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黒猫と美少女の共闘

 矛盾は、つじつまが合わないことを意味する故事成語だ。その由来は、「どんなものでも貫ける矛」と、「どんなものでも貫けない盾」という遠い異国の地における話だ。この話は、まさに今の状況と酷似している。

 ヘルシカはうまく鎧男の目を盗み、崩れた民家の瓦礫に身を隠す。もともと、視界の狭い兜を被っているため簡単に見失いやすいのだろう。鎧男は、「どこに隠れやがったぁー?」と苛立ちの声をあげながら、周辺を歩き回る。

「なあ、どうせならこのまま隠れてやり過ごせないか?」

「それは無理。彼らは至宝から発せられる特殊なエネルギー波を観測する探知機を持ってるから、隠れてても見つかっちゃう」

「探知機……」

 道理で猫の姿で隠れているにも関わらず簡単に見つかると思った。

「じゃあ、このまま隠れててもまずいか?」

「でも、しばらくは大丈夫。事前に、ECM(電子対抗手段)を用意したから」

「最先端技術じゃん」

 こいつ本当に何者なんだよ。それはともかく――。

「それならいっそこの隙に逃げるとか? あいつ足が遅いみたいだし」

「それも無理。探知機がある限り、至宝と融合してる猫くんは地の果てまで追いかけ回されるだろうし……それに、私には大事な使命があるから」

「使命?」

「うん。私は世界中に散らばった百八の至宝を回収しないといけないの」

「それはどうして?」

「話せば長くなるから、お互いに生きていたら話してあげる。とにかく、至宝を二つも目の前にして逃げることはできないよ」

「だけど、正直どうにもできないだろ?」

「そうでもないよ。猫くんがいいところに気づいてくれたから」

「いいとところって、矛盾の話か? 俺、単純に【アイギスの鎧】とやらと、【アステラの直剣】のどっちが強いのかなーって疑問に思って言っただけなんだけど……これがなんか役に立つのか?」

「もちろん。今から説明するね」

 そう言って、ヘルシカは物陰から鎧男のようすを見る。まだこちらには気づいていないようだ。

「その矛と盾がどうなったのかは知らないけど、至宝の場合には明確な優劣が存在するの」

「明確な優劣?」

「うん。至宝にはグレードがあるって……例えば、【アイギスの鎧】と【アステラの直剣】だと【アステラの直剣】の方がグレードは高い。この場合、優先される能力は【アステラの直剣】の方なんだ」

「【アステラの直剣】の能力って、要はどんなものでも斬ることができる的な?」

「そうそう。だから、仮に【アイギスの鎧】を【アステラの直剣】で切りつけた場合」

「綺麗にスパンッとやれるのか?」

「そういうこと」

「なるほど……つまり、俺たちの活路はあの剣をどうにかして奪わない限りは見いだせないわけか」

「ただ、正直な話……私ひとりじゃ厳しいところがあるんだよね」

「うーん、まあそうだろうけど。でも、俺は戦力外だよな? 猫だし。せめて俺が猫じゃなければ少しでも力になれたかもしれないけど……いや、ただの一般人に協力できることでもないか」

「そんなことはないよ」

「え?」

「猫くんを人に戻す方法は、実はあるんだ」

「そうなのか!?」

「しっ……声が大きい」

「わ、悪い……あーでも人に戻ったところで俺、なんの役にも立たないと思うんだけど……」

「大丈夫。人に戻ると言っても、それは姿形だけ。もう君の体は、完全に至宝と融合しているの。すでに普通の人間には戻れないよ」

 なんだかとんでもない話を聞かされた。

「だけど、姿形だけってどういうことだよ?」

「それは聞くより実際にやった方が早いから……ほら、こっちに来て」

 言われてヘルシカに近寄ると、彼女は俺を抱え上げていっきに自分の顔に俺を近づける。

「ちょ……か、顔が近くないか?」

「いい? 今から君を人に戻す。そしたら、おそらく気づかれる。だから、人に戻ったらすぐに飛び退いて体勢を立て直す。いい?」

「それは分かったけど、今から俺に何を――」

 するつもりなのかと言いかけたその口を――ヘルシカの柔らかい唇が塞いだ。そのまま驚く間もなく俺の体は眩い光に包まれて――ぽんっと間の抜けた音が鳴ると同時に、毛むくじゃらの黒猫だったはずの体が人間のものになっていた。

