第2話 襲撃と『クロクの願い』
「おい」
「は、はい! なんでしょうか!」
次の日、俺とアクアの二人で仕事場へ向かうと、仕事場では社長が、『ある人達』と会話していた。
……いや、それは会話と言うよりも。
「……ねぇクロク、あれ」
「ああ、区画管理局のやつらか」
社長と会話している人物たちは、全部で5人、さらに、それぞれ一体づつ、ゴーレムを連れていた。
彼らは、区画監理局と言う奴等だ。
通常区画以上の者がなれる仕事であり、主に管理区画を見回るのが業務のクズ共だ。
なぜクズなのかと言えば、そもそも、通常区画のものたちは、俺たちみたいなゴミ溜めで生きる者達を嫌い、近寄ろうとしない。
区画監理局とは、そうした管理区画の者と接しなければならない仕事なのだ。
そんな、区画監理局と言う誰もやりたがらない仕事をなぜこいつらがやるのかと言えば……。
「で、何で今月は、霊土の収める量が少ないわけ?」
「え、いや……しかし、納期も守りましたし、量も……」
「なにいってんの? 守ってないから俺達こうして指導に来てやってんじゃん?」
「……」
俺達は、その会話の光景を見ていて、吐き気がするのを感じた。
「……クロク、今月の霊土って……」
「確かノルマは達成してたよ……まあ、少なくとも俺達の中では」
今月、霊土を収める期限も、量もウチの会社は守っていた。
と、言うより、ウチの会社の社長は、態度こそアレだが、生真面目な人で、納期もノルマも破ったことは一度もない。
責められる言われはないはずである。
しかし、現実に、こうして区画管理局というものたちがやってきて、ウチの会社の社長を責めていた。
……まあ、つまりそう言うことだ。
「……は、いや……しかし……ノルマは達成したはずですし」
「なに? 俺達が嘘ついてるって?」
「にぶいね~君、よくそんなんで社長になんてなれたね?」
「……」
社長は、俺のことや、社員の事をよく殴る。無論それは俺達からすれば関係ない八つ当たりで、社長が嫌いな事に変わりはない。
しかし、今社長が謂われのないことで責められていることを見ていると、社長が、区画管理局のものたちに見えないように、手を後ろに回して、自らの手に爪を立てていることを見ていたら、少々は同情心もわくのだった。
社長は、区画Yでは有名な人だった。
誰よりも勤勉で、真面目で、努力家で、そしていつか成り上がって、ゴーレムを多数従えて、《星願塔》へと登り、願いを叶えて大金持ちになるんだと、いつか古文書にあった青い空を見るんだと、周りに流布していた。
実際、その努力が実ってか、小さな採掘業者の社長にまでなった人だ。
しかし……。
「……なにその反抗的な目は?」
「……いえ、そんな……反抗なんてしてませんよ、ハハ」
「……なに? なんでお前が俺達のこと決めてんの? おら!」
「うっ……」
次の瞬間、社長の顔に、区画管理局の一人が吸っていたタバコが押し付けられた。
「……あ、あっっ……ぐぅぅぅい」
「なにこいつ、ダサッ」
「この程度で悲鳴上げるんだ」
「……ぐぅぅぅぅ」
タバコを押し付けられた社長は、大のおっさんであるが、涙目となり、反射的に身体を縮め、手で頭をガードした。
「…………」
「なに、その目、逆らうつもり?」
身体を縮める際、今までゴマをすっていた社長は、区画管理局のものたちを静かににらめつけた。
しかし、管理局の者は、それが気に入らなかったようで、ニヤニヤ笑いながら、近くのゴーレムの肩を叩くのだった。
先にも述べたと思うが、ゴーレムとは、一体で百人力の力を持つ兵器だ。
気性は荒く、油断すれば、制作者すらも殺される。
そんなゴーレムを使役する者が5人……いや、この国の制度や様々な事柄を含めれば、国中を相手にし、逆らうだけの力は社長にはなかった。
今、区画管理局のものは、その事を、社長に知らしめたのだ。
「いえ、何でも……ありません」
「うんうん、いいよ、努力したのにその程度の地位にしかつけなくてご愁傷様」
社長は、屈辱を味わいながらも、その感情をこらえて、区画管理局へと謝る。
すると、区画管理局の者は、しかし社長を尚も挑発するのであった。
この国は、産まれながらに地位が決まっている。
それが覆ることはない。
