋姉に恋をしていたんですよね? なら、どうして逃げたんですか?」


 努めて冷静に、俺はそう問いかけた。

 秋姉の気持ちを蔑ろにした村野さんへの怒りは勿論ある。でも、ここで村野さんへの怒りをぶちまけてもどうにもならない。


「……怖かったんだ。篠原さんの気持ちを知ることが怖かった。皆からも愛されて、僕なんかよりもずっと凄い篠原さんと付き合うことが怖かった。付き合ってから、篠原さんに失望されるのが怖かった」

「なんだべ、それ。自分が傷つきたくないから、篠原先生を傷つけたことだべか!?」


 村野さんは何も答えない。ただ沈黙を貫くばかりだ。


「ふざけるな! 男なら、惚れた女を幸せにしてみせるくらい、言うべ!!」

「知らないよ!」


 村野さんが初めて声を荒げた。その声に思わず拓郎も怯む。


「僕はずっとバカにされてきた。小学生の頃も、中学生の頃も高校生の頃も陰でコソコソ悪口を言われてきた。無いんだよ。僕に、自信なんてものは欠片もない! 誰もが君の様に自信があるわけじゃない。男だからなんて関係ない! 好きだから、本当に好きだから怖いんだ。僕と付き合って彼女が不幸になってしまうんじゃないかって、思うんじゃないか……」


 村野さんの言葉に、拓郎の威勢は完全に削がれてしまっていた。


「……それでも、篠原先生は村野先輩が好きだったと思うべ」


 拓郎はそれだけ言い残すと、席を立ち出口に向けて歩き始めた。

 流石に拓郎を一人にするわけには行かないと思い、追いかけようとした時、九朗が俺を止めた。


「拙者が追いかけますぞ。拓郎殿は拙者と同じ篠原先生を愛していたもの。愛故に村野殿に思うところがあったと思いますぞ。次郎殿は、次郎殿がやるべきことをやるべきですぞ」


 九朗の言葉にハッとする。

 そうだ。俺は目的があってここに来た。その目的は拓郎を慰めることではない。


「分かった。ありがとう」

「なあに。友人と好きな人のために拙者が行動したくて行動するだけですぞ」


 九朗はそう言うと、拓郎を追いかけてファミレスから出て行った。

 そして俺は、肩を落としている村野さんに向き直った。

ありがとうございました!

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[一言] 自信ないんはしゃあなしやな 更新お疲れ様です!
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