第1章 8話 怒りのニール
「耳?耳ねぇ。ちょっと待ってな」
そう言うとひょいっと茂みを跳んでいった。
(はてさてどんな有様なんじゃろうな)
出鱈目に強いことは知っているが、兵士と魔物では勝手が違う。レナは好奇心に負け、茂みを手でかき分けて奥を覗いてみる。そして後悔した。
…見なきゃよかった。
そこは凄惨という言葉だけでは言い表せ状況だった。
最初にニールは首を持って現れた。その持ち主だろう、首をもがれた死体がある。一番驚きなのはこれが一番綺麗な死体だということだ。
もう1体は上半身らしき物が片腕の無い状態で、手前の木にめり込んでいた、下半身は奥の木の枝にぶら下がっている。しかも片足が見当たらない。最後の1体は臍から上の上半身が見当たらないうえに、残った身体は地面に立ったままだった。当然あたりは血と臓物を桶に入れてぶちまけたような有様だった。
「うわぁ…どうやったらこうなるんじゃ」
懸命に探そうとうろついているが、耳依然に上半身すら見当たらない個体もあるのだ。無駄である。こちらに目が合うと、顔を掻きながら歩み寄ってきた。
「あの~ゴメン…耳なんだけどさ…」
「あっいいです。耳とか言ってすみませんでした」
「ちょっ止めて!敬語止めて!」
「もうわかったから!そっちの首から片耳取ってこい!」
ニールは怒られてトボトボと先ほど捨てた首を探しに行った。
これで2度目。一部始終ではないが、あやつの戦闘に立ち会った。
今回は間違いようもない。怪物。
同じ時間でホブゴブリンを討伐しろと、言うなら楽勝でこなせる自信はある。じゃが同じ時間であの現場と同じようにしろと言われれば、まあ出来んじゃろうな。
本人も言っていたが只のバカ力じゃないのう。臍から上がない死体、あれは力だけでは説明が付かん。下半身は立ったままじゃったし。《気功術》とあやつは言っていたが、自分も話には聞いたことはある、ホブゴブリンを一撃で倒すというならわかる。
そもそもあんな力を振り回しているのに地面はえぐれておらん。もめくれ上がった場所もない。返り血すら浴びておらんかった。そんなことが可能なのか?可能なのだとしたら、あやつの体術はどの水準にまで達してるんじゃろうな。
「あの~耳確保できました」
レナは思考が纏まりきらぬまま中断させた。
「…次からは仕留めるぐらいに加減してもらえるかの?」
「…はい。努力します」
歩み出したレナにニールはトボトボとついてきた。
「住処の外でずいぶん騒いだのに出てこないな。さっきので終わりかな?」
「それはあるまい。ホブゴブリンまで外におったのにボスが見当たらんかった。統率者がいるはずじゃ」
「じゃあ異変に気付いて籠城を決め込んだってことか」
「じゃろうな罠を仕掛けて待ち伏せってところじゃろう。お主松明は必要か?」
「いや。このぐらいなら大丈夫」
ゴブリンは人よりも暗闇に強い。配置している松明の間隔が遠い為、横穴は非常に薄暗かった。ゴブリンは小さいので、住処の通路も狭いことが多いが、幸いホブゴブリンも住処にしていた場所なのでニールも移動に不自由せずにすんだ。
通路を進んでいくと少し開けた場所に出る。先に進む通路の横には獣の死体が吊るされていた。松明の光に照らされて不気味に見える。
「レナ」
「わかっとる。儂が先に行く」
ニールは開けた場所には入らず通路にて待機させ、レナだけが獣の死体を横目に進む。
レナの姿が暗闇に消えてしばらくすると、開けた場所に何処からともなくゴブリンが現れた。死体に注目させ配置した松明の位置を調整して横穴を見えなくする仕掛けだ。単純だがこれに気付かないと後ろから奇襲される。レナはゴブリン達よりも暗闇に耐性があり、ニールは見えない場所も気配でわかるのでこの仕掛けを見破れた。ゴブリン達がそうとは知らずレナを追いかけて先に進む。ニールは気取られないよう音を立てず忍び寄っていた。
(このあたりでいいかの)
レナは死体のあった場所からは視界に映らない場所まで十分に距離を取り、魔法を発動させた。
「覆い隠せ 《影の壁》」
魔法が来た道を塞ぐように発動し、通路が塞がれて通れないゴブリン達が立ち止まる。わけがわからずに混乱し、松明に火を灯そうとしていたが気配もなく近づいて来たニールに音も無く仕留められた。
レナが魔法を解除すると死体となったゴブリンが転がっていた。ニールも言いつけを守ったようでゴブリン達は全て首を折られて絶命していた。
奥に目を向けると角を曲がった先から松明の明かりが漏れており、この奥が待ち伏せポイントだと思われた。
二人は松明の火で影を作らないよう身を屈め曲がり角から顔を覗かせる。開けた部屋があるようだった。部屋の手前に松明を置き、奥が見づらいよう工夫している。部屋に入った途端左右から挟撃し、同時に後ろからも襲い、パニックにしつつ退路も断つシナリオなのだろう。もう後ろのゴブリン達は仕留めてあるので、あとは左右からの挟撃だけである。
見える範囲にゴブリンがいないか部屋を見渡すと、壁の隅に人間の女性が横たわっていた。服をむかれ裸の状態だ。ゴブリンは人を襲い喰いもするが、人間の女は慰み者にした後殺す。苦痛を与え喘がせて狂ったように喜ぶのだ。
「ちっゴブリンはこれじゃから…っておいお主」
屈んで息を潜めていたはずのニールが立ち上がり、姿を隠しもせずに堂々と歩き出す。
途端に発する雄たけびのような圧力。
レナは見誤っていることに気付いた、ニールはこういう光景を見慣れていない。松明の光に映し出されていたニールの横顔が鬼の形相だった。
ここまで御覧いただきありがとうございます。
少しでも作品が《気になる》《面白かった》と思われましたら
ブックマークやページ下の《☆☆☆☆☆》をタップもしくはクリックして応援していただけると
執筆の励みとなりますので宜しくお願い致します。