社長は勤勉で努力家であった。しかし、だからとて、その努力が必ず実るわけではなかった。
社長が努力し、勉強し、そしてたどり着いた、区画Yの採掘業者社長と言う地位。
しかし、どうして、その地位は、大したものではないのだった。
努力した管理区画の採掘業者の社長より、なにもしないで怠けている通常区画の者の方が偉い。
それはこの世界、この国では当然のことであり、常識である。
今、正に、俺たちのその目の前では、それが正に目に見える形で示される。
社長のことを攻撃する、区画管理局の奴等は、産まれながらに、それなりの教育を受けられる立場にある。
教育の質は、その本人の才能の一部。
これは紛れもない事実である。
本人が、その環境に合うか合わないかは置いておいて、しかし産まれながらに正しい知識、安心できる環境、それを与えられた者と、暴力や堕落に満ちた酷い世界に産まれ落ちた者とを比べれば、それは歴然の差である。
社長はゴーレム使いになりたかったらしい。
しかしこの区画Yの住人は、基本的にゴーレムの製作方法、技術への勉強を行えない。
管理区画の人々の、ラビ、ゴーレム関係の勉強そのものが国の法律で禁止されているのは当たり前として、さらに、と言うより最も大きな問題として、ゴーレム製作の方法論や知識を、管理区画の者は通常知る方法がないのだ。
特権区画、通常区画の者が、子供の頃から、ごく普通にゴーレム製作の方法を教わり暮らす中、この管理区画の者は、それの意味すらよく分からず、ただその力の差に服従するしか道を与えられないのだ。
ーーーーー
「くそっ!!」
「……」
同日、ウチの会社の建物の中で、俺は社長から殴られていた。
「……社長、こんなことしても無意味でしょ」
「…………分かってるよ」
社長は、悔しいのか、泣いていた。
握られた拳は、力が入っているようで、実は加減を知っている。
顔には、区画管理局に押し付けられたタバコの火傷が痛々しく残っていた。
「……社長、とりあえず、火傷の治療してくれよ」
「…………なぁクロク、お前はいいよな」
またか……。
「なんだよ…………負け犬の癖に」
社長はいつも、俺を殴る時、自分の愚痴を俺に話してくる。
一応言っておくが、同情はしない。
どんな理由があろうと、他人に暴力を振るうなら、それは悪であり罪だ。
無論、だからとて、事情があるなら、その罪や悪を、必要以上に責めはしないが。
「僕はよ、子供の頃から、努力してきたんだ……」
ここから、しばらく社長は一人で喋り続けやがる。
「回りの奴等が、遊んでる中でも、努力して、勉強して、何時かは力をつけて、成り上がってやろうって思ってだんだ……」
「苦しい時我慢して、悔しくてもそれを見せないで……、何時かはあの願いの塔へ登り、願いを叶えようと……うぅ……うっぐ……」
「なぁ、クロク、お前はいいよな。お前は仕事サボっても、笑ってれる立場で。仕事サボっても生きていけてよぉ、クリスタル先生みたいな強い人に運よく守られててよぉ……」
「……俺はよ、知らなかったんだよ。子供の頃は何でも出来ると思ってた。頑張れば、努力すれば、正しく、平等に、評価があると思ってた」
「でも、俺は20過ぎた頃に分かったんだよ、そんなの夢物語だって。立場、地位、そういうものに支配された世界は、臆病者のクソ野郎共や、たまたま力持った奴に、弱い奴等が使い潰されるだけだって……」
「なぁ、クロクよぉ、俺は惨めか? 俺は馬鹿か? 俺は生きてる価値がないのか? 50過ぎても、まだ何か、都合のいい何かが俺の願いを叶えてくれんじゃて、夢見ちまうのは、惨めか? なぁ、クロク!!」
「……」
その、泣いているのか、起こっているのか、分からない表情に、俺は目をつむりしばらく悩んだ。
そして、すぐさま、こう返すのだった。
「長いよ、社長」
「……長いってひでぇな………うぅ」
社長は、俺の返しを聞くと、また思いっきり泣き出したのだった。
社長は、高そうなスーツを着ている。
そしてそれは実際高級品だ。
赤を基本とし、それに金の細工がされた、実に見事な品だ。
肌触りも、一度触らせて貰ったが、とても良い。滑らかで、そして上質だ。
しかし、それでも社長もマスクとゴーグルが手放せない。
