美少女はだいたい正義の味方
■美少女はだいたい正義の味方
フェルゼン王国の首都である王都は、中央に白亜の壁に囲まれた巨大な城を置き、そこから東西南北にメインストリートが伸びている。それに沿う形で商店が並び、離れていくにつれて民家が建ち並ぶ市街地に入る。市街地は入り組んだ路地が続き、まるで迷路のような構造を成している。そのため、あまり市街地に立ち入らない余所者の類が、ひとたび市街地へ足を踏み入れようものならなかなか出ることはできない。
俺はそんな入り組んだ市街地の路地をひたすら走り回っていた。
「いたぞ! あそこだ!」
と、声が聞こえた瞬間――銃声が轟き、俺の鼻先を銃弾が通り過ぎていった。
「っぶな……!」
「ちっ、外したか」
声のした方向へ振り向くと、先ほど俺に銃口を向けてきた黒服の男が立っていた。
市街地で躊躇なく発砲するあたり、かなり撃ち慣れているらしい。こいつら絶対やばい系の人だ。あのまま付いていっていたら、どんな目に遭っていたか分かったもんじゃない。やはり、逃げたのは正解だった。
しかし、黒服の男たちはここら一帯を知り尽くしているようで、猫の脚力を以ってしても先回りされ、待ち伏せされる。挙句の果てに、どういう手段を用いているのか、隠れても簡単に見つかってしまう。もしかしたら、こいつらは猫探しのプロなのかもしれない。
それからも息を整える暇もなく、ひたすら路地を走り回る。さすがに、足の速さでは勝っているようだが地の利を活かされてしまうと、いくら運動能力が高くともどうしようもない。
「逃すか!」
「いっ!?」
突然、曲がり角から黒服が出てきて、俺を見つけるや否や発砲。寸前で急停止したのちに、横の路地に逃げ込んだため、スレスレで銃弾を避けることができた。しかしここで、ついに俺は逃げ場を失った。
「なっ……袋小路かよ!」
しまった! 誘導された!
そして、今更気付いても遅い。黒服の男二人は俺の退路を塞ぐように立ち、短銃を構える。
「ようやく追い詰めたぞ。大人しく付いてくれば、痛い思いをせずに済んだものを」
「お、お前らは何者なんだ!」
「説明の義務はないと言ったはずだ。黙って撃たれろ」
「!?」
銃声。身を屈めたことで、なんとか銃弾を躱す。
「おいおいおい! いたいけな猫をいじめて楽しいか!? これは立派な虐待だ! 動物愛護団体に訴えてやる!」
「……」
男たちは無言で引き金を引いた。
「ぎゃああ!」
俺は再び銃弾を躱す。そういえば、猫は終発力が高いとかなんとか聞いたことがある。それに、もし今の俺が猫でなければ、とてもじゃないが銃弾を躱すなんて芸当はできないだろう。単純に猫がゆえに的が小さく当てにくいということもあるだろうが。今、猫の体に感謝しなくては。
いや、そもそも猫にならなければ襲われてないんじゃね? 喋る猫がどうのこうの言ってたし、俺が襲われてる理由って間違いなく俺が猫になったことと関係あるくね?
「……」
前言撤回。猫とか滅びた方がいいと思う。
「おい、これ以上長引くと警官が来るぞ」
「面倒だな……おい、いい加減に大人しくしろ。もうすぐで定時なんだ」
「定時退社できるなんて意外とホワイトな職場に勤務してるんですね」
「だから、大人しく撃ち殺されろ」
「それとこれとは別だろ」
銃声。さらに銃声。俺は銃弾を躱しに躱し続ける。だが、猫は瞬発力が高いがゆえにスタミナがあまり多くない。ただでさえ、銃弾を避けるのに神経をすり減らしているのに、立て続けに続けられると、スタミナが切れるのも必然である。
「ぜえぜえ……」
「そろそろおしまいだ。死ね」
「……!」
ダメだ。もう避けられない――そう思った矢先、
「そこまでよ!」
黒服たちの背後から声がした。
「む? 何者だ!」
声がした方向に黒服が振り向くと、そこには一人の金髪の少女がいた。
歳は同じくらいか。美しい金髪肩口まで伸ばしており、真紅に輝く瞳が黒服たちを射抜く。黒を基調としたゴシック調のドレスに身を包んだ――美少女。
「なっ……貴様はヘルシカ!」
黒服にヘルシカと呼ばれた少女は、燃える瞳で俺を一瞥する。
「……君たち、猫一匹に大人げない。これは立派な虐待だよ?」
なんか俺と同じことを言っている。
「戯言を!」
と、黒服が少女に向かって銃口を向ける。が、次の瞬間には少女が放った蹴りが黒服の側頭部を撃ち抜いていた。
「あいたっ!?」
「なっ……ジョージ! 貴様よくもジョージを!」
「ふっ!」
「あいたっ!?」
少女は仲間をやられて憤慨していた黒服を、無慈悲にも蹴り飛ばしてノックダウン。たった一人の少女によって、大の男二人が地面に伸びていた。
「ふう……ねえ、君の名前は?」
「え?」
「名前だよ名前。あるでしょ?」
「あ、ああ……ユーリ」
「じゃあ、ユーリ。ちょっと付いてきてもらってもいいかな。落ち着いた場所で話がしたいから」
「ここじゃダメなのか?」
「ダメ。ほら、聞こえるでしょ? サイレンの音。もうすぐでパトカーが来るよ」
「……」
「ん? ほら、来ないの?」
「……」
猫の姿の俺が喋っていることに驚いてないあたり、俺が猫になってしまったことや、この黒服が何者なのかというその辺の事情を諸々知っているのだろう。
だが――。
「ああ、なるほど……警戒しているんだね」
「助けてくれた……のかもしれないが、百パーセント善意で助けてくれたかどうかは怪しいしな。それに、知らない人に付いていっちゃ行けないって、ガキの頃から叩き込まれてるからな」
「いい親御さんだね?」
「借金で蒸発して家族を捨てた父親と、息子を売り飛ばした母親がいい親御さんっつーならそうかもな」
「じゃあ、悪い親御さんだね?」
「……」
変な女だと思った。
「まあ、いいから付いてきて。大丈夫、悪いようにはしないから。だいたい、正義の味方である私が悪い人に見える?」
「お前が正義の味方である客観的根拠がなくないか?」
「あるでしょ?」
「どこに?」
「ほら、私美少女でしょ? 美少女はだいたい正義の味方って相場が決まってるんだから」
「ごめん、それどこの世界の話?」
とはいえ、殺されかけたところを助けられたのも事実。怪しいことこの上ないが――。
「……まあ、銃持ってるやつらよりは信用できるか。分かった、付いていく」
「あ、銃なら私も持ってるけど」
「……」
俺は選択肢を誤ったかもしれない。