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今日の夕飯どうしよう

ブックマーク、評価、感想等してくださり本当にありがとうございます!

 秋姉が教育実習生だったという衝撃の事実があったものの、普段の学校生活に変化はなかった。

 強いて言えば、休み時間中にクラスあちこちから秋姉の話題が出たくらいだ。

 そして、昼休みになると同時に黒井が弁当箱を片手に俺の下にやって来た。


「中庭」


 黒井は短くそう告げると、踵を返して教室を出て行った。ポカンとしていた俺だったが、慌てて財布を鞄から取り出して教室を後にした。

 購買でパンとカフェオレ、それとコーラを買ってから急いで中庭に向かう。中庭の木陰にあるベンチには既に黒井が腰かけていた。


「悪い、遅くなった」


 ベンチに駆け寄って黒井にコーラを差し出す。


「いいのか?」

「おう」

「じゃあ、ありがたく貰っとく」


 黒井がコーラを受け取ったことを確認してから、黒井の横に人一人分くらいのスペースを空けてベンチに腰掛ける。

 そして、購買で勝ったパンの袋を開ける。


「今日、弁当じゃないのか?」


 俺のパンを見て黒井が不思議そうに問いかける。


「昨日からうちの親が暫く旅行に行くらしくってさ、昼飯は自分で準備しないといけないんだよ」

「それって、あの篠原さんと同じ屋根の下で二人きりってことか?」

「まあ、そうだな」

「……やばいな。面倒なことが起きる前に対応策を練らねえと……」


 突然、黒井は険しい顔つきで何かを小声でぶつくさ呟きながら考え込み始めた。

 そんな黒井を横目にパンにかじりつく。

 たまには購買のパンだけというのも悪くない。だが、やっぱり毎日だと飽きてしまいそうだ。

 ぶっちゃけ朝もパンだったし、夜は米が食べたい。でも、秋姉に料理を任せるわけにはいかないし、そもそも冷蔵庫にどんな食材があるかも俺は把握していない。

 献立決めに食材の購入、実際に調理といざご飯を作ろうと思うと面倒なことがたくさんある。

 こんなことなら家庭科の授業をもっと真面目に受けておくべきだった。


 そんなことを考えながら視線を斜め下に落とす。そこには鳥肉のささみにチーズがのせられたものやきんぴらごぼう、ほうれん草のおひたしなどのおかずが詰められた黒井の弁当箱があった。


「その弁当って黒井が作ったのか?」

「え? まあ、そうだな。一人暮らしだし」

「もしかして、夕ご飯とか朝ごはんも自分で用意してるのか?」

「ああ。さすがに朝はトーストとかで簡単に済ませることも多いけどな。おかずを作り置きしとくとある程度出来るぞ」


 黒井はこともなげにそう言った。

 とてもではないが同い年とは思えない発言だ。


 成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗、そして家庭的。

 勿論、黒井本人の努力の結果でもあるのだろうが羨ましいと思わずにはいられない。

 まあ、羨んだところで仕方ない。折角だし、その力の一端を分けてもらおう。


「俺の家さ、さっき言った通り両親が暫くいないんだよな。おまけに、俺も秋姉も料理あんまりしたことないんだよな。だから、初心者でも簡単にできるおすすめ料理とかない?」

「簡単に出来る料理? だったら、やっぱり……」


 そこで黒井は口を一度閉じて、手を口元に持っていきまたもや何かを考え始めた。


 簡単に出来る料理とはそんなに考え込むほど候補が多いのだろうか?

 それとも俺でも出来る料理が考え込まなくてはならないほど少ないのだろうか?


 暫く、「いや、でも……」と何やら葛藤していた黒井だったが、漸く答えが見つかったのか顔を上げる。


「な、なら、私が作ってやろうか?」


 そして、若干声を上ずらせながらそう言った。


 ……作る? 黒井が?