アクアほどじゃないにせよ、社長もまた長い間管理区画にいたせいで、肺が弱り、咳き込むことがある。
もう体にガタが来ているようで、最近じゃ愚痴の回数も増えた。
そして、さらに言えば、社長の今着ているスーツすらも、それは特権区画の者のおさがりでしかない。
たまに、流れて来るのだ。
上の奴等が飽きた品物、スーツや期限切れの食品なんかが。
無論、それでも高級品は高級品で、俺たち区画Yの住民はほとんどの人が触れすらしないが。
……兎に角、社長は、例え特権区画の見知らぬ誰かのおさがりでも、それを見て、手にとって、買って、着ているのだ。
「……社長、あんた面倒なんだよ。何時までも何時までも、くよくよしてて、面倒くさい」
「……」
俺は、社長が嫌いだ。どんな理由があれ、人を攻撃したりする奴はクズだから。
女の子でもない、ただのオッサンに、優しくするなんて、俺は嫌だし。
けれど、社長は、真面目なんだ。人を馬鹿にしたことはない。基本、人を、傷つけることを嫌う。
地位や名誉、目的……願いがあるが、それでも、強くたくましく勤勉なのだ。
だから、俺は社長を責めはしない。
「……なぁクロク、面倒って、なにさ。お前に僕の苦労の何が分かる!!」
次の瞬間、社長が俺に殴りかかってきた。
「ーーとっ、危ない」
俺は、それをすんでのところで避けた。
「……テメェ、はぁはぁ…何で、避けやがる」
「痛いのは嫌なんだよ、それが男からのならなおさらな」
「…………」
社長は、俺の言葉を聞くと、少し黙りこんだ。
そして、しばしの沈黙の後、静かに
「ありがとよ」
と、言うのだった。
ーーーーー
土煙舞う地底国。
区画Y管理区画の一角。
パイプや、ボロボロの亀裂の入ったコンクリートが目立つ建物たち。
その、建物たちの並ぶ路地裏を、俺は歩いていた。
「……」
結局、俺は今日も仕事とそれの勉強をサボった。
元々、俺はそれがやりたいわけでもないから、罪悪感はない。
ただ一つ、少し気になるのは、アクアが無事かどうかくらいだろう。
まあ、もし倒れたりしても、社長なら、それなりに上手く対処してくれるだろう。
「さて、今日は何やるかね…」
俺は、路地をしばらく歩くと、すると見えて来た錆び付いた扉の内の一つを開いたのだった。
ギィィィ……
扉は、開く時、強く鈍い、軋む音を響かせた。
そして、換気のための部屋を抜けると……。
そこには『秘密の学校』があったのだ。
さて、俺が今、どうして仕事をサボり、わざわざこの路地裏へとやって来たのかと言えば。
「やあ、今日もお揃いで、お勉強へようこそ、皆」
ある人から、ゴーレムの技術を教わるためだ。
「先生、私、ついに、ゴーレムを動かすことが出来るようになりました」
「おいらは、いよいよ、器用な動作も、出来るようになった」
「ふっ、僕なんて、ついに、ゴーレムに武器を作らせられるまでに至ったヨ」
「あらあら、お勉強熱心ね、感心だわ、三人共に」
扉の先には、少し、赤茶色の壁の部屋が広がっていた。
そしてそこには、合計四人の先客がいるのだった。
一人は、もう分かった奴もいるだろうが、俺の育ての親、クリスタル先生だ。
「……先生、今日は三人にどこまで教えたの?」
「! あら、おいらっしゃい、クロク」
「おう」
先生は、俺とアクアが子供の時から、10年近く前から、ゴーレムの先生をやっていたのだ。
もっとも、それは、正式な教師ではないが。
非公式、この国非公認の、ゴーレム技術に関する先生なのだ。
「あっ、クロク兄!!」
「クロクじゃん」
「おや、あなたでしたか」
俺と先生が会話をしていると、他の三人が俺に話しかけてきた。
「よぅ、お前ら元気だったか? 昨日は来てなかったよな」
「う、うん……昨日は私達学校で」
「本当面倒だよな、サボったらばれるし」
「ああ、そうか。そいや、今日は休日だっけ」
俺たち、区画Yの住人にも、学校教育は存在する。
理由としては、最低限の知識がないと、採掘作業が行えないから。
しかしそれは決して、この国の善意での学校教育ではない。
その証拠に、14になると、最低限の知識は得られたと判断され、採掘作業を毎日行わせられるから。
俺が、休みの日があることを忘れていたように。
