第1章 2話 逃避行
「いったいなんじゃお前は」
呟くように問いかける。
状況が呑み込めず頭が混乱していた。
助けられた?何故?自分は人間の敵のはず。それに今のは一体?
兵士の標準装備であるロングソードは一般的な武器だが1.5kg前後あり、切るというより、たたき切ることに優れ全身を覆うフルプレートメイルでも当たれば歪み、場合によっては切り裂ける。
防具を着ていなければ体のどこにあたろうとも致命傷のはずじゃ。
だが目の前の男はかすり傷すらない、おまけに人間とは思えない怪力。
鎧を付けた兵士があれほど吹っ飛ぶ姿を見たことがない。
爆裂魔法などであれば案外あれぐらい飛ぶのかもしれないが、個人に使用する魔法ではない。生憎目にしたことはなかった。
ハッとして距離をとった。
目の前の男は得体のしれない怪物
今更ながら距離を取るが、結果としてそれは無駄な行為だった。
目の前の男は情緒が不安定な小動物を見たように困惑していた。
心配そうに見つめていたがようやく穏やかな顔になり、少し屈んで話しかけてきた。
「…えーと、とりあえず逃げるぞ」
もうよくわからない。
レナは尻餅をついてへたり込んだ。
男は腰の抜けたレナを小脇に抱えて山中を猛スピードで走っていた。
レナとしては、あばれ馬に縛られてる気分で目の前に猛スピードの木々が迫ってくる為、
先程までとは違う恐怖を味わう事になった。
「うっうおおっ!ひぃっ!うんぐぃやあああああ」
「お、おい、暴れるなよ。落っこちるぞ」
男は人を一人抱え、足場が悪い山中にも関わらずペースを落とすことなく走り続けた。
(あぁ。なんじゃろうな。今日は色々有りすぎてもう…)
日が暮れ、雨が降り出すころにはレナは精も根も尽き果て放心していた
横穴を見つけて雨宿りすることができたのは幸いである。
夜になったことあり、あっという間に傷はふさがり魔力もある程度回復してきた。
男から渡された水を飲み、ようやく一息つくことができた。
目の前で干し肉を頬張っている男を値踏みするように改めて見ると、
歳は30前後の人間の男性 黒髪、伸ばしっぱなしの長髪、目の色は柘榴色、肌は褐色というより浅黒い、服はただの布を縛って服っぽくしているだけで野生丸出しで裸足だった。
上に下にじろじろ見ていると男はようやく話しかけてきた
「この雨だ捜索は中断されてると思うぞ?なんであんなのに追われてるのか知らんが」
レナは咳払いし改まるように姿勢を正す。
「その前に先程は失礼した。改めて礼を言いたい。助かった感謝する」
深々と頭をさげて謝礼を述べる。この正体不明の男を警戒するにしても助けて貰った事には変わりない。
「いいよいいよ!俺も暴れちゃったし一蓮托生だろ」
「では改めて聞きたい。お主は何者じゃ」
「何者かと聞かれても」
考えるようなそぶりをしながら男が答える
「記憶がないんだよ俺。あ、名前はニール」
「……ニールは名無しって意味じゃぞ」
ニールは戦災孤児や拾われた子供が名前を付けられるまでに呼ばれる仮の名称である。
「らしいね。俺も行き倒れているところを助けられたことがあるんだけど、その時の人がニールって呼ぶから、そう名乗っている。そっちは?」
聞かれ慣れているのだろう。言い淀むこともなくニールと名乗る男は答えた
「儂はレナじゃ、質問を続けるぞ」
話をしてわかったのは数年前に西の果ての大空洞で目が覚めたこと、その後行き倒れた所を助けられ、最近まで世話になっていた事、その後旅を続けて隣国のジェノバ法国から来たことだけだった。
唯一残っている記憶は誰かを探していた気がするという曖昧な記憶だけ。
肝心のそれが誰なのかもわからない。そのうち何か思い出すんじゃないかと西の果てから旅をしているそうだ。
「それじゃあ、そのたわけた身体のこともわからんのか?」
「身体?なんか変なのか?」
身体をまさぐるようにキョロキョロするニールに矢継ぎ早に質問する。
「人は切られれば死ぬんじゃぞ」
「あぁ、あれは堅気功っていう気功術だよ。岩みたいに硬くなって、ばぁって力が出るやつ」
身振り手振りで伝えようとしてくるが、説明し慣れてないのかフィーリングしか伝わってこない。
「儂だって気功術ぐらい知っとる!素手で岩を砕き、矢も通さないと聞くが、傷一つ付かんわけではない。気功を使っていたとしても異常じゃ」
レナも身振り手振りを踏まえ最後は床をバッシバッシ叩きながら興奮気味に話すが、
ニールは今一わかっていなかった。
「そういわれてもなぁ…あーそういえばジェノバで会った占いバーさんが、鬼だって言ってたな」
「鬼?ゴブリンやオーガの事か?厳密にいえばわしも鬼じゃがお主ほどの怪力ではない。
鬼は大抵力は強いがお主のそれはゴーレムやギガントみたいな超重量級のバカ力じゃぞ」
その後も話を重ねたが自分が誰なのかもわからいのだ答えが出るわけもない。
話はこっちの話へと切り替わっていった。
「…国境の警備拠点が最寄りの村にできるなんてツイてないってもんじゃない…
バレんようにホムンクルスまで作って、医者の真似事までさせて、ごまかしごまかし血をかすめていたのに、ヴァンパイア対策バッチリで日の出と共にドンじゃよ。儂が何したんじゃ!いやがらせか?お主にわかるか!話を聞き出して外を見た瞬間、魔法の砲撃と火矢をダース単位でお見舞いされる儂の気持ちを!」
正直話していて涙が出てきた。長い年月を掛け苦労を重ねて手に入れた平穏を瞬く間に失ったのだ泣きたくもあった。
ニールはレナがヴァンパイアだということに驚いていたが、あまりの勢いに押されて
あ、うん。はい。としか言えなくなっていた。
「ズビッ!ところでお主はどこに向かっておったんじゃ?」
「貿易都市のパレモルってところだけど」
「…それでなぜここにおる?」
「え!山脈越えたから、ここレムレア王国だよね?」
「国は合っとるけれども。ジェノバから来たのなら街道沿いじゃろ。ここから南に10里近くあるぞ?」
「街道?ずっと山だったぞ?」
貿易都市パレモルはレムレア王国の玄関口で、ジェノバ法国から入国の際は必ず通る街である。山脈が国家間に縦に走っており、山脈を迂回すれば貿易都市パレモルが嫌でも目に入るはずだ。
…つまり山脈を横切って入国していることになる。方向音痴で片づけてはいけないレベルだった。道を間違えている事に気づく場面は山ほどあったはずなのだが、言わぬが花だろう
「まあよい。パレモルなら都合がいい。儂もほれ、ほぼ手ぶらじゃから、資金集めや旅支度をせねばならんし」
外套をヒラヒラしてみせる。所持品は魔道具である外套を除けば、魔法補助の指輪と首から股下までのタイツにブーツのみだった。
「ついて来てくれるなら助かる。正直もう人に会えないんじゃないかと思っていた」
(…どうやら迷子だった自覚はあるようじゃ)
「まっ!助けてもらった恩もあるしの1日もあれば着くじゃろ」
ニールはパレモルかぁっと思いを寄せて外を眺めていたが、目的地とは逆の風景を眺めていたのでレナは苦労の予感をひしひしと感じていた。
ここまで御覧いただきありがとうございます。
ここからニールとレナのノープランな旅が始まります。
次項は2人で街へ侵入する事に。
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