「え……? それは、俺の夕食をってことか?」

「お、おう」

「黒井の家でってことか?」

「いや、違う。私がお前の家に行って料理を作る」

「まじで?」


 俺の言葉に黒井は静かに頷く。

 その様子を見てから俺は空を見上げて深呼吸を一つした。


 一旦、落ち着こう。

 黒井は俺の家にきて夕飯を作ると申し出た。

 ……え? なんで? まじで意味が分からない。

 勿論、俺としては黒井の提案はこの上なくありがたい。だが、その提案は黒井のメリットが一切ない。

 なに? 黒井は俺のことが好きなの? それならギリギリ納得できるけど……。


「ありがたい申し出だけど、黒井にメリットないんじゃないか? 流石に無償でそれをお願いは出来ねーよ」

「いや、私にもメリットはある」


 黒井はそう言うと、意味ありげに俺の目を覗き込んでくる。

 その仕草に何故か緊張してしまい、生唾をごくりと飲みこむ。


「そ、そのメリットっていうのは……?」

「本当に分からないのか?」


 黒井が期待に満ちた目で俺を見つめているような気がした。

 まさか……! まさか、そうなのか!?

 そんなことがあっていいのか!? いやいや、落ち着け。俺は既に黒井に三回フラれた男。

 仏の顔も三度までと言うし、四回目の失敗は許されない。

 いや、でも流石にこれはそうだろ?

 だって、好きでもない男の家にわざわざ夕飯作りに行くか? 行かないだろ!


 黒井は少し恥ずかし気に俺を見つめている。膝の上に乗せた両こぶしを強く握りしめる。

 思えばこれまで黒井は何度も俺を勘違いさせてきていた。だが、それこそが俺の勘違いだとしたら?

 実は、黒井が本当に俺のことを好きだとしたら、攻める時は今!!


「く、黒井――」


 ――好きだ。

 そう言おうとする直前、まるで俺に引き返せと言うかのように脳裏をとある黒井の一言がよぎる。


『お前、今日から私の下僕な』


 下僕。しもべ、召使、下働きの男。そんな感じの意味。

 下僕に恋をするなら分かる。

 だが、果たして、好きな人を下僕扱いするような人が現実にいるのだろうか。


 それに気づいた瞬間、言いかけた言葉を喉の奥に押し込む。


「私がなんだよ?」


 突然黙った俺を不審に思ったのか、黒井が続きを促す。その表情には、期待と不安が混ざっているように感じた。


「やっぱりメリットがなにか分からないから教えてくれないか?」


 迷った末に俺が選んだことは情報を集めることだった。

 好きな人に告白してフラれるというのは想像以上に精神的ダメージが大きい。

 ただでさえ黒井には三回もフラれているのだから、慎重にことを進めるべきだ。とまあ、それっぽい理由を並べたが実際は勘違いだった時が怖いだけである。


 俺の言葉を聞いた黒井は軽くため息をついて俺にジト目を向けてきた。


「ちっ」


 そして、小さく舌打ちをした。


 そこにはどういう思いが込められていますか? とは聞けなかった。


「一人で食う飯より、誰かと食う飯の方が美味いだろ。久々に誰かと夕飯食べるのもいいなって思っただけだよ」


 どうやら黒井にもちゃんとメリットがあっての提案だったらしい。

 黒井が俺のことが好きじゃなかったことは残念だが、それ以上に告白して玉砕するという未来を回避できたことを喜ぼう。


「それで、結局どうなんだよ? 私の提案を受け入れてくれるのか?」

「そうだな。俺としては勿論お願いしたいけど、秋姉の意見も一応聞かないとな」


 黒井にそう告げてから、スマホを取り出す。

 そして、秋姉に黒井の提案をそのままメッセージにして送る。秋姉も休憩時間だったのか、返信は割と直ぐに来た。


「秋姉も黒井がいいなら是非にって言ってるみたいだし、お願いしてもいいか?」

「おう。なら、今日の放課後は買い物だな。付き合えよ」

「おう。俺たちのご飯を作ってもらうわけだしな。材料費は払うし、荷物持ちでも何でも付き合うぜ!」


 下僕だしな。


 黒井は俺の反応を見ると、フッとした笑みを浮かべてお弁当を食べ始めた。

 その横で俺もカフェオレを飲む。


 黒井が俺からは見えない位置で小さくガッツポーズしていることに、俺は気付かなかった。


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[一言] お疲れ様です! よぎっちゃったかー、、
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