「クロクさん……アクアさんは? 僕彼女に、授業の成果をお見せしたかったのですがネ」
「ああ、アクアなら、休日も仕事してるよ……」
「そうですか、お体のほうは相変わらズ?」
「……うん」
「あ、あの、元気だしてクロク兄!!」
「大丈夫ですよ、アクアさん、凄いんですし」
「ありがとうな……」
「…………さて、それじゃあ、そろそろお授業の再開としましょうか、クロク、クコ、マンゴウ、バナーナ」
「あっはい」
「「「はい! 先生!!」」」
俺達が、久々の再開の、挨拶を行っていると、先生が、きりのよいところで、話しを区切ったのだった。
さて、ここ、この場所がどういう場所かと言えば、此処は、一言で言えば、自衛のための手段を学ぶための場所である。
ゴーレム技術。
それは、人知を越えた力だ。
使えるのと、使えないのでは、力の差が顕著となる。
故に、国はその技術を、管理区画など、扱いの悪いものたちには、それを教えないこととしている。
格差を、より確実なものとするため。
しかし、だからとて、そのゴーレム技術に関する情報規制が完璧かと言えば、そうではない。
例えば、あまりオススメしないが、区画Zへと行けば、比較的簡単にゴーレム技術を習うことが出来る。
そして、今正に、この場所でも、そのゴーレム技術を教え伝える行為が行われるのだ。
クリスタル先生。彼女は、元々、特権区画の産まれで、そして石像変化の力を与えられた者らしい。
らしいってのも噂でしかないから。
しかし、ある日、この世、この社会のシステムに嫌気がさしたとのことで、特権区画との決別、区画管理局のお偉い立場を捨てて、この区画Yまでやってきたらしい。
社長言わく、「馬鹿なこと」らしいが、少なくとも、俺やアクア、そしてここにいる三人や、クリスタル先生に恩がある人たちは、先生をカッコいいと、そう思っている。
「ね、ねぇ……クロク兄」
「? 何さ、クコ」
「……あ、あのね」
兎に角、先生の開くゴーレム教室へとやって来た俺は、室内なので、ゴーグルとマスクを、外しはしないが顔からずらすと、適当にソファーにでもくつろごうとしてた。
しかし、そんな俺にある人物…先程の三人の中の一人、クコが話しかけてきたのだ。
「……クロク兄、う…あ、あのれ………あっ…………うぅ」
話しかけて来たが、クコは相変わらずのようで、言葉につまり、噛んでしまう。
いつも、こうなんだ。
クコの奴は。
そんな、クコのことを見て、マンゴウ、バナーナの奴がニヤニヤ笑っていたが、此方も相変わらず失礼だ。
人の失敗を笑うなんて。
「……どうしたんだよ、何かようか?」
「…………う、うん!」
クコは、赤毛のちっこい女の子だ。
少しくせ毛だが、猫目で、なかなか可愛い。
きっと大人になったら、美人さんになるだろう。
…………だからこそ、俺たちが、しっかり守ってやらなきゃならないんだろうが。
「………あ、あのね! 今日クリスタル先生が……あ、あの、う………」
「大丈夫だよ。クコは相変わらずだな……はは」
「うぅ………笑わないでよぉ」
クコは、よく噛む子だ。
マンゴウや、バナーナが言うには、普段はそれほどではないらしいが。
「……おいおい、クコ、いい加減にしろよ……ぷぷっ」
「君は、もう少し、正直になるべきサ」
「……二人共」
「ふふ……お賑やかね、皆」
ああ、そういや、マンゴウ、バナーナの紹介がまだだった。
マンゴウ、バナーナ、この二人は、クコと同じく8歳で、二人共に男だ。
マンゴウは、オレンジの髪のデブで、本人もよくそれをネタにしている。
明るくて、優しい奴だ。
バナーナは、黄色い髪の背の高い奴で、8歳ながら身長がすでに俺の鼻くらいまである。語尾が強調される、少々ナルシストな性格の奴だ。
そして…………。
「……二人共」
「なんだよ、事実だろ?」
「良ければ、そう、僕が代わりに、言って「二人共、殺すよ?」
「「!?」」
そして、彼らの力関係は、実に顕著だ。
「ヤバイ……」
「ち、違うのサ……」
「黙って、もういいから、黙んないと怒るよ?」
「「…………」」
クコの奴は、何故か、二人やクリスタル先生にはハキハキ喋れる。
そして、ことマンゴウやバナーナに対しては、とても強気なのだ。
パンッッ!!