「えっ!? ちょ……おまっ……! なにすんだよ急に!? しかも、人間に戻ってるし!? どうなってんだよ!?」

「驚くのは後! すぐに飛び退いて!」

 ヘルシカが叫んだ直後、「そこかぁ!」と鎧男の怒号が轟く。反射的にその場から飛び退くと、俺とヘルシカの間を割くようにして、【アステラの直剣】の斬撃が駆ける。わずかにでも反応が遅れていれば、俺の体は真っ二つになっていただろう。そう思うと背中に冷や汗が滲むが、それよりも驚いたのは俺の体だ。

 たしかに、黒猫からもとの人に戻れたことも驚きだが、ヘルシカに言われた飛び退いた瞬間――まるで自分の体ではないかのような軽さで、十メートルほどの距離を移動していた。

「まさか……これって……」

 猫の身体能力がそのままになっているのか?

 ヘルシカは姿形だけが人に戻ると言っていた。それは、つまりこういことだったのだろうか。

「シリアスな表情で考え込んでいるところ悪いけど猫くん。ひとまず、私の上着でその股のものを隠してもらえる?」

「え?」

 ヘルシカの指摘に視線を下に向けると、なんと俺は真っ裸だった。

「きゃ、きゃああ! なんか股がすーすーすると思ったら!」

 俺は急いでヘルシカから渡された上着を腰に巻く。

「きゃあって、女の子じゃないんだから」

「うるせぇ! つーか、なんだよさっきの!」

「さっきのってキスのこと?」

「そうだよ!」

「あれが君を人に戻す唯一の方法なんだから仕方ないでしょ?」

「それならそうと言えよ! 俺、初めてだったんだぞ!?」

「へえ、そうなの?」

「そうだよ! ファーストキスが猫の姿なんてあんまりだ!」

「あ、ちなみに私もさっきのがファーストキスだったんだけど?」

「え」

 ヘルシカもさっきのファーストキスだったのか。

「おいおい、いい加減にしろよなぁ! ちょこまか逃げ隠れするだけじゃ飽き足らず、俺の前でイチャコライチャコラ!」

「イチャコラはしてない!」

 俺は鎧男に反論したが、聞く耳持たずでそのまま雄叫びをあげて【アステラの直剣】を横薙ぎに振るう。それを咄嗟に屈んで回避する。

「危ねぇな……! おい、ヘルシカ! 俺を人の姿に戻したのはいいけど、こっからどうするんだ!」

「私と君で力を合わせて【アステラの直剣】を奪う!」

 再び横薙ぎの一閃。いよいよ鎧男も焦れてきたみたいで、苛立ち気味に剣を振り回している。適当に振り回しているだけなので、猫の身体能力を有している今の俺なら避けるのも容易いが長くは持たないだろう。

「具体的な策はないんですかねぇ!?」

「私と猫くんで突っ込んで、相手の足を一緒に持ち上げて転ばす!」

「そんなことできるのかぁ!?」

「できる! タイミングは私に合わせて!」

 無茶なことを言う!

 だが、あながち不可能でもないのだろう。鎧男の足を持ち上げるには、まず懐に潜り込む必要があるが――これはそう難しいことでもないだろう。鎧男の視野は兜のせいで極めて狭くなっているはずだ。至近距離から斜め下に向かって移動すれば、鎧男からすれば消えたように見えるだろう。問題は持ち上げられる重量なのかという点だが――二人いればいけるはず。

 俺はヘルシカを信じて、突っ込むタイミングを待った。しばらく鎧男の攻撃を躱し続けた後、ヘルシカが俺に合図を送ってきた。

 今だとばかりに俺とヘルシカは同時に鎧男の懐に潜り込むと――。

「「うおおおおお!」」

 同時に鎧男の足を持ち上げて見事転ばせてやった。

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