「「「「!」」」」
「さて、そろそろいいかな? 本当に、授業を再開しても」
「あっ……ごめんなさい先生」
「おいらたち、忘れてたぜ」
「……すみませんネ、先生」
…………。
俺達が話していると、先生は、授業を再開したいとの旨を伝えてきた。
そして、今度こそ、ゴーレムに関する授業が再開されるのだった。
「それじゃあ、先程の続き。予習から。そもそも、おゴーレムとは……」
ーーーーー
「……先生」
「あら、何かお用かしら、クロク」
「……うん」
秘密の学校にて、授業が一段落つくと、俺はクリスタル先生に話しかけた。
クリスタル先生、彼女は、善意の人だ。
「アクアのことについて、相談したくてさ」
「…………」
そして、先生とアクアは、俺にとって大切な家族だ。
「……アクアのこと。…やはり君は、星願塔へと、お登りするつもりなのね、クロク」
「……はい」
まず、クリスタル先生は、先にも話したと思うが、元々特権区画のお金持ちの生まれだ。
そして、俺が俺の願いのため欲しいと思っている、ゴーレム技術と石像変化の力を持つ憧れの人でもある。
彼女は、ダウナーで、やる気のない表情をしているが、しかし以外と、情熱的なお人だ。
一度、俺が小さい時、聞かせてくれた。
先生は、この管理区画の人に、遊びを与えたかったのだそうだ。
遊び、それはつまる所、遊びを持たせる。
裁縫が趣味の先生になぞらえて例えると、服を作る時、その服を少しサイズを大きくすることで着やすくすると言ったことがある。
それを、余裕を持たせる、と言う意味合いで、遊びを持たせる、と言う。
そう、つまりは、クリスタル先生は、この最底辺の、生きるか死ぬかで忙しい人に、余裕を与えたかったのだ。
クリスタル先生いわく、「余裕とは人が産まれ持って当たり前のもの」らしく、それを持つから人生に選択肢が生まれるし、それは私が与えるのでなく、取り返す手助けをするだけ、なのだそうだ。
しかし、だからとて、どんな特別な力を持っていても、すぐに社会全体のシステムを変えられる訳もなく、今、今を生きる子供にだけでも、努力が実る環境と力を教えたくて、ひっそりと、こんな土煙に満ちた区画で、学校の真似事をしているのだそうだ。
「……そう、やっぱり、お登りするつもりなの、クロク」
「なんだよ、いけないのか?」
「いえ、ただ……あなたは、石像にもなるつもりなのでしょ?」
「!?」
俺は、先生のその言葉を聞いて驚く。
「待ってください、やっぱり、先生、石像変化について何か知ってるのか!」
「……さあ、どうかしら」
「……知ってるなら、教えてくれよ」
何故俺が驚いたかと言えば、そのことについては、前々から先生に尋ねていたからだ。
先生は、俺に、この世界を支配する力、ゴーレム技術の基礎を教えてくれた。
無論、非正規なので、口外は止められていたが。
しかし、そんな先生だが、何故か石像変化と言う強力な力については教えてくれなかった。
何時も、尋ねてもはぐらかされるのだ。
「先生、いい加減、教えてくれよ」
「……だから、私はそんなこと知らないって、お言ってるでしょ? クロク」
「……でも、じゃあ、なら、俺はともかく、アクアはどうなるのさ」
「…………」
「アクアが長く生きるためには、星願塔に登って俺の願いを、叶えるしかないだろ? でも、俺の今の力じゃーー」
その時。
「え!? クロクも星願塔登るつもりなのか!」
「おや、いくら何でも、それは無謀でーハ?」
マンゴウ、バナーナの二人が、俺達の話しに割り込んできた。
どうやら、『星願塔』と言う言葉に反応したらしい。
そして。
「……ふふ、星願塔、何でも願いが叶うとされる塔、お二人は、一体何をお願いするの? マンゴウ、バナーナ」
そして、その二人を上手く利用され、俺の、石像に関する問いかけは、またもはぐらかされてしまうのだった。
「ちょっ先生「おいらはね! おいらは、旨いもん食いたい!」……」
「あら、お相変わらず、食いしんぼうさんね、マンゴウは」
「うっ! ………駄目かよぅ、先生……」
「いえ、言いと思うわ。食欲も立派な原動力。どんなことでも、行動するキッカケとなるならお素晴らしいし、お好きならどんなことでもお宝物よ、マンゴウ」
「へへっ………そうかな?」
「ええ、さてお次はあなたね、バナーナ」
「はい、僕です!」
先生は、相変わらず、優しい。基本的に、他人を責めない。勿論、大人として叱ることもあるが。
だからこそ、俺は、クリスタル先生が、石像変化の力についてだけ、話そうとしないのは、疑問なのだ。
俺の子供の頃からの願いを知っているはずなのに。
~~~~~
過去の話し。
数年前のこと。
俺とアクアは、二人である誓いをたてた。
「ねぇ、クロク」
「なんだよ」
そこは、今俺がいる場所と同じ、先生のゴーレム教室、秘密の学校でのこと。
普段マスクとゴーグルをつけているから分かりにくいが、アクアはとても可愛い。
青い髪に、グリーンの瞳。
まるで、海のように、生命力と静けさに満ちている、可愛い女の子だ。
「ねぇ、クロク、私さ、この土煙しかない世界が嫌い」
「…………なにいってんのさお前」
アクアは、しかし、その見た目と違い、以外と静かではない。
16となった今はともかく、子供の頃は、区画Yでは、途方もないワルガキとして知られていた。
この、この時話していた時も、ちょうど俺とアクアが、先生に隠れてゴーレムを作って戦ったすぐ後であり、その結果たるや。
アクアのゴーレムが俺のゴーレムを砕き、そして戦闘不能にしたばかりか、そのゴーレムを使い、俺を捕まえ、身ぐるみをはいで全裸にしてきたのだから。
しかも、この話しの最中も、俺はゴーレムに捉えられていて、そして服を着ることも叶わなかったのだから。
「………お前、すげー楽しそうじゃん。毎日さ」
「…………ふふっ、まーね!」
アクアは、この時、ドヤ顔で裏ピースをしてきた。
「……どうでもいいから、おろせよ」
その時、俺は、苦虫をかみつぶしたような顔となった。
しかし、アクアは、その顔を見ると、やはり楽しそうにすると、俺のそばによってきて、そしてこういい放ちやがった。
「ねぇクロク、知ってる?」
「なんだよ」
「ふふっ、あのね、本で読んだんだけどね、男のちんこって大きくなるんでしょ?」
「は!? いや、ねーし!!」
「くくく、お反応が分かりやすいよぅ、クロク」
「ちょっ、やめっ!!」
「ぼっきだっけ? 気持ちいいらしいし、良いじゃん、見せてよ、ふふっ」
「止めろ! 馬鹿! 先生! タスケテ!!!」
俺は、そう、はずかしめを受けたのだ。
今にして思えば、何故この時の俺に、そのまま押し倒すくらいの勇気がなかったのかと、正直悔しいが……兎に角、その時アクアは、言うほどつまらなそうでもなかったことは確かに覚えている。
「………はぁ、はぁ……くそっ、あとで覚えてろよ! 同じことしてやるからな!!」
「残念です! 私はちんこ生えてないし~♪」
「…………くそっ、と、………あっ、ならケツの穴にゴーレム突っ込んでやる!!」
「無理でしょ、馬鹿じゃないの? 物理の授業うけてないの?」
アクアのやつは真顔で言った。
「あれ!? 急に真面目!?!?」
「…………まぁ、ともかくさ、ふざけるのもこれくらいにして、話し戻そ」
「………」
そして、その時、俺達は、ある誓いをたてるのだ。
「……ねぇ、クロク」
「……? なにさアクア」
「………」
「なんだよ!」
「………クロクから見て、私は、楽しそうに見える?」
「? だから、楽しそうじゃなくて、実際、楽しいんだろ? じゃなきゃ、手当たりしだいにイタズラしたり、あんな目立ちかたしねーって」
「……あんな目立ちかたって?」
「いや、学校の授業サボったり、あと、大人と喧嘩したり……人はそれぞれ違うんだし、目立っても損するだけじゃん?」
「…………」
「どうしたのさ、何を黙ってだよ。てか、早くおろせよ、拭きたいし……」
「……クロク、人ってさ、感じ方は同じじゃないんだよね?」
「……? 何いってんのさ」
「さっき、クロクはさ恥ずかしいって言ってたけど、私はその時クロクが、心からそう思ってるか分からなかったの。クロクがどう感じてるか感覚が分からなかったの」
「…………そんなの、当たり前じゃん。なに言ってんのさ」
「……さっきの、白いのも、クロクは気持ちよさそうだったけど、私にはよく分からなかったし」
「……お前、思い出させんなよ…………」
「………私の言いたいこと分からない?」
「……なにさ」
「…………私のお父さんとお母さん、少し前に、落盤事故で亡くなったじゃない?」
「……うん、俺も、その時先生に助けて貰ったし」
「そう、あの時先生が石像になって、人命救助をしたから、多くの人が助かったんだよね」
「……あそこの採掘業者の社長さんも、評判悪いけど、素直にお礼言ってたほどだし」
「あれがキッカケで、避難所でクロクとも出会えたし……」
「………社長は…いやいいや、結局、何の話ししたいのさ、よく分かんねーんだけど」
「……だからさ、私、私は、この世の中が、嫌いだっていってんの」
~~~~~
「クロク、おい、クロク」
「……ん? 何さ」
先生に話しをはぐらかされてから、いつの間にか寝てしまったようだ。
ソファーの上で横になっていた俺は、マンゴウの奴に起こされた。
……どうせなら、クコに起こされたかった。
そんな、ちょいとふざけたことを考えていたら、その、正にクコの奴が、俺に抱きついてきたのだった。
「………クロク兄ぃ」
「?」
その目は、何故か、涙目だったのだった。
「……あの、先生、これは?」
事態が上手く飲み込めない俺は、近くで、真剣な顔で開かない窓を眺めるクリスタル先生に尋ねた。
すると、クリスタル先生は、珍しく、やる気のある声で告げた。
「クロク、君がアクアを大切だと思うなら止めはしない」
「……は?」
その、言葉の意味の不明さに、俺はつい無意識に口を開いてしまう。
そして、しばらくの沈黙の後……。
…………。
窓の外の光景を眺めた俺は、その言葉の意味を知ると、先生にこう言うのだった。
「先生、先生のマスクとゴーグル、借りていいですか?」
「いいけど、しかし私はついていけないよ、ここを守る方が、お大事だからね、クロク」
「分かってます」
ガチャガチャ……、と。
勢いよく、しかし慎重に、俺はマスクとゴーグルを装備し、そしてーーー。
「古よりの、魂達の言葉を聞いて、その痛みの対価として、受けとれ。我が名はクロク、この世界の歯車たる、そして唯一の人間である」
先生のそばのテーブルの上においてあった、土人形をいくつか手にとると、そのまま呪文を唱え、その中の一体をゴーレムとするのだった。
呪文を唱える理由は、詳しくは知らない。
しかし、先生いわく、ラビである制作者が、ゴーレムに語りかけることで、それを認知させることで、霊土に込められた魂をゴーレムの頭に集め、ゴーレム自身が自分をゴーレムだと思えるようにするんだとか……。
ようは、まあ必要ってことだ。
「……クロク兄」
「く、クロク、止めとけよ」
「………」
そんな、俺たちのやり取りを見ていて、周囲にいたクコ、マンゴウが俺を止めてきた。唯一、バナーナの奴は、俺に何も言わなかった。
「……決心を鈍らせるようなことしないの、お二人共に」
「でも……」
「うっ………」
「……」
その先生の言葉を最後に、二人とそしてバナーナのやつも、何も言わなくなるのだった。
「分かってるだろうけど、おゴーレムは、おなるべく「見られないようにだろ? 大丈夫、迷惑はかけねーよ」………」
「……はい、そうです、おありがとう、クロク」
言いつつ、俺は、静かにゴーレムにまたがるのだった。
そしてーーー
「じゃあ、絶対二人で帰ってくるから!」
「……」
俺はゴーレムに乗ったまま、クリスタル先生の、秘密の学校から、扉を開き、外へと向かうのだった。
「……クロク兄」
「……大丈夫よ」
「え!?」
「……あの子は、強い子だから」
ーーーーー
さて、さて何故、俺がこうも焦り外に出たのか。
人に見られてはいけないゴーレムを使ってまで何処へ行こうとしているのか。
あの時、あの窓から、一体何が見えたのかと言えば、それは、実に驚くべきもので。
この世界の中央に立つ、星願塔がうねりを上げ、そして、そこから、一体の、巨大な黄金のゴーレムが顔を覗かせていたからだ。
そして、その黄金のゴーレムの周囲が、すこしづつ、周囲の建物や人が、黄金のゴーレムと同じ色、つまり、金へと変わって行ったからだ。
まるで、何かの病原体があるかのように、すこしづつ、この地下空間の中央にいる黄金のゴーレムを中心に、すこしづつ円形に、区画Yが金色に変わって広がっていったからだ。
今、俺は、この区画Yの外周よりにいる。
先生の秘密の学校が、目立たないよう、見つからぬよう、区画監理局が見回る範囲である区画Yの中央から、離れた場所に構えていたから。
しかし、今、アクアのいる場所は違う。
作業効率の関係などで、中央の近くに設置された、採掘現場にいる。
そして、採掘現場は、その通り、土を掘るための場所なので、穴を掘るため外の様子が分かりにくい。
避難して、どうにかなるのかは知らないが、しかし、もし連絡や発見が遅れたら、恐らく、あの謎の現象にアクアが巻き込まれるだろう。
そうなった時、人より大きな力を、足の早さを持つゴーレムを従えているのといないとじゃ生存率は大きく変わるだろう。
無論アクアも、いや、俺より上手くゴーレムを作れるが、しかし今アクアはゴーレムの元となる土人形を持っていない。
たかが土人形と言えど、ゴーレム用の、土人形となれば、形を作りだすだけでも三日はかかる。
だから本来ゴーレム使い、ラビは、もしもの時に備えて予備の土人形を持っておくものだがーーーー霊土を掘るという作業上、安全管理のための不審物を持ち込んでいないかなどのボディーチェックや、作業後のシャワーなどが欠かせず、土人形が見つかりやすく、見つかるわけにはいかないので、アクアは現在ゴーレムを作れない。
ようするに、ゴーレムとはそう都合のよい力ではないのだ。
だから、俺は、今走るのだ。
せめてアクアだけでも、助けるために。
ーー俺の心は石像のように堅いぜーー
俺は、これを心情として生きている。いつか、俺自身の願いを叶えるために、石像という超人的力を手にいれるために、そして虚勢をはるために。
しかし、所詮は虚勢、俺の心は、俺の意思とはうらはらに、今この瞬間、恐怖にまみれている。
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地底世界、地底国をかける、ゴーレムに乗った少年クロク。
その、クロクの心情を知るよしもない、ピンクの石像が、彼と、その先にいる巨大な黄金のゴーレムを見て、こう呟くのだった。
「見つけた」
と。